第18話 預言者、魔獣と対面する
ドミニクはアイゼンの目の前にいた上級精霊が、竜巻を消しながら去っていくのを見ていた。
……長年、精霊術士をやって来たけど、こんな解決方法をした人は初めて見るぜ……。
あんなに体に魔力をみなぎらせていた上級精霊に対してアイゼンは恐れずに近づいたばかりか、攻撃もせずに数分ほど話すだけで竜巻を消し去るだなんて。
「ホントにすげえなオーティスさん。言葉だけで上級精霊を追い払っちまうだなんてよ……」
上級精霊からのプレッシャー消えた安堵と共に、ドミニクはアイゼンに対し心からの称賛を送る。しかし彼は、首を横に振った。
「いや、追い払うっていうか、単純に俺たちに任せてくれたからだぞ」
「え……と? 任せてくれたって?」
「やることはのこってるんだよ。あの精霊が食い止めていてくれた、瘴気を出す魔獣を潰すっていうな。今、軽く説明するよ」
そうしてドミニクは、上級精霊が行っていた事についてをアイゼンから聞いた。
彼女に敵意が無かったこと。更には、この周辺の人を守るために動いていたという事も。
「な、なるほど……! この辺りに魔獣が活性化している瘴気を出している奴がいたのか。……というか、俺たちを守ってくれようとしてたんだな、あの上級精霊は」
ドミニクは、頭を掻きながら数分前に行った自分の判断に申し訳なさを抱く。
「こっちに攻撃して来たとか、完全に早合点だったな。上級精霊に申し訳ねえや」
「いやまあ、やり方はちと荒かったのは否定しないし、人間にとっては危ない事であるのは間違いなかったからな。向こうにも伝えたら、申し訳なさそうにしてたし。お互いさまだろう」
「そうか……。そう言って貰えると、少しだけ心が楽になるよ。有り難う、オーティスさん」
本当にこの場にアイゼンがいてくれて良かった、とドミニクは思う。彼がいてくれなかったら、精霊との無意味な戦闘を起こす所だったし、上級精霊の真意も掴めないままだったのだから。
「お礼はまだ早いと思うぞ、ドミニク。魔獣を倒さないと、風を戻さなきゃいけないって上級精霊は言ってるんだし」
「そうだったな。確か、ホーンドモールだよな? 難度Dの」
先ほどの説明で、瘴気を発生させている魔獣の種類も聞いている。だから確認するようにアイゼンに聞くと、彼は数秒考えるようにして、ああ、と頷いた。
「そうだな。というか難度って、今は魔獣にもそういうランク付けがあるんだったな」
「うん? 勿論だ。昨日説明した通り、百英雄の発案で、魔獣にも危険度によって難度の振り分けがされているんだ。じゃないと危ないからな」
魔獣の難度は基本的に、安全に倒せるときのランクを示している。
例えばホーンドモールは難度D相当。ランクD以下の職業者だと苦戦する。もしくは、こちらがやられかねない、それなりに強い魔獣として扱われている。
……更に、瘴気によって凶暴化、活性化している魔獣は、自動的にもうワンランク難度が上がる……。
つまり瘴気の発生源となっているモノが相手な今回は、難度C相当の魔獣として扱うのが妥当となる。
アイゼンとリンネはCランクだから、挑むには適正の難度ではある。とはいえ、凶暴化して何をするか分からない相手でもある。だから、
「そいつが相手なら、オレも手伝うよ、オーティスさん」
「おお、良いのか? 俺が勝手にやるって決めたのに」
アイゼンの言葉にドミニクは勿論、と頷く。
「無論だよ。風を止ませるのにそれが一番だってんなら、やるさ」
それに何より、
「ここまでオーティスさんに、任せっぱなしだからさ。オレも少しは手伝わせて貰いたいんだ」
彼らの面倒を見るつもりで、ここまで来たのだ。実際は面倒を見るだなんて大層な事は出来ていないけれども、だからといって任せっきりにする事はしたくない。そう伝えると、
「はは、ありがとう。それなら一緒にやろうか」
「ああ。――それで、そいつらはどこにいるのか、分かるのか、オーティスさん」
「上級精霊は、この先の林にいるって言ってたな。今から、暗くならないうちに探そうと思ったんだが――」
アイゼンがそんな言葉を言い終える前に、自分達の隣にいたリンネが腰の双剣を引き抜きながら、口を開いた。
「その手間はいらないみたいですね、先生。ドミニクさん」
彼女の言葉と、行動の意味はドミニクもよく分かっていた。
彼女が見た方、そこには、大きな角を頭部に生やした、三匹の体長一メートルほどのモグラが、黒い靄を体に纏わせて、もぞもぞと動いていたからだ。
その中でも、中心にいる一匹は特段に黒い靄のような物を発している。
瘴気を振りまく魔獣の証拠だ。
「グ……ゥ」
唸り声を上げてこちらを威嚇してくる。
先ほどの上級精霊と違い、確実に敵意ある、凶暴な視線も向けて来ている。
「あれが上級精霊が押しとどめていた魔獣のボス格って奴か」
「だな。風がやんだからか、向こうから来たみたいだぞ、オーティスさん」
言いながらドミニクはポーチに触れて、下級精霊を呼び出す。
……相手は難度Cが三匹。これだけなら……上手く精霊魔法を当てれば、自分でも倒せる魔獣だから行ける筈だ……。
ランクはあくまで目安。当たれば倒せる魔法を放つ事は出来るし、実際に倒してきた経験則もある。
そして、三匹だけなら、今の自分たちのパーティーであれば、問題なく倒しきれるだろう。
そう思い、下級精霊の光球を片手に、一歩前進しようとしたとき、
「待つんだ、ドミニク」
アイゼンの手が自分の体を止めてきた。
「どうしたんだ、オーティスさん。逃げられる前にやらないと、上級精霊がまた風を起こしちまうぞ」
「そうだけどな。まだ、下にいる(・・・・)」
いいながらアイゼンは、地面を杖でコンコンと叩いた。すると、
「え……?」
ドミニクの視線の先。自分達とモグラたちの間の地面。
そこから、体長一メートルほどの鼠が十数匹、黒い靄を体に纏った状態で、ボコボコと地面を掘って現れてきたのだった。




