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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
73/121

陣馬の受難②

 マーガレットの船室はユイの社長室より更に奥まった場所に位置しており、ぎゃらくしぃ号の中で生活している分には足を向ける必要のないエリアとなっている。社長室がある場所は元々ハイドラ級巡洋艦では将校の作戦会議室として設計された場所である。

 その更に奥側にあるマーガレットの船室は、高級将校やVIPが乗艦した際の居住エリアとして設計されていた。


 士官学校時代、雄大が随所から漏れ聞いた情報では──

 木星戦争後に設計されたハイドラ級は、対艦攻撃力の向上よりも、単独で長期間の作戦行動をするための居住性や防御能力の向上に重点が置かれているらしい。

 対艦魚雷、長距離ミサイルの搭載量、艦首突撃(ラムアタック)用の衝角の強度は、比較対象となる同一クラスの大型巡洋艦ミノタウロス級重巡に大きく劣ってしまう。

 しかしながら小回りが効かず駆逐艦や艦載機のサポートを必要とするミノタウロス級重巡と違ってハイドラ級はその運動性の高さとシールド出力をもって単独でもその性能を十分発揮する事が出来るという長所がある。

 木星戦争に勝利して太陽系の統一を成し遂げた人類国家、太陽系惑星連邦が戦後に設計した船であるため、単純な戦闘力だけでなく植民惑星アラミスから更に外側、外宇宙の探査を単独でもこなす能力が求められていたのだろう。

(そんなご立派な設計思想のハイドラ級が、実際は木星王家の住居兼用店舗として活躍してるのって、設計者はどんな気持ちで見てるんだろ?)

 雄大は苦笑いする。軍を辞めた自分が宇宙軍の軍艦を操舵する羽目になるとは思っていなかったが、このぎゃらくしぃ号の方もまさか、軍艦として土星のプロモ工廠で作られた自分の腹の中で弁当や煎餅、漫画が売られるようになるとは思っていなかっただろう。

 ハイドラ級は、試作一番艦であるこのぎゃらくしぃ号の他に進宙式を前にした妹分達が七隻ほど出番(デビュー)を待っていた。そしてその内の三隻は武装商船としての改装作業を終えている。

(八隻中四隻か。こりゃあ一般市民からはハイドラ級イコール大型移動コンビニと思われちゃっても仕方が無いな)

 雄大は陣馬を連れてぎゃらくしぃ号の中を歩きながら、そんな事をつらつらと考えていた。

「伯爵閣下のお部屋はまだ遠いのか? この船は結構広いのう」

 陣馬はキョロキョロと頭をせわしく動かして船の様子を観察しながら歩く。陣馬が落ち着きがなくオーバーアクション気味に頭を動かしているのはやはり片目で視野が狭くなっているからなのだろうか。

「なあ、神風号は割と狭いのか?」

「拙者達の神風号は……」

 何か言いかけたが急に口を噤んでだんまりを決め込む陣馬。おそらく神風号についてべらべら喋るのをガッサから禁じられているのだろう。

「喋っちゃえよ、別にいいだろ仲間の船なんだ」

「いや、完全に木星の物という訳では──」

「ん?」

「い、いやいやいや……危ない危ない」

「気になるだろ、そこまで言ったんだから全部言っちゃえ」

 雄大が弄るので陣馬は遂に両手で口を覆ってしまった。


 雄大達は主人不在の社長室の前を通りかかった。以前は巨大な黒い看守ロボットがいたのだが今は木星の山荘でクジナやニース達とのんびり(?)暮らしている。

(あんなのでも居なくなると寂しいな……なんか飾りつけしといた方がいいのかな?)

 少しばかりの違和感を感じながら雄大は今まで踏み込んだ事のない社長室の先のエリアに入っていく。

「今の社長室ってのがユイさんの部屋。んでマーガレットの部屋はこの奥もう少しだよ──ん?」

 雄大は妙な錯覚に陥ってしまう。突然、通路の壁の材質が変わったからだ。剥き出しの配管などない、まるでホテルのような白壁、そこにポツリポツリと貴人の肖像画のような物や造花が活けられた花瓶が飾りつけられてある。

 もうこの時点から通路の先にいる人物の人柄というか美意識が窺えてくる。

『この線から先は恐れ多くも木星帝国指導者の住まう宮殿、理由無く立ち入る事を禁じます』

 気丈な少女伯爵のそんな激しい主張が今にも聞こえてきそうで雄大は苦笑いした。陣馬も「んがっ?」と大きな口を開けて驚き、突然現れた荘厳な空間に気圧されたように足を止めた。

(うわー、もうアイツらしい空気が漂ってるよ、そういや今回ぎゃらくしぃ号を改修する時にマーガレットの奴が内装業者に「特注扱い」でごちゃごちゃ注文つけてたけど──)

 雄大はマーガレットとユイの事を知っているので何とも思わないが、二人の関係性への理解が浅い人物がこれを見たのなら『主君である皇女殿下を差し置いて伯爵が船で一番高級そうなエリアを使うとは何事か!』とマーガレットに嫌悪感を抱く事だろう。実際のところ陣馬もこの豪華な雰囲気に多少困惑気味だった。

「皇配殿? さっきのはユイ殿下が仕事をする執務室で、プライベートルームはこの先にあったりするのか?」

「うんにゃ、ユイさんの部屋はあそこだよ」

「ほ、ほーう……マーガレット殿は、もしやこの船の一番の実力者だったりするのか」

 独り言のようにボソボソと呟く陣馬、大きな目を細めて何事かよからぬ妄想をしている様子。

「確かにアイツは木星帝国のラスボス的存在ではあるんだがな。まあこの部屋の配置については別にマーガレットがユイさんを蔑ろにしているわけでは無いんだ。くれぐれも誤解するなよ?」

 雄大は苦笑いしながら、かつての社長室がユイの牢獄代わりになっていてそこから出られなかった事や、ユイの趣味が割と素朴で高級品にはあまり興味が無い事などを陣馬に説明した。

「こんなでっかい軍艦使ってコンビニエンスストアなんていう小売り業を始めちゃう人だからな、ちょっと変わり者なのさ」

 腕組みをして考えこむ陣馬。

「あっ! なるほど!」

 急にポン! と手を打つと小さな少年剣士(サムライ)はカラカラと笑い出した。

「何だよ急に?」

「拙者達、何であんなお美しく愛くるしい皇女殿下がおぬしみたいな目つきの悪い仏頂面と婚約したのかが不思議で不思議でたまらんでのう、ガッサ殿と一緒におぬしが如何にして殿下のハートを射止めたのかさんざん頭を捻っておったのだが──今の話を聞いて得心がいった、ユイ殿は『ブサイク顔』がお好みなんじゃな」

「……俺の内面から滲み出る美しさはガキにはわかんねえの」

「まあこれで内面がクズだったら救いようが──あ、ボランティア精神って奴かのう?」

「お前なぁ! 調子乗り過ぎ!」

 雄大は陣馬の頭を軽く小突いてやろうと腕を振り下ろすが陣馬はひょいひょいと軽やかにそれをかわす。

「なんだよ、避けるなよ」

「すまん笑い過ぎたな、許せ許せ──うふふふ」

(あーっ、もう! こいつ面倒くさい!)

 雄大はクスクスと含み笑いを続ける陣馬を置いて足早に通路の奥へと進んでいった。



 通路の行き止まりが見える前に、雄大の瞳に一際目立つ人影が飛び込んでくる。

(えっ!?)

 雄大はあまりの事に驚いて口が開いてしまった。

 そこにあったのは──半透明の磁器に活けられた漆黒の薔薇一輪。

 履いているのか履いてないのか分からないほど透き通ったストッキング、足先に向かうにつれグリーンのグラデーションが乗っていくスカイブルーの半透明の布地。およそ臍の高さまで大胆なスリットが入った漆黒のチャイナドレスからスラリと伸びた脚。ドレスとストッキングの間から覗く薄桃色に上気した張りのある瑞々しい水蜜桃のような太腿。上半身に視線を移すと少女のやや控えめな双丘が矯正具で押し上げられ、男を挑発するかのように上を向き突き出していた。胸元は大きく開き、やや汗ばんだ柔らかな谷間は呼吸に合わせて微かに形を変える。

 薄紅色と白のブリザードフラワーで作られたショルダー・コサージュから緑色の蔦が伸びる。黒のベレー帽にはカワセミを模した大きめのアクセサリーが乗っており、色鮮やかな青い翼を広げてドレスと帽子の黒や頭髪のハニーブロンドを引き立てる。

 レザー生地のような黒のフィンガーレス・ロンググローブ、左手の薬指には雄大からの贈り物のシルバーのペアリング、右手には黒薔薇の指輪、花弁の中に煌めくサファイア。

 その主張の激しいファッションに負けない個性を持つ女性が雄大を待っていた。

 男の欲情を掻き立てる猛烈な色気をその高貴なオーラでねじ伏せた美少女、マーガレット・ワイズ伯爵。

「宮城?」

 扉の前に立つ美女の圧倒的な色気に雄大は不意に軽い眩暈がして一歩、二歩と後ずさる。比喩ではなく本当に眩暈がするほどの美女だった。

「もしかしてお前──マーガレットか?」

「へ、変?」

「変、っていうか。べ、別次元つうか──」

 雄大は目前の女性の容姿があまりにも鮮烈であったため直視出来なかった。自分如きが視線を這わせると『目垢がついて』せっかくの鮮烈な美しさが曇ってしまうような、そんな申し訳無い気分になってしまう。

 薄化粧した少女伯爵の少しつり上がり気味の涼やかな瞳が雄大を真っ直ぐに見つめてくる。視線が合う数秒間が、まるで五分にも十分にも感じられる。気恥ずかしくなりお互い視線を逸らす。

「どう、かな? あんたこういうの、好き?」

 マーガレットの方にも雄大の動揺が伝染したのか、目を泳がせながら伏し目がちに訊ねる。ぎゅうぎゅうに絞られた胸が上下する。

 雄大は上から下まで遠慮なく視線を這わせた。八歳年下の小生意気で乱暴な、いけすかない少女ではなく、自分のために精一杯着飾った一人の美女の姿を堪能した。

「す、スゴい……好き、最高……」

「ホント!?」

 マーガレットはパアッと目を輝かせる。

「めっちゃくちゃスゴい──」

 高貴さと扇情的な色気とが高いレベルで融合している。マーガレット以外が着るとバランスが崩れて単なる下品な服になりかねない。

「さ、さつ、さつ」

「え? さつ?」

「撮影して! いいかな!? 撮影!」

「え? あ、う、うん」

 雄大はPPを取り出すと何枚も色んな角度から撮影し始めた。マーガレットは雄大に見せるためにこの服を着たのだが流石に恥ずかしくなってきたのかPPのカメラを手で遮った。

「ね、ねえ……そんなに気に入ったんならまたいつでも着てあげるから。今はさ、部屋の中に入らない? あんたお食事まだでしょ?」

「あ、お、おう……そうだな、ですね、うん」

「ちょっと用意したから。入ってよ」

 マーガレットは腰を捻って後ろを向くと部屋の扉に右の手のひらを当てた。ぴりぴり、という軽やかな電子音がしてから静かに扉はスライドしていく。

 その背中と捻った腰と脚が描く美しいS字ラインと露わになる薄桃色の臀部、思わず反応した雄大はしゃがみこんで撮影を再開した。

「ちょっと! どこを撮ろうとしてるのよ! そういう変態っぽいのやめてったら! 叩くわよ!」

「な、何ぃ! は、履いてないのか? オイオイオイ!? それはマズいだろそれは!」

 雄大は耳まで赤くしてマーガレットの臀部を指差した。

「なっ? あ、あんたってバカね──ちゃ、ちゃんと履いてるわよ! そういう下着なのよ」

「あ、良かった……びっくりした、俺はてっきり」

「も、もう……! 変態なんだから!」

 マーガレットは手に持った扇子で軽く雄大の頭を叩くと、顔を真っ赤に染めながら部屋に入っていった。

「そういう変な事するなら部屋に入れてあげないから!」

「ご、ごめんごめん──つい」

「んもう……」

 雄大はドレスアップしたマーガレットの色香に度肝を抜かれ──いや魂を抜かれてしまったかのようになった。

 そうしてマーガレットの形のよいヒップラインに引き寄せられるようにふらふらと部屋の中に入っていった。



「うわぁ──」

「ようこそ、ちょっと狭いけどなかなかいい感じでしょ? 光栄に思いなさいよね、改装してからこの部屋に入ったお客様ってあんたが初めてなのよ、ユイ様もまだなんだからね?」

 マーガレットの部屋は雄大にあてがわれた上級士官用の部屋よりも若干小さめだったが、これはマーガレットが所有する船室の六分の一の広さに過ぎない。

 この応接用のリビングダイニングの奥にバスルーム兼ベッドルーム、右隣に衣装部屋、左隣には三部屋分のスペースぶち抜きの特製トレーニングルームがある。ちなみにブリジットは別の入り口から直接トレーニングルームに放り込まれてしこたま鬼のしごきを受けているらしい。ブリジットが畏敬を込めて『地獄穴(ヘル)』と呼んでいる場所である。

 部屋の中からはほのかに甘い薫り。普段マーガレットがつけている香水と同系統ではあるが、言われなければ気付けないほどの量である。

 天井の辺りにクラゲのようなフロートタイプのドローンが浮かんで少し薄暗い部屋を淡いオレンジ色の光でムーディーに照らし出す。

 壁紙は夜の海、おそらくアラミスの夜景を壁に投影しているのだろうか、今にも潮騒の音が聞こえてきそうである。

 テーブルの上には軽めの料理が準備されていた。平皿にチーズが乗ったクラッカーとオリーブの実、斜めにカットされた少し深めの皿には鴨肉のローストが三切れと何かの葉物野菜の芽を塩茹でした物が盛られている。中央にワインのボトルとワイングラスが2つ。どちらかというとメインは此方だろう。

「ユイ様をもてなすために買っておいたものだけど。せっかくだから開けちゃう? わたくし、あんまりお酒って飲んだ事ないんだけど、あんたはどう?」

 マーガレットは照れ笑いを浮かべ、少しそわそわとした様子で椅子に寄りかかる。ワインオープナーを持ったマーガレットはキラキラした瞳で雄大に問いかける。

「いやーワインはあんまり詳しくなくてなぁ、ハハ。うわぁこんな本格的で豪華な席は久々だよ、すごいな、ドキドキしてきた」

 雄大もマーガレットと向かい合わせの席に着く。

「これどうするのかな、ねえこんな感じ? うふふ!」

 マーガレットは黄色い声を出しながら、えいっとワインの栓を抜いた。

 とくとく、と2人分のグラスに輝く紅の液体が注がれる。

 マーガレットと雄大は夢見心地でグラスの中で揺れるワインの赤と反射する照明のオレンジの光を眺めた。

「かんぱーい、フフ」

「乾杯!」

 マーガレットは舌先を軽くつける程度、雄大は口に半分ぐらい含んだあと少しずつ喉に通していく。

「あー……いい。これすごいな! 高いんじゃないのか?」

「え? 美味しいの? 宮城はお酒の味わかるんだ、いいなー。わたくし、あんまりわかんなくて」

「俺も付き合う程度かな」

「そうなんだ」

 マーガレットの父親は酒色に溺れ道を踏み外した。彼女は目前の男性の、少し頼り無げだが悪癖も少ない様子に安心したのか柔らかな笑みを浮かべる。

「でもこれ美味しいよ」

「そう? 良かった」

 えへへ、とマーガレットは自分が誉められたかのようにはにかむ。マーガレットの笑顔につられて雄大の頬も自然と弛む。

「ねえ宮城」

「ん?」

 雄大はクラッカーを一枚頬張り、ワインで流す。

「わたくしにお話って何?」

 マーガレットはグラスの中でワインを弄びながら上目遣いにちらちらと雄大の顔をうかがう。

「あ、話?」

 雄大はグラスを置くと急激に血の気がひくのを感じた。

「どうしたの、やだ顔色悪いわよ? だ、大丈夫?」

「──あ、あのなマーガレット」

 雄大はとても大きなものを忘れていた。

 太刀風陣馬を部屋の外に──忘れてきた。



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