第三十四話 いざ
ーー深夜、地下牢ーー
赤い月明かりに照らされ、暗い地下牢が少し明るくなる。手足を専用の鎖で拘束されているシュシュが冷たい地面に座っていた。この鎖は魔法を無力化する石を使っている為、牢屋内で魔法は使えない。
「………………」
『……聞こえているか、シュシュ』
誰も居ない筈の地下牢から男の声が聞こえた。シュシュは声の主が分かっているのか、慌てない。やがてシュシュの体から黒いモヤが現れる。
「……聞こえてる」
『…ふん、随分とご機嫌ナナメのようだ。姉にビンタされたからか?』
声は黒いモヤから聞こえる。挑発的な言葉にシュシュは言い返す事も出来ず、唇を噛み締めるだけしか出来なかった。
「………それで、何をすれば良い。あんたの狙ってる秋哉とか言う奴に勘付かれてたぞ」
『…それこそ想定内だ。次は俺の魔法で地下牢を脱獄する……それから、キューティー・ラロスに会え』
黒いモヤがビリビリと電気を帯びる。シュシュは痛みに耐えながらただ耐えた。そして、黒いモヤはシュシュの拘束具を破壊した。
「…………」
体が動く事を確認してから煉瓦造りの壁に両手を付けた。すると、黒いモヤがシュシュの体から手を伝い壁を侵食する……と、簡単に壁が崩れ去った。
『……よくやった。外に苺花を立たせてある……苺花から地図を受け取り、赤丸の場所へ向かえ』
「………」
地下牢を出ると森が一面に広がっていた。そんな中、一際目立つメイド服を着る少女が無表情で立っている。詳しく知らないがジャックスに操られてるらしい。少しだけ同情するが今はこっちも余裕がないんだ。
「……ジャックス様からで…す。どうぞ」
「あ、ありがと」
イチカとか言う少女からクルクル巻かれた地図を受け取って中を見てみる。幸いにも俺はドワーフだ。森は小さい頃から入ってるし、獣人族の森は慣れっこだった。
「………お前は…………いや、なんでもない。それじゃ、またな」
「お前も頑張れよ」と言おうとしたが止めた。俺もイチカもジャックスの言いなりだ……監視されてる以上は下手な事は出来ない。一回だけラオウ城を見上げる。
(……ごめん………姉ちゃん)
絶対に届かない言葉を心の中で呟いてから俺は足を進めた。暫く走ると夜の闇に神々しく光る光が見える。
「………リラ」
『あ、シュシュ! 久しっぶり〜〜。こんな夜更けにどこ行くの??』
リラは精霊族の精霊だ。その証拠に、背中から小さい羽根が生えている。自分より遥かに小さい少女は邪悪な存在の魔国には見えない。精霊が見えるかは人それぞれなのだ。
「…………別に」
『……シュシュ………ねぇ、知ってる? シュシュが行方不明になった時ミュミュが毎日夜まで探してたんだよ……やっと見付かったのに、また居なくなっちゃうの?』
城に残す姉ちゃんには辛い思いをさせるかもしれない。でも、姉ちゃんを巻き込みたくない………姉ちゃんにはいつも迷惑掛けてたから。
「良いんだ。姉ちゃんが平和なら………またな、リラ」
『あ……シュシュ!』
体が小さい私なんかが止められる筈もなく、どんどん遠ざかる小さな背中を見守る事しか出来なかった。
『……違うよ、シュシュ。シュシュが居なくなったらミュミュは……悲しむよ』
リラはどうしたら良いか分からず、心が痛んだ。
ーー朝ーー
「大変デスよ! 大変デスよ、皆さんっ、起きるデスーー」
朝から騒がしい。
すっかり元気になったラルの声が廊下に響いた。
「ん〜〜。何の騒ぎだ…?」
尋常じゃない慌てように俺も少し急いで部屋を出ると、丁度走って来たラルとバッタリ出くわした。
「あ、アキチカさん! おはようデスよ」
「あぁ………所で何を騒いでたんだ?」
「ハッ!そうでした。実は、アヤノさんの意識が……今戻ったんデスよ」
文乃の意識が!
俺は文乃が寝かされている部屋へ走る。
ーーーーーーーーーバンッ
「……アキ。へへっ、おはよ〜」
部屋に入ると上半身を起こす文乃の姿が。
すっかり元気そうで隣りの草部・鷹広と喋っていた。文乃の部屋にはラフットさん、ラビ、ミュミュ、ミシェルさんにラオウ王まで揃っている。
「遅いぞ、秋哉」
「そうよ。全く」
鷹広と草部が仲良くなった瞬間からウザくなる。こんな事なら喧嘩したままにしとけば良かったか?
「念の為、一日は様子を見てしっかり休んで下さいね。これはメイドの命令です」
「あはは、分かりました」
メイドの命令か…。
まぁ、間違ってはない。
トントン
ノック音が聞こえる。
ラオウ王が「入れ」と言うと一人の兵士が恐る恐るといったように入ってきて敬礼した。
「……何かあったのか?」
「は、はい。それが………昨夜、牢屋に拘束していたシュシュ・アルヴェートが…だ、脱獄しました」
「……えっ!?」
一番驚いていたのはミュミュだ。
やっと見付かった弟が、また居なくなったんだから。ただ敵が動き始めたのが早かった。
「………そうか。では兵士全員で森を探せっ! 絶対に逃がすな」
「…シュシュ………なんで…」
信じられないと泣き出すミュミュを草部が慰める。
しかし逃げたシュシュの行き先が分からないんじゃ、探しようがない。
またもや暗い雰囲気が漂う。
王の間に場所を移して、これからの事を全員で相談する。勿論、逃げたシュシュについてだ。因みに文乃は部屋で安静にしている。
「…秋哉はどう思う?」
「……詳しい事は分からない。ただ、やっぱり魔国が何らかの形で関係してるだろうな」
「……………あ、あの」
遠慮がちにソロ〜っと手を挙げるミュミュ。
視線が注目して顔が赤くなる。
「……ミュミュよ、どうかしたのか?」
「は、はい。た、多分……キューティー・ラロスに会えば……あ、すいません」
キューティー・ラロスに会う。
そう言えば最初はキューティー・ラロスに攫われたと聞いた。何か関係があるかもしれない。
「ふむ………では、分かれよう。キューティー・ラロスを引っ捕らえる組はアキチカ・ラフット・ラビ・アヤノ。兵士と共に森を探す組はタカヒロ・ミヨ・ミシェル・ミュミュ……というのはどうだ?」
ラオウ王はいつから考えていたのか、スラスラと名前を言う。その中に文乃が入ってるのは何故だ?
「あの、ラオウ様。アヤノ様は安静中なのですが…」
「それが本人の希望だ」
あくまでラオウ王は本人の希望を尊重すると言った。ミシェルさんは不安そうだったが言い返せないようだ。




