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僕の異世界夏休み  作者: 桶丸
27/33

8月26日

『友』



 昨日の激戦を終えて、全身筋肉痛の僕は、ロボットのような動きで道を歩き、使い魔神社を目指す。

 地獄の階段を上り、何とか境内に辿り着くと、そこにはいつもと違った神妙な面持ちのルナが待っていた。


「よう、彼方」

「こんにちは」


 痛む右手を軽く上げて挨拶すると、ルナが小さく微笑む。


「何だお前? 筋肉痛か?」

「ええ、正直しんどいです」


 それを聞いたルナが苦笑いを見せる。


「まあ、何だ……昨日は少しやり過ぎたな」

「そうですね。僕も調子に乗ってしまったと後悔しています」


 花火大会は最高に面白かったが、夏休みらしく無かったというか何というか……

 とにかく、大筋から外れ過ぎていた事を後悔していた。


「それで、今日は何の用ですか?」

「ああ。それなんだが……」


 ルナは神妙な面持ちで僕を見つめながら、腰のナイフを手に取る。

 そして、僕に向けて真っ直ぐに刃を向けて来た。


「……彼方。お前と、真剣勝負がしたい」


 それを聞いて、僕は一瞬言葉を失う。


「いや、あの、僕は普通の高校生でして」

「知ってる」

「グサッとやられると、流石に死ぬというか」

「知ってる」

「それに、身体能力もこの世界の人より劣ってるし

「知ってる」


 そこまで分かっているなら、なぜ今頃になって真剣勝負をしようと言うのだ。

 言っておくけど、本当に死ぬよ? 簡単に死ぬよ?

 だって僕、人間だもの。


「私は……気付いたんだ」


 ルナが視線を落とす。


「使い魔ハンターとして、私には足りないものがある」


 誰にだって、足りないものがある。パーフェクトな人間なんて居ない。

 だから、それでいいじゃないか。


「そして、お前はそれを持っている気がする。だから、戦ってみたいんだ」


 僕を無視して、勝手に話を進めるルナ。

 しかし、その真剣な瞳に、僕も真剣にならざるを得なかった。


「……分かりました」


 そう言って、一歩前に出る。


「でも、流石に死にたくないので、何かルールとか決めて下さい」

「……お前、投げやりだな」

「いや、だって、僕この世界の戦い方とか知らないし」


 ルナは面倒くさそうに頭を掻いた後、やれやれと言う表情で言った。


「仕方ねえな。んじゃあ、彼方はあたいに攻撃有り。あたいは彼方に攻撃無しで、使い魔を倒したらそれで勝ち。それでいいか?」


 圧倒的なハンディキャップだったが、元々戦いたいと言っていたのはルナだし、何よりこの戦いは勝敗が大切なものでは無い。

 だから、僕はその条件を飲む事にした。


「そんじゃあ、やるか」


 お互いに距離を取り、その場に制止する。

 そして、戦いが始まった。



 最初に動いたのはルナ。指輪を掲げて刀鳥を召喚して、ナイフを胸の前に構える。


「ほら、彼方も使い魔召喚しろよ」

「分かりました」


 指輪を掲げてキラービーを召喚して、とりあえず構えっぽいポーズをとる。


「……何だか締まらねえなぁ」

「そう言われても、僕は格闘技の経験とか無いですし」

「そうなのか? その割にゃあ昨日は結構動けてたが」

「あれは雰囲気に呑まれただけです」


 それを聞いて、ルナが小さく噴き出す。


「これが……これが戦争なのか……」

「やめて下さい」

「良いじゃねえか。中々格好良かったぜ」


 死にたい。

 いや。

 死んでもらおう。


「シープ!」


 大声で叫ぶと、森の中からシープエッグがフワフワと飛んで来る。最近は完全に放し飼いにしていた。

 戦闘準備が整ってルナを見ると、ルナは僕を見て少し寂しそうな表情を見せる。


「全く。やっぱりお前は普通じゃねえよ」

「一応普通の高校生って事になってるんですが」

「ばぁか。使い魔を放し飼いにする普通の高校生がどこに居るってんだ」

「ここに居ます」

「……ああ、まあいいや」


 ため息を吐いた後、真剣な瞳をこちらに向けて来る。


「そんじゃあ……行くぜ!」


 足に体重を乗せて力を溜め、一足飛びでルナが突っ込んで来る。

 最初の狙いはシープ。地面を這うように間合いを詰めて、ナイフを振り上げる。

 しかし、シープは毛を硬化させて、そのナイフを軽々と受け止めた。


「ちっ!」


 ルナが後ろに下がる。それと同時にキラービーは空高く舞い、高速落下してルナの体を貫こうとする。


「刀鳥!」


 ルナの号令で刀鳥がキラービーを左右から襲う。しかし、キラービーは体を捻って回転し、刀鳥の刃を捌いてしまった。


「くっ!」


 迫りくるキラービー。ルナは針が刺さるか否かのタイミングでナイフを横に振り、上から降って来たキラービーを体ごと地面にたたき落した。

 キラービーの地面に針が突き刺さる。根元までしっかりと地面に埋まり、見ただけでその威力が伝わって来る。


(ま、まずいな……)


 正直、僕はルナを傷付けたくない。しかし、命令しなくてもキラービーとシープエッグは攻撃してしまうし、ルナもそれを良しとしている。

 このままでは、大変な事が起きてしまうかもしれない。


「へへ……中々やるじゃねえか」


 小さく息を切らしながら、嬉しそうに微笑むルナ。命懸けの戦いだというのに、全く臆していない。

 これが、使い魔ハンターとして生きるという事なのか。

 これだけの覚悟があるのなら、僕から教わる事なんて、何も無いじゃないか。


「ルナさん、もう止めませんか?」

「ああ? 何言ってんだよ」

「だって、ルナさんに怪我して欲しくないし、それに……」


 僕は苦笑いを見せる。


「何もしないで女の人を怪我させるって、最低の男みたいで嫌というか……」


 そう。

 改めて今の状況を考えて欲しい。

 頑張っている女の人を、何もせずに部下を使って一方的に責める僕。

 つまり、ゴミ野郎だ。


「別に良いじゃねえか。実際そうなんだしよ」

「胸が痛い!」

「それに、今更やめられねえ」


 ルナが静かにナイフを構える。


「これは、あたいの乗り越えなきゃいけない壁だ。ここで何かを掴まなけりゃ、ここに導かれた意味が無くなる」


 夏休みでここに来ただけの僕。たまたまそこに居ただけのルナ。

 そんな偶然の出会いを、彼女は導きと言い、真剣に何かを得ようとしている。

 それに対して、僕は?

 僕は自分の立場ばかり考えて、何もしないのか?


「だから……あたいは絶対に負けない!」


 ルナが腕輪を掲げる。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 怒号と共に強く光り出す指輪。

 次の瞬間、ルナの周りに何十匹もの刀鳥が現れた。


「諸刃の朧月……あたいの二つ名さ」


 飛び交う刀鳥の刃に少しずつ体を切り裂かれていくルナ。

 それは、命を懸けた舞踏。


「彼方。お前はただ、夏休みに遊びに来ただけだ」


 ナイフを構え、静かに呼吸をする。


「だから、あたいがどうなった所で、気にするなよ」


 そう言って、姿勢を低くする。

 次の瞬間、足を思い切り踏み込み、猛スピードでシープエッグに突進した。


「おおおおおお……!」


 空から幾重にも降り注ぐ刃。シープは毛を逆立出せて、その刃を一掃する。

 しかし、何度も降り注ぐ刃に耐え切れず、体勢を崩した。


「貰ったぁぁぁぁぁぁ!」


 その言葉と同時に、地面からキラービーが飛び出してくる。


「ぐっ……!」


 突然の攻撃に身を捻って躱すルナ。

 しかし、その隙をシープエッグは見逃さなかった。

 シープエッグは高速で空に飛び立つと、辺り全体に毛を伸ばして刀鳥を弾き飛ばす。それと同時に、キラービーがルナ目掛けて一直線に針を伸ばす。

 伸びた針は、ルナの型をかすめて、後ろの大木を貫いた。


「う、うぐぅぅぅぅ……!」


 肩に手を置くルナ。手に力が入らなくなり、ナイフを落とす。

 その瞬間、刀鳥達が統制を失い、混乱しながら辺りを飛び交い始めた。


(ヤバい!)


 無差別に辺りを切り刻む刀鳥。

 その刃が、ルナに迫る。


「おおおおおお……!」


 声を上げながら刃の雨を潜り抜けて、ルナの元へと向かう。


「ば、馬鹿! 来るな!」


 ここで来るなと言われて行かない人間がどこに居る!


(死なせない!)


 体中が痛い!

 だけど! ルナが傷付くのは、もっと痛い!


「ああああああ!」

「彼方ぁぁぁぁぁぁ!」


 ルナの元に辿り着き、体を広げて彼女を守る。

 空から降り注ぐ刃。シープエッグとキラービーの防御も間に合わない。

 僕は……死んだ。


 その時だった。

 突然持っていたバッグが光り、そこから一本のナイフが飛び立つ。

 それは、リナ達と宝探しをしている時に見つけたナイフ。


「こ、これは……」


 ナイフは自分から鞘を飛び出すと、光の分身を作って刀鳥を次々と落とす。

 そして、気付いた時には、刀鳥達は光の刃に拘束され、地面に付していた。



 戦いが終わり、ルナと僕は神社の中心に寝転がる。

 視線の先には、元気に飛び回る僕の使い魔達。


「……全く、お前には驚かさせれるぜ」


 ルナは小さく笑った後、空を指差す。

 その指の先には、使い魔達と楽しそうに飛ぶ、あのナイフ。


「あれは、伝説の魔法使いが作ったと言われている、使い魔融合型の魔法ナイフだ」

「使い魔融合型?」

「ああ、言ってしまえば、人工使い魔武器ってとこだな」

「それって、凄いんですか?」


 ルナがゆっくりと起き上がり、僕を上から見下ろす。


「凄えなんてもんじゃねえよ。生きる伝説だ」


 僕も立ち上がり、ナイフを見つめる。

 あの宝箱に入っていたという時点で、あのナイフの元所有者が誰かという事は、何となく分かる。

 そして、そのナイフを誰に渡したかったかも分かる。

 だけど……


「ルナさん」

「何だ?」

「あのナイフ、ルナさんにあげます」


 それを聞いたルナが、両手をバタバタとして慌てる。


「ま、待てよ! そりゃあ喉から手が出るほど欲しいが! あれは彼方が貰ったもんで! いや、欲しいけどな? 欲しいけど何つうか! 伝説の武器を軽々と上げるっつうのも……」


 必死に言い訳を探しているルナだが、満面の笑みは隠せない。

 だから、僕は言い訳出来ない状況を作る事にした。


「ルナさん」

「な、何だよ」

「ルナだから、あげたいんです」


 そう言って、僕はルナを見つめる。

 ルナが、それを断れるはずが無かった。


「……分かったよ」


 照れた表情で鼻を掻き、頷くルナ。

 ルナが空に向かって口笛を吹くと、ナイフは空中をクルリと舞って空から降って来る。それに合わせてルナが鞘を胸の前に刺しだし、ナイフはその鞘に収まった。


「今日からこいつの名前は『ナタ』だ」


 それは、僕の世界に存在する神の名前と同じ名前だった。


「良かったですね」

「ああ、そうだな」


 ナイフを腰に納めて、僕を見つめて来るルナ。


「彼方……」


 凛とした表情で真っ直ぐ僕に姿勢を向ける。

 そして、深く頭を下げ来た。


「ありがとう」


 それは、ルナが始めて見せた、真っ直ぐなお礼。

 それを見て、僕は少しだけ寂しくなる。


「ルナさんの力になれて、良かったです」


 ルナは顔を上げると、恥ずかしそうに頬を掻く。


「あ、あたいも、彼方に会えて本当に良かった……」


 そう言った後、視線を外して、小さく口を開く。


「出来れば……このまま……」


 それだけ言って、再び黙る。

 使い魔の飛び回る神社。

 青々と茂る森。


「ルナさん」


 ルナに向かって小さく微笑む。


「帰りましょう」


 その一言で、ルナも静かに微笑んだ。


「……そうだな。帰ろう」


 帰ろう。

 たとえ生きる世界は違くても、今僕達が帰る場所は、同じ。

 だから今日は……一緒に帰ろう。

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