第16話 預言者の戦い方と精霊との付き合い方
「ドミニク、大丈夫か?」
俺は風の壁を切り裂いた杖を軽く振った後、背後で今だへたりこむドミニクに声を掛けた。
彼は呆然としつつも、
「あ、ああ……」
と小さく頷く。
どうやら大きな負傷をしてもいないようだし、良かったと思っていると、
「お、オーティスさん……。今のは一体、何をしたんだ……!?」
ドミニクは、俺の右手にある淡く光る杖を見ながら、そんな事を聞いてきた。
「うん? ああ、ちょっとした魔法を使っただけだよ」
預言魔法により、自分の装備に『言葉を預けて』、強風の一撃を割れるモノに変化させたのだ。
対象を定めて一旦言葉を預けてしまえば、その通りに変異させられる。
預言者にとっては軽く使える魔法だ。
……まあ、そう言っても伝わらんだろうし、この騒ぎの中だからな。
こんな時に解説しても要らん知識が増えて邪魔になるだろうし、余計に混乱させるだけになる。預言者がいない現状の世界だと尚更だ。故に、黙っておくが吉だし、
「何よりも、まずこの騒ぎを終わらせてから、だな」
そう言いながら、俺は再び杖を振るった。
それだけで、
「――?」
上級精霊が首を傾げながら、再び放っていた風の壁を切り裂ける。
「さて、どんどん行こう」
俺はそのまま、壁を切り裂いては進んでいく。
「す、すげえ。杖だけで切り裂いていってる……。しかも、身のこなしも、ありゃあ、近接戦闘に慣れてるもんだぞ……!」
背後、すぐ近くでそう言うドミニクに反応したのは、風の壁の影響で飛来してくるものを、短双剣を振って叩き落としているリンネだ。
「それはそうですよ、ドミニクさん。アイゼン先生は格闘術の練度も高いですから。あれくらいの動きは出来ます」
「そ、そうなのか。というか話しながら防御してるリンネちゃんもすげえが――でも、あそこからは、無理だ……」
「無理って、何がですか?」
「この攻撃を切り抜けた技術は確かに凄い。――だが、あの本体はどうにもできないぞ。上級精霊は、Aランクの職業者でようやく戦えるレベルなんだから……!」
ドミニクは慌てたような声で言ってくる。けれど、
「いや、戦う必要はないだろう、ドミニク」
「え?」
「ドミニクが言ったんだろう。対話を試みろって」
そう。俺は別に戦う気はない。
最初に言われたように、言葉の通じる距離に行こうとしているだけだ。
……この風の中では言葉も聞こえづらいだろうしな。
だからこうして、風の壁を切って近づいているのだ。
「……そ、それは、それは下級の場合、安全に出来るからで……上級精霊は危険すぎる……! もしも正気じゃなかったら、正気でも機嫌を損ねたら……怪我じゃ済まない……」
「ま、その時はその時で。とりあえず、やってみるさ」
精霊は意味もなく暴れたりしないし、対話するのも重要だ。
そう思って、俺は風の壁を切り、上級精霊まで残り一メートルまで近づいた。そして、
「――やあ、ちょっといいかい?」
声を発した。すると、上級精霊は目を擦り、パチリと開いた。その上、
「お、まえ、は」
言葉を発してきた。
思った通りだ。
言葉が通じている。
……この上級精霊は、正気だよな。
明らかに、目に意思があったし。
「も、しか、して……」
と、何度か言葉を放った後で、
「――」
無言になった。
「く……機嫌を損ねちまったか……。もしもの時は、俺が壁になって新人を逃がすくらいは……」
と、背後でドミニクが言ってくる。
何やら有り難い事を言ってくれているが、しかしその必要はない、と俺には分かっていた。何故なら、
『あー、もう! 人間さんの言葉、面倒だわ! こっちで話さなきゃやってらんない!』
今、普通に、精霊の言葉で話しかけてきたからだ。そして――、
『というか、アナタ、預言者アイゼンよね!? あの、精霊女王を守りながら邪神と魔剣王を倒したり、現代の精霊王に魔法を教えたっていう!」
『え? ああ。そうだけど……』
「きゃー、凄い凄い! こんなところで会えるなんて! アタシ、アナタのファンなのよ!!」
思っていた以上に、この精霊はフレンドリーで、話が通じるようであった。




