8月21日
『こき使われるのにも慣れて来た自分が居る』
ジリジリと照り付ける太陽の日差しを浴びながら、砂浜で水平線を眺める。
この景色を、もう何日眺めただろう。
何々は3日で飽きるなどというが、それは間違いだ。
こんな綺麗な景色は、何度見ても飽きる事は無い。
だけど、たまに思う。
もし、僕がこの島に住んで居たら、この景色は生まれた時から存在している訳だから、これが既に『普通の景色』になる訳で、そうなると、ここに住む人達は、どんな景色を見て綺麗だと思うのだろう?
(オーロラとか……?)
そうなると、ここの住民が景色を見て感動するのは絶望的だ。綺麗な景色を見る為に、命を削る覚悟が必要になる。
それ以前に、この素晴らしい景色を見て、綺麗な景色を見たいと思うのだろうか。
「お兄さん」
後ろから声が聞こえ、ゆっくりと振り向く。
天才少女達は、今日も笑顔で僕の目の前に現れた。
「ねえ、リナ。綺麗と美しいは、同じだと思う?」
「違うわ」
「どこが?」
「文字が」
理系の答えを言われて、僕はガックリと頭を下げる。
「頭が良いアピールなんてしても、私達には勝てないわよ?」
「いや、勝つ気なんて最初からないんだけど……」
「じゃあ、詩人ぶっているのかしら? 申し訳ないけど、お兄さんの知能レベルでは、詩人にはなれないと思うわ。」
「うん。追い打ちはそれくらいでお願いします」
言わなくても良い事を言った事を大いに反省して、僕は気分を切り替える。
「それで? 宝の地図は解読できたの?」
「それがねー」
リコがわざと間を置いてから腕を振り上げて言った。
「まだなんだー!」
溜めた割に残念な答えが返ってきたので、大木津ため息を吐いて見せる。
「言っておくけど、僕は君達より頭が悪いらしいから、僕に見せても地図の謎は解読できないからね」
「あら、盲点という言葉を知らないのかしら? こういうものは、意外と凡人の方が解読出来たりするものなのよ」
「まあ、そういう時もあるけど、今日のリナ、何か機嫌悪くない?」
「悪くないわ」
上げ足を取ろうと思ったが、明らかにリナの機嫌が悪かったので、余計な事はしない事にする。
しかし、困った。暗号が解読出来ていない状態で宝探しを始めた時はあったが、地図が解読できない状態で探すのは初めてだ。
一体、どこから手を付ければ良いものか……
「あ、彼方君!」
聞き覚えのある声が聞こえ、後ろを振り向く。
そこには、水色の水玉ビキニを着たアリスが立っていた。
(なん……だと!)
日に焼けた健康的な肌と、適度に成長したそのボディ。それは高校生である僕の男子としての本能を加速させ、新たなる精神の揺るぎなき……
「今日はスローライフ姉妹と一緒なんだね」
「うん。宝探しの最中なんだ」
「宝……探し?」
首を傾げるアリス。そう言えば、その事は言っていなかった。
リナとリコに睨み付けられながら一通り説明をすると、好奇心の強いアリスは予想通り食いついて来た。
「へえー! 面白そう! 私も一緒に探したい!」
「それは良いけど、今日は泳ぎに来たんじゃないの?」
「泳ぐのなんていつでも出来るから、大丈夫だよ!」
「ちょっと、何私達を放って勝手に決めて……」
「あ、これがその地図だね?」
アリスはリコの持っていた白紙の紙を覗き込む。
「何々? ええと……」
「無駄よ。ここにはまだ何も……」
「積み木の家。その庭のアクラの木の下に眠る……だって」
それを聞いて、僕達は目を丸める。
改めて三人で地図を覗き込むと、そこにはしっかりと地図が記されていた。
「リナ。これは……どういう事?」
「恐らく、ある条件で地図が見られるようになっていたんだわ」
「条件……」
僕は腕を組み、小さく唸って考えてみる。
「分からん」
「全く、仕方ないお兄さんね。リコ」
「これはねー。多分、この島の人が見たら見れるようになってたんだよー」
「なるほど。この中でこの島の出身は、アリスだけだもんな」
三人でアリスを見つめる。アリスは少し恥ずかしそうに笑った。
「仕方ないわね。地図を解読して貰った恩もあるし、今回の宝探しだけは参加させてあげるわ」
「本当? やったあ!」
ジャンプして喜ぶアリス。その無邪気な反応に鼻の下が伸びそうになったが、左右から無言の圧力を感じたので、今日は紳士で務める事にした。
4人で地図を囲み、僕達は浮かんできた暗号の答えを考える。
「さて、次の段階には辿り着いたけど、これはどういう事だろうか」
「困ったわね。積み木のような家なんて、町の方に行けば、それらしい建物はいくらでもあるわ」
「でもー、アクラの木は無いんじゃないかなー」
「そうね。その二つがある家を順番に探していけば……」
「あるよ」
そう言ったのは、再びアリス。
「積み木の家でアクラの木がある家。私、知ってるよ」
「アリス、本当?」
「うん。多分、間違いないと思う」
「どこにあるの?」
「私の家」
再び灯台下暗し案件が発生して、三人で大きくため息を吐いた。
「あの建物、私達が住み着く前からずっと建っていたし、アクラの木もあったから間違いないと思う」
「まあ、うん。そうだね。今までの流れから考えると、それが正解だと思う」
「全く、どうしていつもこうなるのかしら」
リナがうんざりした表情で頭を抱える。僕も流石にどうかと思ったが、暗号が解けた事は良い事だったので、素直に喜ぶ事にした。
アリスの家に向かって4人で歩く。リコがはしゃいで先に行こうとするのをリナが必死に抑えて、いつの間にか2対2の構図が出来ていた。
横を歩いているアリスの姿にドキドキしながら、空を向いて歩いていると、アリスが突然話しかけて来る。
「彼方君ってさ」
「はい!?」
「彼女達と居る時は、自然な感じだね」
それを聞いて、僕は首を傾げる。
「そうかな?」
「うん。私達と話す時は、どこか他人の雰囲気が出るのに、彼女達と話している時は、まるで兄弟と話しているみたい」
「まあ、言われると確かにそうだね。最初にあった時から馴れ馴れしかった事もあって、遠慮せずに話せるというか……」
「あれ? じゃあ、私達には遠慮してるの?」
下から覗き込んで来るアリスの顔を見て、ドキッとする。
遠慮しているというか、何と言うか……
ここだけの話、年頃の僕としては、他の女子は異性として見てしまうので、距離を置かずにはいられないのだ。
「私、遠慮しないで話して欲しいな」
「それは、ちょっと難しいかも」
「どうして?」
「慣れてないんだよね。同じくらいの年の人に、馴れ馴れしく話すの」
本音を言うのは恥ずかしいので、半分だけ感じて居た事を言った。
「国の友達とは、馴れ馴れしく話さないの?」
「それは……」
「お兄さんにそれを聞くなんて、貴女も残酷な女ね」
そう言ったのは、前を歩いているリナ。
「こんな冴えない男に、友達なんて居る訳無いじゃない」
「あながち間違ってはいないけど、この湧き上がる怒りは何だろう?」
「人間は、本音を当てられたら気分が悪くなるものよ」
「分かっていて口に出すのもどうかと思うが」
「あら、良いじゃない。どうせなら、そのままで居て欲しいわ」
ふっと笑い、前に視線を戻すリナ。
「……そうすれば、馴れ馴れしく話せる異性は、私達だけになるんだから」
嬉しそうなリナ。僕はそれに首を傾げて見せた。
アリスの家に辿り着き、裏側に回り込んで木製の扉を空ける。庭に入って少し歩くと、柵の端に大きな木が一本だけ立っていた。
「これが、アクラの木だよ」
下から木を見上げる。大人二人が手を繋いで丁度良いくらいの太さ。青々と生い茂っている葉は、長く生きている事を感じさせないほど、青々と茂っていた。
僕が黙って木を観察していると、いつものようにリナがスコップを取り出す。
「お兄さん」
「うん。来たね、このパターン」
「お兄ちゃん格好良いー! お兄ちゃん頼れるー!」
「よーし。煽てたって、掘るスピードは上がらないぞお」
元気にスコップを受け取り、アリスに許可を貰って掘りまくる。
10分ほど掘ったところで、いつものようにカチンと音がした。
「あったぞー」
「じゃあ、宝箱を掘り出して、土を埋め直しなさい」
「はいはい。分かってますよ」
宝箱を完全に掘り出した後、再び土を埋めていく。今まではスルーされていたが、実はこの作業が一番辛い。例えるなら、マラソンの折り返し地点と同じだ。
土を戻して三人を見つめる。三人はアリスの部屋の前の段差に座り、アリスの用意していたお茶を呑気に飲んでいた。
「素晴らしい宝探しだ」
「あら、労いの言葉でも欲しいの?」
「いや、逆に怖いからやめとくよ」
「まあ、そう言わずに。ほら」
リナが目でリコに合図を送ると、リコはお茶のカップを持ってこちらに走り出す。
「お兄ちゃん! お疲れさまー……!」
そして、躓き、お茶を僕の頭にぶちまけた。
「お兄ちゃん! ごめんなさいー!」
「何だろうね、このテンプレのようなイベントは」
「面白いでしょ? リコは絶対こういう事を外さないのよ」
地面に座って頭を掻くリコ。それを見て、僕も笑ってしまった。
改めて、4人で宝箱の周りに集まる。人の家の敷地という事もあってか、今回の宝箱はいつもより一回り小さかった。
「リナ。鍵を」
「私に任せなさい」
いつものように、リナが水の鍵を使って解錠する。それを見たアリスは、子供のように目を輝かせた。
「凄い! これがあの水魔法なんだね!」
「そう。これが普通の反応よ。お兄さんも見習いなさい」
「残念だけど、僕は不思議な事にはもう慣れているんだ」
「そうね。その代わり、日常的なドッキリイベントには弱いのよね」
「リナは本当に何でも知ってるな……」
「知らないわよ。分かるだけ」
12歳の少女に分かられる16歳の高校生。
考えると、少しだけ悲しくなった。
「お兄さん。開けて」
「うん。じゃあ、開けるよ」
僕以外の三人が離れるのを確認して、ゆっくりと宝箱を開ける。
そこに入っていたのは、いつもより大きな白紙と、古ぼけた小さな鍵だった。
「鍵が出てくると、いよいよ最後って感じだね」
「鍵が出てくると、こんなの要らないのにって、思ってしまうわよね」
「ごめん。僕も少しだけそう思ってしまった」
「あら、お兄さんにもそれくらいの知識はあるのね」
「散々見せられてきたからね」
しかし、それを言った時に、二つの疑問が浮き上がる。
どうして、今更鍵が出てきたのか。
そして、どうしての宝箱は、鍵が付いているのに鍵が無かったのか。
(……もしかして)
思い浮かぶ結論。だが、確証はない。
それに、これは宝探しだ。先の事を考えるのは野暮というものだろう。
「それじゃあ、最後の地図も見つけたし、私達はそろそろ帰るわ」
「相変らず帰るのは早いね」
「そうよ。だって、早くこの地図を解読したいじゃない」
そう言って、リナは地図を手に取り、ポーチにしまった。
「それじゃあ、いつものように、鍵はお兄さんにあげるわね」
「まあ、うん。リナ達には要らないもんね」
「せいぜい鉄分でも取ると良いわ」
「はいはい。ありがとうございます」
いつものようにから返事をすると、リナとリコが微笑み、手を振って駆け足で庭から出て行った。
アリスと二人になり、僕は頭を掻く。
「ええと、それじゃあ、僕はそろそろ民宿に帰ろう……」
「ねえ、これから二人で泳ぎに行かない?」
とても嬉しい提案だったが、僕は首を横に振る。
「いや、僕は……」
「何か予定でもあるの?」
「え? いや、別に予定は無いけど。その……」
口籠っていると、アリスがニヤリと笑う。
「もしかして、彼方君……」
「……」
これは、絶対にバレた。
何事も無かったかのように空を見ていると、突然アリスが僕の手を掴む。
「彼方君! 行こう!」
「いや! だから! 僕は泳げないから……!」
「大丈夫! 溺れたら助けてあげるから!」
手を引っ張り、海目指して走り出すアリス。僕は海の恐怖に苦笑いをしていたが、これも夏の楽しいイベントの一つだと思い、自分の力で走り出した。




