第三十話 恋心
ーーーーーーーーガタンッ
飛行艇は何か陸に止まったように大きく揺れて、静寂に包まれる。
「な、な、何が起こったの?」
「…なんか景色が…………壁が見えるぞ」
確かに飛行艇の窓からは真っ白な壁が見える。ネフィヤの城みたいだが、それとは何かが違う。
「…ここは…………もしかして」
思い立ったようにエルボーは飛行艇を真っ先に出る。残された美代と鷹広だが、二人も追い掛けて外に出た。
「おおおおーー…!!」
飛行艇の外は室内だった。室内と言っても城の中のようだ。真っ白な壁には獣人のような絵が描かれているが落書きのようにも思える。後は何も無い。あるとすれば階段を上がった先に玉座があるだけだ。
「やっぱりな……どうやら相手は一枚上手のようだ………ですよね、ボルオン様」
エルボーには何が起こったのか理解しているみたいだ。美代や鷹広でもない、誰かに向けてエルボーが言うと玉座の後ろからひょいと誰かが覗いていた。
「まぁ、そう言うな。久しいなネフィヤの者よ………そして勇者達よ」
喋り方やその姿から二人にも察しが付く。姿は簡単に言えばライオンをそのまま人間にしたような感じだ。鬣は気品すら感じる。後は真っ赤なサンタのような服を着ていた。声は意外にもおじさんだ。
「えっと………この状況は? 俺達はボルオンに向けて飛行艇で向かってた筈なのに…」
「これは悪戯と言うか悪ノリだ。ただ驚かせたかっただけだ」
悪ノリって……男子高校生か!…と思わずツッコミたくなるが我慢する。ただ、その悪ノリで秋哉達は行方不明になってしまったのだ。
「悪ノリって………それじゃ、王様は飛行艇から文乃達が落ちた事も、こうなるって知ってたんですか!?」
「………ワシの悪ノリで事故が起こったのはすまない。だが、我がボルオンはお前達を歓迎する」
王様はそう言うが美代は納得出来てないようでふて腐れている。だが飛行艇から落ちた秋哉達は無事だろう……と信じたい。
「…もし、文乃に何かあったら……私…許さないから」
真っ直ぐボルオンの王を睨む。俺にもあまり見せないような表情……完全にキレてる。美代は普段は神社の巫女として仕事をしてる。仕事柄、怒る事は滅多にない。ただ、怒る時は怖い。冷たくそう言いきると飛行艇の中に入って行ってしまった。
「…ハァー………まぁ、俺も美代と同じ気持ちです。秋哉に何かあれば………それじゃ」
そんな事、言うつもりは無かったがせっかくだし言ってやった。王は困った表情をしていた。それを横目で見ながら俺も飛行艇に入る。
荒れてる飛行艇の中、テーブルに肘を付いて頭を抱える美代の姿に嫌でも思い知らされる。美代は……美代の頭の中は文乃ちゃんで一杯だ。もし、俺が行方不明になってたら美代は……こんな風に怒るだろうか?……いや、怒らないな。美代は……もう…。
「…あれ、鷹広。居たんだ」
美代の声にハッとなる。我に帰るとイスに座りながら振り返って微笑む美代の姿があった。やっぱり俺は……今も昔も変わってない…。何十年経っても心は変えられない…………。
「……あぁ。大丈夫か?」
でも……。
いずれまた、美代が恋愛をしてくれるまで待つよ。
「…大丈夫…じゃない…………私、文乃が心配過ぎて辛いよ」
美代にとって俺はただの友達で、秋哉と大して変わらない。でも文乃ちゃんは大親友。美代は……あの時と同じなのだろうか?
〝…秋哉、鷹広…文乃。私、私ね…………………もう恋愛しない事にする〟
「……どうした? あ、もしかして鷹広は秋哉が居なくて寂しいんでしょ」
当時あんな事を言われた俺達は唖然とした。まぁ、美代の過去を考えれば当然なんだけど。相談するなら男の俺より同性の文乃ちゃんだ。だとしても、あんな事を言われるのは辛い。
「………タカ、くん?」
…どうせなら今伝えてしまおう。
もしダメでも………時間が解決してくれる。
ガシッ
「きゃっ!………た、鷹広…」
いきなり腕を掴んだ俺をビックリした表情で見つめる美代。男もさっきから心臓がドキドキうるさい。美代も雰囲気を察したのか、顔を赤らめて少し目を反らす。
「ーー…っ、お、俺…………美代がっ」
「…や、止めてっ!!」
もう少しで肝心な言葉を言う所だった。でも今にも泣きそうな美代に言葉を飲み込んだ。
「……美代っ」
「……っ、どうして。告白なんて………あの時、もう恋愛しないって言ったのに………何で……」
その場に泣き崩れて震える美代に俺は後悔した。自分の事しか考えなかった結果、美代を傷付けてしまった……しかも同時に振られたんだ。
「あ、あ、あ、あのっ!!」
この場に似つかわしくないような可愛らしい声が響く。俺の後ろにはプルプル震えるミュミュの姿が。
「…あーー、ミュミュ。どうした?」
この状況を見られたのが死ぬほど恥ずかしい。というかミュミュいつから居た!どう言い訳しようか考えていると
「アヤノさん達が、見つかりました!」
ぱあっと笑顔でそう言うと美代がピクリと反応する。その反応でやっぱりと思ってしまう。
「で、でも、あの。け、怪我をーーーえ、ミヨさん?」
ミュミュが何かを言い掛けたその時、俺とミュミュの横を美代が通り過ぎて飛行艇を出て行く。慌てて走る美代の後ろ姿を見る事しか出来ない…。
「…………あ、あの。何かあったの?」
「………いや、行こう」
たまに敬語じゃなくなるミュミュの言葉に今は少し救われながら俺達も飛行艇を後にする。




