明暗
かつて大人たちのための文章を虫食いだらけに読んでいたのは、わたしではない人たちの分からない頭の中を探る手がかりとするためだったが、何時しか分かったような顔で町を歩き出したわたしに、この頃ビルの影と陽向とのくっきりとした明暗が押し寄せて来るようになった。それはあたかも涼しげな黒髪と艶やかな頬の横顔の白さのように、その境目に意味などはなくただ一つそこに見ることの出来る美しい風景なのだけれども、その奥の悪意のない空虚さが殆ど痛々しいほどに言葉を刺激してしまう。最も容易く手に入る文章たちが仲間内の符号(会話のためのベース)として人々に受け入れられるように、振り仰いだ建物の群れもまたバラバラの色形のようでいてよく見ると共有する符号を保っている。わたしたちはそのままでは決して外部に表せない剥き出しのわたしたちがある故に共感のためのインターフェースを作りつづけているから、わたしが分かったつもりの文章などは全て外向けの顔色であって、つまり街はみんなそっぽを向いたバラバラの建て前の群れであった。しかしデザインの革新されることが当然のように古い文章は忘れ去られていくことを半ば寂しがり半ば受け入れながら、わたしたちは日の当たる場所に身をさらし同時に誰もいない陰に半身を残しているのだ。今もまた文章にさ迷いだしているわたしには分からなくなっている。この街のどこに人の気配の絶えた空間があるのか。全ての空間に誰かの影の気配がする。見上げる空にはわたししかいなくとも誰かもまたこの空を見ているだろう。もう寒くはないこの日差しと穏やかな風に立ち止まる足元に、はっと明るい日が鮮明に白と黒の線を引いた。わたしはその刃のような直線に思わず魅入られていたが、次の瞬間には日が陰り全ての風景は曖昧な曇りの色に混ざっていってしまった。




