8月9日 = 絆編 =
『異世界という言葉で片付ければ、大抵の事は納得できる』
朝食を食べ終わり、いつものように砂浜へと足を運ぶ。
今日も良い天気で、寄せては引いていく波がキラキラと輝いて綺麗だ。
何気なく近くにあった石を手に取り、海に向けて放り投げる。
石は2回ほど水面を跳ねて海の中へと消えて行く。
それを見て、幼い頃に父と川遊びに行った事を思い出した。
少しすると、砂浜の奥から一人の人間が歩いて来るのが見える。
目を凝らして見ると、それは麦わら帽子を被ったリアスだった。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
「いやあ、昨日の夜は面白かったね」
実は昨日の夜の事を、僕はあまり覚えていない。
ただ、朝皆に会った時に、皆が妙によそよそしかったので、何かをやらかしたという印象だけはあった。
「あの……昨日僕、何か悪い事を言いました?」
「いや、ちょっとフラグが立っただけだよ。気にする事は無い」
「フラグ?」
「そう。ピンク色のフラグ。ほら、彼女達の髪の色と同じだ」
リアスが砂浜の先を指さす。
その先から、ピンク色の髪の姉妹がゆっくりと歩いて来た。
姉妹は僕達の前で立ち止まると、鋭い視線をこちらに向けて来る。
「おはよう」
「うん、おはよう」
「ねえ、このおじちゃんだれー?」
「俺はリアス=パブロ。写生画家さ」
「ふうん……」
リナはリアスの事を観察するように眺める。
「貴方は要らないわ。消えなさい」
「なるほど。中々面白い子達だね」
リアスはふっと笑った後、ポケットからハガキを取り出して僕に差し出す。
それは、昨日の飲み会の絵が書いてあるハガキだった。
「俺は君にこれを渡したかっただけさ。それじゃあ、俺は邪魔みたいだから、居なくなる事にするよ」
差し出されたハガキを受け取ると、リアスは手を振りながら民宿の方へと消えて行く。
完全に居なくなるのを見て視線を戻すと、姉妹は手に持っていたハガキを勝手に覗き込んでいた。
「ふうん。私達以外にも知り合いが居たのね」
「誤解の生む言い方はやめて欲しいな」
「大丈夫だよー。お兄ちゃんにはリコ達が居るからー」
「棒読みでそんな事を言わないでくれ」
ケラケラと笑うリコ。それに合わせて僕も笑い、ハガキをポケットにしまった。
三人で話しながら、砂浜の入り口の階段に座る。話はもちろん宝探しについて。どうやら進展があったらしい。
「あのねー。昨日二枚目の紙を見ている時にジュースをこぼしたら、地図が浮かんできたんだー」
「へえ。やっぱり宝の地図だったんだ」
「そういう事。それで、またお兄さんに手伝って貰おうって訳」
「分かった。それじゃあ、早速その地図を海に浮かべてみようよ」
「はあ? 何を言っているの?」
リナは紙を取り出すと、何やら呪文を唱える。
すると、リナの手から水が発生して、紙を濡らして文字と地図が現れた。
(相変らず何でもありだな)
改めて異世界という事を認識した後、僕は地図を見つめる。
「これは……うん、分からない」
「仕方ないわね。リコ、読んであげなさい」
「はーい」
リコは地図を受け取ると、端にかいてある文字を指で追いながら口を開く。
「神の頂きの裏。虫の王が住む玉座の下に眠る……だってさー」
リコの軽い口調に合わない神妙な暗号。
そのギャップに気を取られて、僕は暗号の解読に集中出来なかった。
「私達は全く分からなかったけど、むしろ全く考えなかったけど、お兄さんは何か心当たりは無いの?」
「うーん。ちょっと待ってね」
全投げに関しては無視をして、改めて暗号について考えてみる。
(神の頂きと言えば……)
アリスに案内してもらった神社。この辺りで神を示す場所は、あそこしかない。
(虫の王か……)
その言葉にも心当たりがある。王かどうかは分からないが、とりあえずリナに聞いてみよう。
「ねえ、リナ」
「何かしら」
「この辺りの虫の王って、キラービーの事かな?」
「そうね。この辺では、それより強い虫の使い魔も居ないから」
「じゃあ、僕飼っているんだけど」
「……え?」
僕は虫かごを出してキラービーを召喚する。
次の瞬間、リナとリコが小さい悲鳴を上げて、僕に抱き着いて来た。
「あ、彼方! 何いきなり出してるのよ!」
「大丈夫だよ。もう懐いているから」
「そんな……キラービーは懐かない事で有名なのに」
「そうらしいんだけど、何か懐いた」
「懐いたって……彼方本当に何者なのよ」
異世界人です。と、言いたいところだが、それを言っても仕方が無いので、とりあえずニヤリと笑って見せた。
「まあ、良いわ。それで、その子はどこで捕まえたの?」
「ロールに教えて貰った裏山。ああ、そう言えば、あそこは山の上にある神社の、丁度裏側だ」
「ロール……今度は女の名前……」
リナが思い切り睨み付けてきていたが、何も見なかった事にして、キラービーを虫かごの中にしまう。
「そういう事だから、とりあえずこいつが出た所に行ってみようよ」
「そうね。その女の事も気になるし、行って見る事にしましょう」
三人は頷き、何でも屋へと足を運ぶ事にした。
何でも屋に辿り着くと、いつものようにロールが現れる。
しかし、僕達の事を見た瞬間、まるで苦虫を潰したかのような表情で、僕の事を睨み付けて来た。
「アンタ……最低ね」
「ええと、とりあえず、見た目で判断するのはやめてくれないかな?」
「見た目も何も、ピンク髪のビキニロリ少女2人よ? どう考えたって、不審者以外あり得ないじゃない」
否定は出来ない。僕だって、最初はそう思った。
「ふうん。貴女がロールって子ね?」
リナは一歩前に出ると、鋭い目でロールの顔を見上げる。
「私はリナ=スローライフ。スローライフ家の家主よ。こんな離島に住む貴女でも、私達の事は知っているわよね」
「へえ、貴女があの……」
ロールは臆する事なく、リナを上から見下ろして口を開く。
「私はローレライ=ブルースワロー。ブルースワロー家の次女よ。都会育ちの貴女達でも、ローレライの伝説くらい聞いた事はあるわよね?」
「へえ、あの噂の……」
リナが面白そうに笑う。
どうやら二人は、この世界では有名人のようだ。
「私はリコだよー」
「リコは黙ってなさい」
「えー。リコも自己紹介したいよー」
「これは自己紹介じゃないわ。威圧よ」
二人の間に火花が飛び散る。異世界なので、リアルに飛び散っている。
その火力で火傷しそうだったので、その間に入って火花を散らした。
「ロール。僕達は探し物をしていて、君の案内してくれた場所に行こうと思っているんだ。だから、店の裏に回っても良いよね?」
「……仕方ないわね。少し待ってなさい」
ロールは店の中に入っていくと、棚の上に置いてあった水筒を手に取り、僕達の元に戻って来た。
「道中は水分が取れないから、念の為にこれを持っていくと良いわ」
「ありがとう。ロール」
僕は水筒を受け取る。
「水なら幾らでもあるのだけれど?」
水魔法で今にも攻撃しそうなリナ。僕は再び二人の間に入ると、ロールに軽く頭を下げて、リナの背中を押して裏に連れて行った。
裏山に入って坂を上る三人。リコは楽しそうにしているが、リナは不機嫌そうな表情で音を立てながら歩いていた。
「リナ。いい加減機嫌を直してくれよ」
「何を言っているの? 別に機嫌は悪くないわ。むしろ絶好調よ」
「絶好調だから怖いんだよ。頼むから、その右手の水魔法を消してくれ」
「駄目よ。いざって時に、お兄さんを吹き飛ばせないじゃない」
「俺を殺る為の水かよ!」
ニヤリと笑うリナ。それを見て背筋が寒くなる。
彼女の性格を考えると、殺る時には殺る。これ以上機嫌を損ねないように注意しよう。
やがて、キラービーと戦った場所に辿り着く三人。前に休んだベンチに座り、改めて地図を広げてみる。
「それで、暗号の続きは何だっけ?」
「虫の王が住む玉座の下に眠る。だよー」
「なるほど。そうなると……」
三人は黙って下を見つめる。
「ここだね」
「ここね」
「ここだー」
立ち上がり、ベンチの下を見つめる。
「この下を掘るの? 結構狭いんだけど」
「大丈夫よ。私の水魔法で、ベンチごと吹き飛ばすから」
「危ない事を言ってないで、小さいスコップを出してよ」
「あら、私に命令するなんて、偉くなったわね」
リナはふっと笑い、空間魔法で小さなスコップを取り出す。
「さあ、掘りなさい」
「はいはい。分かってますよ」
赤いスコップを受け取り、ベンチの下に腕を突っ込んで掘り始める。
まるで幼い頃にした砂場遊びのようで、少しだけ切なくなった。
ある程度掘ると、スコップの先でカチンと音がする。どうやら宝箱に辿り着いたようだ。
「あったよ」
「じゃあ、全部掘り出しなさい」
言われるままに周りを掘り、宝箱を取り出して地面に置く。
僕はスコップを地面に刺すと、乾いた喉を潤す為に水筒を取り出し、そのままゴクゴクと飲んだ。
「毒が入っていれば良いのに」
「ロールが入れる訳無いだろ?」
「あら、随分と信頼しているのね」
言われてみて、初めて気が付く。
そう言えば、この水筒を貰う時も、当たり前のように受け取っていた。
これは、一体どういう事だろう。
自分の世界に居た時は、女子と話す事が苦手だったというのに。
「まあ、良いわ。とにかく宝箱よ」
リナが顎で命令して来たので、僕は一度ため息を吐いた後、リナが魔法で解錠した宝箱を開けてみる。
そこに入っていたのは、一枚の紙と真っ赤な石が詰まった瓶だった。
「この紙は次の地図でしょうけど、この石は何かしら?」
「なんだろうねー。瓶にはオマケって書いてあるけどー」
石に見覚えがあり、僕は手帳と一緒に持ち歩いていたノートを開く。
その赤い石は、シーが探している割石の一つだった。
「これ、僕が貰って良いかな」
「駄目よ。この中に入っていた物は、全て私達の物よ」
「じゃあ、リコ。この石を僕に下さい」
「もう、仕方ないなー」
「リコに頼むなんて卑怯よ」
「卑怯じゃない。作戦と言ってくれ」
僕は石の入った瓶を取り出すと、ズボンのポケットにねじ込む。リナとリコは紙を取り出して、まじまじとそれを見ていた。
「それで、何が書いてあるの?」
「白紙よ。また白紙」
そうだろうと思っていたので、特に驚く事は無かった。
「全く、どうして私のご先祖は、こんな面倒な仕掛けを作ったのかしら」
「遊び心じゃないかな。この島綺麗だし」
何気なくそう言うと、何故かリナが目を丸める。
「……どうしたの?」
「いえ、何でも無いわ」
言わずに地図をポーチにしまうリナ。僕はリナの表情が気になったが、彼女の性格から考えて、聞いても無駄だと思い、そのまま山を下りる事にした。
水筒をロールに返して砂浜に戻る。
いつの間にか、その砂浜が僕達の集合場所になっていた。
「それじゃあ、私達は帰るわね」
「前にも思ったんだけどさ。リナ達って、どこに帰ってるの?」
「もちろん家よ」
「家って一体……」
そう言った直後だった。
突然上から風が吹き荒れて、慌てて腕で防御する。
次にその腕を外した時、そこには赤い皮膚のドラゴンが羽ばたいていた。
(まさか……)
息を飲んで竜の背中を見る。
そこには、リコとリナが当たり前のように座っていた。
「それじゃあ、またね」
「お兄ちゃん。さよならー」
大きく羽根を羽ばたかせ、空高く舞い上がる赤竜。
(流石は異世界。何でもありだな)
僕はいつものセリフを心の中で言った後、ポケットから戦利品を取り出し、山に住む錬金術師に渡す為に歩き出した。




