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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
62/121

父と子と

 ぎゃらくしぃ号はルナベースの軍港に停泊していた。


「あーん」

 鏑木林檎は大きな口を開けた。

 ギプスやゴムバンドで固定され、ベッドの上で上半身を起こした少女はブリジットから食事の世話をしてもらっていた。

「あふ、あふ──」

「遠慮すんなってリンゴ! もっとどんどん食べないと怪我の治りが遅くなるぞ!」

「だって熱いんだもん。次はフーフーってしてくんろ」

「そうか? よし待ってろよ、ふー、ふー……」

 ブリジットはクリームシチューに息を吹きかける。

「あ、いまのとこもっかい見たい。巻き戻して」

「リンゴ、お前ちょっと甘え過ぎだぞ、一応ブリジットさんも怪我人なのを忘れるなよ」

 雄大はブツブツ言いながらもリモコンを操作する。

 リンゴは肩の脱臼が完治するまで片腕が上手く使えず、肋骨の具合もあるので船室で安静にしなければならなくなった。

 ブリジットと雄大はお見舞いがてら食事を手伝ってやっていたが、どうもリンゴは必要以上に甘えた態度を取っていた。

「おら幸せだなー。月観光が出来ないのは残念だども、ブリジットさと雄大さがまるでおらの専属メイドさんみてえだ。怪我すっのも案外悪くねぇだ、な~、猫ちゃん?」

 例の脱出ポッドごと拾ったクジナ大尉の猫はリンゴのベッドの上に寝そべって大人しく映画を鑑賞していた。

「なあリンゴ、お前よりよっぽどこの猫の方が真面目に映画見てるんじゃないか? こいつ微動だにせず画面に見入ってるぞ」

「さすがに猫ちゃんに映画なんてわかんないだろ~。実は寝てるんじゃないの?」

 ブリジットは笑い飛ばすが──この映画『マーズ・コンクエスト』は猫が人間に反乱する、という内容だけに雄大はちょっと不安になる。

(改めて見てみるとこんなの、猫好きが猫と一緒に見る内容じゃないわな……ラフタが毛嫌いしてるのも何となくわかる……)

 猫が操縦する戦車が火星の大統領が乗ったシャトルに地対空ミサイルを撃つシーン、リンゴとブリジットは所詮は映画の中の架空の世界だと割り切って半笑いで見ているが猫の方は真剣そのもので画面を凝視している。

「あ、そうそう──リンゴ、これを返しておかないとな」

 雄大は切りの良い場面で映画を一時停止すると、借りていたヒートガンをリンゴに手渡す。

「あ! そうだった。雄大さ、これ役に立っただか?」

 リンゴは嬉しそうにヒートガンを手に取った。古い型の軍用対装甲大型拳銃。

「ああ、助かったよ」

「金髪の悪者、やっつけてくれた?」

 ユイ皇女を攫ったレムスとかいう大男の事なのだろう、雄大は動力室の前で彼の遺体を見掛けた。

(そういやリオル大将がマーガレットをレムスの仇みたいに言ってたな)

「直接リンゴの仕返しは出来なかったけど。黒幕(ラスボス)の悪い爺さんからマーガレットを助けるのに役立ったよ」

 雄大はリンゴの頭を撫でる。

 リンゴは頬を染めると、自らのヒートガンを誇らしげに胸に抱いた。

「──『よかかリンゴ、鉄砲にも心があっと。持ち主ん心の真っ直ぐかどうかばよう見よんしゃる。心がけのよかならどげなヘタクソでん鉄砲が手伝ってくれんしゃあけん。先ずは鉄砲と仲良うならんね』」

「どうしたリンゴ?」

「今の、父ちゃんの口癖。これの練習してる時、何度も聞いたから覚えとるんだども」

「リンゴの父ちゃんの訛り方、なんか凄くない? 雄大は何言ってるかわかんの?」

 ボソッとブリジットが呟くのを聞いて雄大は苦笑いする。

「拳銃にも心が宿る。大切に扱ってたら恩返ししてくれる、って意味かな?」

「へ、へえ~」

「おら、しっかりこのヒートガンにお願いしといたから。弾がちゃんと当たったんならおらのおかげでもあるんだべ? 雄大さはおらにもっと感謝するとええだよ」

「はいはい、副隊長さんの日頃の心掛けが良いから御利益があった、って事にしておくよ」

「えへへ!」

 リンゴはホルスターにヒートガンを収める、雄大はようやく落ち着いた。銃を持つ者の責任、目の前の誰かを殺せる力を身に着けるという責任の重さから解放されたような晴れやかな気分であった。

(だけど──リンゴの親父さんの言う事が本当なら、士官学校の時に嫌々ながら訓練してたのが悪かっただけかもな)

 改めて射撃訓練をやり直すべきかも知れない、と雄大は考えた。(マーガレットと一緒に、ユイを一番身近で守る事が出来る)

 雄大が少し物思いにふけっている間に今度はブリジットがキングアーサー内での武勇伝をリンゴに語りはじめていた。

「そいだら、あの強そうな悪者はブリジットさがやっつけてくれただか」

「ふっふーん、その通り! あのスカシ金髪ならこのブリジットお姉さんが死闘の末に倒しておいたぞ! リンゴに怪我させたお返しはたっぷりしといたから安心しな!」

 ブリジットが得意気に腰に手を当ててふんぞり返った。

「そっか! ブリジットさ、あんがと!」

 へへへ、と照れ臭そうに笑うブリジット。

「あれ? あのレムスって確かマーガレットが──」

 ブリジットは慌てて雄大に駆け寄るとその口を塞ぎ小声で耳打ちする。

(ほ、ホントの事は言わないで~! 後輩の前でぐらい、あたしにもいい格好させてくれよ~、な? な?)

(ま、まあ良いですけど──)

 リンゴは大体誰とでも仲良くなるが、ブリジットとは精神年齢が近いのか特に気が合うようだ。

「あーあ、おらも見たかっただなぁ。雄大さやブリジットさが悪者やっつけるとこ」

 レムスにしろリオルにしろ、大体マーガレットがやっつけてしまってるような物なので雄大達は愛想笑いをして誤魔化した。

「じゃあ俺はそろそろ──」

 雄大はリンゴの部屋を出るべく立ち上がる。リンゴと手を振りあってドアを開けるとブリジットが部屋なの外まで付いて来る。

「なあ雄大」

「はい?」

「真面目な話、おまえが原因でユイ様が悲しむような事になったら、あたしあんたの事思いっきりぶん殴るからな」

 ブリジットは少し俯いて神妙な顔で呟く。

「す、すいません。突然やってきた俺がユイ皇女と婚約だなんて──心配ですよね」

「心配つうならマーガレット様の方がちょっと心配ではあるんだけど。あたし、てっきりおまえとマーガレット様が恋人同士になるんだろう、って思ってたからさ」

 雄大はドキリとさせられた。

「ま、マーガレットにも悪い事しちゃって」

「いや、いいんだよ、雄大を責めてるわけじゃなくてさ。あたしは基本的にはマーガレット様の味方なんだけどさ、おまえがマーガレット様じゃなくて皇女殿下を選んだ理由もなんとなくわかるんだ。言葉じゃうまく言えないけど、なんか殿下を見てると危なっかしくて放っておけないつうか、胸のとこがざわざわしてくるんだ」

(脳がお天気、単細胞な人だと思っていたけど、割と繊細な──)

「ブリジットさんも、ユイさんの事をよく見てらっしゃるんですね」

「あたしもそんなに殿下と話をした事は無いんだけど──雄大、あんたってさ、既にマーガレット様を泣かせちゃってるんだから。この上、ユイ殿下まで泣かせたりしないでよね。あんたはもう、ユイ皇女殿下の事を一番に考えてあげなきゃなんないんだよ?」

「責任重大なのはわかってるつもりです」

「うん、そんならいいんだ──ごめんな、どうしてもそこんところ念を押しておきたかった。それじゃ」

 ブリジットは柄にもない恋愛絡みの話をして少し照れ臭くなったのか、顔を赤くしながら部屋の中に戻っていった。

 部屋から微かにリンゴとブリジットの笑い声が漏れてくる。

「さてと──気乗りはしないけど、あっちのお見舞いにも行かないとな……」

 雄大は久し振りに月に降りる事になった。

 もう帰ってくるつもりは無かったのだが──



 ぎゃらくしぃ号の外で雄大を待っていたのはモエラ少将とリクセン大佐、リクセンの副官である小尉の三人。

「遅い!」

「すみません少将──でも時間より早いでしょ?」

「なんでお前待ちなんだ、まったく」

 装甲リムジンの運転席側に雄大は回り込む。

「宮城さん、私が運転しますから良いですよ」

 小尉が少し慌てる、きっと雄大が宮城裕太郎大将の長男だから気を遣っているに違いない。自分が偉い訳でもないのに目上の軍人にそういう特別扱いをされるとかえって心苦しくなる。

 月や軍に留まる限りこういう居心地の悪い思いをしなければならない。

「いえ、自分で直接運転してみたいんです。月の街をドライブする時間なんてこれからなかなかとれないだろうし」

「そ、そうですか? それならお願いします」

「当然だ、運転は一番若くて階級が低い奴がやるもんだ」

 ブツブツ言いながらモエラはリムの後部座席に乗り込んだ。

「ワシゃちょっとばかし雄大と話があるんで助手席でええかの?」

「先生、なんですか? 私に聞かれたくない話でも?」

「なんじゃお前さん機嫌悪いのう、拗ねとるのか」

「サターンベースを留守にしてもいいから、と月に喚ばれたかと思えばヒルの若僧の下で雑用やらされるとは思ってもみなかったよ! 空き時間が出来たかと思ったら今度は宮城の見舞いに行けだ!? 幕僚会議の連中は何処までも私を馬鹿にしとる!」

 雄大とリクセンは顔を見合わせて苦笑いする。

「じゃ雄大やってくれ。なんだかんだ言ってスケジュールは詰まっとるでな」

「はい」

 雄大は月基地のゲスト用に発行された臨時の身分証明パッチが貼り付けられた左手の甲を運転席のハンドルにかざした。認証が終了しエンジンがかかる。

「総合病院のA棟、要人用の入院施設じゃ、道はわかっとるの?」

「やだなぁ、俺は月生まれの月育ちですから──」

「私も月一等市街地産まれだ! 宮城の家だけが名門だと思うなよ?」

 後部座席からモエラが怒鳴りつけてくる。

「う、うるさいのう」

 リクセンは防音装置を作動させた。後部座席と運転席の間にシャッターが降りる。

 後部座席内での話が運転席に漏れないための仕組みなのだが、今回は気が立ってうるさいモエラを後部座席に隔離するために使用された。

 雄大は車を走らせた、宇宙船と比べて三次元的な空間把握をしなくて良い分、自動車の運転は平面を転がすだけの他愛も無いものであった。気楽ではあるが、二次元的な平面しか移動範囲が無く、運転手に出来る事も少ない。

 懐かしい月の街を眺めながら、物足りなさのような物を雄大は感じていた。

「なあ、ワシの息子──クジナなんじゃが」

「ご無事だったんですか?」

「おかげさまでな。まあ、臓器は人工の物に交換して──今は再生臓器を培養しとるらしいが」

「大変ですね……」

「──礼を言うとったぞ、雄大。お前さんにな」

「俺に?」

「クジナはプロモ工廠、キングアーサー開発チームの主要メンバーじゃったからの。止めてくれてありがとう、とな。あと猫のサブローを助けてくれてありがとう、とも言うとったよ」

「いえ、お礼を言うならこっちの方こそ。クーデター阻止にしてもキングアーサーの起動キーの件にしても、全部息子さんの考えた事を俺が代役で実行しただけで」

「そう言ってくれるか。幾分かワシも楽になったわい」

「息子さんも入院されてるんですよね? もう面会がオーケーなら俺からも礼を言いたいんですが」

「病院にはおらん」

「今はどちらに入院を?」

「木星じゃ──月に戻ればあやつは戦争犯罪人として処罰される。それにあの化け物戦艦には禁忌技術がたんまり使われとった。クーデター阻止に協力した、と言ってもな──軍や議会が許しても、禁忌技術管理委員会は息子を許さんじゃろ。始末されるかも知れん」

 雄大は無言で聞いた、返す言葉もない。

「魚住さんに頼んどるよ、お前の船で息子を預かってもらえないかどうか」

「えっ? そうなんですか?」

「地球から遠く離した方がええと思ってな。罪人をかくまう事になってお前さんや皇女殿下には迷惑を掛けるかも知れんが」

 リクセンは頭を下げた。

 雄大は驚いて車を一旦脇に寄せて停車した。急に停まったので後部座席のインターホンが鳴った。

「艦長」

「こんなところでないと話が出来んもんでな。くれぐれも息子の事をよろしく頼む」

 雄大は頷いた。老人は安心したようにニコリと笑うと通話をオンにした。

「すまんすまん、ちょっと気分が悪くなっての」

『なんですかもう、しっかりしてくださいよ! 船乗りが車酔いだなんて聞いた事も無い』

 リクセンは通話を切る。

「ホントはのう、クジナは助からんはずじゃった、臓器が全部駄目になっとった」

「──」

「船の中の設備で臓器再生に成功したのはクジナを連れてきた禁忌技術そのものと言える優勢遺伝子人間のおかげでな。ワシゃ息子とその恩人である娘子を軍に引き渡しとうはない」

 クジナの恩人とは、雄大がキングアーサーの中で見た、ニースと呼ばれるクローン女性体の一人なのだろう。

「現在の連邦法に抵触するのは承知しとるが、人の命を助ける技術なら、制限せんでもええんじゃないか? なあ雄大?」

 雄大は何も言えなかった。軽々しく答えられるような問いでは無かった。何故かリオル大将とリクセンの姿がダブって見えた。

(──リオル大将は、人類が自ら制限した禁忌技術の封を解く時が来た、と判断してクーデターを起こしたのか?)

「俺にはわかりません──出します」

「すまんかったの、変な事を聞いて」

 雄大は再び病院へ向けて車を走らせた。



 キングアーサーが木星宇宙港に衝突するのを防がんと、戦艦タイダルウェーブで無謀な軌道修正を試みていた宮城裕太郎大将は運悪くブリッジで発生した爆発事故で重傷を負ってしまった。

 月まで戻ると即座に病院に搬送された。


「もうすぐモエラ少将達がお見えになるそうです」

 歩行器のような物に身体を預けているのはネイサン少将だ。

 ベッドに横たわる宮城大将はそうか、と呟く。

「提督、もうその辺で」

「うむ、もう少しなんでな──」

 肺をやられてしまったせいか裕太郎の声は少し苦しげだった。動く右手で端末を操作して書類仕事をしているが口にはマスクが着けられ何本もチューブが通っている。

 騒々しい足音がして、病室の前で止まった。

 扉がノックされる。

「どうぞ」

 ネイサンが答えるとモエラとリクセンが裕太郎の病室に入室した。広い病室の中央にポツンと置かれたベッド。

 モエラ少将は裕太郎とネイサンのもとに駆け寄る。

「おい宮城、どうしたんだそれは──ネイサン君、なんだねキミは? 割と元気そうだ、聞いてた話と違うぞ」

「どうもご無沙汰しておりますモエラ指令」

「しかし驚いた、レイジングブルは原形を留めないぐらいに破壊されてたのに。どうして宮城の方が大怪我をしてるんだ?」

「私はいずれ元帥の地位を狙ってますので。こんなところでは死ねませんよ」

「悪運の強い奴だな」

「お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない」

 ネイサンは苦笑いしながらモエラと会話する。

「おい宮城、お前ホント、大丈夫か?」

「──ああ、大袈裟なんだよ、こんなものは」

 裕太郎はマスクをとる。

「おい無理はいかんぞ?」

「そうですよ提督」

 リクセンとネイサンは裕太郎に呼吸補助のマスクを着けさせようとするが裕太郎はその手を払った。

「大丈夫だ、自分の身体の事なんだ、私が一番よくわかってる」

「そ、それならいいんだがなぁ」

「何にせよ皆が無事で良かった。治安維持のためにも幕僚会議の機能を早く回復せねばならんからな。特にモエラ、お前には月基地滞在中たっぷり協力してもらうぞ?」

 裕太郎は力強く大きな声を出したが、いつもキッチリと撫でつけられていた髪の毛は乱れ無精髭も伸びており明らかに肩は小さくみすぼらしい格好になっていた。

 いつも整った身なりをしていた宮城裕太郎の堅苦しく折り目正しいイメージとは程遠い。

 モエラはその姿に少なからずショックを受けているようだった。

「おいネイサン君、本当にこいつ無理してないんだろうな? 死にぞこないみたいな顔して──」

 モエラはネイサンを睨む。

「それがですね、さっきまでヒル提督から依頼された事務仕事を──」

「なんだって? 仕事をしてるのか?」

「そうだモエラ、このデータを頼む。もう本部のヒルにも送付しておいたが、どうもヒルは頼りにならんでな。新しい組織体系の概要と艦隊の再編計画、緊急の予算請求についてまとめておいた。お前にはヒルを助けて、ついでにニュース屋への対応を全面的に頼みたい。出来れば今日の昼からでも動いて欲しい」

「驚いた」

 リクセンとモエラは顔を見合わせて驚く。

「私の担当分までチェックして口出ししてくるんですよ、困ったもんです」

 ネイサン少将は溜め息を吐く。

「裕太郎、純子さんはどうしとるんじゃ? 早く来てもらえ」

「奥様は火星から此方に向かってるところです、客船の運航スケジュールが混乱してるそうでなかなか──早く来て欲しいですよ。この人は私の言う事や医者の言う事なんて聞きやしない」

「これで良かったのだ、うるさいのがいなくて仕事が捗ったから。アレは軍の仕事の重要性をまったく理解しておらん」

 裕太郎は笑っていたが少し離れた場所で横を向いて視線を合わせようとしない青年の姿を確認すると急に眉根を寄せて渋面を作り出した。

 

「大佐が呼んだんですか」

 雄大に顎を向ける。

「あ、おー、うん、そ、そうじゃよ」

 リクセンも裕太郎がここまで険悪な表情をするとは予想してなかったので対処に困ってしまった。

「今やっているのは部外者に聞かせて良い話ではないんだぞ。ネイサン君、あの男をつまみ出したまえ」

「提督、ムチャクチャ言わないでくださいよ。雄大君がせっかく面会に来てるのにそれは無いでしょう」

「そうじゃぞ、雄大は部外者じゃない。それはお前さんが一番よくわかっとるじゃろうが。軍の外からお前さんの事をよく助けてくれた。木星の皇女殿下と雄大がおらんかったらワシら全員、今頃リオルの前で命乞いしとる頃じゃ」

 リクセンの言葉を聞いた裕太郎は一瞬、忌々しげに雄大を睨みつけた後、急に思いついたように端末を弄り始める。

「?」

 ネイサンが覗き込むと裕太郎はちょうど警備兵を呼んだところだった。

「うわっ」

 警報が鳴ってベッドの周囲にシャッターが降りる。

 ネイサンとモエラは裕太郎から端末を取り上げるとエマージェンシーコールが誤りである事を管理センターに連絡した。

「う、うーん。確認のために数名を派遣するそうです」

「やれやれじゃなぁ」

「宮城、無理したり取り乱したり、お前らしくないぞ。落ち着かんか見苦しい」

 モエラは大きな溜め息を吐くと疲れたように椅子に座り直す。

「そうだ迷惑かけてんなよ、情けない。まるで大きな子供じゃないか」

 雄大はようやくと口を開く。少し近付くと大きな声で嫌みを言う。決して視線は合わさない。

「一般人は余計な事に首を突っ込むな、そう伝えたはずだが?」

「それは悪かったね、その一般人に助けてもらった事はあんたも理解してるんだろうな?」

「フン、市民のご協力に感謝する、これで満足か? 足りんなら表彰状でも贈らせようか?」

「誰が要るかそんなもん」

 ドアが開いて武装した兵士が六名、裕太郎の病室にドカドカと入室してくる。ネイサンが事情を説明しながら彼等を追い返そうとするが兵士の方は雄大達に近付いて危険物を所持していないか改めて検査を始めた。

「もう身体検査は十分やったでしょ」

「すいません、宮城大将に何か間違いがあっては遅いので」

 兵士達は真剣そのものだった。

「面会が終わるまで我々も同席させていただきます。内容に関しては決して他言致しません」

 リクセンは呆れたが幕僚会議の本部ビル爆破の後では、警戒に警戒を重ねても不安になる事だろう。ましてやこの部屋には軍の高級将校が揃っている。間違いが起こればそれこそ警備を強化している意味がない。

「オヤジ、あんたのせいだぞ? 面倒な事して」

「何だと? 貴様の方こそ勝手な事ばかりしおって。木星宇宙港に加速しながら突っ込むような馬鹿、どうせお前がやったんだろう」

「ああそうだ」

 ネイサンはそれを聞いて目を丸くして驚き、兵士達も雄大の方を注目する。

「凄いじゃないか雄大君──キミがやったのか、お手柄だ」

「ネイサン君? 君は少し黙っていたまえ──成功する見込みがあったのか?」

「勿論だ、少なくとも戦艦で押して軌道をズラそうとしてた『馬鹿』よりは幾分まともだったと思うね」

「ゆ、雄大君も少しは言葉を慎め、君の親である前にこの人は宇宙軍の大将なんだぞ?」

「黙れと言ったぞ!」

 裕太郎はネイサンを怒鳴りつける。恐縮したネイサンは口を塞いでリクセンの後ろに隠れた。

「まったく──宇宙港の裏に抜けるなどと。あんな事をしたら木星の引力に捕まってしまう。奇跡的に運が良かっただけなんだ、理解してるのか?」

「ああするのが一番だろ?」

「木星地表面への悪影響は考えてなかったのか? あんな物が燃え尽きずに木星の都市にでも落下したら宇宙港の被害どころではすまんのだぞ? 大気圏内にワープドライブコアを落として爆発事故でも起こしたらどう責任を取るつもりだった?」

 雄大は正直、そのリスクは考えていなかった。言われてみれば確かに雄大は宇宙港と衝突しない事ばかり考えて木星の都市に住む人達の事をまったく考慮に入れていなかった。

「だ、だからって──」

 言い返す言葉が見つからず、雄大は拳を強く握り締める事しか出来なかった。

「今頃そのリスクに気付いたのか? お前、本当に私の息子なのか? よくそんな馬鹿に育ったもんだ」

 クソッ、と雄大は吐き捨てるように言うと踵を返して部屋から出て行こうとする。

「なんだ、私に褒めて欲しかったのか? 惨めな」

「うるさい!」

「さっさと自分の居場所に帰れ。私はまだモエラやリクセン大佐と話す事がある」

「頼まれなくてもお望み通り消えてやるさ!」

 雄大は早足で病室から出て行った。

 リクセンとネイサンは慌てて雄大を追っていった。



 モエラは病室に残り裕太郎に水を飲ませるとマスクを着けさせた。未だ興奮しているようで呼吸が荒い。

 ヒュー、ヒューとかすれるような音がする。

「お前やっぱり無理してたな? 肺が悪いのか」

「──すまんなモエラ。君達もすまん、かった、見苦しいところを、お見せした、申し訳ない」

 裕太郎は警備の兵士達に詫びる。

 しばらくすると随分呼吸が落ち着いたようで裕太郎はマスクを再び外した。

「あー、そのー、なんだ……宮城よ」

「どうした?」

「なんかお前と息子さん、こんなに険悪になってるなんて知らなくてなぁ──その、私にも責任の一端があるからして……」

 モエラは体中がむず痒くなって落ち着かない様子だった。

「何を言っとるんだお前」

 親子の仲違いの原因を作ったのが自分である事を謝罪する良い機会だと思っていたがどうやらそれどころではなくなってしまった。

「なあ宮城よ、お前の息子な。態度は悪いけどまあ、有言実行というか。度胸はあるし、なかなかみどころが──」

「無いな。無能なだけじゃなく、無謀な奴だとわかった。あれではいつか大きなミスをして他人様に迷惑をかけるだろう」

「そう決めつけるなって」

「なんだモエラ。お前まで雄大の味方か。そんな事より久しぶりにプライベートで会えたんだ。俺達の話をしようじゃないか」

「そ、そうだな。それこそ何年ぶりだろう」

「十年、いや二十年か? 嬉しかったよこうやって見舞いに来てくれるなんてな。私はてっきりお前に嫌われてると思っていたから」

 胃がキリキリと痛む。モエラは額に脂汗を滲ませながら自分が裕太郎を逆恨みして息子に嫌がらせをしていた事を言うべきか言うまいか悩んでいた。

「戦場に出て、お前と一緒に戦えた事を誇りに思うぞ」

「ああそうだなぁ──こんな平和な時代にあんな激しい艦隊戦をやる羽目になるとは」

「軍人となったからには一度はああいう大舞台を経験してみたいと若い頃は思っていたが。こんな事は今回で最後にしなければな」

「ああ、そ、そうだなぁ──」

「お前と木星の皇女がやった放送、心底勇気づけられたよ。本当に嬉しかった」

「そうだなぁ──」

 いつの間にかモエラはずっと下を向いて泣いていた。

「どうした、泣いてるのか」

「すまんかった、本当に、本当にすまんかった宮城──私が馬鹿だったよ──お前のせいにして、勝手に恨んで」

 鼻を啜り、嗚咽を漏らすモエラ。

「なんだ? 私が今にも死ぬような感じで泣くのはやめてくれ」

「そ、そうじゃないんだよ。私は自分を恥じてるんだ」

 モエラは長年疎んじてきた同期の男こそが自分の最大の味方でかけがえのない友人である事を今更ながらに気付かされた。

「ふむ、さっぱりわからん」

「本当に、すまんかった──許してくれ」

「なんかよくわからんが。まあこうやって泣いて謝ってればお前の気が済むのならそれで良いさ」

「お前、良い奴だなぁ宮城──」

「そうだな、お人好しかも知れん。どうして怪我人の私がお前を介抱してるのかはわからんが──まあ気の済むようにやってくれ」

 裕太郎は何が何だか良くわからなかったが旧友の背中をさすっていたわってやった。

「そうだモエラ、正月は家に来ないか。最近、来客も減って寂しくてな。学生時代以来だろ──純子も喜ぶ」

 モエラはガバッと起き上がる。

「なんだって? 純子さんがなんだって?」

「『モエラ君と喧嘩したのか』『たまには連れてこい』って。たまに言われるもんでな」

 あれだけとめどなく溢れていた後悔の涙が一瞬で止まった。

「いいんだな? 私が正月、お前の家に行って純子さんに会ってもいいんだな?」

「勿論だとも、純子も喜ぶぞ。一緒にスーパーボウルの決勝を見よう」

 気持ち悪いぐらいにモエラは喜色満面になると裕太郎の右手を掴んで拝み倒すように何度も何度も念押ししてきた。

「本当にいいんだな? 遊びに行くぞ?」

 裕太郎は細かい事情は飲み込めなかったものの、親好の途絶えていた旧友とこうして他愛もない会話が出来ることを喜んだ。警備の兵士達はバカバカしい内輪の喧嘩につき合わされた事にようやく気づいて呆れ顔で病室を去っていった。



 雄大はムスッとしたままでぎゃらくしぃ号の操舵席でふんぞり返っていた。

 エンジンに火は入っていない。

 いつも何かしら騒々しいぎゃらくしぃ号が今は静まり返っていた。ユイは牛島をボディーガード代わりに連れて仮の幕僚会議本部が置かれたホテルの会議室でお偉いさんとの協議に臨んでいた。リンゴとブリジットは鎮静剤を打たれて眠り、ハダム達は査問会、マーガレットと六郎、小田島先生は魚住のガイドでユイ達が戻るまでの間、月市街の観光に出ていた。

 留守番に志願したラフタは、いつになく機嫌を悪くして帰ってきた雄大を気遣い、缶入りの清涼飲料を二つ持ってブリッジに現れた。

「──飲む?」

「え、ラフタが奢ってくれるのか?」

「うん」

 ラフタは通信士の席に座る。

「なんか珍しいな、でもありがとう」

「婚約のお祝い」

 ラフタはニコッと笑う。

(婚約祝いがグレープフルーツのソーダ、80ギルダ──)

 雄大は微妙な顔で飲料を受け取る。

(こ、こういうのは気持ちだよな、うん)

「あ、ど、どうも──」

「この度は、おめでとうございます」

「どうもご丁寧に」

 立ち上がり二人して頭を下げ合うと、ソーダを掲げて乾杯の真似事をする。

「マーガレットとつきあってると思わせておいて実は社長狙い、雄大は大物だね。それで、ちゃんとマーガレットと別れられたの?」

「そ、それを言われると心苦しいんだよなぁ──」

 雄大は頭を抱えてシートに深々と座り込む。


 20分ほど経っただろうか。

 二人はしばらく他愛も無い話をしていたが、不意にラフタが見舞いの話を振ってきた。

「ところで。お父さんのお見舞いに行ってきたんだよね。どうだった?」

「──あのやろう」

 雄大は再びムッとした顔になる。

「あーあ、もう早いとこサターンベースに行ってさ。置いてきたクルーと商品積み直して通常営業に戻りたいよ。アホくさいったら無いね」

「ああ、そう。話を逸らすって事はまた喧嘩したんだね」

「喧嘩じゃない。一方的になじられて終了だよ。警備員呼ばれた上に『本当の息子じゃない』とまで言われちゃね」

 これには流石のラフタも驚いた。

「──凄い」

「だろ?」

「いつもそんな喧嘩を?」

「まあな。俺が士官学校を辞める、ってなった時と同じぐらい感じ悪かったなアレ──」

「まあでもさ、怪我の具合は良かったって事だよね。そんなに怒る元気があるんだから」

 ラフタの言葉に雄大は少し怪訝そうな顔をして、ソーダを飲むのを止めた。

(弱ってる姿を俺に見られたくなくて、虚勢を張って元気だとアピールしてたのか。心配要らんぞ、って言いたかったのか──)

「まさかな」

「何が?」

「いや別に」

 身体は怪我で衰弱したような印象だったが、あの時、信用しきっていた憲兵総監の裏切りに気付かされた時の、あの狼狽した弱々しい雰囲気は裕太郎からは感じられなかった。

「婚約の事は話したの?」

「無理だったよ、そんな話を出来るような感じじゃなくてさ」

「それならさ。また今度、社長と一緒に挨拶に行くといいよ」

「まあ、ユイさんを連れていったらあんなに邪険にはされないか」

 雄大は苦笑いしながら頷いた。

 堅くささくれ立っていた心が柔らかくなり、ほぐれるような。ラフタと話をしているだけで随分と気が晴れていくのを感じた。

「聞き上手って奴かな」

「何が?」

「ありがとうなラフタ」

 雄大はラフタに礼を言う。


 裕太郎は、雄大が考えもしなかったリスクがある事を雄大に警告してくれた。これは嫌みなどではなく真剣に自分の行動を見つめてくれるが故の注意であったのかも知れない。

(少しは認めてくれるかと思ったけど──急に態度を変えられても気味悪いしな)


 元気そうで、いつも通りで何より。仕事すんのもほどほどにな。


 ようやく父親の無事を喜び、その身をいたわる事が出来た。心の中だけではあるが今はそれで十分だ、と雄大は感じていた。

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