8月14日
『やらずに後悔するよりは、やって後悔しろ。誰かがそう言っていた』
寝不足だ。
昨日山であんな事が起きたせいで、全然眠れなかった。
だけど、今日はどうしてもやらなくてはいけない事があるので、眠い眼を擦りながら、重い足取りで錬金術師の家へと向かった。
家に着くと、いつものように、シーが錬金壺に向かって独り言をつぶやいている。相変らずだなと思いながらも、自分に託された約束を思い出し、気を引き締めなおしてそこへと向かった。
「シー。おはよう」
「やあ、おはよう。今日は早いんだね」
爽やかに挨拶をしてくるシー。そのテンションについて行けず、苦笑いで答える。
「どうしたんだい? 何かあったのかい?」
「うん、あった。とんでもない事が」
愚痴のように零した後、持ってきた鞄を地面に降ろして、昨日掘り起こした瓶を取り出してシーに見せる。
「こ、これは……!」
目を輝かせて瓶に飛びくシー。しかし、僕はそれをひょいとかわし、地面に倒れ込んだシーを上から静かに見降ろした。
「ほ、本当にどうしたんだい? 今日は随分と機嫌が悪いみたいだが」
「今日は寝不足なんだけど、僕は寝不足になると、態度が悪くなるらしいんだ」
「なるほど。つまり、今の君は底意地の悪い奴って訳だ」
「よーし。この瓶、海に捨てようか」
「ごめーん! 今のなーし!」
躊躇なく土下座してくるシー。それを見ていたら妙に気分が良くなり、仕方なくその瓶をシーに手渡した。
シーは瓶を無邪気に見つめた後、目を輝かせてこちらを見て来る。
「それで、こんなに沢山の割石。一体どこで見つけたんだい?」
「それは秘密。それより、どうなの? これで理想の花火は作れそうなの?」
「ああ、勿論だ!」
「なるほど。それじゃあ、次の作戦に移ろう」
「作戦? 何の事だい?」
うっかり口を滑らせてしまったが、どうせシーには分からないと思い、そのまま話を続ける事にする。
「何でも無いよ。それより、これだけ協力したんだから、花火の打ち上げ方は、僕の意見も取り入れてくれるよね」
「勿論。むしろ、ここまで辿り着いたのは君の功績が大きい。何でも言ってくれ」
「それじゃあ、遠慮なく……」
僕は地面に座ると、昨日の夜にかいたノートを広げる。
「まず、打ち上げる日だけど、明日にしよう」
「あ、明日!? どうしてそんな急に!」
「どうしてって、明日は砂浜で祭りがあるからだよ」
「それは知っているけど、別にそれに合わせなくても……」
「明日にしよう」
「はい」
問答無用で納得させた後、次のページを開く。
「それで、花火の打ち上げ方だけど、三部構成にするのはどうかな」
「三部構成?」
「そう。スターマインに込める割石の時間軸を調整して、一部毎の間に5分間のインターバルを作る」
「そ、それは考えていなかったよ! 凄いアイディアだ!」
「それで、その間にジェシカさんに頼んでナレーション入れて貰って、一部ごとにテーマを決めて、それに見合った花火を打ち上げる」
「なるほど! 確かにその方が、雰囲気が出るね!」
僕の世界では定番なのだが、やはりシーは知らなかったようだ。他の国ではやっているのかもしれないが、シーが知らないのだから、この島では初めての手法になるだろう。
僕はノートの次のページを開き、指で文字をなぞる。
「それで、それぞれのテーマなのだけど……」
「おっと、それは僕の意見も取り入れて欲しいな。なぜなら、その花火を作るのは僕なのだからね」
「勿論。だけど、あまり突拍子も無いのはやめて欲しい」
「ああ。当然だ」
シーはふっと笑った後、胸を張って語り出す。
「まず、第一部は始まりを盛大に祝う為に、ドーンと花火を上げる。その後に、パパパパーンと打ち鳴らし、一呼吸おいてシャラララーと火花を落とすんだ」
「つまり、大きな花火を一発打ち上げて開幕を宣言した後、細かい花火で観客を盛り上げて、最後にゆっくり消える花火で観客に余韻を残すと」
「そう。それだ!」
一部の構成は考えていた事とほぼ同じだったので、文句を言わずに頷いて見せた。
「次に、第二部だが、ここは新時代をテーマとして、シュパッと上げた後、シャシャシャシャーンと見せて、その後にドカバコーンと……」
「いや、型物はやめておこうよ。失敗しやすいし、見る人によっては伝わらない」
これも予想通りだったので、早いうちにバッサリと断る。
「第二部は、花火の良さを改めてみんなに知ってもらう為に、一発一発大事に打ち上げるっていうのはどうかな」
「なるほど! 古き良き時代の新改革だね!」
全く意味不明だったが、とりあえずご機嫌取りの為に頷く。
「そういう事で、二部目の最初は大型の花火を数発。中盤は中型の花火やポカ物をバランスよく飛ばして、最後は再び大型の花火で締める」
「うむ。伝統の花火が美しく空に舞う姿が、今でも目に浮かぶよ」
うっとりしているシー。乗せられやすいのは相変らずだ。危なっかしくはあるが、その前向きな感情こそ、彼の魅力の一つでもある。僕が花火にこれ程入れ込んだのも、彼のそういう性格があったからこそだろう。
既に舞い上がっているシーを見てふっと笑い、ノートの3ページ目を開く。
「そして、最後の第三部。これは、話し合うまでも無いよね」
「ああ、勿論だ」
シーは拳を握ると、堂々とした表情で言った。
「第三部は、僕がずっと考えていた、島を埋め尽くす花火だ」
それに対して、僕も大きく頷く。
「シーの考える最高の花火。楽しみにしてるよ」
「ああ、任せてくれ」
親指を立ててウインクするシー。僕の時代では古い動きなのだが、この世界では分からないので苦笑いだけしておいた。
おおよその流れが決まり、今度はそれぞれの部で上げる花火の種類と、それに合わせた配色などを話し合う。打ち上げるタイミングや使う魔法の種類は、僕には分からないので、全てシーに任せる事にした。
花火の構成についての話が終わり、僕達は花火制作に向けて、少しの休憩を取る。
シーは地面に寝そべり、嬉しそうに渡したノートを眺めていたが、僕にとっては今から話す事こそが、今日の本題だった。
僕は切り出すタイミングを計り、自然な流れで話を始める。
「ねえ、シー」
「何だい?」
「もし、無事に花火が打ち上がったら、その後どうするの?」
シーはそのままの体勢で口を開く。
「そうだな……この島でやる事も無くなるし、もっと花火の腕を磨く為に、旅にでも出ようかな」
「アリスには会わないの?」
少しの沈黙の後、シーはノートを広げたまま仰向けになる。
「会いたいけど、僕からは会いに行かない。約束があるからね」
「じゃあ、もしアリスから会いに来たら?」
再び少しの沈黙。
やがて、シーはふっと笑い、言った。
「……アリスに会えたら、話をするよ」
拙いその言葉は、僕の心に深く突き刺さる。
「だけど、どうせそれは起こらないさ。アリスはお父さんを尊敬していた。そんな人との約束を、彼女が破る訳が無い」
既に諦めているシー。いや、これは覚悟か。会いたい気持ちがありながらも、父との約束を守っているアリスを良く思い、それが正しいと決めつけている。
だけど、それが本当に正しいのか?
「シー、あのさ……」
「なんだい?」
「シーから、アリスに会いに行きなよ」
「だから、それは無いと先ほどから……」
「後悔すると思う」
シーの言葉を遮り、強い口調で言う。
「このまま会わないで別れたら、絶対に後悔する。約束は確かに大切な事かもしれないけど、それより大切な事が、シーの心の中にはあるんじゃないかな」
「そんな事は無いさ。僕の心は、花火と一緒に打ち上げられる。僕の想いは……きっとアリスに伝わる」
分かっていない。
「……シーはそれで良いかもしれない。だけど、アリスは? 約束を守り続けなければいけないアリスは、どうなるの?」
「どうもならないさ。アリスは僕の事なんて、何とも思ってはいない。だから、花火を見て、僕の事を少しだけ思い出してくれれば、それで良いんだ」
シーは、何も分かっていない!
「……いい加減にしろよ」
拳を抑えて、肩を震わせながら、ゆっくりと口を開く。
「アリスと会っていないシーが、どうしてアリスの事を分かるんだよ」
他人の気持ちを本当の意味で分かっている人間など、この世には存在しない。だからこそ、人間は寄り添い、言葉で語り合う。
だからこそ、意図的にアリスから避けて来たシーが、アリスの本当の気持ちなど、分かっている訳が無いんだ。
「アリスはずっとシーの事を心配していた。本当は知っているんだろう?」
こんな小さな島だ。ここに住んでいたシーが、その事を知らない訳が無い。
それなのに、分かったふりをして。それで納得をして。
それがどれほど悲しい事なのか。本当は二人とも、痛いほど分かっているはずだ。
「たとえそうだとしても、僕は……」
それでも、動こうとしないシー
「分かった! もう良い!」
そんな煮え切らない態度に、ついに僕の怒りが爆発した。
「明日の花火終了後! 神社の前に集合だ!」
「な、何だい? どうして突然そんな……!」
「うるさい! とにかく集合!」
「しかし、僕には花火の片付けが……!」
「黙れ……!」
己から吹き出る怒りの感情を全て込めて、シーを上から見下ろす。
「集合。神社の前に集合」
「……分かりました」
ついに折れるシー。僕は小さく頷き、怒りを空に吹き飛ばした。
大きくため息を吐き、シーがゆっくりと立ち上がる。深呼吸をして僕を見たその表情は、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
「全く、君はいつもこんな強引なのかい?」
僕を見ながら小さく笑うシー。僕もふっと笑った後、いつもと変わらない青々とした空を見上げる。
「どちらかと言えば、僕は人の事に干渉しない人間だったと思う」
「そうなのかい? 僕の知っている君は、いつでも人の為に動いている、熱い人間なのだけれどね」
言われてみれば、そんな気もする。
僕はここに来てから、随分と感情を表に出している。
だけど、それは……
「……それは多分、ここが僕の過去に繋がっていないからだと思う」
そう。ここは異世界。
僕の世界とは、何も関係の無い世界。
だからこそ、ここでは何も考えずに、素直で居られるんだ。
「過去……か。なるほど、少しわかる気がするよ」
アリスとすれ違いになった過去。動きたくても動き出せない自分。
シーにとって、ここは自分の世界だ。これからも、ずっとここで生きていく。そんな彼が動けずにいたのも、自分に照らし合わせると納得できる。
そんな彼だからこそ、僕は助けたくなったのかもしれない。
「明日、絶対に来なよ」
「ああ、大丈夫。分かっているさ」
逃げる事の出来ない自分の世界で、前に進む覚悟を決めたシー。
そんな彼を見て、僕も自分の世界に帰ったらそうありたいと、この場では思った。




