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僕の異世界夏休み  作者: 桶丸
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8月3日

『宝探し。それは、男のロマン』



 朝食を食べ終わり、民宿前の浜辺でぼうっと海を見つめる。

 遠くでひらひらと飛ぶカモメ。

 キラキラと輝く海原。

 まるで、ここだけ時間がゆっくり流れているかのようだ。


 このまま綺麗な海を見続けて一日を終えるのも面白いと思っていると、それを遮るかのように、後ろから会話が聞こえてきた。


「だから、可愛いと綺麗は違うの」

「同じだよー。どっちも言われて嬉しいもーん」

「違うわ。私は可愛いって言われると腹が立つもの」

「リコはいつも言われるけどー、お腹は立たないよー」


 男には分からない女子の会話。

 海を見て気分が良くなっていた僕は、関わりたくないと思ったので、体育座りをして小さくなった。


「で、そこのお兄さんはどう思う?」


 突然話を振られてビクリと肩を震わせる。

 しかし、この流れで見知らぬ僕に話しかけてくる訳が無いだろうと思い、何事も無かったかのように海を眺める。


「ちょっと、無視しないでよ」


 再び話しかけられた事で、完全に話を振られていると分かり、仕方なく後ろを振り向いてみる。

 そこに居たのは、ビキニを着た二人の少女だった。


「お兄さんは、可愛いと綺麗は違うと思うわよね」


 ピンク色の長い髪を肩から払い、鋭い目を向けてくる女子。

 高圧的な目は少し怖いが、整った顔立ちでスタイルも良い。大人になれば美人になるかもしれない。


「どっちも同じだよねー」


 同じくピンク色の髪。だけど、こちらの女子は髪が短く、瞳もおおらかだ。

 スタイルは先程の子に劣っているが、その全体的に小さな背格好は、可愛いと言われるのも納得できる姿だった。


「で、どうなの? 答えなさい」

「ええと……僕は違うと思うな」

「ほら、言った通りでしょ?」

「そうなんだー。でも、リコはどっちでも良いやー」


 そう言って、何故か僕の横に座る髪の短い小さい子。それに合わせて髪の長い大きい子も横に座り、僕は少女達に挟まれる形となってしまった。


「ええと、これは一体……」

「見かけない顔だけど、名前は何て言うの?」

「僕は彼方。君達は?」

「リナ=スローライフ。12歳の小学6年生」

「リコ=スローライフ。10歳でーす」


 自己紹介されたので、とりあえず小さく頭を下げる。

 黙って居ると、リナが腰に巻いていたポーチから紙切れを取り出して、僕に差し出してきた。


「そういう事だから、お兄さんは私達を手伝う事。いいわね?」

「うん。唐突過ぎで訳が分からないけど、とりあえず説明を聞こうか」


 差し出された紙切れを受け取って、それを眺めて見る。

 そこには、見た事の無い地図が書き記されてあった。


「これは、この島の全体図の一部なの。この他に4枚の地図がこの島に隠されていて、全てを見つけると、宝の場所が示されると言われているわ」

「それは興味深いけど、どうして君達がそんな物を持ってるの?」

「良く分からないけどー。家にあったから、夏休みを利用して探しに来たんだー」

「説明してあげたんだから、当然手伝ってくれるわよね?」


 宝探し。それは、男のロマン。

 この提案を断れる男子が、この世に居るだろうか。

 その答えは……イエスだ!


「面倒ですので、謹んでお断りします」

「決定ね。それじゃあ、その地図はお兄さんが持っていて」

「よし! 聞いちゃいねえ!」

「わーい。お兄ちゃんが仲間になったあ」

「こっちもか!」


 嬉しそうにハイタッチをする姉妹。

 どうやら拒否出来そうに無いので、仕方なく彼女達を手伝う事にした。

 僕は改めて地図を眺めながら、二人に質問を始める。


「それで、他の地図を探すヒントはどこにあるの?」

「その地図に記されているらしいのだけど、面倒くさいから調べてないの」

「なるほど。誘っておいて全投げという事か」

「違うよー。お兄ちゃんに任せるって事だよ」


 全くかみ合わない会話に少々うんざりしながらも、地図を細部まで眺めて、何かヒントが無いか確かめてみる。

 すると、地図の端に何か書いてある事に気付いた。


「これ、何て書いているか分かる?」


 リナが僕から地図を奪い取り、まじまじとそれを眺める。


「これは古代文字ね。解読するには、歴史に詳しい人間の力が必要だわ」

「それじゃあ、僕達には無理だね。よし、これで宝探しは終了……」

「ええとね、『光にさらせ』……って、書いてあるよー」


 それを言ったのは、横目でその地図を見ていたリコ。


「……これは、どういう事かな?」

「リコは世界的に有名な歴史学者なの」

「へえ、その歳で凄いね。もしかして、リナにも何か特技があるの?」

「リコほど有名では無いけど、一応水の大魔法使いと言われているわ」

「なるほど。世界を滅ぼす水の魔法でも使えるのかな?」

「それは流石に出来ないけど、この島を沈める洪水くらいなら起こせるわよ」


 使い方によっては世界を滅ぼすだろうと思ったが、本気でそうされると困るので、それ以上の事は言わない事にした。


「……うん。それじゃあ、とりあえず光にさらしてみようか」


 感情を殺してそう言った後、僕は地図を空に掲げて下から見上げる。

 少しの間黙って見ていると、地図の左下に赤い円が浮かび上がって来た。


「これは……どこだ?」

「ええと、この場所は、今居る砂浜ですねー」


 灯台下暗しとは良く言ったものだが、この砂浜は恐ろしく広い。やみくもに探しても、見つかりそうに無かった。

 困り果てて黙っていると、リコが地図を奪い取って地図を砂浜に置き、指を使って円の位置を改めて確かめる。


「この地図の尺度で、この丸の位置の中心は……」


 ブツブツと唱えながら指を動かすリコ。

 やがて、何かに気が付いたかのように、顔を上げて微笑んだ。


「宝の場所は、お兄ちゃんの居る場所から前に5歩。左に120歩の所でーす」

「おお、流石は歴史学者。この難問を一瞬で解くとは」

「えへへ。もっと褒めて下さい。頭も撫でて下さい」


 言われるままに頭を撫でる。

 しかし、その答えに納得しないで、今一度考えてみよう。

 今の解読は、歴史と何か関係があったのか、と。


「よーし! それじゃあ、行ってみよー!」


 言いたい事は色々あったが、これ以上面倒に巻き込まれるのも嫌だったので、大人しく宝の場所に向かって歩く事にした。



 歩数を数えながら、三人並んで仲良く砂浜を歩く。

 正直、他に観光客が居なくて良かった。もしもこの光景を誰かに見られて居たら、ロリコン野郎と思われていたに違いない。

 そんな恥ずかしい状況の中、目的の場所に辿り着き、僕達は足元を眺める。

 そこは、宝などありそうもない、普通の砂浜だった。


「それじゃあ、早速掘ってみよー」

「でも、僕達は地面を掘る道具なんて……」


 僕が全てを言う前に、リナが呪文を唱えて、何も無い所からスコップを取り出す。


「はい、お兄さん」

「あれ? おかしいな。リナちゃんは水の魔法使いだったはずだよね?」

「そうだけど、空間転移の魔法は、自然魔法の基本だから」

「なるほど。物を持ち運ばなくて良いから便利だね」

「自然魔法を使える人間は、世界で5人だけよ。小学生の時に習ったわよね?」

「へーそうなんだー。僕は不真面目な生徒だったから、知らなかったなー」


 適当にはぐらかして、スコップを手に取る。

 これ以上魔法の事を話すと墓穴を掘りそうだったので、ここは大人しく地面だけを掘る事にした。


 砂を掘りまくって30分、スコップが何かに当たり、カチンという音が響く。


「何かあったぞー」


 丸く切り取られた空を見上げながら大声で叫ぶと、そこから二人の少女がひょっこり顔を出して来た。


「今から浮遊の魔法を使いますから、お兄さんは待機していてください」


 最早何でもありだなと思ったが、魔法の事を突っ込むのは危険なので、黙って地面を掘り、現れた宝箱を小脇に挟んで待機する。

 やがて、僕の体が光に包まれて空に浮かび、そのまま勢い良く飛ばされて、二人の居る砂浜に叩き落された。


「痛てて……」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ。何ともない。それより、早くこの宝箱を開けよう」


 宝箱を地面に置いて、黙ってそれを眺める。

 蓋は強固な錠で封印されていて、とても僕達の力では開けられそうにない。

 そう思った直後、リナが呪文を唱えて水の鍵を作り出し、それを錠に突っ込んで簡単に解除した。


(うん。楽勝だったな)


 流石は異世界。いや、むしろリナが凄いのか。

 この二人がトレジャーハンターとかをやったら凄そうだが、それを言うとその冒険にも参加させられそうだったので、黙っている事にした。

 リナは水の鍵を空中に飛散させた後、囲っていた鎖を外して僕を見る。


「さあ、開けなさい」

「いや、これは君達が頑張って見つけたものだから、君達が開けなよ」

「駄目よ。もし罠があったら、怪我をしてしまうじゃない」

「それはつまり、僕なら怪我をしても良いって事かな?」

「その為のお兄さんよ」

「最初からこれが目的か!」


 マイペースなリナにうんざりしたが、あまりにも無邪気に微笑んでいたので、腕の一本くらいは覚悟して宝箱を空ける。

 覚悟を決めて開けた宝箱だったが、そこに罠は無く、一枚の紙きれがぽつんと入っているだけだった。


「また地図かな?」

「でもー、今度は何も書いて無いねー」

「じゃあ、はずれだったんじゃないかな」

「そんな事は無いわ。何か仕掛けがあるはずよ」


 三人でその地図をひたすら見つめる。

 しかし、最初の地図のように何かが浮かんでくる事も無く、そのまま時間だけが過ぎていった。


「……とりあえず、今日の宝探しは、これくらいにしておかない?」

「そうね。これは持ち帰って、私達で調べてみるわ」


 リナは地図をポーチにしまい、元気に立ち上がる。

 改めて向かい合う三人。リナとリコは嬉しそうに微笑んでいた。


「お兄さん。今日は付き合ってくれてありがとう」

「気にしないで。拒否権が無かっただけだから」


 そう言うと、リナはふっと笑って僕に近付く。


「それでも、断ろうとすれば、断れたはずよね?」


 その通り。

 断ろうと思えば断れた。

 だけど、僕は断らなかった。

 何故なら、宝探しは男のロマンだから。


「ねえ、お兄さん」


 リナが下から僕を見上げる。


「楽しかったでしょう?」


 それを聞いて、不覚にも微笑んでしまう。

 リナの言う通りだ。

 僕は、二人との宝探しを、心から楽しんでいた。


「……そうだね。楽しかったよ」


 これほど純粋に何かを楽しんだのは、いつぶりだろうか。

 自分の世界に居た時は、全ての行動に必然性を求めて、たとえ遊びであろうとも、そこから何かを得ようと必死になっていた。

 確かにそれは、生きる上で大事な事かもしれない。

 だけど、今僕達が行っていた事も、大事では無いとは思えなかった。


「お兄ちゃん。頭を撫でて下さい」


 リコが恥ずかしそうに言う。僕は笑った後、二人の頭を撫でた。


「二人とも、誘ってくれてありがとう」

「お礼は良いわ。また手伝ってもらうんだから」

「そうか……そうだね」

「それじゃあ、お兄ちゃん。またねー」


 そう言うと、二人は大きく手を振りながら、砂浜を去って行った。


 二人の姿が完全に消えた後、僕は静かに空を見上げる。

 視界の先に広がるのは、どこまでも続く青空。

 その広大な空の下で、豆粒のように存在していた僕達三人。

 そんな小さな存在が、今の僕にはこの世の全てのようにも思えた。



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