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小さな声で答えた。
別に恥ずかしいとかそういうわけではなかったがそもそもそう呼ばれることが無かったのでどうリアクションを摂ればいいのか分からなかったのが正直なところだ。
「紫野ちゃんは私の事なんて呼んでくれるの?」
「え……? 何てって言われても…」
何て呼べばいいのか分からない。
そもそもまだ出会ってから数十分しか経っていない関係であって名前以外は何も知らないのだ。
女性慣れしてない俺にとってこの問題は難関だ、そう思った。
「じゃ、私の事は『さっちゃん』って呼んでよ」
さっちゃん……沙耶だからさっちゃん……。
マグカップを持ちながら笑う彼女を見ているとなんだか色々考えていることが全部馬鹿々々しく思えてきた。
「分かったよ。さっちゃん」
そう隣に座るさっちゃんに言うと自然と笑ってしまった。
恥ずかしさとさっきまで赤城さんとのことを考えて落ち込んでる自分の事を考えたらおかしくなった。
「やっと笑ったね。そっちの方がカッコいいじゃん」
さっちゃんはそう言って笑顔を俺に見せてくれた。
どういう子なんだろう、このさっちゃんって。
「紫野ちゃん、スーツ脱いでシャワー浴びたら? 気持ち悪くない?」
そう言えば俺はまだスーツのままだ。
自分の家に帰れば普段着にすぐ着替えているのにそれも出来ないと思い出される。
そうだ、自分の家に帰らないと…。
そう思った時突然胸ポケットにしまってあった携帯の着信音が鳴り出した。
赤城さんだろうな。
携帯を取り出すとやはり赤城さんからの着信だった。
多分今俺の部屋の前に居て俺の帰りが遅いから電話してきたんだろう。
どうするか…電話に出て何て言えばいい。
赤城さんとの関係が嫌になって家に行けませんって言うつもりか?
そんな事俺に言えるのか?
「もしもし……」
『あ、やっと出た。紫野、今どこ? まだ家に帰ってなかったの?』
「あ……はい……」
電話で話している俺の姿を見てさっちゃんがいきなり携帯を俺から取り上げた。
なにするんだ、と言いかけたがうまく声が出なかった。
さっちゃんはそのまま赤城さんと話し始めてしまった。




