プロローグ
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「もう限界です!」
薄暗い粗末な堂の中で農民姿の男女が、十台後半頃の少女に必死に訴えていた。
「今回の水問題の裁定で我々にどう生きろと言うのですか!」
「地頭は明らかに我々に不利な裁定をしています! 殆ど水が来ない状態で我々はもう生きてはゆけません!」
月のない暗い夜だった。
蝋燭は必要最低限しか置いていない。堂の中は一メートル先も見えなかったが、そこには数十の人間がひしめき合っている様子だった。光が漏れぬよう全ての戸は閉められ、外には緊張した表情の見張りが二人立っている。凛の民が集まり、守護や地頭を批判していることが知られれば、反乱を企てたとして鎌倉幕府側に凛の民への処罰の名目を与えてしまうことを警戒していた。
「・・・」
だが、少女は決断するときが迫っているのだと感じていた。
新しい立原の守護である帯刀からの凛の民への差別的な仕打ちは激しさを増していた。ことに凛の民が心のよりどころとする凛宗への迫害は酷く、この立原にある凛宗の寺院は先月一斉に襲撃され、多くの僧侶が殺された上に放火され、焼き尽くされたばかりだった。
そして守護の帯刀は凛の民の君主である凛の君を血眼で探しているという噂だった。おそらく凛の君を捕らえ、処刑し、凛の民の民族性を骨抜きにするつもりなのだ。
凛の民は独自の文化を持ち、その上閉鎖性が強い民族であったことから、代々の立原の守護は彼らを蔑視し、疎外し、必要以上に関わりを持つことを避けていた。だが、帯刀はそれとは異なり、凛の民の日本への同化を進め、立原の支配を強固にする考えだった。
故に凛の民であることに固執する者には不利益を被るように意図的に采配を振るっていた。こうした中の今回の水問題は一方的に他の村に有利な裁定であったことから、凛の民の我慢は限界に達していた。
「守護を倒すしかありません、凛の君!」
「・・・」
「私もそう思います!」
「もう限界です! 凛の君!」
「凛の君!」
「凛の君!」
時は来たのかもしれない・・・。
少女は力強く頷き、言った。
「数ヶ月後、朝廷が鎌倉幕府に対し兵を挙げるはずです。幕府側に余裕はなくなり、我々が兵を挙げても鎮圧の兵を十分に廻すことは出来ないでしょう」
凛の君と呼ばれた少女は立ち上がり、少ない明かりの中、自分の民を見渡した。
凛の君である自分を頼る目がそこにはあった。
「我々は朝廷の味方ではありません。ですが、この機会を逃す訳にはいきません。朝廷側の挙兵に合わせて我々も兵を挙げましょう。そしてこの地に凛の国を作るのです!」
「おおお!」
凛の民は皆立ち上がり、思わず感嘆の声を上げた。感極まって、泣きながら抱き合う者までいた。
凛の君の宣言は民を興奮させた。
凛の民は遂に鎌倉幕府を相手に独立を掛けた戦いが始まるのだと思った。
感情の高ぶりを抑えきれない。
独立は数百年来の彼ら凛の民の宿願だ。
興奮は続き、止む様子は欠片も見ることはできなかった。
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