第10話 side:弟子たち 預言者に対する待ち人たちの暮らし方
「メル・ローゼ学長。こちら今週分のギルドからのご報告になります」
『魔法大学』学長、メル・ローゼは開拓都市近隣の分校に設けられた学長室にて、部下から数枚の書類を受け取っていた。
「あら、ありがとう。確認しておくわね」
長い髪を揺らしながら、メルは部下に頷きを返す。
「はい。それと……先ほど、学長のお客人を名乗るお方が来られているのですが……。魔法の仮面で顔を隠している怪しい方なのですけど……」
「ああ、その人から連絡はすでに貰っているから。通しちゃって頂戴」
「かしこまりました」
そうして部下が学長室から出ていくこと数分。
入れ替わるようにして入ってきたのは、背の高い体に質のよさそうな服をまとい、そして黒い靄が掛かったような仮面をかぶった人だ。
大股でこちらに歩いてくるその姿に、メルは微笑をもって出迎える。
「急に連絡が来てびっくりしたけど、こんな首都から離れた場所までくるなんて珍しいわね、デューク弟弟子」
こちらの声に反応して、入ってきた者は仮面を外す。
仮面の下には中年男性の――デュークの顔があり、彼は苦笑した。
「仕事で近くまで来ていたからな。ついでに寄らせてもらっただけだ、私よりも先輩だけど見た目も歳も若いメル学長」
仮面を外したその顔は、確かに国王デュークだ。
三十歳弱な自分よりも年上だが、自分よりも後に預言者の弟子となった彼に対し、メルは言う。
「相変わらず国王自ら外に出てお仕事してるの?」
「無論だ。護衛も連れているから問題はない。というか、君こそ相変わらず、首都の研究室に籠らず、外で動き回っているじゃないか」
そうして言い合った後に、二人は朗らかに笑う。
「ふふ……お師匠様に教えられた人だもの。行動は近しくなって当然よね」
「うむ、違いない」
いつも通りだ。
自分たちは師匠の元を離れて、世界の様々な場所で活動しているが、近隣にいるときは会って、こんな感じでやり取りしているのだ。
……このつながりも、お師匠様の所で得られたありがたいものよね。
そして今日もいつも通りなら、この後少し気軽に話をして、互いに情報交換をして、別れる。そうなるだろう、とメルは思っていたのだが、
「……ああ、そうだ。アイゼン師匠関係で伝えねばならんのだがな。先日、定例の占いを行ったところ、どうやら近々、強力な預言者がこの世界に出てくるそうだ」
デュークのその言葉に、ガタッと音をたてながらメルは立ち上がった。
「預言者が……ってことは、お師匠様が戻ってきているっていうの……!?」
そんなこちらの興奮に対し、しかしデュークは冷静な顔で首を横に振った。
「いや、違う。占いによる予言の精度では、そこまではまだ分からんのだ。その預言者がアイゼン師匠かどうかも、いつ来るのかも、な」
その言葉を聞いて、メルの頭も一気に、冷えていく。
「そう……そうよね。そこまでの精度があったら、お師匠様レベルだものね……」
呟きながらメルは、思考で切り替える。
現状で分からないことは置いておいて、分かっていることを話そうと。
「……誰が来るにせよ、預言者の適性を持つ人は貴重なのだから。その時は全力をもって歓迎したいわね。お師匠様であればなおさら、ね」
「うむ。既に預言者が現れた時のためにグローバルギルドには指示を出しているからな。歓迎体制は整っている。……偽物はそれなりに出てきているがな」
メルは知っている。
預言者であれば好待遇を受けられる、という文句にさそわれて、経歴を詐称する者が出てきていることを。
そして、片っ端から詐術を見破られて、相応の罰を受けていることも。
「まあ、やれることをやっていくしかないわね。お師匠様が来た時に全力で歓迎するためにも、仕事終わらせておかなきゃ。それこそ魔法大学総出でお師匠様を迎えられるくらいに!」
「うむ、その通りだ! アイゼン師匠を迎えたいのは私も同じだとも!」
師匠は自分たちを見守り育ててくれたうえに、いくつもの力をくれたのだ。それくらい派手に出迎えてもバチは当たらない、とメルは思っている。
デュークも同感のようだ。
……というか、ほとんどの弟子仲間が賛成してくれるわよね。
確信に近い思いがある。だから今はそれに備えて、今できる仕事をひたすら頑張らねば、と思っていると、
「ああ……仕事といえば、君はここ数年は、『開拓の都市』にあるグローバルギルドのマスターみたいな事をやっていると聞いたぞ」
「ええ、ここの分校で仕事をしているからね。開拓の都市やギルドの運営にも成り行きで関わってしまって、なかなか大変だけども……楽しいわよ。首都では見られない発想を持っている子達も見つけて、教えられるしね」
メルは言いながら、先ほど貰って目を通していた書類に、再度視線を落とす。
そこには、今週、ギルドで登録された人々のランクや職業がざっと一覧になって乗っていた。
各職業の増加状況、ランクの分布を直ぐに調査できるように、とグローバルギルドに週に一度提供するように申し出た情報だ。
この中に自分が教えている優秀な魔法使いもいたりする。
あくまで分布や状況の確認資料ゆえに、一覧は職業とランクしか乗ってない簡素なもので、名前はない。だが、こちらで職業とランクを教え子の持つカードと照らし合わせれば一発で分かる。
おそらく未来では、Bランク以上の職業者になっているだろう、という子達だ。
「なるほど……その辺りは、上手く才能を拾い上げるシステム構築をしなければならんよなあ」
「今でも結構されていると思うわよ」
魔力測定の決まりが出来てから、地方や辺境出身の優秀なものをサポートする仕組みは作ってある。
「Bランク以上は首都と王城に即報告だし。あと、私の所なんかには、その街のギルドで各ランクの職業者が何人出たか、とかは週一で報告が来るし。……今季は豊作よ。Dランクはもちろん、Cランクまで出てるんだから」
先ほど軽く見ただけでも、Cランクが二人もいた。
首都から遠く離れている都市だ。人口はそこまで多くないのに、Cランクが出てくるのは素晴らしいと思う。
「ほう、それはいいな。将来が楽しみな存在が増えるのはありがたいことだ」
「本当にね。ただ……ちょっと、ね。将来を楽しみにしているばかりではいられなくなっているのよね」
こちらの放った言葉に、デュークは首を傾げてくる。
「ここ数か月の事なんだけどね、この開拓の都市周辺で、魔獣が増えているの。物理的な防護力が高い連中も多くなっているから、魔術師の手が足りなくなっているのよ」
「ふむ、そうだったのか」
眉をひそめながらデュークは頷く。これまで、開拓の都市で魔獣の増加はあったが、それは数日や数週間単位での一時的なものだった。けれど、数か月も続く増加は珍しいのだから、当然ともいえる。
「まあ、それでね。魔法大学にいる子達は、優秀なんだけど、やっぱり物量が多いと大変なのよ
「ふむう……魔獣の増加は治安の悪化にも繋がるからな。では、首都に帰り次第、いくつか情報を纏めて、魔術師の派遣も視野に入れておこう」
「お願いするわ、デューク弟弟子。報告は常に、手紙なりでしておくから」
「うむ。よろしく頼む、メル学長。……手紙といえば、またアイゼン師匠に出したいところだな」
「そうね。……本当は、お師匠様が、こっちに来てくれてたら、一番いいのにな……」
希望を言っても仕方ないのだけれども。
そんなことを思いながら、メルはデュークが首都に戻る時間いっぱいまで、情報交換を続けていくのだった。




