腐り落ちたかぼちゃの馬車
シンデレラは魔女の力によって美しく着飾れた。灰をかぶっていた髪は本来の色を取り戻し、風が吹くと金に煌めいた。蒼い瞳は希望の光に満ちていた。ドレスをゆらすその姿に、人目惚れさえしてしまいそうだった。
「……なんで助けてくれるの?」
「ヒッヒッヒ。あたしはねぇ、いい子が損をするのは嫌なのさ」
魔女と少女のやり取りは今でも覚えている。誰よりも誇らしいあの栄光の一日を決して忘れない。ただの南瓜だったこの体は、お姫様を運ぶ馬車になれたのだ。
馬になったネズミに引かれて、ガタガタと石畳の道を進む感覚。シンデレラの可憐な姿、声、匂い。五感も脳もないはずなのに全て覚えている。
「ありがとう! 魔女のお婆さん。お馬さん」
少女は馬車に乗るときそう言った。心臓のないモノに礼を言う風習は無かった。分かっている。仕方がないことだ。ただ心残りにはなった。
魔法はもう解けていた。シンデレラは救われた。感涙し、忘れていったガラスの靴はもはや奇跡にも近かった。今も王子様と仲良く暮らしているだろう。ネズミはどこかへ旅に出た。栄光を胸に刻み、誰かを助けたいのだと言っていた。
この体はもう馬車ではない。南瓜に戻り、冷徹な自然法則のもと全てが腐りきってしまった。柔らかい黄金色は腐臭を放つ黒いカスにまで落ちぶれた。今や沢山の虫が湧いて、穿り返されて、ごみ同然として路地裏の縁に追いやられた。
それでもあの日の記憶が朽ちることは決してない。
――――栄光の一日だった。
一国の姫となりうる方を運べたのだから。彼女は笑顔も美しく、心優しくて、健気な方だ。魔女が助けようと思うのも無理はない。優しいものが救われた。
いい話ではないか。実に抱いた種が芽吹くこともないけれど、シンデレラには感謝している。永遠の誇りだ。だから魔女よ。答えてほしい。
――――何故助けてくれなかったのだ。