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優弓
優れた楽器は感情を引き出すどころではなく
むしろ破壊寸前まで連れて行く
演奏者は彼等だけの景色の中で
苦痛に満ちた恍惚に満ちる
或いは最も静かな昂りに至り
聴衆はただその透き通る軽やかな船に乗り
連れゆかれるまま波に揺られ
フォルテシモの嵐雨と稲光に怯え
アンダンテのそよ風と雲間の光りに安らぐ
かつて芸術は発明以前
技術であったように
美しさは巧まざる技術
静かに尽きるように曳く弓のように
仄赤く金に染めてゆく曙の雲のように
音もなく解ける柔らかな薔薇の蕾のように
そして
マグマの豪炎と灼熱の揺らぎのように
大鷲を肩に留め夕日を独り占めする巨岩のように
恐るべき広大な銀河の渦巻きの目眩くオーロラのように
存在とはつまり美しさ
全てよ
遍く全てよ
わたしに美しさを教えてくれ
この不条理の隙間に生まれ続ける煌めく粒たち
旋律の綾模様が満たす清明な大気を
黒と黒の間にある明晰な銀の指先
技術は軽やかにしかし確かに駆け回ることを