第十八話 秋哉を追って
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
ーーーーーー
「……三浦君…」
「…文乃ちゃん……………………今の俺、すげーカッコ悪いよな」
三浦君…。
やり過ぎたと反省してるのか、鷹広は苦笑いで頭を掻きむしっている。
「仕方ないよ、アキは口下手だから。美代ちゃんを見捨てて帰ろうみたいに聞こえたんだよね」
「…やっぱり流石は幼馴染み。あいつの事、よく分かるんだな」
ちょっと元気ない…。
美代ちゃんが行方不明になって仲が良かったアキとも喧嘩しちゃったんだもんね。私だって落ち込んじゃう。
「……秋哉がそんな事、言う訳無いのにな。俺…美代が居なくなって……少し冷静じゃなくなってた」
「うん……アキはね、美代ちゃんの分の四葉を探して戻って来たら皆で帰ろう…って言いたかったみたい」
そう伝えると三浦君は驚いたように立ち上がる。
「なっ! それじゃ俺の思い間違えじゃねーか……………クソッ」
良かった。
これでアキと三浦君はきっと仲直り出来るよね。
安心したのも束の間…。
「あ、アヤノ様っ! タカヒロ様っ! 大変です、アキチカ様が居ないのっ」
「…えっ」
「…なっ!」
ミュミュが取り乱すように叫ぶと二人はすぐ様周囲を見渡す。鷹広の後ろの方に居ると言っていた秋哉の姿はない。花畑にはミュミュ、文乃、鷹広の三人しか居ない。
「……まさか…アキも過去に?」
「クソッ!………俺のせいだ」
「お、お二人様……行きましょう!」
目の前には奥深く続く道がある。奥は深いらしく先が見えない。心臓の鼓動が早くなるが何故か恐怖心はなかった。それは安心出来る友が居るからだろう。
「……い、行こっか」
「その前に……黒雨にも探させた方が効率良いだろう」
そう言って鷹広は左手を前に差し出す。
少女が襲われている時、ワニと戦った所を見ていた文乃だが間近で黒雨を見るのは初めてだった。
「…出て来いっ、黒雨っ!」
鷹広がそう叫ぶと左腕の刺青がモゾモゾと動きだし、皮膚を突き破りながら黒い鷹が出てきた。その様子を文乃は痛そうだなという表情で見ている。
『何や? 久々に出てきたと思うたら人探しかいな』
出てきた黒い鷹は大阪弁を喋る。おかしくて笑ってしまいそうになるのを文乃は必死に隠す。
「うっせ。良いか、お前は空から秋哉を探せ。俺達は地上から探す」
『了解や。任せときぃや』
それだけ言うと黒雨は翼を羽ばたかせて森の中へ消えて行った。
「私達は歩きで探すんだよね。頑張ろ」
「はいっ」
「…よし、行くぞ」
こうして三人は消えた秋哉を探す為、帰らずの森に足を踏み入れるのだった。
「薄暗いね……それに霧も凄い」
中に入るとすぐ濃い霧に見舞われた。森の中は薄暗く、加えてこの霧だ。前に進めばたちまち自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまう。
「迷子になるなよ! ミュミュ、文乃ちゃん、居るな」
「大丈夫だよ、ミュミュは?」
「私も大丈夫です」
こうして確認して進まないと誰かが迷子になってしまってもすぐに気付けない。
「あーー!!」
急に叫んだ鷹広に後ろを歩いていた文乃とミュミュはビクッとしてしまう。
「ど、どうしたの三浦君!?」
「アキチカ様を見付けたの?」
「あ、いや。この霧が苛ついてさ……ビックリさせて悪いな」
文乃とミュミュの反応に悪いと思った鷹広はすぐさま謝る。二人は何事も無かった事に顔を見合わせて微笑んだ。
「確かに、この霧は邪魔だね」
「この霧…私達が探すのを邪魔してるようにも見えませんか?」
「あー、確かに」
そんな事を話していると上空から黒い何かが降りて来た。黒雨だ。黒雨は鷹広の左腕に止まる。
「ずいぶんと早かったな、秋哉はちゃんと見付けたんだろうな」
『当たり前やろ。アキチカとやらはこの先、ずっと真っ直ぐや……ただ、少し様子がおかしかったで』
「様子が?」
見付けたという黒雨の言葉に安堵していた三人だったが再び不安が募る。
『そうや…確か、フラフラと生気の無い目で何やらブツブツ言ってたで。走れば追付けるんちゃうかな』
「…アキ……」
「…よし、走ろう」
言いたい事はあるけどここで言っても仕方ない。それより秋哉の様子が気になる。場所も場所だし、過去に魅入られてるのか。三人は無言でひたすら走る。息が切れ始めた頃、前方に人影が見えた。ある距離まで近付くとそれが秋哉だと分かる。
「アキーー!」
ようやく追い付いた。
フラフラと歩く秋哉の腕を鷹広が掴み、文乃とミュミュは前方に回り込む。これで秋哉の足は完全に止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ……秋哉………っ!」
息を整えてから秋哉を見た鷹広は驚愕して言葉が出なかった。小学校の頃からの付き合いで何でも知っていた。でも今の秋哉は見た事が無かった。生気の無い両方の瞳で俺を見る。ただの作業のように。あいつはあんまり喋らないし、性格も悪いけど瞳はいつもキラキラしてた。高校生にもなってヒーローが好きで、文乃ちゃんを好きな事も分からない。
「…なぁ、秋哉…………俺達の事…分かるよな?」
秋哉の答えを唾を吞んで待つ。微かに口元が動いた。
「……お母さんが……いる…………待って……お母さん」
子供のように無邪気に繰り返しながら、笑いながら秋哉は俺達なんて最初から居なかったみたいに素通りして何かを追い掛けて行ってしまった。
「なんだよ……あれ」
「アキ……子供みたいに笑ってた。それに私達の事も分かってないみたいだったし」
行ってしまった秋哉を誰も追う事が出来ない。重い空気が漂う。
「……追い掛けよう文乃ちゃん、ミュミュ」
「…三浦君………うん!」
また追い付いても同じ繰り返しだ。俺達の事を分からず子供みたいに何かを追い掛けて……追い掛ける? 秋哉は何を追い掛けてるんだ?
「ミュミュ、ミュミュは帰らずの森について何か知ってるか?」
「えっ?あ、はい。帰らずの森は自分の辛い過去を楽しい過去に魅せる事で入った人間の精神を支配して寿命が尽きるまで彷徨い続けるそうです」
自分の辛い過去を楽しい過去に。だから秋哉は笑ってたのか。でもそうなると秋哉はもうかなり魅せられてるんじゃ?
「過去に魅入られ奴はどうすれば戻る?」
「そ、それは分かりません」
それじゃ何でもやるしかないか。
よし、やっと追い付いた。
「秋哉、捕まえたぞ」
「………」
秋哉の腕を掴んだ俺はここで乱れた呼吸を整える。文乃ちゃんとミュミュも遅れて追い付いて来る。
「……離せ、離せよっ!」
「ちょ、離すかよ」
思いっきり暴れる秋哉。でもここで離したら何でか二度と追い付けない気がする。
「アキ……お願い、戻って!」
「……あや、の?…うっ……」
文乃ちゃんの言葉に一瞬だけ反応した。秋哉はまだ完全に魅入られた訳じゃない。
「秋哉! それでも俺の友かよ…聞こえてんだろっ」
「うぅ……うっ……頭が…痛いよ…っ、お母さん」
これでもダメなのか。
どうすれば…。
ゾクッ
「な、何だ?」
背筋に寒気を感じた。
それに心の中を見透かされてるみたいで気持ち悪い。
『…誰じゃ……妾の子を泣かす者は…』
霧が増す増す濃くなる。
霧の中から何か見えた……形から女だ。
「あ……お母さん」
秋哉の表情が明るくなる。
どうやらボスが登場らしい。




