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僕の異世界夏休み  作者: 桶丸
30/33

8月29日

『故郷』



 夕食を食べ終わり、海の家の前にあるベンチに座り、静かにお茶を飲む。

 目の前に広がる海と山。その中腹に小さく光る錬金術師の家の明かり。

 ふと、花火大会の事を思い出し、心が温まるのを感じた。


 何もせずにぼうっとしていると、海の家の中からグラスを持ったリアスが現れる。この時間はいつもラウンジに居るはずなので、少しだけ驚いてしまった。


「こんばんは。彼方くん」

「こんばんは」

「隣、座って良いかい?」


 頷くと、リアスは横に座り、グラスに入っていた茶色い液体を一口飲む。


「今日もお酒ですか?」

「ああ、飲まないと寝られない性分でね」


 グラスを空に掲げて液体越しに空を眺める。

 まるで、その先にあるリアスにしか見えない景色を見ているかのようだった。

 酒を飲み干したリアスはポケットから茶色い瓶を取り出し、再びグラスに注ぐ。


「飲み過ぎは体に悪いですよ」

「分かっているさ。僕も良い歳だ。気を付けているよ」


 そう言えば、リアスの年齢は聞いた事が無い。

 見た目だけで判断すれば30歳中盤ぐらいに見えるのだが、この人も違う世界の人間なので、見た目と年齢が同じとは限らない。

 もしかして、相当年上なのか?


「1192歳だ」


 心を見透かしたように言われて、びくりと体を震わせる。


「冗談だよ」

「……お、脅かさないでくださいよ」

「ごめんごめん」


 小さく笑い、グラスの酒を一口飲む。


「本当は、2016歳だ」


 僕がお茶を飲もうとしたタイミングに言われて、思わず吹き出しそうになった。


「……遊んでますね」

「ああ。遊んいでる」


 悪そうに微笑んでいるリアス。

 だけど、今度は否定をしない。


「……まさか、本当に?」


 遠い目をしながら空を見上げる。

 この目は……本気の目だ。


「これだけ生きているとさ。一日なんて、一瞬にさえ感じるよ」


 酒をベンチに置き、静かに目を閉じる。


「長い年月を生きて、様々な場所を旅して、ここに行き着いた。ここは他の場所と違って、一日が長く感じられる。まるで、こんな体である俺でも、他の人間と同じ時間を生きていると、教えてくれているかのようだ」


 今自分がここに居る事を噛み締めるかのように、リアスがゆっくりと話す。その姿は、楽しそうでもあり、どこか寂しそうにも見えた。


「……リアスさんの故郷って、どんな所ですか?」


 不意に聞くと、リアスは目を開いてふっと笑う。


「そうだな……面白い所だ」

「どんな風に?」

「自動車が空を飛んでいて、建物も逆さに建っていたりする。遠出する時はワープホールを使って、食事は勝手にレンジがチンするだけ」

「完全に仮想未来ですね」

「便利道具を使うロボットを飼っていて、戦争の時は人型ロボットが……」

「それ以上は異世界規制に引っかかるので、止めて下さい」


 ケラケラと笑うリアス。それに、ため息で答える。


「リアスさんは、僕の世界に来た事があるんですね?」

「ああ。20年前くらいかな? あの時はアニメに凄くはまってね。家でゴロゴロしては、ダラダラとアニメを見続けていた」

「生活費はどうしてたんですか」

「そりゃあ勿論、俺の女に……」

「ストップ! 異世界規制!」


 大声で叫び、肩で息をする。

 この人は真面目なのか不真面目なのか、全く分からない。

 老獪と言う言葉は、きっと彼の為に存在するのだろう。


「まあ、そういう事で、今はここでダラダラしているという訳だ」


 そう言って、グラスを手に取るリアス。

 故郷の話は聞けなかったが、面白かったのでそれで良い事にした。

 話は自然と僕の世界のアニメの話になり、僕は最近のアニメについて語り始める。

 最初は少し恥ずかしかったのだが、予想以上にリアスが真面目な顔で聞いて来たので、僕も熱く語り過ぎてしまった。


「いやあ、アニメは本当に進化したんだね」

「はい。動きも全然違いますし、カラーも多彩になっています」

「へえ、カラーも……」


 リアスはそこで何かに気が付き、ポケットに手を入れる。


「そう言えば、君にこれを渡すのを忘れていたよ」


 ポケットから差し出されたのは、一枚の絵はがき。

 それは、砂浜からこの島を見た絵だった。


「前は海の絵だったけど、今はこちらの方が良いだろう?」


 絵はがきを受け取り、静かにそれを眺める。

 左手に神社と錬金術師の家。右手にアリスの家と何でも屋。

 そして、中央に僕達の家、アンリ荘。


「彼方君。少し歩こうか」


 リアスはグラスを持って立ち上がると、砂浜に向けて歩き出す。

 僕は絵はがきを持ったまま、彼の背中を追いかけた。



 砂浜の中央に辿り着き、僕達は地べたに座る。

 いつもなら海の方を向いて座るのだが、今日は島の方を向いている。

 それは、別に決めていた訳でも無く、自然とお互いにそう座っていた。


「その絵はがきの絵は昼の絵だけど、夜の景色も中々だろう?」


 星を空に仰ぎ、鬱蒼と茂る山の木々。その合間にポツリと明かりが灯り、人の営みがそこに存在する事を教えてくれる。

 左に見えるのは、シーの家。右に見えるのは、アリスの家。

 そして、正面に見えるのは、僕達の家。


「こう見ると、この島って結構小さいですね」

「ああ。右の方に町はあるけど、橋が繋がっているだけで、同じ島では無いからね」


 そう言えば、あちらの町には一度もいかなかった。行けばもっと色々な物に触れられたかもしれないが、今更行きたいとは思わない。

 僕はこの島が好きだ。だから、僕はここで良い。


「この景色を書いたら、絵の具が凄く減りそうだ」

「そうなんですか?」

「夜の色は黒では無いからね。色々な色を使って、この景色を表現しなければならない。この島の夜なら、青が一番減るだろう」


 それを聞いて、改めて貰った絵はがきを見る。

 砂の色。建物の色。森の色。そして、空の色。

 言葉で言えば一言なのに、それを表現する為に様々な色を使っている。素人の僕には複雑すぎてどうやって書いているのかさえ分からなかった。


「……絵を書けるのも、後二回くらいかな」


 ぽつりと言ったリアスの言葉に首を傾げる。


「まさか、絵を書くのを止めるんですか?」

「いや、絵を書くのは続けるけど、絵の具が無くなるんだ」

「そうですか。ビックリしました」


 ほっと胸を撫で下ろすと、リアスがふっと笑う。


「絵なんて、趣味で始めたものだから、大した物でも無いんだけどね」

「そんな事はありません。僕はリアスさんの絵が大好きです」


 それを聞いたリアスが、珍しく恥ずかしそうな表情を見せた。


「まあ、何だ。君が喜んでくれて、本当に良かったよ」


 空を見るリアス。


「これなら、この絵の具も報われる……」


 その言葉とリアスの表情を見て、僕は気付いてしまった。

 少しの沈黙。だけど、聞かなくてはいけないと思い、口を開く。


「もしかして、その絵の具は大切な物だったんじゃないですか?」

「いや。そんな事は無い。どこにでもある一般的な絵の具さ」

「そうですか……」

「ただ、俺の世界では、だけどね」


 それを聞いて、心臓がドクンと鳴る。

 今まで聞いたリアスの言葉が頭の中を駆け巡る。

 そして、その中から一つの結論が導かれ、僕の鼓動がどんどん早くなる。

 正直、聞くのが怖い。

 だけど、リアスはきっと、聞いて欲しいのだ。


「……リアスさん」


 真剣な表情で、空を見上げるリアスを見つめる。


「リアスさんの世界は……もう存在していないんですか?」


 リアスが瞳を閉じる。

 それを見た瞬間、答えが分かってしまった。


「……ああ」


 ゆっくりと目を開けるリアス。


「俺の世界は、とうの昔に滅んだよ。戦争による汚染の拡大で、最後は星自体が自爆して塵になった」


 ポケットから一つの絵の具を取り出し、それを見つめる。


「俺はたまたま異世界に居て、九死に一生を得た。だけど、その瞬間に僕の時間は凍結されて、こんなに長生きになってしまった」

「……つまり、不死身という事ですか?」

「いや、不死身では無い。最近は少しずつだけど、俺の時が動き始めている。きっと、この島のおかげだろうね」


 小さく微笑むリアス。だけど、僕は笑えない。

 何故なら、今まで貰った絵はがきは、彼の故郷の残り火だったのだから。


「どうして、こんな大切な物を……」


 全てを言えずに口籠ると、リアスがふっと笑う。


「君を最初に見た時、異世界で一人になった僕を思い出した。だから、絵はがきを書いて渡そうと思ったんだ」

「そんな、簡単に……」

「簡単では無いさ。今まで長く生きてきて、絵の具を使おうと思った時は無かった。時が来た。ただ、それだけさ」


 それを聞いた時、僕はここ数日の事を思い出した。


(時が来た……それだけ)


 どんな事でも、時が来ればそれを実行する。僕からすれば大変な事だが、リアスにとってはそれが今だった。それだけなのだ。

 それを考えた時、これ以上故郷の事を掘り下げるのは止めようと思った。


「ありがとうございます。大切にします」


 それだけ言って、ハガキをポケットにしまう。それを見たリアスは小さく頷き、持っていた絵の具をポケットの中にしまった。


「さてと、それじゃあ、そろそろ家に帰ろうかな」


 リアスはゆっくりと立ち上がると、伸びをして首を鳴らす。


「ああ、そうだ。絵の具の件なんだけど、今度君の世界に行った時に、良い文房具店を紹介してくれよ」


 当たり前のようにサラリと言われて、僕は目を丸める。


「良いだろう?」

「良いですけど、簡単に言いますね」

「簡単さ。絶対に行くと、もう決めたからね」


 ハッキリと言い切ったリアスに、思わず笑ってしまった。


「ああ、でも、何百年後になるかもしれないから、一族に伝言を残しておいてくれ」

「無茶言わないでくださいよ。結婚するかも分からないんですから」

「是非してくれ。じゃないと、君の世界に行った時に、ご飯が食べられない」

「……たかる気満々ですね」


 声を出して笑うリアス。僕も笑い、ゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ、俺達の家に帰ろうか」

「そうですね。僕達の家に帰りましょう」


 故郷を失ったリアス。

 故郷に帰らなくてはいけない僕。

 だけど、ここにも帰る場所はある。

 その人が帰りたいと思った場所が、今帰るべき場所なんだ。

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