第27話 防衛開始
学園の敷地内に降り注いだ巨大な氷の弾丸は、幾つもの建造物に着弾した。
その中の一つ、半ば崩れ落ちた三階建て校舎の外にメルはいた。
「全く……いきなり強力な魔法で砲撃とはやってくれるわね……!」
先ほどまであった執務室には巨大な氷が突き刺さっており、今やガラガラと崩れているのが分かる。そちらに目をやっていると、
「けほっ……め、メル学長。だ、大丈夫ですか」
隣で、膝を付きながらせき込むユリカが声を掛けてきた。
「ええ、擦り傷を負ったくらいで問題ないわ。ユリカも大丈夫? 結構な高さから飛び降りたけど」
「は、はい、どうにか……。足がちょっと痛いですが」
砲撃が執務室に来ることが分かって、とっさに飛び降りたが、どうにか二人とも軽傷に済んだようだ。などと現状を確認していると、
「ご無事ですか、学長!!」
声が響いた。
先ほど、監視塔からの報告を伝えてくれた警護部隊長だ。
彼女は慌てた表情でこちらに向かってくる。
「お怪我は!?」
「無いわ。それで、貴方達は、状況を分かっているかしら?」
簡潔に答えて問い返すと、彼女はこくりと頷いた。
「は、はい、各部署にいた警護部隊と連絡を取り合い確認しました。いきなり出現したティターンオーガが砲撃してきたことを。現状の被害として、二つの建造物が破壊されていることも分かっております」
「二つ? ……ここ以外にもやられたの?」
執務室がある校舎は、幸いにも自分専用の実験棟だ。
自分以外に人が立ち入る事はあまりなく、また誰かが入って来てもすぐわかるように魔法を張り巡らせている。
……砲撃が来た時は、私とユリカしかいなかったから良かったと思ったのだけど……。
この位の衝撃で壊れる様な魔法具は少ないし、建物自体は建て直せばいい。だからここだけが壊れたのなら、被害は少ないと思っていたが、
「もう一つはどこなの?」
「はい、中央近くにある、講堂を破壊されました……!」
「講堂って……学生たちは大丈夫なの!?」
それなりの数の学生たちが集まっていた場所だろう、と思い問いかけると、警護部隊長は小さく頷いた。
「避難に成功した学生の話では、学長が建造物に掛けていてくれた防御魔法のお陰で、砲撃が直撃した者はいなかったとのことです。今は逃げ遅れた学生が生き埋めになっている状態ですが、救命の魔法があるので圧死することはないですし、人命の保護は出来ているでしょう」
この学園の建造物には全て、学生たちの身を守るための魔法が掛けている。
建物は学生を傷つける事なく、有事の際には盾となり守るというもので、建てる時に《建築家》の職業者たちと共に仕込んだ魔法だ。
学生たちがぶつかっても時は柔らかく受け止め、また埋もれた時でも生存を保たせ、簡易シェルター代わりなる、というのは建築時にも分かっていた。だから掘り起こせば無事に助けられるだろうけれど、
「今すぐ動けない、となると、かなり危ないわね。このままだと、アイツに食われるわ」
言いながら、メルは視線を平原の方に向ける。
そこにはのしのしと学園に歩を進めるティターンオーガの姿があった。
それを見て、警護部隊長も眉を顰める。
「瘴気をまとったティターンオーガです、か」
「ええ、しかも、邪神の魔法を扱うまでに進化したものよ」
メルの言葉を聞いて、警護部隊長は息を呑む。
「やはり、そうでしたか。ティターンオーガにしては強すぎる魔法を使うとは思っていましたが、実物を見るのは初めてです……」
「魔神との戦争時代に何度か対面したけど。今となっては進化する前に倒してしまうことが多いからね……」
現在では、邪神の肉を喰らった魔獣が出たら、こういった進化をしてしまう前に見つけ、即対処できるように街々で連携を取っている。
ここ十数年で、邪神の魔法を使える魔獣が出た例は、数件ほどしかない。遭遇する経験はなくて当然だ。
「……しかもあの様子……血走った眼つきや涎を垂らしている口を見るに、明らかに飢餓状態なのよ。ここには人がたくさんいるから、餌場として選んだ可能性が大きいのよね」
何らかの原因で、あの鬼は飢えている。もしかしたら、ホーンドモールの大量発生が起因になっているのかもしれないが、そんな事は今はどうでもいい。
大事なのは、このままでは人が食われる、という予測だ。
「どうしますか、学長……!? 指示を頂ければ即座に全職員に伝達する準備はできています」
警護部隊長は、短距離連絡用の魔法具を手にしながらこちらの目を見てくる。
事態は切迫している。
悠長に考えている暇も、やっている暇はない。だから、
「……学園の非戦闘系の職員は、学生たちの避難誘導と、埋もれた子達の救助と当たって。その間、警護部隊は私と一緒にティターンオーガを引き付けるよう指示をお願い。時間を稼ぐわ!」
「はい!」
「それと、開拓都市にも非常事態の連絡をお願い。強力な職業者を呼ぶように狼煙魔法や、念文を使って伝えて! 敵は、瘴気を浴びて、邪神の魔法を使えるまでに進化したティターンオーガだと!」
「了解しました!」
即座に指示を飛ばすと、警護部隊長は魔法具を使って、そのままこちらの指示を伝達していく。素早くて有り難い動きだ、とそう思いながら、メルはユリカにも声を掛ける。
「ユリカも出来る事なら、学園職員と一緒に、救助を手伝ってくれると助かるわ。貴方なら、怪我や状況に合わせて錬金薬を使えるだろうし」
「え……でも、メル学長は、大丈夫なんですか……。相手は瘴気の力を得たティターンオーガですのよ!? 普通のティターンオーガでさえ、A級職業者が十数人いて準備を万全にして、ようやく討伐できる存在なのに……。戦力が足りないですよ。私も戦闘に参加しますよ」
メルの提案はありがたい。事実、現状の戦力で相手をするのは大変だとも思う。けれど、
「ユリカ。貴方の力は、救助を早める方に使うべきよ。あの鬼は埋もれた子、もしくは怪我で弱った子から食べにいくからね」
あのティターンオーガは動けない者、弱った者から食していくだろう。その位の知能は持っている。現に今も、奴の視線は自分たちのずっと後ろ。
学生たちが未だ救助を待っている、瓦礫の山の方にあるのだから。
「まず学生たちの命を優先したいの。だから、お願いユリカ。貴方は後ろの学生たちを守って。私たちなら大丈夫。あんな鬼に、やすやすと負ける気はないから」
その言葉を聞いて、ユリカは力強く頷き、
「……分かりました、メル学長! 直ぐに学生の皆さんを逃がして、戻ってきます!」
力いっぱい走り出した。
そんな彼女の背中を見送った後、メルは学園の敷地内に入ろうとしている視線の鬼の方に向ける。
全長にして四メートルは超えているだろうか。強い威圧感も感じる。
「……師匠の真似をして、教え子に格好つけて言ったものの、鬼は強い再生能力を持つのよね……」
その上、邪神の魔法まで使うと来た。
見た限りでは氷系、それもかなり上位で強力な物を、だ。
厄介極まりない相手だ。そう思っていると、
「学長。職員たちへの警護部隊の戦闘準備、完了です!」
警護部隊長がこちらに来た。
連絡魔法具の代わりに、長剣を手にした状態でだ。
更に、その後ろからは、部隊長と同じく武器を手にした男女が走ってやってきていた。
厄介だろうがなんだろうか、やるしかない、そんな気概を彼らから感じた。
ならば、とメルは腹に力を入れて声を飛ばす。
「そうね。それじゃあ、皆、学生たちを逃がすための時間を稼ぐわよ」
「応……!」
警護部隊からの返事が来ると同時、
「ウォ……オ……!!」
唸るようなティターンオーガの声が響いた。
見上げるほどの巨体が、前方数メートル位置にある。
そして、魔法の氷塊を周囲に浮かべており、相手も戦闘の準備は出来ているようだ。
その表情からは、こちらへの敵意と殺意もバリバリと感じた。
かつての戦場を思い出す相手に、背筋に寒気が走ってくる。けれども、
「……時間を稼ぐと言ったのだから。しばらく付き合って貰うわ、ティターンオーガ。出来れば、その心臓にあるコアを砕かせて欲しいけれどね……!」
そして、学園防衛戦は開始した。
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