第十九話 帰らずの森の主
「わわっ! 綺麗な人…」
「だな。でも妾って言ったぞ……本当に秋哉の母親なのかよ」
『…騙されたらアカン。あれは帰らずの森の主や! 見た目に騙されたら戦えんで』
黒雨はそう言うけど本当に綺麗な人だ。白いドレスは女性によく似合う。茶髪のストレートの髪が背中まで伸び、それが風でなびく。瞳は暖かい感じがする。この人が主だなんて…。
「……黒雨、秋哉を助けるにはあいつを倒さないといけないのか?」
『そうや。倒せたら元に戻れる筈や』
主を倒せば秋哉は正気に戻る。でも女性を相手にするのはやり難い。せめて相手が男なら本気が出せるんだが。
「仕方ない……文乃ちゃんはミュミュと下がって」
「………嫌だっ」
「……へ?」
まさかそこで反対されるとは思わなかった俺は拍子抜けしてしまった。
「本気か? 秋哉が心配なのは分かる。でも文乃ちゃんは戦えないだろ」
正論な筈だ……なのに何で文乃ちゃんは真っ直ぐ主を見る?何で言い返さないんだ。
「……アヤノ様?」
「…………ごめん、三浦君とミュミュ。でも私だって勇者だもん……戦う力は貰ったよ!」
衝撃発言。
まさか文乃ちゃんも秋哉みたいにチートを手に入れたのか?だとしたらどんな力なんだ。
『……何だ?話しは済んだのか。 ならば妾は容赦せんぞ』
主はそう言って両手を左右に広げる。すると凶々しい程の黒い漆黒の球が現れた。しかも一個だけじゃない、左右に三個…合わせると六個だ。
「やばっ! おい、黒雨。防御とか出来ないのかよっ」
『…無理や、武器にしかなれんわ』
『……ふん。どうせ人間には防げぬわ……すぐあの世に送ってやろう』
ドタバタしてる内に主の魔法?である漆黒の球が俺達目掛けて飛んでくる。
「ふふん…ここは私に任せて」
そう聞こえたと同時に文乃ちゃんが俺とミュミュの前に飛び出した。漆黒の球はもう目の前だ。
「あ、文乃ちゃん!」
文乃ちゃんを見る限り、変わった所は見当たらない。外見に変化が無いって事は秋哉みたいに何かをして発動する感じか?
「……ふうぅぅぅーー……………よし。『…盾華癒月、発動っ!』」
最近この力に気付いてずっと練習してたけど敵と戦うのは初めてだ。だから深呼吸をする。すると何だか心が落ち着いた。そして名前を呼ぶ。すると真っ赤な髪飾りが輝き始めた。
「す、すげぇ……」
俺は今目の前で起こってる事を他人事みたいに見ていた。文乃ちゃんが盾華何とかと言った後、いつも付けてる髪飾りが輝いて飛んできた漆黒の球を止めた。いや、正確には文乃ちゃんの前に透明な少しオレンジ色の結界みたいなのが漆黒の球を止めていたのだ。
『…何や、あの子もやるやないか』
「あ、あぁ」
『なっ! わ、妾の攻撃が人間如きに防がれるなど…』
主の方はショックが大きいようだ。でもその方が都合が良い。すぐ様、黒雨を刀に変化させて主に向かう。
『…ぐっ!妾に傷を付けられると思うか』
ショックから立ち直ったらしい主は登場の時とは別人の顔になっていた。皮膚は被れ、シワだらけ。手首はかなり細い。まるでお婆さんだ。
そんな状態の主は口から何かを吹き出す。
「…ぐえっ!やばっ」
間一髪。後ろに避けた為に当たらずに済んだ。でも俺に当たらず地面に落ちた攻撃は地面の草を溶けさせた。もし当たってたら確実にヤバかっただろう。
「だ、大丈夫?」
「はは…何とか。でも生きた心地はしなかった」
主が飛ばしてきたのは酸だろう。下手に近付いたら酸攻撃で溶ける。かと言って近付かなかったら俺の攻撃は効かない……なら文乃ちゃんのチートは?
「文乃ちゃん、文乃ちゃんの力は攻撃に使える?」
「えっと…ごめん、この盾華癒月は絶対防御って言って防御と治癒しか出来ないの」
そうか。なら文乃ちゃんのチートは援助系か。でも絶対防御なら少し良い考えがある。
「ちょっと作戦があるんだけど……」
上手く行けば主を倒せる。でも失敗すれば俺は死ぬかもしれない。それでも今はこれしかない。
「うん……分かった」
『…一体、何の話しをしておった。どんなに話し合っても妾は倒せぬぞ』
俺達が作戦会議をしてる間、主は大人しく待ってくれてたらしい。
「それはどうかな?……行くぞ」
黒雨を片手に俺は一気に主ぬ懐に走る。捨て身の攻撃だと思うか?でも違う。
『…接近ならば妾の勝ちじゃ』
そう言って主は思った通り、溶液を出した。懐に入り込んでる俺は確実に当たるだろう……最強の盾が無かったらな。
「しゅ、盾華癒月!」
『…ば、バカな!』
文乃ちゃんの盾に防がれた酸。それを見て主は驚愕してる。俺はと言うとニヤッとにやけている。
「隙ありー!!」
主は再び攻撃を繰り出そうとしたが俺の攻撃が先だった。黒雨は主の心臓を貫く。その瞬間、辺りの霧が嘘のように晴れていった。
『ぐうっ…おのれ………覚えていろ』
体はボロボロなのに主は俺を物凄い剣幕で睨みつける。何秒か見つめあうと主の体は枯葉になって空へと消えて行った。長かったような、案外短い戦闘は終わった。
「あ、アキ!!」
文乃ちゃんの悲鳴で一気に現実に戻された。主の支配が消えた秋哉はどうなった?
「秋哉……」
どうやら気を失ってるようだ。でも横たわる秋哉は安心したように眠ってるみたいだった。
動けない秋哉を俺が背負って花畑に戻ると人影があった。その人影はよく知る人物だ。
「あ………美代っ!」
「鷹広ーー、文乃ーー、ミュミュ」
エルボーの隣りに立ってた美代は俺のよく知る美代だった。元気そうに手を振っている。
「……ったく、帰らずの森には入るなって言ったのに言いつけを破りやがって」
当然ながらエルボーは怒ってる。まぁ、当たり前だよな。美代を助けて戻ったら誰も居なかったんだから。
「あれ? 鷹広が背負ってるのって秋哉…だよね」
「ハァ……アキチカまで魅入られたか。さっき、森から巨大な魔力の消滅を感じたがお前らか?」
巨大な魔力の消滅。
恐らく、いや絶対に主の事だな。
「主って人なら倒したよ!」
「ハァ……まぁ良いよ。お前らに何かあったらリリベル様が悲しむ……お願いだから無理はするな」
「ああ。ごめん」
今回は無事だったとはいえ、次はどうなるか分からない。頭の良い敵が俺達をバラバラにして襲われたりでもしたら大変だ。
「あまり遅くならない内に帰るか。ついでにミヨとアキチカは検査して貰うからな」
こうして夕暮れに染まる森を背後に、城へと戻って行く秋哉達だった。




