第三十三話 不審な陰
「…う、嘘ですっ! シュシュがそんな事をする訳ありません…そんなの、嘘です」
泣き崩れるミュミュだが弟のシュシュは縄に縛られ、大人しくしている。泣きもせず、罪を否定しようともせずに泣いているミュミュから目を反らす。
「………シュシュ、お前はどう思う? こうしてお前の為に泣く姉をどう思う。やってないのなら否定するのだ」
「…………」
ラオウ王がそう言ってもシュシュは黙りだった。しかしシュシュが気になる。
「…っ、黙ってろ。言われなくても分かってる」
「ん?」
ラオウ王の質問に何も答えようとしないシュシュだったが誰にも聞こえないような声でボソボソ何かを呟いている。どうやら気付いているのは俺だけらしい。シュシュを観察すると背中から全身にかけて黒いモヤみたいなのが見えた。
「お願い、シュシュ! 裏切ってないってハッキリ言ってっ」
「…………っ確かに…俺は…………裏切り者…だ」
「し、シュシュ!?」
誰が見ても自供だった。ラオウ王も王として捕まえない訳にもいかない。ラオウ王の横から出て来た二人の兵士がシュシュを無理矢理立たせる。
「ま、待って下さい! シュシュはそんな事しません……口は悪いけど本当はいい子なんです…だから」
「ーーーーーーーー………うるさい!! 姉ちゃんは俺の事、分かってない………俺は昔からこういう事をしたくて堪らなかったんだ……ハハッ、やっと叶ったぜ! どうだ姉ちゃ」
ーーーーーーーーーパンッ
乾いた音が響く。
涙を流しながらミュミュがシュシュの頬を叩いたのだ。シュシュの頬は僅かに赤くなっていた。
「…っ、シュシュなんて知らない」
「あ……ミュミュ!!」
王の間を飛び出したミュミュを草部が追って王の間を出る。しかしこの雰囲気は重いぞ。叩かれたシュシュはやっぱり泣きもせずただ一点の方を見ていた。気になるのは黒いモヤだな…。
「……地下牢へ連行しろ」
「…ちょっと待って下さい」
今すぐ連れて行かれようとしていたシュシュを一旦止める。止めた俺は正面へ回る。シュシュは俺を睨んでいるがそれは構わない。
「………時間は掛けられんぞ」
どうやらラオウ王は分かって貰えたようだ。俺は軽く会釈をしてからシュシュに向き直す。
「…お前は黄金の果実を取りに行って行方不明になった筈だ……ミュミュが探してた時、何処に居たんだ?」
俺が疑ったのはシュシュが何か嘘を付いてる事だ。勿論、そんな証拠はない。だから本人からボロが出るのを待つ。
「それは……だから、魔国の連中に色々話してたんだよ」
「……色々…か。例えばどんな事を話したんだ?」
「……獣人族の弱点…みたいなのを」
「そうか。どうやって魔国の奴と接触したんだ?」
「…たまたま、森で見かけて」
「森でか。森で何してたんだろうな」
「…知るかよっ!」
……やっぱり何かおかしい。
シュシュを攫ったとされたのはキューティー・ラロスの筈。でもシュシュは魔国に密告してたと言った。あとは、
「……お前、さっき誰と話してた?」
シュシュの耳元で呟くように言った。するとシュシュは驚愕の表情だ。まるで「見えるの?」と言ってるように見える。
「あ、あれは……べ、別に誰とも話してないっ」
本人は否定してるがこれは確信だ。
シュシュは裏切ってない……ただ、何らかの形で魔国が関わってる。
「…もう良いな、連れて行け」
兵士に連れて行かれるシュシュを見ながらあの黒いモヤの事を考えていた。
「………ん〜。どうやら勘付かれてるみたいだな………流石はあの両親から産まれただけある。ま、そろそろ思い出して貰わなきゃな」
赤を基調とする軍服に黒いマントを翻す青年は真っ赤に映る月を見ながら微笑む。
「………ジャックス様………お出掛けです…か?」
そしてジャックスと呼ぶ赤を基調とするフリフリのメイド服を着た少女は青年の隣に並ぶ。少女の表情には感情が無いように無表情だ。
「……フフッ。あぁ、出掛けるとも! こんなに面白い余興が始まるのだから………そして、」
ジャックスは無表情の少女を見る。
少女を見るだけで体がゾクゾクする。それはこれから起こるであろう劇のキーだからだ。
「……兄弟同士の戦い、という面白い劇の余興。それにはお前が必要なのだ…なぁ、分かるか苺花」
「……はい」
「フッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ」
これから起こる劇に、自然と笑いが込み上げて来る。
ジャックスの甲高い声がしばらく聞こえていた。
「それで少年よ、先程何故……シュシュを引き止めた。何か勘付いたのだろ?」
流石はラオウ王だ。
よく分かっている。
「…どういう事だ兄ちゃん」
「……率直に言うと、シュシュは裏切ってはない。恐らく何か脅されてもしてるんだろう」
「それじゃ、シュシュは裏切り者じゃないデスか」
「あぁ」
だとすればあの黒いモヤは魔法か何かだろう。それしか考えられない。
「………そうか。では、シュシュの件はひとまず保留とする……明日にでも話しを聞くとしよう」
こうしてシュシュの件は保留となった。
だけどこの時はあんな事になるなんて思わなかった。
「それは本当、アキチカ様?」
「多分…だ。でも可能性は高い…と思う」
「もー。しっかりしなさいよ秋哉」
戻って来たミュミュと草部に俺の予想を話すとようやくいつものミュミュに戻った。草部も嬉しそうだ。
「…ありがとうございます、アキチカ様。心配してくれてありがとうミヨ様」
「…えへへ。あ、今日の夕食は何だろう」
色んな事があって忙しかったがもう夜だった。だから腹が減ったのか。
「……フッ」
バレバレだ。
鷹広が柱の陰に隠れてこっちの様子を伺っていた。
「……今日の夕食はラフットさんが作るんだったな。夕食のメニューは何だっけ、鷹広ー」
鷹広という言葉にピクリと反応する草部。柱の陰から身を乗り出してソロソロと俺の横に並び立つ。草部も気まずいのか明後日の方向を見ている。
「…………」
「…………」
何も話そうとしない鷹広にいい加減痺れを切らした。左肘で脇腹を突っつく。
「………きょ、今日は、確か……何とか魚の丸焼き…だったかな……あ、あと。美代が好きそうなシチューみたいなの」
「……ぷっ、あははは。なに、シチューみたいなのって! ウケる…フフッ、あはは」
なんか爆笑してるが上手く仲直り出来たようだ。
草部も鷹広も笑顔になっている。
「おーい、夕食が出来たから王の間に来い」
「あ、出来たって! 行かないの……鷹広」
「美代……。行くよ」
良かった。何だかんだでいつも疲れるが、この二人が本調子じゃないと気が狂う。
「……すっかり仲良しですね。何だかアキチカ様、皆のヒーローみたいですね!」
ヒーロー……何という褒め言葉だ!
最高に嬉しい。
「……ありがとな。さぁ、俺達も行くぞ」
ミュミュの頭を撫でてから足を進める。ミュミュは後ろからヒヨコのようについて来る。それが少しだけ照れくさくて、でも慕われている事が嬉しかった。




