エウロパ・リゾート!①
銀河公社発行の観光ガイドによると──
木星の衛星、エウロパは風光明媚な『水の都』として知られている有名な海洋リゾート惑星だが、秀才が集う学問の都とも呼ばれている。
この惑星にはまともな陸地は存在せず、市民達は地下大海の上に巨大な人工の大陸プレート『反重力メガフロート』を船のように浮かべてその上で日々の営みを送っていた。
このエウロパに採用された入植方法をヒントに、木星は人の住める惑星となったのだった。
──遥か昔、惑星開拓事業が華やかなりし時代のこと──入植不可能とされていたガス惑星、木星の有効活用を研究していた木星開拓事業団は、このエウロパで実用化試験に成功した反重力構築物を木星外縁部に天蓋のように張り巡らせる壮大な計画を実行に移した。マグマの上に浮かぶ大陸プレートに見立てられた反重力フロートは、人々が暮らす大地になると同時に木星の内から発生する膨大なエネルギーをせき止め、安全に排出するダムの役割も兼ねていたのだ。
エウロパに拠点を構えた開拓事業団の第一世代と第二世代はこの反重力フロートの組み立てと固定化作業にその一生を捧げることとなった。この衛星エウロパの民の生涯をかけた献身の甲斐あって木星は『荒ぶる危険なガス惑星』から『新たなる太陽系の盟主』へと華麗なる転身を遂げたのである。
そのように木星への入植研究がエウロパを拠点に進められてきた経緯もあってこの惑星の住民ほとんどが旧・木星開拓事業団の学者やエンジニアの子孫達やその関係者達であった。エウロパの教育機関では海洋学や水棲生物学を中心に、天体工学、地質学などの専門的な研究が盛んに行われ、英才を数多く世に送り出している──一見して海洋リゾート地のようでありながらも学問の都、と呼ばれるのはこのためだ。
さて。
もう一つ、このエウロパには他の惑星には無い特徴がある──それはここの住民のほとんどが木星帝国建国の祖、聖クレメンス翁のの熱烈な信者であるということだ。
木星開拓の成果を横からかっさらおうとした地球閥に敢然と立ち向かった聖クレメンス翁は木星を開拓した科学者達にとって救世主ともいうべき存在だったのだ。
その後も木星帝国とエウロパの関係は親密さを増していき惑星の名前を冠した首都、エウロパ・メガフロートシティは中立非武装の精神を貫き通しつつも地球との戦争の際には多くの木星圏難民達の受けいれるなどの人道支援を献身的に行ってきた。エウロパを姉、木星を弟と見做した惑星間の友好関係は実の姉弟よりも濃いものとなっていった──
◇
『12月15日 セント・クレメンス・デー』
これは空飛ぶマンタの背に乗ったクレメンス翁が勉強や仕事を頑張った者達にプレゼントを配り、悪い子は銛で突いてまわるという、どこかで見たようだが全然違うシュールなイベントである。エウロパ発祥のこの奇祭は地元では絶大な人気を博しており、やや趣向の似通った12月25日のクリ何とかという風習を完全に駆逐してしまったのだった。
この時期にエウロパを訪れたよそ者達が必ずといっていいほど口にする質問に「要するにクリスマスのパクリですよね?」というものがあるのだが、軽々しい気持ちでエウロパ市民にこのような口を聞いてはいけない──
「エウロパに雪は降らない」
「クレメンス翁の方がサンタより強い」
「いいよ来いよサンタ、銃なんて捨ててかかってこい」
「串刺しにしてやるぜ」
という具合に、普段は理知的なエウロパ市民達が何故か過度に好戦的になるのであまりおすすめはしない。
◇
「もう年末か……というか年明けたらそろそろ航宙ライセンスの更新時期か……」
「その前にヴィーナスプロジェクトのカウントダウンライブがあるんでねか? おらペアチケット抽選、念のために三つ応募したんだよ! 当たったら雄大さ、一緒に見にいくだよ!」
雄大は自室のソファで背伸びをしながらカレンダーを眺めていた。ベッドは相変わらずリンゴに占領されている。自室のようにくつろぐ鏑木リンゴは漫画を片手にPPで芸能ニュースを漁っていた。
「あー、Vプロの年越しライブか~……ここんとこ行けてないから頭から抜け落ちてたよ、士官学校辞めた今年はチャンスだったんだけど──ま、三口ごときの応募じゃどーせ当たんないよ、倍率すげえんだぞ?」
「え? ど……どんぐれえ買っとけば良かったんだか?」
「そうだなあ。俺が現役の頃は最低20口、念のために40突っ込んでたな。そんでダブったらファンクラブの仲間同士で共有しあったもんだぜ──懐かしい」
「え~ッ!!?」
林檎はベッドの上でひっくり返る。
「あ~ん! そんなん、お金っこいぐらあっても足んねえべよぉ!?」
「チッ、チッ──甘いぜリンゴ副隊長。Vプロ恒例年越しライブには女性アイドルだけじゃなくて超絶人気の男のアイドルグループも出るからな──チケット争奪戦は血で血を洗う修羅場だよ。俺らみたいなパルフェのファンなんて奴らの前では少数派だからな……まぁおとなしく中継でも観ていようぜ──」
「う~……応募券みっつでも、もしかしたら当たっかも知んねえがら……おら、最後まであきらめねえど。神様仏様ご先祖様どーかおらの応募券が当選しますように……」
林檎は御守り札を掲げて何やら願掛けの祈祷を始めた。
「ハハ、当たるといいけどな……まぁ万が一当たっていても俺は付き合えないんだよなぁ、悪いけど」
「え? なしてだ? 雄大さ正月になんか予定あんの? ライブより大事な用事ってなんだべ」
「俺、今年は絶対月に帰らなきゃならなくなってんだよ。妹がうるさくてさぁ」
予定では……雄大は婚約者のユイを正式に家族に紹介するために月の実家に戻らなければならない。雄大は裕太郎と顔を合わせる時間を一秒でも短くするために三が日を過ぎてから里帰りしたいのだが、妹の由梨恵とユイの猛反対にあって年末年始の割と長い時間、拘束される事となった。
「そっかぁ……雄大さ行けねえのか。ならどうしよ──あ、そうだ! 陣馬くんは年末ヒマ? 万が一当選してたら一緒にライブ行がねか?」
林檎に声を掛けられた少年サムライは床に正座して1500年以上前の剣豪について書かれた小説を熱心に読んでいた。太刀風陣馬は急に話を振られて困惑したのか、眼帯をしていない方の目をせわしなく何度もパチパチと瞬かせた。
「はぁ拙者でござるか──いやその、拙者恥ずかしながらとんと世事に疎くて……ぶいぷろとからいぶ?とか言われても何の事やら皆目見当がつきもうさぬ」
陣馬は本を閉じるとボリボリと頭を掻いた。
「え~っ、陣馬くんヴィーナスプロジェクト知らないの?」
「演舞の類でござるか?」
「エンブじゃないよ、ライブ。ら~・い~・ぶ、だよ? 金星おっぱいアイドルが歌って踊るんだ。すっげー可愛くて楽しいだよ!」
林檎はベッドの上で器用にステップを踏み、アイドルグループ・パルフェの振付を忠実に再現する。
「お、おぱ、おっぱ?」
陣馬は驚いて立ち上がると耳まで真っ赤にして騒ぎ出した。
「拙者、修行中の身なれば、そっ、そそそそのような催し物に女性と同伴というのはちょっと」
「大丈夫だ陣馬、カウントダウンライブは小さい子も見に来るんだ。パルフェもうっかり生ポロリしないように気をつけてるし、そんないかがわしくはないよ」
「い、いえいえ皇配どの。そうではなくて──そもそも拙者と林檎どの、ふたりで、というのはなんといいますやら、その」
「は?」
「ちぇ~、陣馬くんにもフラれちゃっただな──ブリジットさはヒマじゃないって言ってたし──つまんないの……」
「あ、その別に拙者、正式にお誘いを断ったわけではなくて……」
「じゃあ当たってたら一緒行ってくれる?」
「え、えーとそのなんと言えばよいですかな、林檎どののお役には立ちたいのでござるが」
陣馬が言葉を濁し始めた。
雄大はしばらく林檎と陣馬の取り留めのないやり取りを眺めた。
(ほほう……陣馬のやつ)
雄大の中の疑いは確信に変わった──陣馬を呼ぶと耳打ちを始める。
(なあ陣馬おまえ……林檎のこと意識してんの? 最近妙に仲良しだもんなお前たち)
(は、ハァ? 皇配どの、何か誤解しておられるのでは?)
(──林檎はな、男女の仲に関して相当疎いから友達以上を目指そうとすると結構大変かも知れんぞ。焦り過ぎて嫌われないようにな)
(せ、拙者はマーガレット伯爵閣下みたいな所作麗しく凛々しい女性が好みでござる──)
(照れるなよ、林檎だってもう少し大人になったら女の子らしい所作になってくるって)
実際、林檎はぎゃらくしぃ号に来て接客をこなしていく内に随分垢抜けて女性としての可愛らしさが増してきている。アイドルマニアであり、美しい母親を見て育ち、美女揃いの職場で過ごしている雄大がこう思うのだから林檎の持っているポテンシャルは相当なものだろう。
(な、ななな──何を勝手に話を進めて)
「おーい林檎、おまえ陣馬のこと男の子としてどんな風に──」
つい陣馬をいじめたくなった雄大は林檎に声をかけた。
「わああああ!? わー! わー!」
陣馬は大声を出して雄大の口を塞ごうと躍起になってつかみかかってくる。
「え、陣馬くんのこと?」
「そうそう、どう思ってる?」
えーとね、と林檎は陣馬を見ながら思案する。陣馬は判決を待つ容疑者のように青ざめて固まってしまった。
ごくりと生唾を飲み込む少年──
「おら陣馬くんだーい好きだよ? だって優しくてかっけえんだもん」
林檎は屈託の無い笑顔を浮かべ、陣馬の瞳を見据えながらはっきりと宣言した。
「ブフォっ!?」
陣馬は予想を遥かに超えた展開に動揺し、あからさまに顔色を変えて慌てふためく。
「せ、拙者も──り、林檎どののこと、元気で可愛いくて礼儀正しくてその、いいな~と、その……」
「あんがと! いやあ、おらここに就職さしてほんと良かっただ。雄大さもブリジットさも陣馬くんも、みんなおらの大切な友達だべ! そーだ陣馬くん、今からパルフェのこと色々教えたげよっか? きっと気に入るだよ!」
「ともだち──」
「そう友達だべ!」
陣馬の全身から力が抜け、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ち、ぺたーん、と床に倒れこむ。どうやら立ち上がれない程の精神的ダメージを受けたらしい。
「陣馬くん? ど、どったの!?」
「───あ、うう」
「うむ返事がない、ただの屍のようだな──ま、その内復活するさ、バッサリ一刀両断されたがまあ傷は浅い」
雄大は笑いをかみ殺しながら陣馬を突っつく。
「こ、皇配どのぉ……?」
顔を上げ、涙をためながら雄大に非難の視線を浴びせてくる陣馬。
「こんなことで動揺するようでは林檎の相手はつとまらんかな、俺やブリジット、誰に対しても好き、って言っちゃうのお前だって知ってるはずじゃないか──林檎の大好きは俺ら男子の好きとはちょっと違うんだよ」
「うううそこまでわかっていながら……人のことを玩具にして、簡単には許さんでござるぞ?」
「まあまあ、ハハハ。なんかおごってやるから機嫌直せ」
雄大は陣馬と話しながら、何故だか急にヴァムダガンの事を思い出した。やはり眼帯を見ていると例の海賊の顔が頭を過ぎる。
(死刑執行の予定時間もうすぐか……悪党とはいえ面識のあるヤツが殺されるのって、どうも気分が滅入ってくるな)
自分は裁判官にはなれそうにもない、雄大は大きく溜め息を吐くと時計を見ながら立ち上がった。
「よーし、そろそろエウロパだぞ──ブリッジに戻らなきゃ。お前たちもほら、遊んでないで上陸準備しないと──」
◇
ぎゃらくしぃ号はクルーの休養と物資の補給を兼ねて衛星エウロパのメガフロートシティに滞在する事となった。
エウロパはぎゃらくしぃ号内に滞在してヒッチハイク同然の旅をしていたヨット部の学生達のゴール地点でもあったのだ──彼らを無事送り届けるついでに、しばらくまともな休みの無かった若いクルー達に高級海洋リゾート地で骨休めをさせてやろうというユイ社長の小粋なはからいであった。




