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僕の異世界夏休み  作者: 桶丸
10/33

8月9日  = 絆編 =

『異世界という言葉で片付ければ、大抵の事は納得できる』



 朝食を食べ終わり、いつものように砂浜へと足を運ぶ。

 今日も良い天気で、寄せては引いていく波がキラキラと輝いて綺麗だ。

 何気なく近くにあった石を手に取り、海に向けて放り投げる。

 石は2回ほど水面を跳ねて海の中へと消えて行く。

 それを見て、幼い頃に父と川遊びに行った事を思い出した。


 少しすると、砂浜の奥から一人の人間が歩いて来るのが見える。

 目を凝らして見ると、それは麦わら帽子を被ったリアスだった。


「やあ、おはよう」

「おはようございます」

「いやあ、昨日の夜は面白かったね」


 実は昨日の夜の事を、僕はあまり覚えていない。

 ただ、朝皆に会った時に、皆が妙によそよそしかったので、何かをやらかしたという印象だけはあった。


「あの……昨日僕、何か悪い事を言いました?」

「いや、ちょっとフラグが立っただけだよ。気にする事は無い」

「フラグ?」

「そう。ピンク色のフラグ。ほら、彼女達の髪の色と同じだ」


 リアスが砂浜の先を指さす。

 その先から、ピンク色の髪の姉妹がゆっくりと歩いて来た。

 姉妹は僕達の前で立ち止まると、鋭い視線をこちらに向けて来る。


「おはよう」

「うん、おはよう」

「ねえ、このおじちゃんだれー?」

「俺はリアス=パブロ。写生画家さ」

「ふうん……」


 リナはリアスの事を観察するように眺める。


「貴方は要らないわ。消えなさい」

「なるほど。中々面白い子達だね」


 リアスはふっと笑った後、ポケットからハガキを取り出して僕に差し出す。

 それは、昨日の飲み会の絵が書いてあるハガキだった。


「俺は君にこれを渡したかっただけさ。それじゃあ、俺は邪魔みたいだから、居なくなる事にするよ」


 差し出されたハガキを受け取ると、リアスは手を振りながら民宿の方へと消えて行く。

 完全に居なくなるのを見て視線を戻すと、姉妹は手に持っていたハガキを勝手に覗き込んでいた。


「ふうん。私達以外にも知り合いが居たのね」

「誤解の生む言い方はやめて欲しいな」

「大丈夫だよー。お兄ちゃんにはリコ達が居るからー」

「棒読みでそんな事を言わないでくれ」


 ケラケラと笑うリコ。それに合わせて僕も笑い、ハガキをポケットにしまった。

 三人で話しながら、砂浜の入り口の階段に座る。話はもちろん宝探しについて。どうやら進展があったらしい。


「あのねー。昨日二枚目の紙を見ている時にジュースをこぼしたら、地図が浮かんできたんだー」

「へえ。やっぱり宝の地図だったんだ」

「そういう事。それで、またお兄さんに手伝って貰おうって訳」

「分かった。それじゃあ、早速その地図を海に浮かべてみようよ」

「はあ? 何を言っているの?」


 リナは紙を取り出すと、何やら呪文を唱える。

 すると、リナの手から水が発生して、紙を濡らして文字と地図が現れた。


(相変らず何でもありだな)


 改めて異世界という事を認識した後、僕は地図を見つめる。


「これは……うん、分からない」

「仕方ないわね。リコ、読んであげなさい」

「はーい」


 リコは地図を受け取ると、端にかいてある文字を指で追いながら口を開く。


「神の頂きの裏。虫の王が住む玉座の下に眠る……だってさー」


 リコの軽い口調に合わない神妙な暗号。

 そのギャップに気を取られて、僕は暗号の解読に集中出来なかった。


「私達は全く分からなかったけど、むしろ全く考えなかったけど、お兄さんは何か心当たりは無いの?」

「うーん。ちょっと待ってね」


 全投げに関しては無視をして、改めて暗号について考えてみる。


(神の頂きと言えば……)


 アリスに案内してもらった神社。この辺りで神を示す場所は、あそこしかない。


(虫の王か……)


 その言葉にも心当たりがある。王かどうかは分からないが、とりあえずリナに聞いてみよう。


「ねえ、リナ」

「何かしら」

「この辺りの虫の王って、キラービーの事かな?」

「そうね。この辺では、それより強い虫の使い魔も居ないから」

「じゃあ、僕飼っているんだけど」

「……え?」


 僕は虫かごを出してキラービーを召喚する。

 次の瞬間、リナとリコが小さい悲鳴を上げて、僕に抱き着いて来た。


「あ、彼方! 何いきなり出してるのよ!」

「大丈夫だよ。もう懐いているから」

「そんな……キラービーは懐かない事で有名なのに」

「そうらしいんだけど、何か懐いた」

「懐いたって……彼方本当に何者なのよ」


 異世界人です。と、言いたいところだが、それを言っても仕方が無いので、とりあえずニヤリと笑って見せた。


「まあ、良いわ。それで、その子はどこで捕まえたの?」

「ロールに教えて貰った裏山。ああ、そう言えば、あそこは山の上にある神社の、丁度裏側だ」

「ロール……今度は女の名前……」


 リナが思い切り睨み付けてきていたが、何も見なかった事にして、キラービーを虫かごの中にしまう。


「そういう事だから、とりあえずこいつが出た所に行ってみようよ」

「そうね。その女の事も気になるし、行って見る事にしましょう」


 三人は頷き、何でも屋へと足を運ぶ事にした。



 何でも屋に辿り着くと、いつものようにロールが現れる。

 しかし、僕達の事を見た瞬間、まるで苦虫を潰したかのような表情で、僕の事を睨み付けて来た。


「アンタ……最低ね」

「ええと、とりあえず、見た目で判断するのはやめてくれないかな?」

「見た目も何も、ピンク髪のビキニロリ少女2人よ? どう考えたって、不審者以外あり得ないじゃない」


 否定は出来ない。僕だって、最初はそう思った。


「ふうん。貴女がロールって子ね?」


 リナは一歩前に出ると、鋭い目でロールの顔を見上げる。


「私はリナ=スローライフ。スローライフ家の家主よ。こんな離島に住む貴女でも、私達の事は知っているわよね」

「へえ、貴女があの……」


 ロールは臆する事なく、リナを上から見下ろして口を開く。


「私はローレライ=ブルースワロー。ブルースワロー家の次女よ。都会育ちの貴女達でも、ローレライの伝説くらい聞いた事はあるわよね?」

「へえ、あの噂の……」


 リナが面白そうに笑う。

 どうやら二人は、この世界では有名人のようだ。


「私はリコだよー」

「リコは黙ってなさい」

「えー。リコも自己紹介したいよー」

「これは自己紹介じゃないわ。威圧よ」


 二人の間に火花が飛び散る。異世界なので、リアルに飛び散っている。

 その火力で火傷しそうだったので、その間に入って火花を散らした。


「ロール。僕達は探し物をしていて、君の案内してくれた場所に行こうと思っているんだ。だから、店の裏に回っても良いよね?」

「……仕方ないわね。少し待ってなさい」


 ロールは店の中に入っていくと、棚の上に置いてあった水筒を手に取り、僕達の元に戻って来た。


「道中は水分が取れないから、念の為にこれを持っていくと良いわ」

「ありがとう。ロール」


 僕は水筒を受け取る。


「水なら幾らでもあるのだけれど?」


 水魔法で今にも攻撃しそうなリナ。僕は再び二人の間に入ると、ロールに軽く頭を下げて、リナの背中を押して裏に連れて行った。

 裏山に入って坂を上る三人。リコは楽しそうにしているが、リナは不機嫌そうな表情で音を立てながら歩いていた。


「リナ。いい加減機嫌を直してくれよ」

「何を言っているの? 別に機嫌は悪くないわ。むしろ絶好調よ」

「絶好調だから怖いんだよ。頼むから、その右手の水魔法を消してくれ」

「駄目よ。いざって時に、お兄さんを吹き飛ばせないじゃない」

「俺を殺る為の水かよ!」


 ニヤリと笑うリナ。それを見て背筋が寒くなる。

 彼女の性格を考えると、殺る時には殺る。これ以上機嫌を損ねないように注意しよう。

 やがて、キラービーと戦った場所に辿り着く三人。前に休んだベンチに座り、改めて地図を広げてみる。


「それで、暗号の続きは何だっけ?」

「虫の王が住む玉座の下に眠る。だよー」

「なるほど。そうなると……」


 三人は黙って下を見つめる。


「ここだね」

「ここね」

「ここだー」


 立ち上がり、ベンチの下を見つめる。


「この下を掘るの? 結構狭いんだけど」

「大丈夫よ。私の水魔法で、ベンチごと吹き飛ばすから」

「危ない事を言ってないで、小さいスコップを出してよ」

「あら、私に命令するなんて、偉くなったわね」


 リナはふっと笑い、空間魔法で小さなスコップを取り出す。


「さあ、掘りなさい」

「はいはい。分かってますよ」


 赤いスコップを受け取り、ベンチの下に腕を突っ込んで掘り始める。

 まるで幼い頃にした砂場遊びのようで、少しだけ切なくなった。

 ある程度掘ると、スコップの先でカチンと音がする。どうやら宝箱に辿り着いたようだ。


「あったよ」

「じゃあ、全部掘り出しなさい」


 言われるままに周りを掘り、宝箱を取り出して地面に置く。

 僕はスコップを地面に刺すと、乾いた喉を潤す為に水筒を取り出し、そのままゴクゴクと飲んだ。


「毒が入っていれば良いのに」

「ロールが入れる訳無いだろ?」

「あら、随分と信頼しているのね」


 言われてみて、初めて気が付く。

 そう言えば、この水筒を貰う時も、当たり前のように受け取っていた。

 これは、一体どういう事だろう。

 自分の世界に居た時は、女子と話す事が苦手だったというのに。


「まあ、良いわ。とにかく宝箱よ」


 リナが顎で命令して来たので、僕は一度ため息を吐いた後、リナが魔法で解錠した宝箱を開けてみる。

 そこに入っていたのは、一枚の紙と真っ赤な石が詰まった瓶だった。


「この紙は次の地図でしょうけど、この石は何かしら?」

「なんだろうねー。瓶にはオマケって書いてあるけどー」


 石に見覚えがあり、僕は手帳と一緒に持ち歩いていたノートを開く。

 その赤い石は、シーが探している割石の一つだった。


「これ、僕が貰って良いかな」

「駄目よ。この中に入っていた物は、全て私達の物よ」

「じゃあ、リコ。この石を僕に下さい」

「もう、仕方ないなー」

「リコに頼むなんて卑怯よ」

「卑怯じゃない。作戦と言ってくれ」


 僕は石の入った瓶を取り出すと、ズボンのポケットにねじ込む。リナとリコは紙を取り出して、まじまじとそれを見ていた。


「それで、何が書いてあるの?」

「白紙よ。また白紙」


 そうだろうと思っていたので、特に驚く事は無かった。


「全く、どうして私のご先祖は、こんな面倒な仕掛けを作ったのかしら」

「遊び心じゃないかな。この島綺麗だし」


 何気なくそう言うと、何故かリナが目を丸める。


「……どうしたの?」

「いえ、何でも無いわ」


 言わずに地図をポーチにしまうリナ。僕はリナの表情が気になったが、彼女の性格から考えて、聞いても無駄だと思い、そのまま山を下りる事にした。



 水筒をロールに返して砂浜に戻る。

 いつの間にか、その砂浜が僕達の集合場所になっていた。


「それじゃあ、私達は帰るわね」

「前にも思ったんだけどさ。リナ達って、どこに帰ってるの?」

「もちろん家よ」

「家って一体……」


 そう言った直後だった。

 突然上から風が吹き荒れて、慌てて腕で防御する。

 次にその腕を外した時、そこには赤い皮膚のドラゴンが羽ばたいていた。


(まさか……)


 息を飲んで竜の背中を見る。

 そこには、リコとリナが当たり前のように座っていた。


「それじゃあ、またね」

「お兄ちゃん。さよならー」


 大きく羽根を羽ばたかせ、空高く舞い上がる赤竜。


(流石は異世界。何でもありだな)


僕はいつものセリフを心の中で言った後、ポケットから戦利品を取り出し、山に住む錬金術師に渡す為に歩き出した。


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