第17話 最強預言者、上級精霊からも慕われる
『俺のことを知っているのか、キミは』
精霊の言葉で上級精霊に問いかけると、彼女は目を大きく開きながら頷いてくる。
『ええ、勿論。預言者のアイゼン・オーティスだもの! 精霊界で、有名なんだから知らないわけないじゃない!』
『有名……ってそうなのか?」
『有名よ! まず邪神から精霊界を救ったヒーローとして魔法映画が作られてるから、子供たちに人気だし。それに私の先輩――精霊太上皇の親類なんだけど、よくお話をしていたもの! 自分達以上の力を持った、楽しくて優しいヒトがいて、ずっと面倒を見てくれたって!」
色々と初耳な情報が来た。
……確かに邪神は倒したけどさ……ヒーローって……。
そんな広まり方をしているとは。
精霊太上皇と共にいた時は、そんな気配は一切感じなかったし。確かに子供たちの面倒を見たりはした時に、やけにキラキラした目で見てくるなあ、とか思ったけども。
基本的に異界にしかいなかったし。精霊界でそこまで、俺の名前は知られてるとは思わなかった。
「それに、その杖とか、貴方しか持ってないって聞いたし! 顔立ちを見ればわかるくらいには、知られているわ! さっきは寝起きでぼやけていたから気付かなかったけどね!』
『ああ、目を擦ってたのはそのせいか』
どうやら、先ほどまで寝ていたようだ。
珍しい卵みたいな形をしていたのも眠っていたからのようだ。丸まって寝るとか猫みたいな精霊だなあ、なんて思っていると、
「あ、アイゼンさん? なんか、凄い高音と低音が重なった音を発せられてるんだけど、えっと……大丈夫、なのか?」
背後で膝をついていたドミニクが絞るような声で聞いてきた。
「ん? まあ、話は通じるから問題ないぞ。今から、色々と聞こうと思うってるし」
「そ、そうなのか……。こっちとしてはよく分からない音としか聞こえないが、オーティスさんは、上級精霊と普通に、対等に、会話出来てるのか……。すげえな……」
何やら口をぽかんと開けて驚いている。
確かに自分の知らない言語を聞くと、それにどんな意味がある音なのか分からないから、この反応は仕方ないのだろう。
……下級精霊を相手にしている時と、やっている事は変わらないのだけどな。
精霊の言葉を使えば、下級だろうが上級だろうが喋れる。それに下級精霊と話す時は、あんまり難しい言葉を使えないけれど、
『うーん! こっちの方が高度な事が喋れて良いわねえ。人間さんの言葉に合わせると大変なんだから。ちょっと話せるけど、上手く伝わらない事が多いし』
上級精霊がこう言うように、高い知能を持つ上級精霊相手だと、難しい言葉でも使う事が出来てむしろ楽だったりする。
『まあ、そうだなあ。種族が違うと言葉も難しいよな』
『ええ。――でも、預言者アイゼンは、物凄く流暢に精霊の言葉を喋れるのね! 私たちの言語って、声に魔力を乗せたりするから、人間さんには難しいって聞いていたんだけど、流石ね!」
『預言者の仕事は、基本的に言葉を聞いたり伝えたりすることだったからな。まあ、ある程度は喋れるさ』
『ふふ、そういう人が相手だと、私も凄く楽に喋れて有り難いわ。ここの人間さん達には、私の言葉が上手く届かなかったから」
上級精霊は苦笑いと共に、そんな事を言ってくる。
『言葉が届かなかった、か。良い機会だから、精霊語で色々聞くけどさ。なんでまた君は、こんな強風を起こしていたんだ?」
『強風? ……人間さんへの注意のためにまき散らしてたそよ風のこと?』
『うん、君にとってはそよ風だけど、あれは強風だな』
まず、認識の違いが発生していたらしい。
精霊と人間……というか異種族間では、価値観の違いはよくあることだ。
……そうだよなあ。さっきの強風も敵意が無かったし。攻撃の意図はなかったんだよな。
そう、上級精霊ともなれば風の刃の一つや二つ飛ばせるはずなのに、それもなかった。竜巻の中に仕込んでいる様子も無かったし。
だから訝しんで、風を斬るだけに留めたのだ。
とりあえず、一つ分かった。だが、まだ彼女が言ったことで不明な部分があり、
『人間への注意って、何だ? 何かあったのか?』
聞くと上級精霊はコクコクと頷いた。
『そうなのよ! ここから先に行った森に、瘴気を発生させる魔獣たちがいるのよ!』
『瘴気……って、マジか』
瘴気とは、魔獣を活性させる特殊な魔力のことだ。
以前、この世界と精霊界に訪れた、邪神がその身にまとっていたものでもある。
人間や精霊が一定量を吸い込んでしまうと、体の各部に異常を来たす、危険な代物だ。
『邪神が世界中に自分の体の肉片を振りまいたせいで、各地に瘴気スポットが出来ちゃったのは知っているでしょう?』
上級精霊の言葉に俺は頷く。
邪神を倒した今でも、瘴気が各地に残っているのは、その肉片ばら撒きが原因だったりする。
とはいえ、瘴気スポットは強力な魔力で押し潰したり、浄化の魔法を掛ければ消え去ってくれる。だが、それで済まない時もある。
『瘴気を発生させる魔獣って事は、肉片を食った奴がいるんだな』
『ええ。そういうことよ』
そう。邪神の肉片を魔獣が食ってしまった時、その者は瘴気発生器官を体の中に生み出してしまう。そしてその魔獣は、生きている限り瘴気を振りまく存在になるのだ。
『でね? 魔獣を倒すまでの間、人間さんが危ないから近づかせないようにしましょうって、精霊王に言われたんだけど。私、人間さんの言葉は上手く話せないし、人間さんも私が何を言っているか分からないから。だから出来るだけ穏便に、風を振りまいて近づかないでいて貰おう、って思ったのよ』
『その結果、ずっと竜巻を張っていたと』
つまり、この上級精霊は、暴走していたとかではなく。
……人を守るために、動いていたのか。
俺たちを風で追い払おうとしていたのも、そのせいだろう。
端から敵対の意思など無かったのだ。対話して良かった。あとでドミニクたちに伝えないとな、と思いつつ、
『この辺に竜巻が発生していた件は了解だ。……それで、瘴気を発生させる魔獣は倒せたのか?』
倒せていれば風を解いてもらいたい所だが。
そう聞くと、上級精霊はしょんぼりと肩を落とした。
『それがねえ、私だけじゃ無理そうなの……』
『無理?』
『ええ。瘴気を出しているボス格の魔獣を倒せば、瘴気そのものも消えるのは知ってるわよね』
『そりゃあな。強いのか?』
『ううん。そこそこよ。ホーンドモールだし』
ホーンドモールは確か、頭に大きな角を付けたモグラ型の魔獣だったな。確かにそこまで強い奴らではないが、
『そいつら、あまり強くないのは確かなんだけど、地中や木々に隠れるし、すばしっこいし。私は細かく狙うのが苦手だから、私だけじゃちょっと無理そうかなって状況にハマっちゃって。まだ終わってないのよね。疲れちゃったから、さっきまで休憩していたんだけど』
なるほど。休眠状態になっていたのはそのせいか。
だが、そういう事なら、話は早い。魔獣がいなくなれば彼女が風を起こす必要がなく、それでいて今手詰まりというのであれば、
『ふむ。そういう事なら、一旦、風は解いてくれるか? 魔獣たちは俺が何とかしてみるから』
言うと、上級精霊は首を傾げた。
『え? いいの? 預言者アイゼンが力を貸してくれるなら、それはとても有り難い事なんだけど……』
『勿論だ。俺としても、瘴気の出る魔獣を野放しにしておきたくないし……何より君がいつまでも困りながらこの辺に竜巻を起こし続けるのは、人にとっても精霊にとっても、損だろうし』
だとしたら、お互いの事情を知っている俺がやってしまうのが良さそうだと思った。
……この竜巻があると、他の街に行こうとしたときに不便だし、今後の旅の事も考えると、これが一番早くて楽だろうしな。
そう思って言うと、
『……うん。それならお願いできるかしら。預言者アイゼン。一応、瘴気の魔獣を倒せなかったら直ぐ風を戻さなきゃいけないから。遠目から貴方達の動向を見させて貰わなきゃいけないんだけど……』
『そこも了解だ。――じゃあ、少しやってくるわ』
『ええ、ありがとう、預言者アイゼン。成功の際には絶対にお礼をさせて貰うわ。……本当は、もうちょっとお喋りしたりしたかったんだけど……それじゃあ、またね』
そうして、周囲を覆っていた竜巻をかき消しながら、風の上級精霊は空へと舞い上がっていった。




