第十六話 消える
「よし、ここからが帰らずの森区域だから心して掛かれよ」
しばらく森を進むと白い看板が木にくくり付けてあるのを見つけた。看板には[この先、帰らずの森。入る際には注意せよ]と赤い文字で書かれている。
気のせいか奥が暗く、入るのを少し躊躇してしまいそうだ。
「…な、なんか凄そうだね」
「お前ら良いか。絶対に一人になるな、常に六人で行動するぞ」
エルボーの言葉に頷くといよいよ帰らずの森の中に入って行く。足を踏み入れた瞬間、背筋にぞくっとするものを感じた。まるで自分の心を覗き見されてるようで不快になる。
「わああ〜……!」
五分程歩くと良いスポットを見つけた。真ん中に花畑ごあり、それを木々が囲んでいるという何とも幻想的だ。
「花畑か……運が良ければ見つかるかもな。奥にも続いてるみたいだが勝手に行くなよ」
こうして四葉のクローバー探しが始まった。
俺も近くの花畑を探してみる。咲いてる花はどれも元の世界で見た事があるような花だった。バラだったり、マーガレットだったりと様々だ。
「あ、チューリップだっ!」
どこからか文乃の楽しそうな声が聞こえた。そんな声を聞きながら四葉のクローバー探しを黙々と続ける。
「……なかなか見つからないな」
決して見つからない訳じゃない。でも見つかるのは三葉で探してる四葉はない。
『ーーーーーーて。』
「………ん?」
「調子はどう、アキっ」
「そう言うお前は………って、楽しそうだな」
文乃の両腕には沢山の花が摘んであった。本来の目的である四葉のクローバーはまだらしい。
「楽しいよ! エルボー君が怖い事を言うから怖い所なのかなって思ったんだけど違ったね」
…あぁ。文乃の笑顔に癒される。
このままずっと時が止まれと思う。
「秋哉っ! パース」
「ん?……うおぉっ!!」
あの野郎、虫を投げてきやがった!
虫はどこに行った!
「…ハァ。男子は楽しそうで良いね、ミュミュ」
「うんっ!あ、ミヨ様も混ざらないんですか」
「私? 私はもっとミュミュと仲良くなりたいから良いかな」
秋哉、文乃、鷹広がふざけている間ミュミュと美代は四葉のクローバーを探していた。
「あー!また三葉かぁ」
「あ……私もでした」
ミュミュもすっかり美代と仲良くなっていた。喜ばしい光景だ。
「もぅ……秋哉達、うるさいなぁ」
「うふふ…あ…………み、ミヨ様っ!」
興奮した面持ちでミュミュが両手を見せる。手の平には四葉のクローバーがあった。
「おぉ!凄いよミュミュ。秋哉達にも見せて来な」
「は、はいっ」
満面の笑みで返事をするとミュミュは転びそうになりながらも秋哉達の元に走って行った。
「可愛いなぁー……」
『ーーーーーーひろ』
「……ん?」
どこか聞き覚えのある声が近くで聞こえた気がした。小さな女の子みたいな声だ。
『ーーーーーーーーかひろ』
「………っ………ごめん、すぐ戻るからっ」
一瞬、エルボーの警告が頭をよぎったが振り払って一人、深い森の奥に進んで行った。
「皆様、見て下さいっ!」
危ない足取りでミュミュが走って来る。手の平を丁寧に合わせて走ってるから危なっかしい。
「ミュミュ…どうしたの?」
「アヤノ様、見て下さい!」
そう言って手の平をぱかっと開いて文乃に見せた。文乃に見せた後、俺や鷹広にも見えるように見せてくれた。ミュミュの小さな手には四葉のクローバーがある。
「凄いよミュミュ。もう見つけたんだ」
「うん!でも私だけじゃなくてあっちに居るミヨ様にも手伝ってーーーーーーあれ?」
ん?どうしたんだ。
俺はミュミュが向いた方向を見てみる…が特に変わったった所は見られない。
「あ……あれ…ミヨ様は?」
「ミュミュ?どうかしたの」
ミュミュは草部を探してるようだ。そう言えばさっきミュミュと一緒に居るのを見かけたな。
「おい、どうかしたのか」
「エルボー様……それがさっきまで一緒に居たミヨ様が急に消えてしまったんです」
「なっ!……み、美代が!?」
どうやら草部が行方不明になったらしい。
緊急事態が起きたな。
「…クッ……過去に魅入られたかっ?
仕方ない、お前らはここを絶対に動くなよ!」
「待ってくれエルボー」
すぐに飛び出そうとしたエルボーを間一髪という所で鷹広が止めた。
「俺も美代を探しに行きたい」
「……ダメだ。今のお前みたいな状態が危険なんだ。一番、行方不明になりやすい」
「そりゃ、自分でも冷静になれない事は分かる!でっ、でも美代は……美代は」
何と言っても行こうとする鷹広にエルボーはガシッと鷹広の肩を叩いた。
「…お前は秋哉達と残れ。ミヨは俺が責任持って連れ帰るから……なっ?」
これ以上、ここで時間を潰していては美代を見つけるのは難しくなってくる。それが分かる鷹広だからこそ悔しい気持ちになるがここで美代の帰りを待つしかないのだ。
「…分かった……美代を頼む」
「…あぁ。任せろ」
軽く鷹広の肩を叩くと力強く大地を蹴ってあっというまにエルボーの姿が見えなくなった。
「…悪いな、恥ずかしい所を見られたぜ」
「…三浦君…」
「っ、ごめんなさい!! 私がミヨ様から離れなかったらミヨ様は…」
もうこの場の雰囲気は最悪だ。
出来ればここに居たくはない。
「……それより早く四葉のクローバーを探すぞ」
「え?………でもアキ、美代ちゃんが」
俺の言葉に動揺を隠せないようだ。
鷹広なんか見る限り怒りを露わにしてる。
「草部は心配だがここで待っても仕方ないだろ。それに本来の目的は四葉のクローバーを探す事だ。ならーーーーーー」
「うるせぇっ! これ以上言ったら殴るぞ」
久しぶりに見た鷹広が完全にブチ切れた姿。
目は憎しみが感じられ、力強い腕で俺の胸元の服を掴む。
「止めて三浦君っ! アキも、謝ろう……ね?」
文乃の言葉を無視して俺を睨み続ける鷹広。ミュミュは完全にビビっていて今にも泣きそうだ。
「………まだ話は途中だ。最後まで聞けよ」
「……お前の話しなんて聞きたくない」
ようやく手を放して貰い、自由になる。だが心がバラバラになってしまった。
「…あ、三浦君どこ行くの!」
「…………あっちに居る」
ボソッと言うと鷹広は俺からだいぶ離れた所に行ってしまった。
「…もぅ。あの様子じゃ三浦君、かなり怒ってるんじゃない?大丈夫なの」
「…知るか。話しを聞かないあいつが悪いんだ」
まだ話しは途中だった。
最後まで聞かないあいつが悪い。
「…アキは何て言おうとしたの?ほら、美代ちゃんが行方不明になっても四葉のクローバーを探そうって言ったでしょ」
「………………草部の分も探してエルボー達が帰って来たらすぐ帰ろう…みたいな事を言おうと思った」
…アキの言葉を聞いてやっぱりと思った。
アキが意味なく誰かと喧嘩何てしない。
「…俺は大丈夫だ。お前らはあいつを見てろよ……探しに行きかねかい」
「…でも」
「早く行け……お前もだ、ミュミュ」
文乃とミュミュは顔を見合わせると頷いて鷹広の所に歩いて行った。
(…これで静かになった)
『…ーーーーーーー待ってよぉ!』
「…………!!」
幻覚か?
今、目の前に小さい子供が見える。子供は少し透けてるみたいで実体は無さそうだ。それにしてもこれは子供の幽霊
か?
『…ーーーーーーー待ってお母さん』
目の前の子供は何かを追いかけて森の奥に消えてしまった。いつもなら特に気にせずにいるが今回はそれが出来なかった。気になって、とてもじゃないけど他人事のように思えない。
「……………………ごめん…文乃」
文乃に聞こえる筈も無いが小さく謝っておいた。
それからあの子供が向かった森の奥にまるで吸い込まれるように自然と足が動いた。
 




