エピローグ
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月が出ていない夜だった。
山道には先の見えない暗い闇が広がっていた。
野営が続き、疲れは限界に来ていた。
しかもここ何日、まともに寝ていない状態が続いている。
鎧を着た体は重く、歩くのもやっとだ。今夜中に峠を越えるのは到底無理のように思えた。
数千の凛の民が蜂起した今回の反乱は、鎌倉幕府の鎮圧軍相手に初めは優勢に戦っていたものの、次第に押し返され、やがて散り散りに敗走してしまっていた。朝廷側の笠置山・赤坂城の戦いに乗じて起こした反乱だったが、戦いは長期化せず、幕府側の混乱も大きくはなかったことが敗因と言えた。
敗走は続いた。体制を立て直せないまま、幕府側による執拗な追撃が行われ、敗走に敗走を重ね、凛の民は散り散りとなってしまった。もはや十九歳になったばかりの凛の君である少女を守る兵は、今や十に満たない。どの兵も疲れが表情に出ていた。
人の足音が聞こえた。
一瞬にして緊張が走り、兵は彼女を守るように身構え、音の方向に刀を構えた。
「李智です」
先行して偵察に出ていた兵だった。状況が芳しくないのはその表情を見てすぐに感じ取れた。疲れ切った何の希望のない表情だった。
「凛の君、この先は幕府軍が道を封鎖しています。追手が来ることを考えると、このままではいずれ挟み撃ちに合ってしまいます」
「他に道はないのか?」
「ありませぬ・・・」
「もはやこれまでか」
諦めの声が聞こえた。
気持ちが伝染したのかもしれない。誰も何も言葉にしなくなった。
静かな夜だった。
もうここで果てるしか道はないのか・・・。
口惜しさが心の中を覆ってゆく。
ふとまだ十九歳の少女でしかない凛の君の声がした。
「・・・私は最近未来が見えるのだ」
「未来?」
凛の君の側近で凛の君の予知能力を知らない者はいない。
今更何を・・・。
今回の反乱も笠置山・赤坂城の戦いが起きることを半年前に見通してのことだった。だが、反乱を起こした後に見えた半年後の未来は、反乱が制圧され、再び守護地頭に虐げられる凛の民の姿だった。結果的に緒戦は地の利で優勢に進めたものの、見えている半年後の世界は変わらなかった。
「未来と言っても遠い未来だよ」
少女は笑った。
「その時代になってようやく凛の民はこの立原の地に国を持っているんだ。見たこともない武器で日本側と戦って苦戦していたが、凛の民と大陸の国は同盟を結び、ようやく戦争を終わらすことができた。私と同じくらいの年の女の凛の君だ。大したものだ」
兵は唖然とその内容を聞いていたが、やがてその中の初老の一人が口を開いた。
「そのためには凛の君にはこの窮地を切り抜けて頂きませんといけませんな。それでなければその遠い未来は実現化しません」
「そうだな」
その声は少し明るいものに変わっていた。
「行こう。道なき道を使ってでも、崖をつたってでも、川の濁流に呑まれてでも、この峠を越え、生き延びてゆくのだ。私は諦めかけていた。いや、本当はもう諦めていたかもしれない。もう何も生き延びる方法が思い浮かばなかった。だが未来が繋がっていると信じることができれば、いくらでも進める方法が浮かんでくる。皆、生き延びて未来に繋げようぞ!」
暗い闇の中だったが、光が差し込んでくる錯覚を覚えた。
この見えている未来が本当に起こりうるものなのか分からなかった。だがここで諦めてれば全ては終わりだ。望む未来はやっては来ない。どこまでも諦めずにあがき、あがき続けることで未来は変えることもできるし、望んだものに近づくことができる。
彼女は生き返った気持ちがした。
そうだ、これから日本は再び朝廷方と鎌倉幕府方に分かれ戦いが始まる。そうなれば凛の民の反乱どころではなくなるはずだ。後、数ヶ月生き延びることができれば、我々は助かる。
未来に繋げるために。
諦めることはできない!
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