一日目@美化200パーセント
ストーン
呼ばれたような気がした。
いい匂いがする。
名前も知らない花が風に揺れている。見上げれば、空は青。
雲一つない。
桃色の花が見渡すかぎり広がる野原で、響くのは鳥の声と、ホーリーさんの呼び声だ。
振り返ると、走ってくる人影がある。
白いドレスに花冠。
金色のといたままの髪がふわふわなびいてる。
「ストン」
輝く瞳がおれをみあげて、細められた。
「ここにいたのね、探しました」
「探した。おれを? あなたは誰だ」
ぷっ、と頬をふくらませた表情に見覚えがある。
「ホーリーさん?」
「はい」
にっこり笑って、おれの腕にぴったりと寄り添った。
「迷子にならないように、こうさせてください」
「いいけど」
いいのか? いろいろツッコミどころ満載だな。
ホーリーさん細いし。ココドコだし。
おれの声もおかしい。のどいつもゴロゴロ鳴ってたのに、それが、ない。手のひらを見ると、五本指。ごつごつの。肉球は? どこ。疲れたときぷにぷにすると超癒されたのに。
「ホーリーさん、美人だし」
「えへ」
えへじゃない。美化されすぎじゃない?
これなんなの?
あなたの白目のインパクトが強すぎて、もうホーリーさんと言えば白目しか思い出せないのに。
「ストンもとてもすてきですよ。猫もかわいいけれど、今はため息がでるくらい」
すてきって言われたらまあ悪い気はしないけど。
見た目ってツラの皮一枚のことだよな。
一喜一憂するなんて、疲れるよ。
猫になったとき思った。それまでチヤホヤしてた人たちが、猫になったとたんサーッと周りからいなくなって、影でこそこそ噂してんの聞いたとき。おれは何にも変わってないのに、って悔しかった。
どんな姿でも認められたい。
それに。
「ストン、じつはね」
なにがこんなに嬉しいんだか、にこにこしながらおれを見上げてくるホーリーさん。そばにいたいと思ったんだ。どんな姿だって。
「目を覚ます前に、説明が必要だと思ったのです。ですから、こうして一席もうけました」
「一席ねえ」
「お礼を言いたくて」
「うん?」
「黙っていてくれてありがとう」
「ああ、おれたちが一つになったこと」
「ストン!」
顔赤いんだけどホーリーさん。かわいいな。美化200パーセントでもまあいいや。
「太ったおれは謹慎を命じられたんだよな」
「王様の本意ではないのです」
「どういうことだ」
「分解が成功したことは、秘密なのです。王様の近くに、残念なことですがわたくしを邪魔に思う者がおり、彼らに真実を知られるわけにはいかなかったのです」
「正教派のおっさんか?」
ホーリーさんはうなずいた。
処置の前にもいたよな、神官のおっさん。
神殿には二つの派閥がある。
王家の始祖にして守護神である青い竜をまつる正教派と、ホーリー・ベル女王の時代に興った福音派。
「正教派はわたくしを廃し、母の一族から次の王を擁立しようともくろんでいます。わたくしが無事でいると知れば、あなたも危険にさらされます」
たしかにぷよんぷよんのときに襲われたくはない。
「それにしたって、長くはしのげないぞ」
ホーリーさんの体のこともある。
「心配してくれるのですか」
「あたりまえだ」
白い頬がぽっと染まった。
「だから、おれの役目だし。ホーリーさんはおれの主人だから」
「はい」
すっごいうれしそう。
照れくさ。
「わたくしはあなたの主人だものね、ストン。離れないでね」
いまさらどこにも行かないって。
「これからどうする」
「旅に出なければなりません」
「旅?」
「わたくしには、双子の姉がいます。本来、桜の宮の主であるべき人」
ホーリーさんのいる蓮の宮と対になっている桜の宮。双子の姉さんは本来の主だ。赤ん坊の頃さらわれ、行方しれずになったと聞く。
今、桜の宮には、正教派の巫女がいる。ホーリーさんの母方のいとこの姫君だ。正教派の後継者だ。
「正教派は信頼できません。残念ながら。姉をこの国に取り戻すことができれば、道が開けるかもしれません」
「どこにおられるんだ」
「魔界に」
魔界。
「やめようホーリーさん」
巨人の国だっていうよ。おれなんかひねりつぶされておしまいだ。
「居場所はわかっています。隣国へ行くよりも近いわ。でも、姉は帰りたがらないでしょう」
ホーリーさんはうつむいた。
「姉は魔界にこのうえなく馴染んでいて」
まじか。
「かの地でもかなり重要な地位にいると」
すげえな。
ホーリーさんの姉さん。どんな人なんだろう。
やっぱまんまるなのかな。
「いまさら帰ってきてほしいなんて、虫がいいお願いをすることになります」
「姉さんに会いたいんだろ」
ぴくっとまぶたが動いた。
仕方ないなあ。
「なら、行くか」
「ストン」
泣きそうな顔しないでいいから。
花冠をくれたけど。いいって。おれには似合わないって。
でも、悪い気はしないな。
こういう夢も悪くない。
「あっ、言い忘れていました」
ホーリーさんは弾んだ声で言った。
「目を覚ましたら、おなかいっぱい息を吸い込んでくださいね」
「は?」
「湖に飛び込みますから。五十数えるくらいは我慢してくださいね。ストン」
な、なに?
ホーリーさんの笑顔がぼやける。
足下の花がすごい強風に散らされていく。
おれは顔を手でかばった。そして目を開けたとき。
まんまるボディは網にかかっていた。
きっつ。深呼吸なんてできねえぞ。これ。
それをつり下げてるのは、赤いドラゴン。
びゅうびゅう風吹いてる。
「猫殿、起きたか!」
ドラゴン乗りが大声でさけんだ。その声。
てめぇか魔管士。いつのまにおれを緊縛したんだ。
「すまん、深い眠りゆえ、くくらせてもらった」
寝てたの? まるでホーリーさんみたいじゃない。
いきなり爆睡って。おれ大丈夫か。
ところで魔管士。
ホーリーさんほっといてなにしてくれてんの?
大丈夫なんだろうな。
「手はず通り」
夢の中でほんとうにざっくり聞きましたけど。
おれは魔界に行くの決定なんだよな。
「湖は魔界への入り口だ。心してくれ」
こんな風に?
いきなり?
湖面に影がうつる。
急上昇。かーらーの。
急 降 下!
キモチワルイ。
「ちょ、ちょっと」
(ストン、深呼吸です)
できるかっ!
するにしたってさ。ゆっくり入水できないのっ。
うっわ! 水ごぼってきた。鼻に。痛。いっ痛ぅ!
冷たい。ていうか痛い!
こういうの、いやぁ。らめぇ!
お願い。
ぼくをおウチに帰してぇ!!