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1章

「こぉら、またそんなとこにいたのか?」

後ろから飛んできた声に振り向けば、幼馴染みの少年がこちらに向かって駆けて来るところだった。

「シュエリ…」

「もう、突然いなくなるのやめてくれよ。おばさん心配してたぞ」

「……そんなに子供じゃないもん」

私はぶぅ、と頬を膨らませる。

「そうやって拗ねる所が子供だっての。さ、帰るぞ」

「やだ」

「お前なぁ…」

「…だって、見てるの飽きないもん、海はいつも綺麗だから、癒されるの」

そう言って私は再び視線を『海』へ戻す。

「でもなぁ、ばっちゃんから海は危険な所だって言われてるだろ?そんなとこにカノン一人置いて戻れねーよ。特に今日は水が赤いから、良くないことが起こるかもしれないだろ?」

そう。

今私が見ている『海』は、今日は血のように赤かった。

この世界の海は、日ごと様相が変わる。何もなければ青く澄んだ水をたたえているのだが、吉凶関わらず何かの前触れがあると血で満たされたように真っ赤に染まるのだ。

「でも私はこの赤い色好きなの。だってルビーみたいじゃない?」

「そんな悠長な事言ってると、ばっちゃんに怒られるぞ。それでなくてももうすぐ成人の儀が行われるってのに…」

その言葉を聞いて、私の気持ちは少し沈む。

成人の儀というのは私たちの世界で16歳になると行われる儀式のこと。

16歳までは子供とみなされ、種族の別なく平等に扱われる。

だから子供は全てセレニティスでもガイアスでもない、『世界の狭間』ノブリスと呼ばれる島にあるホームと呼ばれる施設で生活する法律がある。

したがって親とは赤ん坊のうちから離され、そしてノブリスでこの世界の成り立ちや様々な知識を学ぶ。いわば島全体が託児所であり、学校でもあるのだ。

ノブリスは世界の端にあり、周囲は全て海に囲まれている。誰かが成人の儀を行い、種族が決まるとどこからか迎えの船が来てそれぞれの国に送られる。

そこでようやく両親とも再会し、新たな生活が始まるのだ。

親には逐一我が子の様子が送信され、また会話も魔法通信で自由に行える。ただし外の世界のことは一切話せない。その瞬間通話が切れ、しばらく通信を禁じられるのだ。

この島は『ばっちゃん』と呼ばれる長が全てを仕切っており、その下で多数の大人たちが私たちの世話をしてくれている。

彼らはとある事情があってここで働いているらしいが、詳しいことはよく分からない。みんなとても優しくて、何かと気にかけてくれる。

なのでここから出られない以外は比較的楽しく生活していた。…のだが。

「もうすぐここから出なきゃいけないんだね…」

私とシュエリはもうすぐ16歳。シュエリは既に16歳になっているのだが、私も数日後に成人するため、二人いっぺんに儀式を行うことになっている。

「ねえシュエリ、私たち、同じ種族になれるかな?」

「…どうだろうな。俺たちは髪も目も色が同じだから、種族も同じなんじゃないか?」

私もシュエリも銀色の髪に紫の瞳をしている。この組み合わせは私たちしかいないので、とても珍しがられた。小さい頃は何度も兄妹と間違われたぐらいだ。

「…そうだといいね」

「でも、成人すると瞳の色が変わる奴もいるらしいからなぁ」

「え、そうなの!?」

「だいぶ前に成人したマリアがそうだったじゃん。ここにいた時は茶色の瞳だったのに、成人の儀したら金色になってた」

「……そういえば」

「子供のうちは何もかも安定してないんだって習ったじゃねーか。だから俺たちもどうなるかわかんねーよ」

「…………」

なんとなく突き放された気がして、私はしゅん、とうなだれる。

シュエリはそれを見て

「ま、俺たちノブレスに来た時期も同じだし、腐れ縁じゃん!ちょっとやそっとじゃ離れねーよ」

取り繕うように私の頭をがしがしと撫でながら言った。

その手のぬくもりにホッとする。…離れたくない。本気でそう思う。


でも、成人の儀が無事に終わるまで、どうなるか分からないのが辛かった。



数日後。

私は運命の16歳を迎えた。



その日の朝。

私はいつもよりかなり早く目を覚ました。だが、しばらくベッドから起き上がろうとしなかった。

(16歳になっちゃった…)

ゆうべ、通信でお父さんとお母さんに1日早いお祝いの言葉をもらい、シュエリからも同じくお祝いの言葉をもらった。

けど、私は素直に喜べなかった。

16歳になった喜びよりも、16歳になってしまったことでこれから未知の生活へと放り出される不安の方が大きかったからだ。

何よりも…

「……シュエリと、離れたくないなぁ」

ぽつり、とつぶやく。

16年間ずっと一緒だった、兄のような存在のシュエリ。

彼の事が兄としてではなく恋人として好きなんだと理解したのは13歳の頃だった。

それから3年間、楽しくも苦しい日々を過ごした。

自分の気持ちを言いたい、でも拒否されてしまうのが怖くて躊躇う。そんな事を3年間繰り返して来たのだ。

だけど。

(……今日なら、言えるかな)

もしかしたら、今日でシュエリの顔を見るのは最後かもしれない。

そうなったら、きっと一生後悔する。

…言わないで後悔するより、言って後悔するほうがよほどマシだ。

「……よし」

布団の中で気合を入れると、顔を洗うためにベッドから起きて部屋を出た。



「お、早いじゃんカノン。おはよ」

洗面所に降りるとシュエリがいて、ちょうど歯ブラシに磨き粉をつけているところだった。

先ほど告白しようと気合を入れたばかりの私は予想より早く対象に出くわし、心の中で大慌てする。

「お、おはよう。早いね」

あぁ、声が裏返っちゃった…

「んー、なんか目が覚めた。カノンこそ早いじゃん。いつもは寝坊ばっかなのに」

「…私も、なんか目が覚めた」

さりげなくシュエリの真似をする。

「真似すんなよなー」

シュエリはすぐに気付いて私の頭を小突くふりをする。

それからしばらく二人が歯を磨くしゃこしゃこという音だけが聞こえる。

口をゆすぎ、顔を洗い、タオルで拭きながら私はちらりとシュエリを見る。

同じく顔を洗っていたシュエリはそのまま首にかけていたタオルを脇に置いて蛇口の下に頭を突っ込み、がしがしと髪を洗い始めた。

そして濡れた髪を雑に後ろへと撫で付ける。その仕草がやけに色っぽく感じて私はドキッとする。

「……何見てんの」

こちらを向いてシュエリが尋ねてくる。髪をオールバックにしているせいでいつもと違う雰囲気に心臓の鼓動が早くなる。

「……髪の毛上げると雰囲気変わるね」

上擦りそうになる声を必死に抑え込んで、ごく普通の返事をする。

「いつもとどっちが好き?」

「へっ?」

それなのに予想外の質問をされ、結局変な声を出してしまう。

「いつもの俺と、こうやって髪の毛上げてる俺。どっちが好き?」

そう聞いてくるシュエリの顔は笑っていなかった。

「え…と、私はどっちのシュエリも好き、かな」

咄嗟に答えて、直後に自分が今言ったことの重大さを悟って硬直する。

わ、私、どっちも好きって言った!?好きって言っちゃった……!

途端、顔がかぁっと熱を帯びるのが分かった。

「や、あの、これは、その……っ」

慌てて何か言い訳を探そうとするも、口から出るのは訳の分からない言葉のみ。

真っ赤になって大慌てしている私に、シュエリは一歩近付く。

「ねぇカノン、好きってどういう好き?」

「え、え……っ?」

「俺のこと、どういう意味で好き?」

そう聞いてくるシュエリの顔があまりにも真剣で、私は息を呑む。

……言うなら、今しかないのかも。

「…私…シュエリの全部が好き」

一度口にすると、想いがするすると流れ出てくる。

「最初は兄のような存在として好きだった…けど、今は恋愛の好き、なの。シュエリと離れたくないって思うのも、好きだから…ずっと一緒にいたいって思うからなの」

3年間言えなかった想い。ようやく言えたそれは、頭で考えるよりも先に言葉として口から流れ出す。

「シュエリと一緒にいられるのは最後かもしれないから…言わずに後悔するより、言って断られた方が引きずらないかなって思って、今日、言おうと思ってたの」

そこまで言って、私は目を伏せた。

…まだ言いたい事はあるけど、伝えたいことはこれで全て。

あとはシュエリが断ってくれれば、私は……

「…カノン」

名前を呼ばれ、私は来るべき悲しみに備えて目を閉じた。

けれど、私を待っていたのは断りの謝罪でも怒りの言葉でもなかった。


「ありがとう、カノン。俺もカノンのことが好きだよ」


その言葉に驚いて目を開けると、ふわり、と私の髪が揺れた。

そしてそのまま、シュエリが私をそっと抱き締める。


……え?


「俺もいつ言おうかってずっと悩んでた。カノンがいない生活なんて想像も出来ない。俺はカノンがいないとダメなんだ。俺だって最初は妹として好きだったんだけど、いつからかお前を恋愛対象として見ていた。…苦しかったよ、正直」

きゅ、と私を抱き締める腕に力が入る。

「だから、今日が最後のチャンスだと思った。いつ言おうかって考えてたらカノンが起きてきたから…今しかないと思ったんだ」

シュエリの告白を、私は硬直したまま聞いていた。

……シュエリも、私の事を恋愛対象として見てくれていた。

その事実が頭にようやく浸透した時、腰が抜けそうになった。

へにゃ、と崩れ落ちそうになった私をシュエリはしっかり抱きとめてくれた。

「おい、カノン!大丈夫か?」

「だいじょ…ちょっと、びっくりして」

シュエリの腕に掴まり、何と立ち直る。

「まさか…シュエリも同じ気持ちだったなんて知らなくて…私、断られると思ってた…」

「俺だって断られると思ってた。だから儀式の直前に言って、そのまま別れようかって考えてた」

お互い目を合わせる。なんだか考えが一緒すぎておかしくなり、ぷっと吹き出してしまう。するとシュエリもそれにつられて笑い出す。

「もう、なんか悩んで損しちゃった気分だわ」

「そうだな。あーあ、もっと早く言えば良かった」

抱き合ったままくすくすと笑い合う。そして再び目が合う。

「カノン、愛してる。たとえ住む世界が違ったとしても、俺はずっとカノンを愛してる」

「……うん、私も何があってもずっとシュエリを愛してる」

シュエリの顔が近付いてくる。私はそっと目を閉じた。

「…カノンと同じ世界で暮らせますように」

口元でシュエリが囁き、そのまま唇を重ねてくる。

(…シュエリと、ずっとずっと一緒に暮らせますように…)

心の中で、私はそう願った。









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