怨敵
バークリー・ダンディスが姿を消してから6年の歳月と月日が経過していた。
いなくなった詳しい理由は分からない。バークリーが残していったものは少ない。
守こと孫であるダンヴィル・ダンディスに残していったものはバークリーが常日ごろ肌身離さず、着けていた緋色の首飾りと自慢の愛斧だけだ。
息子であるニースケン・ダンディスとその妻ラナス・ダンディスに残したものは莫大な金銭だけだ。
金かといわれればそうかもしれないがこのお金はバークリーがコツコツと必死に貯蓄したものだった。
(じーさんが姿を消してから6年も経つのか)
自室のベッドの上で横たわりながら、守は豪気に笑う祖父バークリーの顔を思い浮かべた。
ダンディス家の商いの規模も益々大きくなっていた。
守もバークリーから教わり、培った技術のおかげで立派な木こりに成長していた。
いまではダンディス家にいなくてはならない存在にまでなっていた。
ちょうどバークリーが担当していた木こりの仕事を任せられるようになっていた。
まだまだ祖父ほどではないが。
また、バークリーの斧術に感銘を受けてから守は斧術の稽古にも打ち込んだ。
それまで中々入ることを許されなかったバークリーの書斎に入ると様々な武道書が置かれていた。
守はバークリーがいなくなってから日々、この書斎に通いつめ武道書を読みあさった。
そのため基礎体力から何から何からも徹底的に鍛えたため、いまではバークリーの若き頃を彷彿させるかのような恵まれた体躯を持つ快男児にまで成長していた。
鉄色の肌に185センチの身長。バークリーの愛斧であった斧も今では似合っている。
(シュタゲルド・・・)
今でも何故かあの法衣の男の名前が頭にこびり付いて離れようとはしない。
6年前の森の中で出会ったあの男の混沌なる危険な感じを忘れることが出来ない。
バークリーが姿を消したのもシュタゲルドと出会ってから一週間後だ。
少なからず何か関係していると踏んだほうがいいのかもしれないと守は思った。
コンコンコン
ドアを叩く音がした。
「はい、開いてます」
守は返事をした。
ドアを開けて顔を見せたのは父であるニースケンだった。
「ダン、今日もおつかれさん、飯が出来たそうだ」
「教えてくださり、ありがとうございます。父さん」
守はベッドから起き上がり、父に頭を垂れた。
ニースケンはゆっくりとドアを閉め、その場を後にした。
(父さんもじーさんがいなくなった直後は、少し元気がなくなったときもあったけど、もう元通りだな)
体育会系である祖父バークリーと文化系であるニースケンは親子ではあるが中々意見が合わなかった。
意見が合わないときは、お互い意見を出し合い、ちょうどその真ん中をラナスが線を引き、双方渋々同意するといった形がとられていた。
しかし、そんな体育会系のバークリーがいなくなってからどうも張り合いがなくなったのか、ニースケンの調子が下がった時期があったのだ。
「さてと母さんの美味い飯でも食べに行こうかなっと」
守はドアの向こうから流れてくるいい匂いを嗅ぎながら自室を後にした。
台所に着くとテーブルの上には野菜たっぷりのスープが置かれていた。
他にはウンパ(牛みたいな家畜)のラズール焼きに、トトリク(ヨーグルトみたいなもの)だ。
このトトリクに森の中にある甘いセルルの実を潰したものを入れると非常に甘美で美味いのだ。
「今日は豪華だね、母さん」
守は沸きあがる食欲を抑えながら自分の席に着いた。
確かにいつもの料理の1,5倍は量がある。
「うんうん、今日のお父さんの大きな商談が成立したからお母さんがんばっちゃった」
ニコニコしながらラナスは答えた。
歳は40近いが全くそんな感じはしない。
むしろ20代後半といっても通用するくらい素敵でよく出来た女性だと守は思う。
「ふっ、じゃあ今日の商談がうまくいかなければこのごちそうはなかったのかな?」
わざとらしくニースケンがラナスに聞いた。
「ん~、それでも同じだったと思うわ。その時は残念ってことで励まし会ってことで」
「母さんには敵わんな。はっはっはっはっ」
ニースケンが白い歯を見せながら笑った。
ニースケンがこんなに笑うことはあまりない。
つまり今日の商談はかなりの成功だったと守からでも見て取れた。
「父さん、今日は本当に商談おめでとうございました。私からも言わせていただきます」
守は父に祝辞を述べた。
今現在、何不自由なく暮らせるのは、父であるニースケンのおかげだ。
守は幼いときからずっとその姿を見てきて、素直に心から感謝をしている。
「ダンもいっぱしの木こりになってきたからな。地元じゃ有名だぞ。父さんも鼻が高いぞ」
「ありがとうございます。現状の自分に甘んじず、日々精進していきたいと思います」
「うん、期待しているよ」
この日の夕食はとても楽しく、心温まる時間を有意義に過ごせたと守は感じた。
こんな幸せな日々を継続していければなと心中で思い、守は野菜のスープを口に運んだのであった。
「行って参ります、父さん」
守は胸を張り、父ニースケンに言った。
「うん、大切な品物だ。きちんと届けるまで油断するなよ。道中何があるか分からんから、くれぐれも気をつけてな」
ニースケンはそう言い、ダンの肩をポンっと叩いた。
それは昔よく頭をバークリーに叩かれた、それと似ていると守は感じた。
(親子だな。意識しなくてもやることは自然と似ている)
「ダン・・・」
逆にとても心配そうな表情をしているのが母ラナスだ。
出発する朝まで心配そうな表情で守ことダンを見ていた。
「大丈夫、母さん。数日の旅なんだから大丈夫さ。それに可愛い子には旅をさせろってよくいうじゃないか」
「そうなの?? でも危ない旅だったら危険だわ」
守の言っていることの意味を理解していないのか、ラナスはさらに心配そうにこちらを見つめている。
(おおぅ・・・そうか、カンパーニャではそんな言い回しはないのか)
前世での生活でよく使用していた言葉でもこちらの世界では通用しないことが結構あることを守はまた深く、心に刻んだ。
いつまでも心配そうな母を安心させるかのように守は暖かく、抱擁をした。
軽く母を包みこみ、大丈夫だからと一言告げる。
「それでは行って参ります、父さん、母さん」
守はそういうと自宅を後にした。
目指すは大都市ミル・アリである。
そして、何故そこに守が行くことになったのかは一週間前に遡るのであった。
時は一週間前に遡る。
日々の武道訓練を終わらしてから、守は仕事に出かけた。
欲しいのは内装用の特殊な木材だ。
中々見つけることが適わないこの木材を探し始めて、すでに一週間が経過しようとしていた。
山の深緑の中を進み、探しているのだが中々見つけることが出来ない。
「まぁ、追加報酬対象だから。別にやらなくてもいいんだけど。やっぱ気になるよな」
自分の与えられた仕事はきちんとこなした。だからこそ時間が余るため、こうしている。
メインの業務報酬に比べて追加報酬は格別に利益が高い。今まで比較的、追加業務もこなしてきた守であったが今回の任務の難易度が格段に高い。
「ふうむ・・・どうするか。じーさんならどうする・・」
森の奥で見つけた切り株の上に腰掛けて守は考えた。
祖父であるバークリーならどうするか、また自分がまだ気がついていないことや見落としていないことがないか入念にチェックする。
「だぁぁぁ・・・やっぱもう少し奥のほうに進まないと駄目かもなぁ」
守の視線の先にはまだ見えぬ先の未開の地が映っている。
しかしそこは未開の地ゆえ、地元の住民でも中々中に入ろうとはしない。
未開の地を開拓するにはかなりの時間を要するからである。
守の習得している技術に山師という技術がある。
これは山の中に入っても迷いにくいということと、山の中で複数回通ったりした道は随時記憶していくという優れものだ。
ゆえに一度入った山で自分が知っている道では迷うことがほとんどないということだ。
しかし、未開の地を開拓するには徐々に慣れさせて記憶を定着していかなければならない。
よって時間がかかるということだ。
「じーさんが言ってたかな。山を舐めれば山に呑まれるって」
バークリーが言っていたことを思い出す。
山の中では自分の考えている以上のことに出会うかもしれない。
そのため、決して無茶をしてはいけないと。
そしてこの言葉を思い出したときが、無茶をしようとしているときだ。
「・・・つまりは今が退き際ってところか」
守はふぅと軽く、ため息をついた。
こんなときは祖父であるバークリーの言に従うのが一番だと思い、未開の地に踵を返し、自宅に戻ろうとした。
「おやおや・・・帰るのですか。くっくっくっ」
自分の背中の向こう側から声がした。
その声は酷く冷たく、そして酷く耳障りだ。
(この声は・・・)
守の記憶が遡る。
奴だ。忘れもしない。
この肌をざらつく気持ち悪い感じ。
守はゆっくりと振り返り、視認する。
6年前と変わっていないその姿は。
漆黒の法衣、愛用している杖、口元を覆うマスク、そして全てを見透かしたかのようなその閉じられた視線。
「シュタゲルドぉ!!」
守はその男の名を叫んでいた。
「おやおや、私の名前を覚えていてくださるなんて光栄ですねぇ。バークリー・ダンディスの孫であるダンヴィル・ダンディスその人に。」
シュタゲルドは表情を変えずに言った。
逆になにも表すことのないその表情が不気味である。
「聞きたいことがある。俺の祖父であるバークリー・ダンディスの所在だ。一体どこにいる??」
守は自慢の愛斧にゆっくりと手をかけながら聞いた。
いつでも臨戦態勢は出来ている。
「私が貴方の祖父であるバークリー・ダンディスの所在を知っていると? 逆に聞きます。何故貴方は私がその所在を知っていると言えるのか聞きたい」
「100%そう断言できるとは言い切れないさ、でも少なからずアンタが関係していることは何となく分かる。そんな気がするんだよ!!」
祖父がいなくなる一週間前にこの男と出会い、祖父は物思いにふけることが多くなった。
その光景は守は思い出していた。
だからこのシュタゲルドという男は少なからず、全部ではないけれど祖父の失踪の理由を知っているかもしれないと守は予測を立てただけだ。
「ですか。まぁいいでしょう。では私に勝てたら教えてあげましょう。そんなことは万が一にもないでしょうけれどもね」
シュタゲルドの気が一瞬にして変化した。
その場の空気感が一気に変化したように感じる。
「肌を刺すようなこれほどの殺気。今まで感じたこともないぜ!!」
守はそんな殺気を身体全身で受け止め、一気に払いのけようとするもすぐにシュタゲルドの殺気が飲み込んでくる。
バークリーの残した武道書で戦いのいろはを学んだ守もこの6年間でかなりの実力を伸ばしていた。
討伐任務で森の中にいる大きな人食いオオホラアナグマを1人で倒したときもこんなに殺気を感じたこともなかった。
つまり自分より強い存在と戦った経験がほぼ皆無に等しいのだ。
これは悪い意味で自分の実力をわきまえていない。
いい意味でとるなら誰が相手でも物怖じしないということでもある。
「それでは懐かしいこの技で開幕としましょうか。」
シュタゲルドが杖を振るうと炎の火の球が守に発射された。
ファイアーボール。しかも無詠唱でか。
守はファイアーボールに驚くよりも、無詠唱で呪文を唱えた、シュタゲルドに対して驚きを隠せずにいた。
守はそのファイアーボールに対して斧を勢いよく、振り下ろした。
斧は真紅の炎の塊を一刀両断する。
その直後に守は軽く自己防衛の気法を自分にかける。
「忘れてたぜ。硬化法と治癒法」
硬化法は肌表面を硬化し、どんな攻撃にも打たれ強くする気法だ。
治癒法は傷が出来た場合の回復速度を速める気法である。
両方とも接近職を生業にする職業では必須の気法である。
「へぇ・・・思ったより成長してますね」
シュタゲルドは無表情だが感心したかのように言った。




