表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

一日目@ホーリーさんといっしょ

「大変だ。容態が」

 なんか、ピーピー警告音鳴ってる。

 どこから出てんだ?

 あ!

 ホーリーさん、口から泡でてる!

 血の気が引くとはこのことだ。

 いろんな管を踏み越えて、おれは魔管士の肩をひいた。

 振り返った男は、どこか上の空だった。

 ぼうっとしてる。

 大丈夫か?

「あんた。しっかりしてくれ」

「おお、猫殿」

「ホーリーさんは・・・・・・ここに」

(ストン! だめ)

 泣きそうな声だった。

 ホーリーさん、そう言うけど。

(なりません、ストン。それ以上言ったら絶交です)

 いいよいいよ別に。

(ストン。一生のお願いです)

 えっ。

 それだしてくるか、今。

 ずっと前の約束だ。

 まだおれが人間の子どもで、ホーリーさんがただのぽっちゃり王女だったころ。

 なんでも一つ、願いを叶えてやると言った。

 命を助けてくれたお礼だ。

 おれが助けたんじゃないってところが、カッコ悪いけど。

 城の周囲には、湖がある。きれいな魚もいるし、星屑の砂のつもった水辺もある。子どもにとって格好の遊び場だった。

 湖に落ちたおれを助けようと、ホーリーさんはからだをゆすって水中に飛び込んだ。やばいと思ったなあ。ホーリーさん泳げないよね? てか水苦手って言ってたよね? ホーリーさんは泳がなかった。沈みもしなかった。ぷかぷか浮きながら、おれのところにきた。

 ストン。髪につかまって。

 ホーリーさんの三つ編みにつかまって、命拾いした。

 おかえしに何でも言うこと聞くって約束したんだった。


 じゃあ、わたくしの一生にひとつ、頼みごとをするわね。

 忘れないでね。ストン。あなたはわたくしの大切な・・・・・・


 あわただしくなった。

「これからだぞ」

「気ぃ抜くなよ」

 そんな声が聞こえてきた。

 おれいつのまに回想モードに入ってた?

 魔管士、ぼうっとするのやめたみたいだ。

 いろいろ指示出してる。


 魔法陣を描いていたろうそくの火が、ひとつひとつ消えていく。

 おいおいどうなるんだ。

 魔法典医のじいさん、こういう事態でも魔管士に何も言わないつもりらしい。これが「委ねる」ということなら、おれには無理っぽい。

(ストン)

 おれは爪が出てたのを、あわてて引っ込めた。

 緊張すると爪出るくせ、直したと思ってたのに。

 一生のお願い発動されたら、一歩下がるしかない、のか?

(ストン)

 くそっ。今度はより目になってる? 


「猫殿、下がっていてください」

 魔管士は胸元から小さな袋を取り出した。

 その口を開けると、小さな光がたくさん飛び出した。

 緑、白、赤。

 飛び回っていたが、魔法陣のかわりにホーリーさんの周りに規則的に漂っている。

(妖精ですね)

 あ、ああ、そうだな。

 珍しいもんじゃないけど。

(いいえ、ストン。とても珍しいです。祭りの夜、湖と森に飛び回るのをみたことはあるけれど。お財布のなかに入れて連れて歩くなんて)

 ホーリーさんうれしそうだけど。

 あの小袋、財布だったんだ。おれの財布のほうがでかい。

 小銭取り出すとき、妖精出しちゃったりしないんだろうか。

 しかしなあ。

 ためいきも出てくるわ。

(きゃっ☆きれいですわね、ストン)

 わくわくできるような状況じゃないから。

 わかってるのか?

(ストン。人形に妖精さんを詰めたら、飛ぶかしら)

 知らねえし。詰めもんにしたら怒られるぞ。

 てかそれおれの毛で作った人形のことだよね。

 ぼっさぼさの毛玉がほのかに発光しながら飛んだらダメだと思う。

 のんきすぎ。

 本来落ち着きのない妖精が、一所にとどまり続けるのは容易なことじゃないだろう。魔法陣を定着させようと(たぶん)、六人がかりでなんかしてる。

 掲げた杖の先から、白いもやもやが出てる。

 あれか?

 暑い日に、じいさんが杖の先からミスト出してたっけ。

 すごく細かい霧だから、のどからくる夏風邪にも効くって、いつのまにか長蛇の列ができてたことがあった。

 それ的なものか?

 あっれ。

 なんか、ホーリーさんちょっと、しぼんできてない?

 ミストにそういう効果あるの。

 うわー。

 おれ剣やめて魔法使いになろうかな、まじで。

 じいさんにミスト習って、楽ちんダイエット教室開いてやる。

(ストン、ふざけないで)

 ホーリーさんに言われたくない。

 あんな状態(手足だらん、顔色蒼白、白目、呼吸してないっぽい)で大丈夫なの? 筋金入りののんき者だな!

(言ったでしょう。わたくしは、平気です。ねえ、外に行きましょう)

 はあ。何言ってるの。

 あなたねえ。

(っぷ)

 なに、何がおかしいのっ。

(ストンは怒るとねえ様みたい)

 しっぽでぶってやろうか? ああ?

 おれ、言っとくけどオシャベリな男じゃないからな。

 ホーリーさん勝手におれの頭んなか入ってくるから。

 本来なら、こうして考えてること十個あっても、口にするのは一個か二個だから。ご婦人方には、「何をお考えなのかわからないわ。それが口惜しい・・・・・・」とかなんとか言われちゃってるんだからっ!

(侍女たちから様々なことを教えてもらいますが)

 はい?

(ストンがご婦人方の噂になっているというのは、初耳です)

 まじか!

 猫は恋愛圏外なの?

 軽くショック!

(ストンの心はにぎやかなのですね)

 それはともかく。

 ここから出たらどうなっちゃうかわかんないんですよ。

 今もどういう状況なのか、把握できてないのに。

 絶対にダメ。絶対ダメ!

(ストン。一生のお願いです)

 お願いさっき使いました。

 おしまいだから。はいざんねーん。


「近衛隊長殿」

 誰。今忙しいの。

 ホーリーさんの無事を確認するまで、おれはここにいないと。

 王様がお呼びだって。

 う。これは行かねばなるまいが。

 ホーリーさんの体、どんどんしぼんでる・・・・・・。

 なんか泣きたくなってくる。

 皮だけになっちゃうんじゃないか。

(お父様のところにまいりましょ、ストン)

 うきうきの声と、壮絶な分解の図のギャップが激しすぎて、なんて言ったらいいかわからない。治療と言うより、祓いの儀式みたいだ。 

(祓い。ある意味、そうなのでしょう)

 うかない声だ。

 どうしたんだ?

(離れても、大丈夫です)

 何を根拠に。

(ジルさんがそう仰いましたから)

 ジルって、アレ?

 魔法陣のわきで、必死なカオして両手で見えない壁を押してる人?

(はい。あなたのそばから離れないかぎり安全だと)

 いつのまにそんなやりとりあったの?

 ホーリーさんずっと眠ってたよね。

(目覚めていました。でも、体は眠っていて。ジルさんが体からわたしを引き離してくれたのです)

 なんだ、わかってんじゃん魔管士。

 ならどうして秘密にしろなんて。

(わけがあるのです。言わないようにと、ジルさんが)

 なんなんだ、魔管士。

 どういうつもりだ?


 で、ホーリーさん今どこに。

 きょろきょろ見回してみても、やっぱりホーリーさんの姿はない。

(あの。あなたの中に、その、いるのです)

 部屋を出るとき、姿見が目に入った。

 見たらいけなかったんだよ・・・・・・。

 おれ、これまでずっと頑張ってきたんだ。

 わあ、まじか。猫・猫、あれほんとに猫なの?

 猫に剣もてんのかよ。

 といった周囲の冷たい視線を跳ね返そうと、努力してきたつもりだ。

 肉球には血がにじんだ。

 スタミナはないが、早さは国一番。という自負もある。

 相手の懐に飛び込み、短時間でけりをつける。

 そのためには、鍛え抜かれたしなやかな筋肉と、スリムな体が必要。

(ストン、ごめんなさい)

 ホーリーさん。

 空気って、食べ物でしたっけ?

 まんまるな頬。

 なんか服がきつい、と思ったら、腹! 出てる。

 ぱんっぱんなんだけど! 待って。これどういう悪夢。

 ほんと、ナニコレ。

 鏡には、すんげーふっくらした自分の姿が映っていた。 

 もう。

 ふざけんなよ!(泣) 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ