フランチャイズ契約①
「わぁ、うちの店で扱ってる商品とあんまり変わりません──でもこっちのほうがちょっとだけ安くて──陳列をこう変えるだけで印象がこんなに変わるのは面白いですね!」
ユイは冒険でもするかのように歩き回るとギチギチに隙間なく詰め込まれた陳列や、わざとらしく乱雑に貼られた値札など価格の表示方法を確認していく──
沙織流の『宇宙コンビニ』店舗とは──カウボーイ達が好んで使う立方体型簡易居住用モジュールを改装して繋ぎ合わせたややチープなものだった。小さな居住用のコンテナハウスの壁を取っ払って繋ぎ合わせて、ちょっとした宇宙ステーションのような物を作り上げている。
この倉庫兼店舗のようなコンテナは自力では移動出来ないので別の宇宙船で引っ張って移動、広めの航路の端っこに陣取って店開きするらしい。
ぎゃらくしぃ号と比べると通路は狭く陳列は圧縮され棚にギチギチに詰め込まれている。ロボットの監視員とセルフサービスの会計システムのおかげで人件費はとことんまで削減されているが、中で火災や事故でも起きたらどうするのかという不安は拭えない。
「やってくれるぜ──無断で俺らの店の屋号を騙って商売してたってたわけか──」
六郎と鏑木林檎も合流したぎゃらくしぃ号の面々は、沙織達の『ギャラクシー号火星支店』という看板のかかった店舗モジュールを見物していた。
「ぎゃらくしぃとギャラクシー、全然ちゃうやんか。にいさん人聞き悪いでぇ、訂正してんか?」
この期に及んで言い逃れを始める通天閣沙織。六郎と林檎、そしてマーガレットが沙織を囲むようにして集まる。
「じゃあなんでぎゃらくしぃ号と同じユイ様の写真が使われてるの? これは言い逃れ出来ないわ」
宣材パネルシートにはぎゃらくしぃ号で使用されているユイの画像がそっくりそのまま使われていた。触ると近くにある商品の説明や期間限定商品の案内を始めるところまでそっくりそのままだ。
「ふふん、良く見いやほら! ここのとこに黒子があるやん? この人は別人、火星におるウチの友達で春級唯子さん、ゆうねん」
「えっ──そっくり、って──え?」
確かに黒子はあるのだが──苦しい言い逃れを始める沙織、マーガレットはあまりの厚顔無恥に絶句する。
「まあ唯子さんですか、名前も顔も似てる人って居るものなんですね、お友達になりたいです」
「殿下?」
「いやいやいや! ユイさん? そういうボケは要らないから! ちょっと黙ってて」
「は、はい」
ボケ倒すユイの代わりに雄大は沙織の前に出て見下ろしながら詰問する。
「もう──なんなのキミは。商品のラインナップも完全に似せてまあ、成りすましもここまで徹底すると恐れ入るよ──!」
「ほんま偶然やなぁ偶然! でも売れそうな商品考えたら最終的に似通ってしまうんはアレ、なんちゅうたかな──あ、そや『当然の帰結』ってヤツやな」
フヒヒヒ、と歯を出して笑う沙織、ヤケクソなのだろうか、屁理屈だけでこの場を乗り切るつもりのようだった。
「もしかして前にうちの店に忍び込んだ時に仕入れ先のデータまで抜いたんじゃないだろうな? パクリはグレーゾーンだが、データベースへの不正アクセスは真っ黒、有罪だ。見逃すわけにはいかん」
六郎がブツブツ言いながら仕入先について帳簿を調べはじめた。
「なんやもう、それこそ濡れ衣やん、どうやったらそんな仕入先の情報まで抜き取れるってゆうんよ? ウチそんな天才ハッカーとちゃうよ?」
「どこまでしらばっくれるんだこの娘っ子……」
「悔しかったら証拠出してみいや証拠」
「はい、はい! おら、この子がクモのドローンで店内をスパイしてたの、見てただよ? そのドローン調べたら色々わかると思うな」
リンゴが自分のPPを操作すると、沙織が服の下、ちょうど胸の辺りにクモ型のスパイ・ドローンを隠している映像が映し出される。
「うわ!? な、なにすんねんこのけろけろけろっぴ!」
沙織はリンゴからPPを取り上げようとするがリンゴの運動神経は沙織を遥かに凌ぐ、突進してくる沙織の腕をさばいて闘牛士のようにくるりと回るとカーチス少佐の前にPPを差し出した。
「軍人さん、これ結構前に撮影した保安用の監視カメラ映像だども──証拠になる?」
「なるほど──このスパイドローン、火星製の高性能機ですね……通天閣さん、あなたがこのドローンをお持ちかどうか店内や持ち物を調べさせてもらっても構わないでしょうか」
カーチスが沙織の胸の膨らみを睨む。
「げっ──」
沙織は自分の胸の辺りを押さえた、医務室で検査着を着ていた時よりも明らかに胸がふくらんでいる。
「や、やらしいわ……見んといてや! う、うう訴えるで!」
「あなた、わかりやすいですね。顔に出過ぎですよ」
カーチスは溜め息をついた。
「な、六郎さ、やっぱりこの子悪さしてたべ?」
「悪かったな鏑木、お前さんの直感のが正しかったわ。こんな図々しいヤツだとは思わなかったもんでな」
「う~! なんやなんやウチはなんも悪い事しとらへん!」
「──まあこういうのは知的財産権の侵害に当たるんでしょうか? 民事の話は我々の管轄ではありませんけどそのドローンによるコンピューターへの侵入が確かなら刑事罰として立件出来るかも──」
カーチスが六郎と雄大に訴訟に関しての説明を始める。
「ううう、軍人はん、いけずやなぁ」
不意にユイのPPに着信がある、ユイはPPを操作するとその場の全員に見えるようにホログラム映像を宙空に投影した。ホログラム映像には派手な内装の宇宙船の操縦席に座る中年男、トラック野郎の元締めである大和田の姿が映し出された。
「やあどうもユイ社長」
「大和田さん、例の件はどうでしたか?」
「うん、言われた通りトラック仲間に聞いて回ったんだけど──皆『ぎゃらくしぃ号の火星支店が出来たからそこで買ってる』って言ってたよ」
ああやっぱり、という声が上がる。
「そうですか、助かりました。わざわざどうもすいません大和田さん」
「いや~社長。ぎゃらくしぃ号も有名になったもんだねえ、ついにニセモノのご登場だ、ハハハ」
「頼んますよ大和田さん笑いごとじゃねえんです。今ちょうどここの売上高の帳簿見てるんだけどこいつらァ相当荒稼ぎしてる──ぎゃらくしぃ号とユイ皇女殿下の信用をそのままそっくり無断拝借されてんだ──この内の何割かは本来、俺らの店に来るはずだった客なんですぜ」
「ロクさんも大変だねえ、でもなりすましや便乗する野郎共が出てくるってのは一流になった証だよ、有名税と思えばまあ、そんなに腹も立たないさ」
大和田は他人事のように笑う、まあ実際他人事なのだが。
「ちぇっ、他人事だと思ってひでえなぁ」
「ハハハ、まあでも利用してたドライバー仲間の中にはそこの火星支店のほうが好きだ、って言ってるヤツも結構いたんだよ」
大和田の言葉に驚いた一同はしばしざわめく。
「そっちは本店と違って割引もあるし、ポイントカードもあるし──それにセルフだからほら、ちょっとやらしいアレとかも買いやすいし」
ニヤニヤと少し下品に笑う大和田。
「やらしいアレって?」
林檎が大和田に訊ねると大和田は胸の辺りを持ち上げてみせた。
「ほら、林檎ちゃんと雄大くんが大好きなパルフェの写真集みたいなアレ」
「あ! おっぱいグラビアだ!」
「そうそうそれそれ」
ユイとマーガレットの視線が痛い、雄大はゲフンゲフンと咳払いをしてふたりから顔を逸らす。
「そうですか、我々の店舗では補いきれないニーズが此方の店舗にはたくさんあるんですね、勉強になります」
ユイは沙織達が作った火星支店を見回す。
「そーゆうことそーゆうことさすがユイ社長。だからあんまり火星支店の人達のことを怒らないでやってよ、穏便にね──あ、ごめんちょっとそろそろ出ないとマズいかも」
「お忙しいところありがとうございました大和田さん」
「じゃ、社長失礼します──林檎ちゃんロクさん雄大くんもまたね、仕事終わったらお店に寄るから」
「うん、おじさんばいばーい」
林檎とホログラムの大和田は互いに手を振り合った。
「売上が落ちてたのはアンタ達の仕業だったのね、ハァ──魚住にも教えてあげなきゃ。アンタね、この場に魚住がいなくてホントラッキーだわ。お金の話になると魚住は本当に怖いわよ」
マーガレットは沙織と政春を睨み付ける。
「すんません閣下、この女の子を鏑木が捕まえた時、もう少し厳しく釘を刺しておくべきでした。まさかここまで露骨にパクり商法やられるとは、俺の責任です」
「いえ、ユイ様の留守中にデータを抜かれたのですからその時の責任者はわたくしです。六郎に非は無くってよ?」
マーガレットは沙織の頭に手を置く。
「ひ、ひえっ」
マーガレットに掴まれてカタカタ小刻みに震え始める沙織。
「通天閣さん、あなたのお店襲われても仕方無いですよ。あまりにも無防備です──これでよく今まで海賊に襲われなかったものですよ。悪い事は言わないから民間警備会社と契約しなさい。火星の商人さんならそういうツテも結構あるでしょう」
「んなセキュリティーに金かけたら儲けが薄くてやっとられんわ──なにせ『ぎゃらくしぃ号の仲間』ゆう看板上げとったらな、そもそも悪いヤツが寄って来んのや──」
ああそうか、とカーチスは膝を打つ。
「あのお化け戦艦をやっつけた木星帝国ですからなぁ、そこらの小悪党は手を出してこないでしょうね。ぎゃらくしぃ号の名前は良い抑止力です」
「なるほど──ウチの船の名前は確かに海賊除けになるわな」
「そうなの?」
「ええ閣下、公社の客船がウチを利用してくれるのはそういう、賊を寄せ付けない戦闘力を頼られてる向きもあるんです。それにほら、今一緒に行動してるヨットの学生さん達もそうみたいですよ、犯罪から守ってもらう代わりにお金を落としてる感じですかね」
少し意外に感じたがわからない話ではない。マーガレットとユイは互いに顔を合わせて苦笑いする。
雄大は任侠者の庇護の元で商売をするテキ屋の屋台を連想する、月には流石にそういう連中はいないが火星や金星の周辺コロニーには多いと伝え聞く。
「でもトロニツカ・ファミリーは襲ってきた、と。今回の海賊は警告してもやる気満々だったなぁ」
「それにしても海賊のクセに四隻も出張ってくるんがヘンやがな。凶暴化しとるんは軍の取り締まりが中途半端やからとちがうんか?」
カタカタ震えている沙織の代わりに政春はチクリとカーチスを刺すがカーチスは特に悪びれる様子もなく即答した。
「この規模で改造モジュールを展開するのなら航路の占有許可を取っていただく必要があったのですが──航路の安全な交通を阻害する無許可操業者、という点では海賊もあなたがたも同じですよ」
「ええ~こっちが被害者やのになんかキツぅない? いたわってぇな、ね?」
沙織は頭を掴まれたまま、可愛いらしく腰を捻り、猫が飼い主に甘えて身体を擦り寄せるような仕草で若い軍人に媚びる。
「だ・め・で・す──」
「なんやも~どないなっとんねん! ウチの魅力が通じへん! この銀河系レベルのキュートさが通用せんとか自分らおかしいやろ!」
手足をバタバタ振り回し始める沙織、マーガレットが手を離すと床に倒れ込んで子供のように駄々をこね始めた。
ぎゃらくしぃ号のクルーは皆一様に「ヘンなの拾っちゃったな」と沙織達を救助した事を少しだけ後悔し始めていた。




