ウシジマさん
雄大はリンゴに付き添って食堂までやってきた。
すっかり保護者のようになってしまったのは喜ぶべきか憂うべきか。リンゴの方は完全に懐いてしまっているようだ。
(そういやこの子、いくつなんだろ。細かいこと何も聞けてないんだよなぁ)
家出少女だった、という可能性もある。
サターンベースで出会った時の事などを思い返してみるがまともではない。まずお金を持っていなかったし、手荷物の少なさも地球産まれの女の子にしては少な過ぎるような。
食堂には地球風の暖簾が掛かっていた。入ると数人が食事をとっている最中だった。
「わあ、船の中の食堂っておらもっとこう……ベルトコンベアで鳥の餌みたいなドライフーズの粉末が流されてるようなのを想像しとったども、まるで客船のレストランみたいだべな!」
「畜産コロニーの養鶏場じゃないんだから……それじゃまるで奴隷船だよ。このクラスの巡洋艦ならこれぐらいの設備は当然さ」
「カレーの匂いすっぞ?」
くんくん、と鼻孔を開いて香りを楽しむリンゴ。一度パニックになると扱いが大変だが幸い今は落ち着いているようだ。
ウシジマさん、という人がリンゴを待っているらしいが……
牛島は月市民か地球に多いファミリーネームだ。見た感じだと極端に肌の露出を嫌う火星市民系ファッションの背の高い男性、やや上品なスーツ姿の月市民風の男性二人組、これはおそらく何らかの業者か客。乗組員ではなさそうだ。
厨房の奥からメインカメラ部分に捻り鉢巻を巻いた巨大な蟹……を連想させる真っ黒な六本脚の多脚ロボットがゆっくりとこちらに近付いてくる。
「まさか……」
「ふぉおお……ロボだべ」
ロボット・コックの腹部装甲にはしっかりと「牛島」と書かれた名札が貼り付けられている。
「こんにちは」
低い男性の声。
「調理長の牛島です」
機械の手で握手を求めてくる。
牛島の動作音は気持ち悪いぐらい静かだった。
「いま、気持ち悪い──って、思いましたね? 宮城雄大さん」
ゾゾゾッ、と雄大の首筋に悪寒が走った、不快感が顔に出ていたかも知れない。感情を顔に出してしまうのは雄大の悪癖だ、これはよくトラブルの元になる。
「機械は機械らしく歯車の音を立てておけ……よく言われます。しかし、これも大切な自分の個性ですから」
(……声が)
(ダンディーだべなぁ)
「個性、大事ですよね」
「はい」思わず相槌を打つ雄大。
(なんか個性的なロボット来ちゃったなこれ……)
「リンゴさん、可愛いらしいお嬢さんですね。今から案内するお部屋に着替えを用意してます。取り敢えずはそれに着替えて接客とレジ打ちの研修を受けてもらいます」
「よろしくお願いします」
牛島調理長の落ち着きはらった渋い声に釣られてリンゴも地球訛りが消え、かしこまった口調になる。
食堂を出ると、牛島は音もなく滑るように通路を移動していく。脚一本一本が独立した無駄の無い動き。
(なんかこう……虫、みたいだべ)
(牛島って言うより……)
(そうだぺな、このロボの名前……)
ピタリ、牛島調理長は立ち止まってグルりと鉢巻の付いたメインカメラを後ろの2人に向けた。
「いま、私が歩く姿を見て──」
「お、思ってません! 何も思ってません!」
「牛島っていうよりこれじゃ虫島じゃねーか──って、思いましたね?」
「!?」
「よく言われます」
2人は恐れ入り粛々とロボットに従う他なかった。
個室に到着、割と広めの船室が個室としてあてがわれるらしい。此方の疑問を先に察知して無駄なく説明を進めていく。
人間なんぞより一枚も二枚も上手、魚住が新人を任せる理由もよくわかる。
着替えを終えたリンゴが部屋から出てくる。
「どうだべかー……あ、いや、どうでしょう。おかしくないですか?」
「おお~、可愛い可愛い」
「お似合いです」
下はチノパン、上はピンクのカッターシャツに黒地に金のワンポイント刺繍が入ったネクタイ、ぎゃらくしぃロゴ入りの赤と青のジャケットに双子星マーク付きバイザー、通信マイクが付属している。靴はつま先部分がパンのように膨らんだちょっと洒落た革靴だった。
先に着替えて待っていた雄大の方はシャツの色がブルー、ネクタイは派手な黄色だった。ジャケットではなくエプロンなのはサイズの合うジャケットが無かったせいかも知れない。
「娘のかな子が生きていればちょうどこのぐらいの……リンゴさんを見てるとつい……」
突然、牛島はメインカメラを下げうつむいて何事か語り出した。
(えっ!?)
(人間の娘さん?)
メインカメラがキラッと一瞬光ったかと思うと何やら水滴が零れて落ちた。
「あ、すいません。気にしないでください。人様にお聞かせできるような話じゃありません」
(余計に気になるゥ!)
「ではリンゴさん。売り場の横、邪魔にならない場所から六郎さんとブリジットさんの接客を見て学びましょう。あ、ブリジットさんのは当然、悪い例ですから決して真似しないように」
牛島は雄大に向き直った。
「宮城さんも一応、研修を受けていただきます」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
「航海士兼操舵士兼秘書、的な役職になるわけですが、忙しい時は色々手伝ってもらいますから主だった業務については一通り目を通しておいてもらいます」
研修よりも牛島の娘というのが何なのか気になって仕方がない2人だった。