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「どうして俺に声を掛けてきた?」
唐突な質問にオープンキッチンでコーヒーを淹れてマグカップを二つ持ってソファの傍にある机に置いて俺の隣に腰かけた。
キャラクターの絵が描かれたマグカップを両手で抱えながら口に運ぶ姿を俺は隣で見ていた。
女性はコーヒーを一口啜ってからゆっくりと口を開いた。
「さぁ~どうしてかな。私にも分からないや」
そう言うとまた笑った。
何がそんなに面白いのか俺にはさっぱり分からない。
茶色の髪の毛で顔が隠れて女性の表情が良く見えない。
俺は目の前に出されたマグカップの取っ手を右手で掴むと口元に運んだ。
コーヒーを啜り暖かな湯気を見つめる。
何をしているんだろう、こんなところに来てしまって。
今頃赤城さんが俺の部屋の前で俺の帰りを待っているんだろうな。
申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
「お兄さんって名前なんて言うの?」
そう言えば名前をお互い知らなかった。
女性からの質問ではっとする俺は横に座る女性の名前も知らないのにのこのこここまでやって来てしまったと後悔した。
「私は沙耶って言います。お兄さんは?」
俺が答える前に女性が自分の名前を告げた。
恐らく見た目からして俺の方が年上だろうと思っていただけに年下であろう女性から名前を言わせるなんて何て情けない男だと思った。
「俺は……紫野」
「紫野? なんか女の人の名前見たい」
クスクスと笑いながらマグカップを口に付ける沙耶と名乗った女性を俺は見つめた。
確かに俺の名前は女性っぽいと昔から言われ続けていてもう言われ慣れてしまっていた。
親が俺を生む前にすでに名前を決めてしまったらしく当然女の子だろうと踏んでいたらしい。
当時は性別判断が出来なかったこともあり生まれた子供が男だと分かってもどこかの本で調べた運気が上がる名前だとか言ってそのままつけてしまったらしい。
「私、紫野ちゃんって呼んでいい?」
ちゃん付けされた……。
明らかに年下であろう女性にそう呼ばれる日が来るとは思わなかったので正直驚いてしまった。
若いってこういうことを言うのか。
「別に……いいけど……」




