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2章

「おはよう、シュエリ、カノン」

身支度を整えてロビーに向かうと、そこには一人の女性が立っていた。

「ミュー、おはよう」

彼女は私が一番懐いている下働きさんで、姉のように思ってなんでも話してきた。

ミューは私とシュエリを交互に見て、にやりと笑った。

「おめでとう、二人とも」

「え、なんで知ってるの!?」

まだ誰にもシュエリと恋人同士になれた事言ってないのに!

一人大慌てしていると

「カノン…」

シュエリが眉間を指で押さえて呻いた。

「え、な、何!?」

「あら、あたしは二人とも16歳になっておめでとう、って意味だったんだけど?」

「………あっ!!」

「あっははははは!もうカノンったら顔真っ赤よ!あんたたちの距離がいつもより妙に近かったからカマかけてみたのよ」

「も、もうミューったら酷い!」

ぽかぽかと胸を叩いて抗議する。

「あはは、ごめんごめん。…でも、良かったねカノン。恋が実って」

「……うん、ありがと」

祝福され、素直に頷く。

「シュエリ、カノンの事頼んだよ。この子はどうも危機意識が低くてね」

「ちょ、ミュー!」

「任せてください。何があっても、カノンは俺が守ります」

「シュエリ…!」

大真面目に返事をされ、私は真っ赤になって俯く。

「若いっていいねぇ。さ、もうすぐ儀式の時間でしょ?祭殿でばっちゃんが待ってるよ」

「……うん」

にわかに緊張が高まり、私はぎゅっと手を握り締める。

「…ミュー、今までありがとう」

「何言ってるの。カノンがノブリスを出てからもあたしはカノンの姉よ。いつでも通信してきなさい」

「うん、ありがとう」

「さ、カノン、そろそろ行くぞ」

そう言ってシュエリはごく自然な動作で私と手を繋ぐ。

「…そうだね」

ひとつ頷いて、私たちは祭殿へと歩き出した。



祭殿の前に立つと、嫌でも緊張感が増す。

…ここで、これからの運命が決まる。

私の両親はエレン族。シュエリの両親もエレン族。だから自然とエレン族になるはず…

なのに、妙な胸騒ぎが止まらなくて、シュエリと繋いだ手に力がこもる。

「カノン?」

「ん…なんか、よくわかんないけど胸騒ぎがして」

「大丈夫だって。心配性だなぁカノンは。俺たち二人ともエレン族の子供だぞ。だから俺たちもそうなるに決まってるさ」

「そう…だよね」

胸騒ぎはとても気になるが、シュエリのきっぱりした口調に少し緊張がほぐれる。

「さ、ちゃっちゃと終わらせてセレニティスに帰ろうぜ」

「うん」

そして二人で祭殿の扉を開く。


そこは限りなく薄暗い空間だった。

ぽつりぽつりと置かれた燭台で蝋燭が頼りない明かりを灯している。

扉から祭殿の奥まで赤い絨毯が一直線に敷かれていて、他の場所には燭台以外何もないように見える。

はっきり言って、不気味な空間だった。

暗闇に目が慣れず、シュエリの手をぎゅっと握る。それに応えるようにシュエリも強く握り返す。

「…ばっちゃん?」

『シュエリ、カノン…奥へ』

祭殿の先は真っ暗で見えない。

『絨毯の上をまっすぐに歩いておいで…』

私たちは目を合わせ、軽く頷き合う。

そして一歩奥へと踏み出した途端、扉が鈍い音を立てて閉まった。

「え…っ」

その瞬間、祭殿は一層暗さを増したような気がした。

「大丈夫だ、カノン。ゆっくり歩こう」

耳元でシュエリが囁く。私は半ばシュエリに導かれるようにして最奥へと歩を進める。

やがて、一番奥で玉座のような豪華な椅子に座る人物を見付けた。

「ばっちゃん…」

『シュエリ、カノン。成人おめでとう』

ばっちゃんは私たちにそう告げた。よく見ると、ばっちゃんの両横にそれぞれ従うように人が立っている。

ばっちゃんはローブを深く被っており、その表情は見えない。

「あ、ありがとうございます…」

『さて、ではさっそくだが、お前たちに成人の儀を受けて貰うよ』

「ばっちゃん、儀式ってどうやるんだ?」

シュエリの問いに答える代わりに、両横の人間が私たちへと歩いてきた。

二人ともばっちゃんと同じくローブをかぶっていて、顔が見えない。下から覗こうにも闇が邪魔をして見る事は叶わない。

ローブの人はそれぞれの手に占い師の水晶のようなものを2つずつ持っていた。それを私たちの前に差し出す。

『シュエリ、カノン。その水晶をふたつ同時に触るのじゃ。そうすれば種族が分かる』

「同時に…?」

『さよう。その水晶はエレンとジュライの魂が込められている。触れる事でどちらかの魂が呼応する』

まじまじとそれを見つめるが、どちらも同じ色、形をしている為、どちらがエレンでどちらがジュライか分からない。

「シュエリ…」

「…大丈夫だ。きっとうまくいく」

二人揃って、それぞれローブの人の前に立つ。

きっと、きっと大丈夫。

そして最後にもう一度シュエリと視線を絡め…


差し出された水晶に両手を差し出し、そして触れた。




だが、私にもシュエリにも何も起こらない。



「……え……?」

戸惑ってシュエリの方を見ると、同じく戸惑ったような視線を返された。

……と。

『おぉ、おぉ…まさか生きている間にお目にかかれるとは…!!』

ばっちゃんの上ずった声が耳に飛び込んできた。

『お前たち、早く連絡するんじゃ…!』

するとローブの人は身を翻して姿を消した。

「ばっちゃん…?どういう事?どうして何も起こらないの…?」

私とシュエリは身を寄せ合いながら尋ねる。けど、ばっちゃんの耳には届いていないようで、ただひたすら意味不明な言葉を呟いている。

「…カノン、ここから出るぞ」

ばっちゃんの異様な様子に何か嫌なものを感じ取ったのか、シュエリは私の手を強く引っ張って走り出した。

『お待ち』

その瞬間、ばっちゃんが今まで聞いた事もないような低い声で私たちを呼び止めた。

その迫力に私はびくり、と足を止める。だが、

「馬鹿!足を止めるな!」

シュエリが叫び、再び走り出す。

もう少しで扉に辿り着く……

時。



どくん。



何かが、頭の中で警鐘を鳴らした。



外に、出てはだめ。


どくん。


「しゅ、シュエリ…」

私の様子がおかしいと思ったのか、扉を開ける直前でこちらを振り返る。

「どうした、カノン!?」

「外に、出ちゃ、だめ…」

「どういうことだよ!?」

「分かんない、けど…出ちゃ、だめ」

心臓の鼓動が早くなる。息が苦しくなる。

苦しい。苦しい。苦しい……!

「おい、カノン!しっかりしろ!」

肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。が、嫌な予感は消えない。

「頭で声がしたの。外に出てはだめだって…」

「でも…」

シュエリが戸惑った声を出した瞬間、外側から扉が勢いよく開かれた。

「!!」

圧倒的な光量に視界が眩む。

「………この子たちか」

眩しくて目が開けられない中、私は誰かの声を聞いた。……誰?

『さよう。まさか生きている間にお目にかかれるとは思わなんだがね』

ようやく光に慣れ、うっすら目を開けた私は、異様な光景を目にした。

そこには、何人もの武装した人たちが立っていた。

「な、なに…」

「しかも二人か。…ふむ、この髪と瞳の色…兄妹か?」

集団の中でも一際豪華な鎧を纏った男性がばっちゃんに問いかける。

『わしも最初はそう思ったがね。この子たちに血縁関係は存在しないよ』

「そうか。なら好都合」

薄く笑うその人は、なぜだかとても危険な雰囲気を持っていた。

「…あんた、誰だよ」

シュエリが私をかばうように前に出る。

「ふむ。自己紹介がまだだったな。私はグラード。セレニティスの王」

「グラード皇帝……!?」

確か歴史で習った。現セレニティスの王。圧倒的な力を持ち、その存在はガイアスの人々の脅威である…

こんなに若い人物だとは思わなかった。今目の前にいる人は、どう見積もっても30歳には届いていないだろう。

だが、よく見ると肩にセレニティスの紋章を付けており、整った顔には他の人にはない威圧感を持っている。

何よりも、他の誰よりも真っ白な羽が、高貴さをいやでも増していた。

「そうだ。…さて、お前たちには色々と役に立ってもらうとしようか」

「…どういうことだ?」

「裁きの水晶に触れても何も起こらなかっただろう。それはお前たちが特殊な人間である証拠」

「……え……」

「伝承で聞いたことはないか?『幻者(げんじゃ)』という言葉を」

「幻者!?」

伝承でしかその存在が確認出来ない、まさに幻の人間。

エレンにもジュライにも属さない。

その存在は国ひとつ簡単に滅ぼせるほど圧倒的な力を持つ。

「…まさか…私たちがそうだっていうの!?」

「そうだ。伝説上の生き物だと思っていたがな…まさか実在するとは。しかも二人も、とは驚いたよ。さあ、お前たちには特別な待遇をしてやろう。我の元に来い」

言うが早いか、私に手を伸ばす。

「やめろ!カノンに触るな!」

シュエリが私を抱き締め、後ずさる。

「ふむ?何を勘違いしているのか知らんが、我はお前たちを保護しようとしているのだよ?エレンでもジュライでもないお前たちは、どこにも居場所がないのだよ」

その言葉に私たちは硬直する。

そうだ。どちらでもない私たちは、どちらの国にも入れない。

「だから、我がお前たちを保護してやる。生活は保障するから安心するが良い」

そう言って再び手を差し伸べる。

……私たちは、この手を取るしか道は残されていない。

「シュエリ…」

「カノン。何があっても俺がお前を守ってやるから…」



そして私たちは、皇帝の手を取った。




これが、悪夢の始まりだとは知らずに。

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