第三十六話 立ち入り禁止の森
「居ないなぁ………くそ」
「……」
オヤジと別れてかれこれ二十分ぐらいは経つだろう。しかし、鷹広と草部は見つからない。イライラして来るがラビに当たっても仕方ない。いつの間にか街を通り越し、人気の無い森の近くまで来てしまった。
「あ、あの、師匠っ! すぐ街に戻りましょう」
「……何でだ」
ラビの様子がおかしい。それは見れば一目瞭然だった。何かに怯えてるように異常に辺りを気にしている。すぐ直前に見える森に何かあるみたいだ。
「……あ、あの森は立ち入り禁止なの。子供はあの森に近付かない」
「立ち入り禁止、か」
入ってみたいが怯えるラビを連れて行ける筈がない。かと言って一人で入るのはもっと嫌だ。ここは引き返すしかないか。
「ん、何だ…?」
引き返そうと振り向くと、こっちに向かって来るラビぐらいの少女と少年が見えた。二人とも、犬の耳と尻尾が生えている。獣人族だ。
「な、に、人間! なんでここに居んだよっ!」
「……それはこっちのセリフだ。ラビから聞いたが、ここは立ち入り禁止なんだろ」
そう言うと少年は言い返せなくなった。少年と手を繋ぐ少女は何も言わず、俺をじーっと見つめている。
「良いんだよ! 俺達はこの森に入るんだ! 退かないなら無理にでも入るからなっ」
「…………」
攻撃態勢を取る少年には何を話しても無駄だろう。説得する前に、理由を聞いてみるか。
「…そこまでして入りたい理由は何だ? 答え次第では通っても良いぞ」
「し、師匠っ!?」
「…黙ってろラビ」
「……それは…」
少年は言おうか迷ってるみたいだ。俺とラビは少年が話し始めるまでじっと待つ。
「………妹が………魔国の奴らの呪いで声が…出なくなったから………立ち入り禁止の森の中になんの傷も癒える泉があるって聞いて…」
「…だから森の中に入ろうとしたんだな」
「そうだ………話したからそこを退けよ!」
「……いや、まだだ」
まだ一つ、確認してない事がある。俺は少年ではなく少女の方を向く。
「…お前は………入りたいと思ってるか?」
「!!」
「お、おい! 妹は喋れないって言っただろっ!」
まさか自分に聞かれると思わなかったのか、妹の方は驚いている。喋れない事は知っている。俺もそんな体験をしたからだ。だが、意思疎通出来ない訳じゃない。
「……もし、そう思うなら頷け。違うなら首を横に振るんだ。これで意思疎通出来るだろ」
「……(コク、コク)」
分かって貰えたようだ。少女は頷いた。よし、この勢いで後は…
「さっきの質問に戻るが。お前は危険を犯してまで森の中に入りたいと思うか?」
「………………………(フル、フル)」
今度は首を横に振った。つまり、妹は森の中に入りたくないようだ。それを初めて知った少女はショックを受けてるみたいだった。
「嘘だっ! 俺は、アイカを助けたくて…兄ちゃんだからっ……」
「………ハァ……『スケッチブック、ペン』」
どうやら少年は誤解してる。誤解を解く為にチートでスケッチブックとペンを出して少女に渡す。
「紙とペンだ。字ぐらいは書けるだろ」
「…(コク、コク)」
返事をしてからスケッチブックに何やら書き始める。これで、言葉を話せなくても意思疎通が出来た。
「………お、出来たみたいだな」
「…(コク、コク)」
少女は俺の言葉に頷いてスケッチブックを少年に見せた。俺とラビも字が見える所に移動する。
“私は言葉を喋れなくても良い、お兄ちゃんが側に居てくれれば平気だよ”
スケッチブックにはそう書かれていた。
「あ、アイカ………!」
「……(ニコッ)」
この兄弟は仲が良い。
それは良い事だ。
「あ、でも!」
「ん?」
このまま良い雰囲気で終わろうとしてたがそんなに上手くはいかないらしい。
「俺は中に入るぞ」
「…………は?」
どうやら、俺は面倒くさい事に巻き込まれてしまったらしい。




