海賊と火星の姫②
アステロイドパイレーツとは──かなり歴史のある海賊で当初、土星のリング内に本拠地を置いた事から今もこの名で呼ばれている。
昔、太陽系の惑星開拓事業華やかなりし頃のこと、巨大複合企業体のやり口に反発した開拓惑星系移民達がゲリラ化、武装蜂起した。『宇宙の海は皆の海』と地球閥支配からの解放を主張する抵抗組織を立ち上げた。
元々は反政府ゲリラの彼等だが、戦力増強のためにならず者達を受け入れ続けた結果、当初の目的はだんだんと忘れ去られていった。結成当初のアステロイドパイレーツは反地球閥の立場だった木星帝国と同盟関係にあったが、先のような理由で組織の中身が変容したため木星帝国からも敵視されるようになっていった──木星帝国内部の反乱分子や犯罪者が木星王家への復讐をするためにこの海賊団に続々と参加していったのもそれに拍車をかけた──
最終的にはどの国家からも敬遠される悪党の集まりに成り下がっていった。彼等はレジスタンス活動と言いつつ、人攫いをしたり物資を略奪して闇市場に横流ししたりして巨額の財をなす犯罪者に堕してしまったのだ。中には革命家を気取って海賊の旗に誇りを持つ古株もいるのだが、現在の構成員の中には殺人や強姦などの暴力行為自体を目的とする残忍な連中も多いと伝え聞く。
ちなみに現在の土星のリング、小惑星帯は宇宙軍が制圧、元々海賊の本拠地だった場所に、月に続く第二の軍事拠点サターンベースが建設され太陽系外縁の治安維持に貢献している。
◇
「見ての通り電子暗幕は通用しない。降伏の意思が見られない場合はやむを得ず撃沈することになる」
雄大は未だに姿を隠している残り一隻の海賊船に呼び掛けた。ぼんやりとした歪みのある部分が目視で確認出来る、そこにいるのはほぼ間違いない。
(マズい位置取りだ、しまった)
戦闘宙域から離脱を始めたのはいいが、火星民間船は何故かぎゃらくしぃ号から遠ざかるように動き始めたのだ。
「ラフタさん、民間船から返事あるまでしつこく呼び掛けてください。粒子砲の軸線と被りそう──」
ユイもレーダーを見ながら、ぎゃらくしぃ号の操船補助コンピューターに火星民間船の分析を依頼した。
「雄大さんどうしましょう、民間船はどうも内部で火災が発生してるみたいです」
「そんな状態じゃ自力で脱出なんて無理なのに! 何考えてるんだ──」
海賊船はこれを好機と見たのか、電子暗幕を解除するのと同時にぎゃらくしぃ号目掛けて粒子砲を発射した。この砲撃はぎゃらくしぃ号のシールドに弾かれたが、海賊船は加速しながら反転、民間船に向かって直進するコースに入った。仕方無いな、と雄大は舌打ちする。
「ユイさん、少し危険ですが船体ごと海賊船との間に割って入ります」
「火星の船が心配です、主砲は控えてください」
「──シールド出力上げ、主砲のエネルギーカット、ウェポンベイに収納──本艦はこれより近接雷撃戦闘を開始する。近接魚雷準備、一番、ニ番──ドナ級を止めるぞ」
ぎゃらくしぃ号のニ門の主砲が格納され魚雷発射管がオンライン状態になる。
「魚雷準備、装て──あら?」
マーガレットがコンパネを操作するが、自動装填機能を使うまでもなく魚雷発射管理には既に魚雷が装填されている。
「えーと……一番、ニ番、あと三番の後部魚雷管まで全て装填済み、です?」
「ん?」
マーガレットと雄大は首を傾げたが、今は一刻を争う。雄大はワープドライブの出力をオーバードライブ気味に上げて最大戦速まで急加速させた。
カン! という高い爆音に続いて何かが渦を巻くような低い回転音が船内に響く。
『回転数異常、警告』
『ジャイロの能力を超える急制動がかかりました』
心臓に悪い警告音と共に異常を示すメッセージが5、6通ほど表示される。
ドナ級も快速が売りの船だが、追うハイドラ級はエンジンの出力がまるで違う。海賊船からヤケクソ気味に発射される魚雷はぎゃらくしぃ号の速度を考慮に入れていないため狙いが定まっていない、あらぬ方向に飛んでいった魚雷がぎゃらくしぃ号の遥か後方で爆発する。
「よし、照準をロックした──魚雷発射準備、一番、ニ番、撃て!」
海賊船の柔らかい船底に食らいつくように肉迫したぎゃらくしぃ号から魚雷が発射される。
「ああっ!? 魚雷ダメですっ、魚雷撃っちゃダメ!」
「え?」
突然、ユイが何か重大な事を思い出したように叫ぶが、魚雷は勢い良く飛び出して海賊船の腹に命中する。
「あああ……」
魚雷は爆発することなくドナ級の船底にぶつかり弾き返された。ガバッと魚雷が割れて、何か白い雪のようなものが無数に散らばっていく。
「うわわっ!?」
シールドに当たったそれは本物の雪のように燃え尽きて消えていく。
「な、何? 不発弾、なのか?」
雄大は何が起こってるか理解出来なかった。
「……雄大これ見て」
ラフタがメインビューワーの端に白い雪の拡大画像を映し出す。
「薄い布──ハンカチーフ?」
マーガレットも魚雷の中味の意外な正体に困惑しているようだった。
「えーと……あれはですね……ら、ランジェリー、でして」
ユイが顔を真っ赤にして呟くと、コンピューターがご丁寧にメーカーの宣伝動画を再生し始める。
『ワンランク上の履き心地、王女様気分のフェザーショーツ──貴女の美を永遠に、でお馴染みのラメラ・キャラバンから新発売──』
「ぱ、パンツ……」
「ユイ様? まさか!」
マーガレットは思わず叱責するような口調でユイに詰め寄る。これまでもユイがはしゃぎ過ぎて皇女らしからぬ振る舞いをした時、マーガレットは見かねて諫める事があったが今回はいつにも増して激しかった。
「メグちゃんごめんなさい、その──ちょうど良い収納場所だったので──つ、つい」
ユイは懇意にしているラメラキャラバンの会長から試着用の高級ランジェリーを大量に譲り受けていた。
「え? ユイさん魚雷発射管に商品置いてたの!?」
「だ、だって無料でいただけるって言うから──女性のお客様にお配りしようと思って」
「そういう問題じゃありません、なんで魚雷の中に下着を詰めてるんですかっ! 普通に収納してくださいっ!」
「マーガレット、急いで再装填しよう」
「そ、そうねラフタ──」
「あっ、ダメです、残りの魚雷の中味も全部──お土産とか非常食で」
「ユイ様~!!?」
少女伯爵の目がつり上がり額に青筋が走る、覆い被さるようにして怒鳴りつけるマーガレットの迫力に恐れをなしたユイは艦長席の後ろに隠れるようにして小さくうずくまる。
「うう、魚住がただで配るなら乗せちゃダメって言うから仕方無く──魚雷ってほとんど撃たないじゃないですか、気密性高いし隠すのにちょうどいいかな~って──ねえ雄大さんもそう思いません? ──ねっ?」
「ぎ、魚雷にパンツとか食い物詰めるなんて聞いた事ない──ど、どーすんですかこの状況!」
「あ~ん! 雄大さんが助けてくれない~!?」
ユイは四面楚歌状態に耐えられず涙目になっている。
「助けて欲しいのは火星の民間船の人達なんですよ!」
文字通りお手上げのポーズを取る雄大、ビューワーを見ると民間船に追いついた海賊船は船体を乱暴にぶつけていた、強制的に乗り込むつもりのようだ。
「クソッ、こんなに接近されていたら海賊を攻撃出来ないじゃないか!」
「雄大、このまま接舷して揚陸艇を出そう。リンジーが待機してる」
ラフタからの冷静なアドバイス、雄大は無言で頷くと操縦桿を握り直す。
「わたくしもアクバルで強襲揚陸に参加します──ブリジットだけに任せていたら民間船まで壊してしまいそう!」
「頼めるかマーガレット?」
マーガレットは久し振りに雄大と真っ正面から顔を合わせた。
瞳と瞳、視線がピッタリと合う。
(宮城の瞳、活き活きしている、この人もわたくしと同じなんだ。こういう予期せぬ状況は恐ろしいはずなのに、どうしてかいつも以上に力がわいてくる)
マーガレットの胸の奥が熱くなる。
祖父アレキサンダーが教えてくれた──この沸き立つ感情こそが凡人を『英雄』にする、と。
「もちろんよ──アンタはしっかり寄せてちょうだいね」
「おう、操船は任せてくれ」
ここのところ雄大を男性として意識し過ぎてうまく話せなかったマーガレットだったが、この窮状で肝が据わったのかスラスラと言葉が出てくる。
危機的状況に直面して眠っていた細胞が起き出したかのような圧倒的な覚醒感。
マーガレットが拳を突き出すと雄大もそれに応じて軽く拳を合わせる、ふたりは同時に無言で頷いた。
◇
「え、えらいこっちゃ~、なんでこうなるん? うち何か悪いことした?」
ロボットと一緒にスプレーガンを持って消火活動に奔走する少女、すすだらけになっているのは小柄で可愛らしい少女は半泣き状態で泣き叫ぶ。
「お嬢がせせこましいことするからや、バチ当たったんよ……」
「なんでや! 政春おじさんも『こりゃボロいわ』ゆうてたやろ!」
「こないな銭稼ぎで死んだら結局大損やんか! 命あっての物種ゆうのん知らんのか」
この火星民間船の船長は通天閣沙織、ユイを勝手にライバル視している娘で火星西部企業連合体の幹部の孫娘である。
「げええ! お嬢、大変じゃ! か、海賊が侵入しとるゥ!」
火災警報に紛れてたのか、揺れやエア漏れの警告に全く気がつかなかった。
「か、隔壁閉鎖、隔壁閉鎖……! セキュリティー!」
沙織とその叔父である政春は必死でコンパネを操作して海賊の侵入を妨害する。
ドゴォオン! 今までアクション映画でしか聞いた事が無かったような派手な爆音、その振動はブリッジまで細かく揺らす。
「か、火事でなんか爆発しとんやろか? 海賊巻き込まれて死なんかなぁ」
爆音から十数秒後、新たな爆音が響き、船体をミシミシと揺らす。ふたりは耳を押さえて床と一緒にガタガタと小刻みに震えた。
「お、お嬢……今のは隔壁が吹き飛ばされた音やがな、確実に近付いてきとるでぇ」
「えええええ!? 宇宙てなんなん? 航路通っとんのにめっちゃ無法地帯やん!」
「あ、アカン……終わったわ……もうしまいや」
「あのぎゃらくしぃ号のアホ! ボサーッとして何しとるん? 助け来たんならきっちり最後まで助けんかいなアホンダラ~っ!」
『誰がアホンダラか!』
壁の向こう側から野太い男の声がする。
「ど、どちら様……」
『大海賊トロニツカ・ファミリーの首領トロニツカ様だ』
「ま、間に合ってまーす……」
『てめえらの都合は聞いてねえんだよぅラァ!』
別方向にある合金製の扉の向こう側からも海賊がやってきているようで、何か硬い物がガコンガコンとぶつけられ扉が曲がり始めている。
『──てめえらには人質になってもらうぜ。大人しくしてろよ』
「なあトロニツカはん? 命を助けてくれるんやったらあの軍艦から逃げるのに協力してやってもええんやで?」
『ハァアアア? 協力してやってもいいだぁ? 何だとテメエ! 何様だァ!?』
沙織達の頭の上の壁から何やら槍のような物が突き出した。これはストライク・ハープーン、白兵戦における最強装備だ。エグゾスーツの大きなマニピュレータがハープーンの空けた穴に突っ込まれた。ギリギリギリと鋼がねじ曲がり、男の声がさらに鮮明に聞こえてくる。
壁側から巨体を屈めつつブリッジに入ってくるエグザス、そして反対側の通路からは手に手に巨大なハンマーを持った上半身裸にレザーベルトというパンクファッションの男達がなだれ込んでくる。
エグザスに搭乗した海賊は作業補助の四脚ロボットの頭と足を掴むと雑巾を絞るようにして捻り切った。
「ぎぃえええ!?」
「クソが、時間稼ぎしやがって……」
海賊の親玉らしき男がロボットの残骸を沙織達の足元目掛け投げつけてくる。じろり、と沙織と政春を睨み付ける。
「──船長はお前か?」
「う、ウチが船長や……文句あるんか」
「女の声がすると思ったらガキじゃねえかよ……ちっ」
「が、ガキてなんやねん」
「まあガキならそれはそれで高く売れるけど──初物じゃないと値が落ちるからな」
トロニツカの部下らしいバンダナ巻いた細身の海賊が下卑た笑いを浮かべて沙織のそばに寄ってくる。
「ふぅん、まあまあ綺麗な肌してんじゃねえか……もう少し育ってりゃ味見してやったのに」
「幼女趣味のヤツがいなくて助かったな、嬢ちゃん──キヒヒヒ……」
男達は腹を抱え込んでゲラゲラと笑う。
「し、失敬なやつらやな! ウチはもう21やで」
静まり返るブリッジ──
「な、なんや……なんで黙るねん」
数秒後、男達の笑い声は更に大きく大爆笑を引き起こしていた。
「ハァアアア? 21だぁアアア? 嘘つけよ!? どういう見栄の張り方だそれ」
「いやあヒヒヒ、嘘とも言えないかな。火星の金魚鉢ドームシティで暮らしていたら重力調整の影響でひょろひょろか、どチビになるか……って言うらしいぜ」
「可哀想に──成長が止まったみたいなチビだぜ。赤い服着てるし、それこそエンニチ・フェスティバルで売ってる金魚みてえだ」
ギャハハ、と海賊達は童顔で背の低い沙織を笑い飛ばす。現在の火星は昔のような重力異常や金魚鉢ドームとは無縁なのだが、よそ者が火星人を馬鹿にする時の常套句になっている。
(この超絶美少女のウチが──火星であないに人気あるんを知らんとか、どこの出身やねんこの腐れ海賊ども!)
(お嬢、こらえときぃや。通天閣グループの孫娘ゆうんがバレたら本家にむっちゃ迷惑かかる──それ教えるのは最後の手段や)
政春は最悪、クレジットと引き換えに沙織の命だけは助けようと考えているらしいが、沙織の実家が惑星国家レベルの金持ちとわかると過去に例を見ないほどの額面を要求されるだろう──出来れば1ギルダでも安く値切りたい──これが悲しいほどに染み付いた火星西部気質である。
沙織の方は相当頭に血が上っているらしく、海賊に食ってかかった。
「こんのダボハゼども! だいたい自分ら人の外見について失礼なこと言うとるけどなぁ、鏡見たことあるんか? 揃いも揃って全治六ヶ月のひょっとこみたいなオモロい顔面しくさりおってからに、ウマヅラトビハゼとかウーパールーパーの方がよっぽどイケメンや」
沙織の言葉に場の空気がにわかに凍り付く。
(あ、アホ! 挑発してどないすんねん)
(せやかて超失礼やん? これぐらい言い返しとかんと悔しいわ)
「気が変わったぜ──取り敢えず殺すわ──こんな憎たらしいくそガキじゃ処女でも買い手もつかん」
「えええええ!? ちょ、待ちぃや!」
驚いて政春の後ろに隠れる沙織を見てニヤつく海賊達。
「なんてな、冗談に決まってんだろ。女子供は人質としての価値がたけえからな、生かしておけば逃げる時に役に立つ──おいオッサン、あの軍艦に通話を申し込め」
「え、ワシ──?」
「立場がわからんヤツらだな……つべこべ言ってないで繋げ! 足の骨でも折ってやろうか?」
海賊の親玉がエグザスのパワーで床面を殴りつけると頑丈なはずの鋼板がへこむ。
「ら、乱暴やな、わかったわかった、やりゃええんやろ危ないやっちゃな」
「ったくこいつら……このトロニツカをコケにしやがって」
政春は通信機を弄る。
メインビューワーに仏頂面の男性の顔──宮城雄大だ。
『やっとつながった! こちらぎゃらくしぃ号、救助に来た。待ってろ今助けるから』
政春を押しのけてバンダナ男が応対する。
「へへ、遅かったな……この商船のブリッジは俺達が制圧した。船員の命が惜しかったら追撃をやめろ、追い掛けてくるようならこいつらをこのまま放り出してデブリの仲間入りさせてやるからな」
『こいつら? さっきの男の他に誰かいるのか』
「ホラよ、このお嬢ちゃんがいるぜ、どうすんだ兄ちゃん、銀河パトロールが女子供を見捨てたりしねえよな?」
雄大は隣の席に向かって指を二本立てる、もちろん人質はふたり、という意味だがこのバンダナを巻いた海賊は気付いていない。
『駄目だな、どうあろうと海賊を逃がしたりはしない』
「なんだこら、海賊と取り引きはしねえってのか」
『そうだな海賊の提案は飲めない。だからこっちから提案するぞ──今すぐ武装解除して民間船から離れるんだ。さもなくば相当痛い目を見る事になるぞ』
「馬鹿かよ、人質取ってるのはこっちだ」
『なら仕方無い交渉は決裂だ』
通話は切れる。
「切りやがったクソが──トロニツカの親分、どうする?」
「そうだな、その辺のコンテナに一人ずつ押し込んどけば宇宙空間でも少しは保つだろ──放り出して時間稼ぎするぞ、流石に無視はできねえはずだぜ」
えっ、と政春が驚きの声を上げる。
「ちょちょ、ちょい待ち親分はん、俺達の実家は結構な金持ちなんや、宇宙空間に放り出すとかアカン、君ら大損するで」
「へえそうかい。なら尚のこと放り出さなきゃいけねえな──そんなお偉いさんの家族なら救助を優先する。俺らはその間に逃げる、皆ハッピーだろ?」
上半身のハッチを開けたトロニツカはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。
「じゃ、おまえらサッサとこいつら詰めちゃって」
武装した男達がよってたかって沙織と政春をの手を縛り上げ宇宙用の密閉コンテナに押し込めようとしていた。
「宇宙服無しでこんな箱に?」
「この~、死んだら化けて出てやるからアンタ覚悟しときや」
「俺のとこに化けて出る? そりゃお門違いだ。あの軍艦がお嬢ちゃんを見殺しにさえしなきゃ助かるはずだぜ──つまり怨むんなら銀河パトロールの連中ってことよ」
トロニツカは豪快にワハハハと笑うと、ピロリロ、とエグザスの通信機が鳴る。
「おうビリー、どうした」
『親分大変だ──銀河パトロールの兵隊に突入された──』
「いい度胸してるじゃねえか、いつもみたいにやり返してやれ」
『いやそれがその──なんかすげえのがやってきて、尋常じゃねえんで、親分がいねえとどうにも──』
通信が途切れる。
「おいビリー?」
トロニツカは首を傾げる。彼のファミリーはアステロイドパイレーツの中でも力自慢の連中が集まっていて、海兵隊からぶん捕ったエグザスも多数配備されている。正規軍ならいざ知らず、パトロール艦隊や民間警備会社の歩兵部隊如きでは相手にもならないはず──
「な、なんだってんだよ……何が起こってやがる」
トロニツカは急にぞわぞわっと背筋が凍るような怖気を感じた。
(やべえ、なんかよくわからんが──とにかく逃げないとヤバい──と俺の野性が告げている──いやしかし、このトロニツカ様が逃げ出すなんてえのは手下どもの手前、できるはずもねえ)
ドゴォン、と爆発音がすると同時に船内にエアー漏れの警告音がした。
「親分! なんかこっちにも来たらしいですぜ」
「馬鹿野郎が、歩兵部隊如き返り討ちにしてやれ。こっちには人質がいる、って言ってやれよ」
突如、ぎえええ、という断末魔にも似た悲鳴が通路の先から聞こえてくる。隔壁を全部壊しながら進んできたので障害物は無い、つまり、敵の侵攻速度はとてつもなく、速い。
何か触手のような物がブリッジに飛び込んで来たかと思うと海賊のひとりの首に巻き付く。
「ひっ……!?」
次の瞬間、触手に巻き付かれた海賊は物凄い速度で通路の奥に消えた。
「な、何だ今の……」
手下達は叫びながら通路の奥目掛けてニードルガンやショックガンを乱射する。
ヤバい宇宙害獣でも出たのだろうか、トロニツカは慌ててそちらへ向かう。
通路の奥に見えるのはふたりの人物。
一人はマントに白い軍服を着た背の低い少年、手には身体に似つかわしくない長めの刀剣を握っている。
もう一人は鈍色のクラシカルな強化服を着込んだ人物、手にはやたらと長いケーブルを持っている。強化服のヘルメットはオープン状態になっていて装着者の顔が見える──目鼻立ちの整った美しい少女。
いわゆる、女子供の類が此方へ向かってきている。
「両方ともガキかよ、海賊も舐められたもんだぜ」
トロニツカはストライク・ハープーンを構える。
「野郎共、構うこたねえ撃て撃て撃て!」
強化服の人物がケーブルを振るうと通路の中を極太のケーブルが大蛇のようにのたうち回る。壁を削りながら強靭な金属繊維の束が海賊達に襲いかかる。
船外作業で使用されるケーブルは幾重にも折り重なっているためショックガンやニードルガンでは表面を削り取るのが精一杯で激しい動きを止めることが出来ない。
血煙が上がり、海賊達の約半数があっという間に叩きのめされてしまう。
「うおっ?」
「ヒィイ!!?」
残った海賊達は通路の直線上に入らないように逃げ惑い、ブリッジ内のコンパネやシートの後ろにゴキブリのように滑り込む。
素早くブリッジに飛び込んで来たのは刀を持った白い軍服の少年だった、よく見ると眼帯をしておりどこか海賊めいた雰囲気もある。
「拙者、木星帝国海軍所属、太刀風陣馬──セレスティン大公殿下第一の臣でござる。我が主君は寛大ゆえ、大人しく人質を解放すれば命までは取らん」
「やいやいこの眼帯チビ助、木星帝国って言うけどなぁ、てめえらなんで敵の連邦と組んでやがんだよ、俺達アステロイドパイレーツと木星残党は言わば親戚同士だろうがよォ!?」
トロニツカはウ~と闘犬のように唸る。
「連邦宇宙軍が頼り無いからユイ皇女殿下が治安維持を代行してるのよ──それに、木星帝国はおまえ達海賊と仲間になった覚えはありません。身の程を知らぬ愚か者はこれだから困るのよ」
陣馬と名乗る少年の後からゆっくりと歩いてくるのは目つきの鋭い金髪の少女だった。肌の具合から相当に若いことがわかるがその背後に背負っている闘気の威圧感はベテランの闘士顔負けだ。顔の造作は美術品のように整っているが、瞳の中は蒼く冷たい炎がゆらゆらと揺れ動いている。
トロニツカは海賊に身をやつす前は割と名のある武道家の弟子だった。そのおかげか、少女のまとう冷たい殺気に触れるだけで彼女の考えている事がわかる。
(この女のツラ見てると寒気がするぜ。こいつそもそも俺達を『敵』として認識してねえ──こりゃあ一方的な『狩り』に近い──こいつは如何に効率良く叩き伏せて、被害を最小限に抑える事だけ考えてやがる)
「やべえぜトロニツカ、どうすんだい。なんかこいつ普通と違うぜ、見た目はガキだけど殺人ロボットみてえだ」
バンダナを巻いた海賊が脂汗を垂らしながら這い回り、トロニツカの後ろに隠れる。
「くっそォ、ツイてねえぜ──宇宙てのはこんなに広いのによ、よりにもよってこんなヤバいヤツに出くわすなんて──」
トロニツカが次の一手を考えていると、恐怖でパニックになった三人が叫びながら立ち上がりニードルガンを生身の太刀風陣馬に発射する、強化服の女はどうしようもないがこの少年なら倒せるのではないか、と考えたのだろうか。
しかし、少年はしゃがみながらマントを翻して身体をすっぽりマントの陰に隠してしまう。このマントは特殊繊維に衝撃を吸収するゴム材を混ぜ込み、単分子ワイヤーで補強したマントだ。本来は防刃用で弱点も多いが、布状で動きを阻害しないため陣馬は好んで用いている。特にショットガンやニードルガンのような散弾系、そして単分子ワイヤーカッターのような広範囲に攻撃してくる厄介な武器にはこのマントが役に立つ。海賊達が放った無数の針はマントに次々と突き刺さるが貫通にはいたらなかった。
「げっ……」
絶句する海賊達の方へ陣馬は大きく踏み込むと、横凪にヒュン、ヒュンと二回刀を振った。ふたりのニードルガンは斜めに両断され、内のひとりの人差し指の第二関節までがトリガー部分と一緒にポトリと床に落ちた。
「ぎゃあ!? ゆ、指が、俺の指がぁ~!」
「あっ」
武器だけ切断するつもりが指まで切ってしまったらしい、陣馬は驚いて海賊を気遣う。
「えらいこっちゃ……冷凍スプレー、冷凍スプレー……」
陣馬は慌てて海賊に近寄ると、足元の指を拾って医療用冷凍スプレーを吹きかけた。
「こ、この中に医術の心得のある御方はいらっしゃいませんかのう。拙者手元が狂ってこの人の指まで切ってしまって──」
冷却した患部を見ながら叫ぶ陣馬。そんな間の抜けた空気が流れる中、少しなら、と海賊のひとりが手を上げる。
「良かった、自慢ではないが拙者の切断面は綺麗だから、上手くくっつければ嘘みたいに治るから」
斬る、治す、という陣馬の奇行を眺めていた海賊達だったが、ついにトロニツカがあまりのバカバカしさにキレてしまう。
「てめえら何なんだよさっきから! 宇宙海賊舐めてんじゃねえよ、俺達海賊は命の取り合いやってんだ──ブッ殺してやる」
トロニツカがバイザーを下ろしてアイクリック入力、エグザスの出力を上げる。
ハープーンのターゲットをロック、目標は古めかしい強化服のケーブル女だ。
ガシュゴゥン、と鋼と鋼が擦れる音と共に鉄の塊がマーガレット目掛けて発射される。
エグザスの腕部をカタパルト代わりに射出される巨大な銛は海兵隊仕様エグザスの必殺武器である。大型の戦闘ロボットをたたき伏せる破壊力、ターマイト鋼すら貫く貫通力が特筆されがちだが、このハープーン射出時の初速は艦船用の対空機関砲並み。
高速で動き回る戦闘機を落とすほどの初速、これを不意打ちのように近距離で撃たれてしまうと、戦闘ロボットの反応速度ではほぼ避けようが無いのだ──強化服戦闘のスペシャリスト、レンジャー第七部隊のラドクリフ中尉が『海兵隊のエグザスは人類最強の装備』と豪語するのも頷ける性能だ。常人離れした反応速度を持つブリジットも避けきれず、脚にハープーンの一撃をもらっている。
そこでマーガレット・ワイズ伯爵、慌てず騒がず、ただ機械的に身をかがめ、ハープーンの下に潜り込んで上に弾き飛ばした。
「──!」
声にならない驚きの言葉がトロニツカから漏れる。
トロニツカは狭いブリッジ内でエグザス後背部のリアジェットを起動、爆発音と共に海賊のエグザスはマーガレットの強化服アクバルに突進した。
アクバルはこの突進を無理に避けずに真っ正面からトロニツカの改造エグザスと組み合った。
マーガレットのサイドツーテールが、強化服同士の激突する風圧で大きくたなびいた。
「……そのエグザス、トルクを弄ってるのね。過負荷で動力が悲鳴を上げてるけど悪くないわ、避けきれなかったもの」
手四つ。
ちょうど力比べのように両の手と手を絡め合う両者。マーガレットのアクバルは小柄のためか、オーバーヒート気味のトロニツカに徐々に圧されていく。
「よおクソガキ、これであの厄介な武器は使えんよな。この状態に持ち込めればコッチのモンだぜ──覚悟しな」
「単純だけど良いコンビネーションね」
「──メット被らずに生身の頭部さらしてよォ、女にしとくには惜しいな、いい度胸してるぜ嬢ちゃん、一応名前聞いておこうか、ん?」
「海賊風情に名乗るつもりは無かったけど──いいわ、アンタ海賊にしてはみどころがあるみたいだから名乗ってあげましょう。わたくしはマーガレット・ワイズ伯爵──銀河最強闘士アレキサンダー・ワイズ伯爵の後継者です」
昔話で聞いた事があるアレキサンダーの名前を耳にしてトロニツカは苦笑いした。
「へえ、本来なら追い剥ぎの海賊風情が立ち会える相手じゃねえ、ってことかい。だがなぁ、そんなカビの生えたような名誉称号と、ズタボロの強化服で百戦錬磨のこのトロニツカ様に楽に勝と──」
「うるさい──」
手四つの状態から突然、矢のような膝蹴りが海賊の頭部に命中する。マーガレットの身体が柔らかいのももちろんだがその動きを制限しない強化服アクバルの可動域もトロニツカの想像を上回るものだった。
「ぐぉっ……?」
あっさりと密着状態から脱出され、半ば反射的に殴りかかるトロニツカだがその拳は虚しく空を切る。
海賊が一回攻撃する間に、少女伯爵はニ回、三回と拳を繰り出してくる。防御が間に合わない──連撃につぐ連撃。
(──回転数が、上がってる?)
トロニツカは驚愕した、自分の人生の半分も生きてないような少女にまるで稽古をつけてもらっているような錯覚。
(ひ、左肩──狙われてる──負ける──)
マーガレットの狙いに気付いた瞬間、トロニツカの腕はマーガレットに抱え込まれた。
一瞬の隙、マーガレットが氷上のフィギュアスケーターのように身体全体を使ってスピンする。
メキャッという小気味良い音を立ててエグザスの左肩関節が中のトロニツカの腕を巻き込みながらねじ切られた。
獣の雄叫びのような悲鳴が上がり、巨体は床に沈み込んだ。
おかしな方向に曲がった装着者の腕を残してエグザスの腕が外される、マーガレットは、ふぅと息を吐いて髪の毛の乱れを直した。
「いい勝負でした──海賊にしておくには惜しいわね」
「~~!! ………ぐぁ、オオオ……」
苦悶の表情のまま、なかなか立ち上がれないトロニツカ。最早勝敗は誰の目にも明らかだ。
マーガレットの妙技に呆気に取られていた海賊達は手に持った武器を捨てて逃げ始める。子分達は海兵隊すら叩き潰すトロニツカの強さを知っているからこそ彼の下で海賊をやっているのである。親分が負ければもうチンピラ以下の存在でしかない。
「こらこら、どこにも逃げ場は無いぞおぬし達。大人しくせんと無駄な怪我をするぞ」
陣馬が逃げる海賊達に先回り、刀と鞘を持って通せんぼをするように立ちふさがった。
「チクショウめ! こうなりゃヤケだぜ」
バンダナを巻いた海賊が顔を真っ赤にしながらコンテナを持ち上げる。
「ふぇっ?」
間抜けな声を出したのは通天閣沙織。
緊急メンテ用の小さなハッチが開いてエアー漏れ警告がブリッジ中に響き渡る。仲間から顔だけ出して様子をうかがっていた沙織ごと、バンダナ男は人間入りの軽貨物コンテナボックスを宇宙空間に放り投げた。
「う、うわああ? お嬢~~!?」隣の箱に入っていた政春が大声を出す。
「え、人?」
まさか箱の中に人質が入っているとは──マーガレットと陣馬は完全に油断していた。
「陣馬、ケーブルを!」
「は、はい!」
マーガレットは陣馬が投げて寄越してきたケーブルを受け取るとヘルメットをかぶりながらハッチ目掛けて跳躍する。
それこそ弾丸のように暗闇に吸い込まれていく沙織。マーガレットはアクバルの腰に付いたジェットを噴射して加速、コンテナに、追いつき片手で掴む。振り向き様にもう一方の腕で船内に向けケーブルを投げつけ、うずくまっているトロニツカに巻き付かせる。ケーブルに引っ張られたエグザスはハッチより大きいため、つっかえ棒のようにマーガレットと沙織入りコンテナを支えた。
「──なんで箱に入ってるのよ、もう」
マーガレットは乱暴にコンテナの蓋を閉じるとケーブルを巻き取りながら船内に戻っていった。
こうして人質の救出も終わり、海賊の制圧は無事完了した。




