狙われた雄大①
武装商船ぎゃらくしぃ号はユイ皇女の公務の都合上、地球圏周辺と木星宇宙港を往復していた。
「まいど~! やあやあ景気いいみたいだね」
ドッキングベイが開くと長距離トラックのドライバーの総元締め、外惑星系貨物便協会の理事長、大和田健治がぎゃらくしぃ号に来店する。リンゴと仲良しの『大和田のおじさん』は常連客ではあるが最近アラミス方面にはなかなか立ち寄らないため今回の来店はひさびさのものとなってしまう。
「お疲れ様です大和田理事長、新しいトラックには慣れました?」
「乗り慣れた前のトラックには悪いけどさ、やっぱ新型はいいね! 急制動時の負荷は少ないし、なんといってもこのトラディショナルな運び屋仕様のオプションがたまんないね」
仲間に撮影してもらった愛車のホロ映像をさも自慢気に再生する大和田。
キングアーサーにぶつけた輸送艦の代わりにユイ皇女が手配した新車、そのいかつい船首には電飾が無数に飾り付けてある。細長い長方形、レンガのブロックか何かのような無骨な船体の表面には個性的な極太書体で『北辰一刀流免許皆伝』『渡リ鳥』『風林火山』『甲州街道壱番星』など、よくわからない文字や映像が浮かんでは消えていく。
「ホロを投影するんじゃなくて船体外壁に新素材の流体金属が使われていてプログラム通りに動いて文字やら何やらを描くんだぞ、すごいだろ」
「す、すごいセンス……いやすごい技術ですね」
(長距離トラックの運転手のセンスって……)
このよくわからないド派手な地球辺境ド田舎風のトラック野郎文化もまた人類の獲得した多様性、なのだろうか。月一等市街地育ちの雄大にはその良さがまったく理解できなかったが、宇宙船の外装を自慢しながら無邪気にニコニコ笑っている大和田を見るのは不愉快ではない。
大和田は仲間を引き連れて新型の輸送艦でアラミスからの商品を運んできたのだ。最近のぎゃらくしぃ号はアラミス支店号では運び切れないほどの大量の仕入れを必要としていた。
「いや、ホントに。新造艦を買ってくれるどころか特注もオッケーだなんて思わなかったよ。さすが今をときめくぎゃらくしぃの社長さん気前がいいね」
「まあ、212兆のアレ、しょせん泡銭なんで、パーッと使った方がここのところ低調だった造船関連株も元気が出るってものですよ………とユイさんが言ってました」
「社長、造船業の株とか持ってたりするのかな。しかしユイ社長の先祖の遺産、てなんかカラクリがあるんだろ? 教えてよ。だいたい相続税とか取られなかったの?」
食堂に向かって歩きながらする話題にはちょうどよいかと思い、雄大は大和田に『クレメンス翁の遺産』についての説明を始めた。
「じゃちょっと長いですけど最初から説明しますね……地球の貨幣制度って一度崩壊してむちゃくちゃになった後、結局またお金の概念が必要になって長い年月かけて復旧したじゃないですか」
そうらしいね、と大和田は頷く。
「んで各地で別々に流通していた通貨単位による財産を、現在の統一通貨ギルダに一斉換算しようということになったんです」
「それで?」
「クレメンス翁の木星開拓事業団と地球閥は宿敵同士で、地球閥は嫌がらせでクレメンス翁名義のユーロ預金をギルダへの換算リストから故意に除外した可能性が高いんです。そのせいで連邦統一通貨ギルダとは別に、ユーロという過去の通貨単位による謎預金が残っちゃって」
「へえ、どさくさ紛れに資産を無価値にしたのか」
「ところがですね、これ百年ぐらい後にご丁寧にギルダに換算処理されたようなんです、尚且つデータにマスクがかけられて機械検索から外してありました」
「検索から、外す? なんで?」
木星王家の資産は60年前の戦争が原因で地球に接収されたのだが機械検索に引っかからないように処理されたこの口座だけはとうとう感知されなかった。
なぜこんなことになってしまったのか、事績もなく当時の担当者や頭取も当然他界しているため真実はもはや誰もわからない。
「一斉換算時の不手際と思い込んだ銀行が、ミスを闇に葬るために秘密裏にギルダに換算した上でこの口座情報を外から検索出来ないようにしたんでしょうね」
「バレたら不祥事だもの、気持ちはわかる──だけど相当マヌケな話だなそりゃ。闇にするならいっそ抹消すればよかったのに──抹消するほどの度胸もなく、でも不祥事は避けたいってこと?」
「何にせよ、最初に嫌がらせをしたのは地球閥のほうですから自業自得ですよ。俺はまあ、こんなところだろうと思うんですけど魚住さんは違う解釈をしてまして──」
「どんな解釈?」
「そのマスク処理をした銀行員というのは木星の工作員だったんじゃないか、って。クレメンス翁の財産がユーロのまま放置されていたのを知って、不正には不正でやり返した可能性も捨て切れない、ということです」
「……敵のお膝元に隠し財産を作っておいたってことかな、あ~、それもありそうな話だね」
「どのみち、200兆ギルダなんて馬鹿げた額にふくれ上がっちゃった預金、地球圏のいち地方銀行ごときが払い出しできる金額ではありません。所詮絵に描いた餅、預金通帳を持ってる人間にしか見ることの出来ない実体のないまぼろしだったんですよ。引き出そうとしたらユイさんが問い合わせした段階で地球閥に表記ミスとして闇にされちゃうか、銀行が破綻宣言して有耶無耶にされてたと思います」
「その帳面の中でしか存在できない幻を、社長さんは大々的に連邦市民へ向けて公表することでホンモノの資産に変えちまったのか」
「ユイさんと魚住さんの賢いとこは『地球の危機を救うために使う』ということを強調した点ですね。市民はあの演説の内容通り『木星が財産を提供する』と思い込んでいますが、実際に負担するのは銀行側、地球閥や銀河公社なんですよね」
「……うーん、地球閥は恥も外聞もなく支払い拒否しといたら皇女殿下は面目丸潰れの上多重債務に陥っていたんじゃないか? 結構危ない賭けでしょ」
「そこは駆け引きです。あれだけ支持を得たユイさんに恥をかかせれば、木星が借金を背負う以上に地球閥の積み上げてきた信用や政府の税収基盤は大きく揺らぐでしょう、たかだか200兆と引き換えに失うには大き過ぎる富と権力です──演説で公表した瞬間から、地球閥は退路をすべて塞がれてたんですよ」
「開拓惑星系の俺らにとっちゃ、ユイ社長を非難しても別に得は無いけど、地球閥や現政権を非難して引きずりおろしちまえば少なくとも今よりは諸経費や税金が安くなりそうだもんな」
地球閥が作り上げた巨大公営企業、銀河公社。航路維持費用として公社に納められる宇宙港の使用料をはじめとした種々の手数料は大和田のような物流業者の体力を地味に削っている。手数料の中には内訳が目的がよくわからない怪しげなものもあるが、公社に逆らっては航路の通航すらままならないため、大人しく支払うほかない。
「そういうことですね。さすが理事長、話が早い」
「おだてても何も出ないよ。しかしアレだな、地球閥の連中は自分で自分の首を絞めたようなもんか」
「まあこの口座以外の木星王家の財産は根こそぎ没収されてますから──200兆なんて安いものですよ」
「たかが200兆安いもの、か……前々からユイ社長の考えることはスケールがデカいとは思ってたけど──正直、惑星国家レベルの話をされてもスケールが違い過ぎて俺には実感がわかないよ」
「店舗で50ギルダのジュースや400ギルダのマンガ売ってるから庶民的な金銭感覚は一応あるみたいですけど、考えてることはすごい荒唐無稽なぐらい大きい人ですよ」
雄大はユイと初めて会った時のことを思い出した。
『木星を買うのです』
当時は半信半疑だったが今なら皇女の考えてることが実現可能に思えてくるから不思議だ。
(今のところ立派なのは名前だけ、の木星帝国だけど──そのうち中身もついてくるさ)
「スケールがデカいと言えば宮城さんもすごいよね。なんか大活躍だったらしいじゃないの。ニュースでは海兵隊のお手柄になってたけどあのオバケ戦艦の暴走をコントロールして木星宇宙港との衝突を防いだのは実は宮城さんだ、って聞いたよ!」
「まぁそのアレは無謀過ぎる判断だった、って──後で他人から指摘されてゾッとしたんですけどね──褒められたもんじゃないですよ」
「またまた~謙遜しちゃって! おおすみまる救出のアレも名前伏せちゃってるけど公表しちゃえばいいのに! きっとモテるよ?」
「───も、モテる……」
「きゃ~宮城さん抱いて! ってなると思う」
「そ、そうかなぁモテますかねえ………~っと、それよりその話、誰から聞いたんです? この間の怪物戦艦の話、軍事機密とか禁忌技術絡みの案件なんで部外秘なんですけど」
「え、機密情報なの? 魚住さんから聞かされたんだけど、割とさらっと」
「自分勝手な人だなぁ、宇宙軍や禁忌技術管理委員会と揉めても知らないよ俺……」
「その時ついでの話で宮城さんの話題になったんだけど、褒めてたよ~、かなり。あんなに他人を褒める魚住さん初めて見たってぐらいに」
「その割には待遇には反映されませんけどね」
雄大の顔がどんよりと曇る
「そ、そうなの。もしかして未だに給与支払い滞ってるとか?」
「最初の話だと年俸プラス出来高で、月割にして毎月振り込まれる契約だったんですが、いつの間にか完全出来高制になってて──挙げ句の果てに最近は商品の仕入れ代金とかを立て替えて払わされたり……俺、おおすみまる事件の時に公社からもらった謝礼金とかあるからなんとか金に苦労せず暮らしてますけど、最近加速度的に貯金が減ってるんですよ……」
「そうなの……リンゴちゃんには給料出たらしいのに」
「えっ」
「半年分まとめて振り込まれてた、ってさっき喜んでた」
「何ですと!?」
「給与の件、ちゃんと第三者立てて労使交渉したほうがいいと思う」
「そ、そうします」
雄大が青ざめているところにちょうどマネージャーの甲賀六郎がやってくる。
「おー、ロクさん、どうも。これ納品書ね」
「大和田さんどうもお疲れでした、宮城も案内ご苦労様」
「あれ、六郎さん、ロクさんて呼ばれてるの? 知り合いでしたっけ?」
「ハハ、まあね。この間ちょっと一杯飲む機会があってな」
「いつの間に……」
「なんだよ宮城さんもミヤさんとかユウさんて呼ばれたい?」
「それは遠慮しときます」
「遠慮するの……」
残念そうな大和田を見て六郎と雄大は苦笑いをする、見た目に反して結構偉い人らしいのだがこういうところは普通のオジサンだ。
「しかし右から左に流すだけで儲けちゃうんだろ? 順風満帆だね」
「船の維持費用やら設備投資やら考えたら今までの累積赤字はそうとうなもんです、まぁようやくこれからプラスに転じて儲けられるってレベルですね。何にせよこれからが正念場です」
「ロクさんは厳しいね、でもこんな有能な番頭さんがいるなら社長も安泰だ」
「番頭ですか、まあマネージャーって呼ばれるよりは俺の性に合う呼び名かも知れませんがね」
甲賀六郎は積み荷目録に目を通す。ドローンが次々に送ってくる映像と人間の目によるクロスチェックだが六郎のチェックは異常に速い。
「ほれ、宮城、お前さんもやってみるか。左側のコンテナ3つのチェックだ」
「俺、ですか?」
「遅くてもいいから、間違いのないように」
「……いやいやいや、俺は操舵士で、別にここに事務仕事をしに来たわけでは……最近色んな肩書きばっかり増えて、もともと自分が何の仕事をするためにここにいるのかがわかんなくなってるんですよ。これ以上変な仕事押し付けないで」
「あー、ブリッジクルーの操舵士、兼レジチェッカーだろ? リンゴの保護者、兼マーガレット様の鬱憤解消役だろ? え~と、あとなんか兼任あったっけ」
「木星王家皇配殿下、兼帝国議会理事です」
「ああ、それそれ。ある意味一番大事な役職な。あとあれガッサ将軍の相手も頼むわ。あのオッサンの相手、得意だろ」
六郎はニヤニヤと笑う
「ラフタやマーガレットに比べたら、俺、ブリッジクルーの割に雑用し過ぎだと思いませんか」
「なにいってやがる、魚住さんの業務量みたら腰抜かすぞ──だいたい皇女殿下が社長なんだから魚住さんの代わりに皇配殿下が店を切り盛りしてもおかしかねえだろ? 魚住さんの負担減らしてやんないとあの人その内──ますます壊れて人の心を失った鬼みたいに無茶振りしてくるぞ」
「確かに──なんか理屈が通じない時ありますよね」
「え、二人は魚住さんが過労で倒れるとかそういうの心配してるわけじゃないの?」
魚住に対する態度に大和田が驚く。雄大と六郎はふたりして顔の前で手を振り『まさか』というジェスチャーをする。
「たぶん八つ当たりが俺や宮城に飛んできてどっちかが先に過労死すると思います」
「ええ~……ぎゃらくしぃグループも順風満帆というわけではないみたいね」
「ま、冗談はさておき、皇配殿下には店舗業務を理解してもらって少しでも負担を減らして欲しいわけよ……近々二号店、三号店とオープンしていくんだぜ、もっと忙しくなる。俺たちでフォローしないとさすがの魚住さんも本当に過労で倒れちゃうかもな」
六郎はタバコをふかしながら愚痴る。
「二号店かぁ~、実感わきませんね」
「俺もだよ、堅気な商売やってるだけでも大変なのに。さすがに王族の道楽の域を超えるレベルの商いになってきたからなぁ」
「うーん、利用客の俺らは便利な移動店舗が増えてくれて助かるけどさ、通常営業しながら新規店を立ち上げるのは大変そうだね。でもロクさん、支店が増えるんならそのぶんスタッフ増やすんでしょ? 幹部候補の人材とかいっぱい雇っちゃいなよ」
「人員増、そう簡単にいかないんですよ」
六郎を兄貴分として慕うごろつき上がりの連中や、六郎が菱川十鉄と名乗っていた頃からの手下は多少待遇が悪かろうと文句を言わなかった。創業当初から店舗スタッフをやってくれているアラミス産まれの若者達も同じようなもので、給料が多少安かろうと個室が無かろうが特に文句は出なかった。それはやはり現在の木星帝国に『財産がない』ということを察してくれていたからだろうし、元々贅沢に縁がない生活をしてきたからだと思われる。
「新しく募集をかけるとして、どのぐらいまで給料出せばいいものなのか。安過ぎて雑な仕事されてもアレだけど新しく募集する人間を高給取りの幹部候補にしたらこれまでよく働いてくれた初期スタッフから不満が出ちゃいそうで。あいつらの待遇は良くしてやんないといけないけど、これからは本人の能力に応じた能力給体系に切り替えないと組織としては成り立たない──なんかその辺で色々軋轢が産まれそうで怖くてね。今から心配なんですよ」
「ロクさん、取り敢えずは銀河公社の給与形態や福利厚生のシステムをまるまるパクっちゃえばどうかな? 公社のと同じなんだよ、って説明すれば取り敢えず文句は出にくいと思うな」
「それも考えたんですがホラ、やっぱり公社みたいな通いの勤め人と違って、なんだかんだ言ってぎゃらくしぃグループの社員てのは少し荒っぽいこともやんなきゃいけない船乗り稼業でしょ……ちょっと特殊なんですよ」
「あ、そうか──俺たち長距離ドライバーみたいな個人事業主でも無いしね」
六郎の常日頃の苦労が今の会話から垣間見える。
航宙ライセンスの知識や士官学校での経験がまったく役に立たない分野である、雄大は自分が店舗のために何か貢献できないかを考えたがすぐに良い案は浮かばなかった。取り敢えず六郎から手渡された紙の目録とドローンがパッド端末に送ってくる商品のラベルと現物のチェックをやってみる。
「えーとさ、ところでさっきからたまに出てくるコウバイデンカ、って単語、何なの? 宮城さんのニックネームかい?」
大和田が首を傾げる。
「あっ、え~と……六郎さん、言ってもいいですかね、あのこと」
「大和田さんはもう既に木星帝国の身内みたいなもんだからなぁ、ここだけの話ってことならいいんじゃないか?」
六郎から同意を得たので雄大はチェックの手を止めて自分とユイ皇女の婚約について大和田にその経緯などを説明をした。
「ええええ? 婚約!? そ、そりゃあスゴい話聴いちゃったよ、へええ!」
「公式にアナウンスされるまで他言無用ですよ?」
「もちろん、もちろんわかってるよ、でもこりゃめでたい! ふたりとも頭良いし、お似合いだよ! この間、宮城さんに書いてもらったあのサイン色紙の価値もますます上がるね、楽しみだ」
「あんなので良かったらまた書きますよ」
「いやいや、有名人が未だに無名だった頃のサイン、ってのが貴重なんだよ──あ、でもせっかくだから今日の日付で書いてもらっていいかな?」
大和田は自分の息子が結婚相手を見つけてきたみたいな勢いで雄大とユイのことを喜んでくれている。
(大和田さんみたいな人が俺のオヤジだったら良かったのに)
雄大はサインを書きながら厳格な父、裕太郎の仏頂面を思い出していた。
(ユイさん、うまくやってるかなぁ……)




