一日目@分解
真っ黒い上着を脱ぐと、白いシャツ一枚になった。
魔法管理栄養士は腕まくりをすると、目の前のホーリーさんにそっと触れた。
壁を押してるようにしか見えねえ。
「はあ、なんとも厄介な」
重ったいため息が、広い室内になんとも無造作に落ちた。
厄介だろうよ。
みんなお手上げなんだよ。
高名な魔管士殿だって簡単にはどうにもできんだろうな。
言ったらなんだが、今までもホーリーさんをなんとかしようとしたんだ。
決して放っておいたわけじゃない。
(すぐに追い出されるんだろう)
ホーリーさんの部屋には神殿から大物が二人。こそこそなんか言ってんなあ。それから魔法と医術に通じた、魔法典医のじいさん。
厳しい目つきでみてやがる。
この人ら。見た目、王様より迫力あるからな。
(じいさんたちの匂いがする・・・・・・)
しっぽがはたはたしそうになるのを、なんとか我慢した。
それから王様と王妃様。
「ジル殿。いかがかな」
王様がおたずねになった。
いかがって、もうすこし待ってあげたほうがいいかと思うんですが。
「王女様は、このままではお命も危うい状況です」
魔管士は頭を下げた。
体中の毛が逆立つ。
「無礼者」
「なんと恐ろしいことを」
「言葉を慎め」
ざわっとするよな、そりゃ。
じいさんたち血圧あがるぞ。
・・・・・・いまさらじゃんか。
ホーリーさんの体がこれまでもっていたことも(この状態でもっている、って言えるのか?)不思議なくらいなのに。
「言葉を慎んでいる猶予はないのです。一刻も早く、仕事を始めたいのですが。かまいませんか」
魔管士は有無をいわさぬ声で言った。
「分解をいたしますので、部屋の外へ」
分解。
さらっと言ってるが、とんでもない。
(分解だと?)
「魔管士!」
思わず声を上げると、じっと魔管士はおれを見て、うなずいた。
うんじゃねえ。
なにがうん、だ。
分解は、ホーリーさんと魔法を切り離す高度な処置だ。
魔法典医だっておいそれとできない荒治療だ。
「カルテを見てないのか? 失敗したんだ。王女様には効かないはずだ」
本来なら、近衛ごときが口を挟んでいいことじゃない。
でも、黙っていられなかった。
「黙っておれ、ストン。委ねよ」
魔法典医だろうに、無茶を止めもしない。
「じいさん。この男が信用できんのか」
「これ・・・・・・まったく。姫様のこととなると、すぐこうだ」
王様なら止められる。
「王様。分解をお許しになるのですか」
たずねたことを後悔した。
王様の目には、はっきりとした迷いがあった。
迷いと恐怖。
おれはうつむいて、頭を下げた。そうするしかなかった。
王様が決断なさったことだ。
「ホーリーにはそなたがおる。幸いだ」
王様は小さなお声でおっしゃっただけだった。
※
ホーリーさんの部屋には魔法典医のじいさんと、なぜか近衛隊長のおれ。
(いらねーだろ、おれは)
魔管士の連れてきた仲間は、あっという間に支度を整えてしまった。おれは部屋のすみで、眠り込んだホーリーさんをみつめていた。
ホーリーさんは一日の半分以上を眠って過ごす。
目覚めると食事をほんの少しとり、庭に出る。
歌ったり、本を読み聞かせてもらったり。
抜け毛で人形を作ったり。
枕元にあるちっぽけな毛玉が目に入った。
「!」
あの茶色のふさ。おれの猫毛だ。
ほかにすることもあるだろうに。
抜け毛を集めて人形を作るとか・・・・・・。
ホーリーさんおれを泣かす気かっ?
ところで、呪いの人形とかじゃないよな。
いやいやホーリーさんは呪いとか似合わん。
「心配か」
魔法典医のじいさんが、おれをひじでつつく。
このじいさんはおれの母方の大叔父で、気安い存在だ。
「ホーリー様の病は、血にも関係しておるようだ」
「血?」
「王家の始祖は、遠い昔ドラゴンと結婚したという言い伝えがある。ドラゴンの血を魔法の触媒として使うだろう。普通であれば、呪文だとか呪具だとかの存在なしに魔法は発動せん」
「つまりぃ?」
「ホーリー様は、そこにおられるだけで魔法をつねに生みだしておられる。一呼吸、歌声ひとつで。出口より入り口の大きい川のごとしさ。いつかは川は決壊しよう」
「じいさん」
「さすがののんき者も血相をかえるか。ホーリー様の御身にかかわることなればな」
「あたりまえだろ。おれは近衛だ」
ぼそっと言うと、じいさんは紙切れを差し出した。
「ジル殿に感謝せねばいかんよ。わしの目を盗み、ホーリー様の魔法抜きの食事に細工したものがおるらしい」
まじか。
腹一杯のところに、詰め込んだらどうなるか。
「誰がそんなこと」
けもの侍女たちはホーリーさんに忠誠をささげている。
彼女たちがいつも交代でそばに仕えている。
「侍女の目を盗めるのは、あの方ただ一人」
おいおい。
あの方って、あの方か。
「でも何で・・・・・・」
「それを探れと言うておる」
「もっとほかにいるだろう。適役が」
「おまえのほかに誰がいる。桜の宮殿に忍び込めるのは猫の近衛のほかそうはおらんよ」
ホーリーさんのまわりに、びっしりと円形にろうそくが並べられた。
分解の処置を見るのは、初めてだ。
何度試しても、魔法陣が崩れてしまうらしい。
魔管士のことは気に入らないが、うまくいってほしい。
成功して、ホーリーさんが少しでも楽になれるなら。
ホーリーさんの体の回りに、湯気のようなものがたちはじめた。
目をこする。
一瞬の間に、部屋が白っぽい光でいっぱいになった。
まぶしくはない、やさしい光だ。
ストン
呼ばれたような気がした。
ストン
となりにいるじいさんは、じっとホーリーさんを見てる。
聞こえてないらしい。
ス、ト、ン!
きいんと耳鳴りがする。
(わたくしです)
姿は見えないが、声だけ聞こえる。
(ホーリーです)
「ほっ、ホっ!?」
(わたくしは、どうなったのでしょう?)
どうもこうも。
こっちが聞きたいくらいだ。
ホーリーさん、魔法陣のなかで白目むいてるけど・・・・・・大丈夫か?
生きてんのか?
(わたくしは平気です。今までにないくらい、体が軽いわ)
魔管士に言うべきだろうか。
分解が成功したということなのか?
(待ってください。ストン、言わないで)
なんで。どうして。
言わないわけにはいかないでしょうが!