第28話 気付きと向かい方
開拓都市から出て数十分が経ち、馬車の窓から魔法大学分校の姿が確認できた頃。
ドドン、という轟音を俺は聞いた。
音は魔法大学分校のある方角から響いてきた。
「……なんだ?」
「――見て下さい、先生! 煙が上がってます」
音の方向を見ると同時にリンネが声を上げた。
確かに彼女の言う通り、分校の方から赤色の煙が上がっている。明らかに普通の煙ではない。
そして、それを見ているのは自分達だけではなく、
「あの色は……まさか狼煙魔法……!?」
御者台で馬を操っていた錬金カンパニーの秘書もだった。
彼はその煙を見て、驚きと焦りの表情を浮かべていた。
ただ事ではなさそうだ。
「どうしたんだ、秘書さん。あれは、何か不味い事なのか?」
だから聞くと、額に汗を浮かべた彼はこくりと頷いた。
「……あの煙は、非常事態を示す狼煙の魔法です……! しかもあの色、学園の戦力では対処しきれない強力な魔獣の襲撃にあった時にしか、上がらないものなのです……!」
「なるほど。あれは緊急事態用の連絡なのか」
それも、秘書の焦り顔からして、相当ヤバそうな物のようだ。などと思っていると、秘書が馬の足を止めた。
そして、こちらに顔を向けてきた。
「お二方にご相談があります」
「相談?」
「はい。今、学園は魔獣に襲撃されています。危険な状況ではあります。――ですが、もしも宜しければ、このまま学園に向かわせて頂けませんか? そして、力をお貸し願えませんか?」
秘書は神妙な表情をしながら、更に言ってくる。
「本来、お二方の安全を思うなら引き返すべきでしょう。しかし、お二方の力は、開拓都市でも上位だとお聞きしました。ですから、このまま学園へと向かい、私たちの社長の安否を確かめること、そして可能であれば学園の問題解決に、協力をお願いしたいのです。あの学園にいる社長と、社長の思い出の場所である学園に、力を貸して頂ければと……!」
そう言って秘書は深く頭を下げてきた。
……何というか、誠実な人だ。
自分達の力をただ借りたいだけならば、そのまま馬を走らせて連れて行ってしまえばいいのに。わざわざ止めて、危険である事を告げてから、しかし協力を求めるとは。
ユリカもそうであったけれども、彼女の会社の人間は、この辺り、しっかりしているようだ。
そんな事を思いつつ、俺はリンネに顔を向ける。すると彼女は微笑みを返して、
「私の気持ちはアイゼン先生と同じですよ」
と言いながら頷いてきた。どうやら彼女もこちらの答えは分かっているようだ。
有り難いな、と思いつつ、俺は秘書に声を掛ける。
「秘書さん。顔を上げてくれ。俺もリンネも喜んで力を貸すからさ」
「本当ですか!?」
ガバっと顔を上げた秘書に対し、俺もリンネも頷きを返す。
「ああ。知人が何か困っているのだとしたら、協力したいしな」
それに、自らの弟子がいる場所だし。助けて欲しい、と言われて断るような事はしない。そう思いながら言うと、秘書はホッとしたような笑みを浮かべ、
「あ、ありがとうございます。お二人の力があれば、私一人が行くよりも何倍も社長や学園の安全を守れるでしょうから。――それでは、馬車を急がせます!」
馬車を再始動させた。
「揺れますが、どうかご容赦を!」
先ほどよりも格段に速い進行だ。
一気に街道を突き進んでいく。けれど、
「……秘書さん、因みに、一つ質問があるんだが、あの煙は一刻も早い手助けがいる、っていう知らせでいいんだよな?」
「え? はい、そうなります」
「なるほどな。……なら、秘書さん。俺たちは先に行くよ。そっちの方が早い」
「え……?」
急ぐのであれば、もっと早い手段がある。
そう思い、俺は秘書に行動を伝えたあと、リンネにも話しかける。
「リンネも行けそうか?」
「私は問題ありませんよ、先生!」
彼女はニコニコとほほ笑みながら、馬車の中で屈伸しながら言ってくる。
大丈夫そうだ。ならば、
「それじゃ、秘書さん、俺たちが先行する。何が起きているか分からないけど、良くない事が起きているのは確かだから、秘書さんもどうか気を付けて来てくれ」
俺とリンネは御者台と客車を繋ぐ窓に足を掛けた。
「あ、あの、お二人とも何を――」
「ここからなら、走った方が早いんでな。自分の足で行くよ」
そして、そのまま二人して馬車から飛び降りた。
「――ッ!」
背後――速度差により今は後ろ斜め横にいる秘書の、息を呑むような音が聞こえた。
が、俺は振り向くことなく前を見て、
「【大気よ 抗うことなく 俺たち二人の 後押しを頼む】」
預言魔法を行使した。
言葉を預けられた大気は、俺とリンネの身体を包みこみ、そして後押しする。
本来、高速で走ればぶつかる筈の大気の壁も、今は殆ど無い。
その状態で、俺とリンネは地に足をつけ、
「――!」
一気に走り出す。
瞬間、俺たちは大気による加速を受ける。
一歩ごとに背中を押す力が来て、足を補佐する風がきて、一気に速度は高速となる。
それはもう、背後から追い付こうとしていた馬車を置き去りにするほどの速度に。
「な、なんで……? お二方とも魔術師系の、後衛向きの職業者なのに、馬車よりも……早く走っている……!? これは一体……!」
そして、俺たち二人は馬車を置いていく速度で、学園に向かって一直線に突き進んでいく。




