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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
59/121

初恋①

 医務室のベッドの上、マーガレット・ワイズは夢を見ていた。



 酒をあおり、残り少ない資産を食い潰すように放蕩する父親を軽蔑の眼差しで見つめながら身体を鍛え、書物に親しんできた。

 貴族の何たるか、武人の何たるか、文字の読み書きや食事の作法、すべて尊敬する祖父アレキサンダーに教わってきた。

 

 四歳の時、祖父に連れられて冷凍刑に処された主君、氷付けになっている少女をモニター越しに眺めた。

 地球や木星から遠く離れた辺境の植民惑星アラミス、その港に程近い軍関係の病院。

 ユイは一年後の社会復帰に備え解凍蘇生処置のための検査が始まるところだった。

「マーガレットよ、この御方はな、お前がお仕えするユイ殿下だぞ」

「ユイ、でんか──? ユイさま?」

(なんてきれいな女の子なんだろう)

 マーガレットはワクワクしていた。

(わたくしのお姫様、ユイさまは誰よりもきれいなの。わたくし、大きくなったらユイさまとケッコンして木星にお家を建てるわ)


 マーガレットは五歳になった。

 40年の冷凍刑を終えた綺麗なお人形さん、輝く黒髪を持つ8歳の女の子は気怠そうにベッドから身を起こすとマーガレットを見て「リタはどこ? あなたぐらいの女の子なの」と言った。

 その後、医師達が何事か告げるとその綺麗な女の子は突然髪を振り乱して大声で叫び、医師達を引っ掻き、その腕に噛みついて暴れた。祖父に取り押さえられてからも大粒の涙をこぼして泣き続けていた。マーガレットは主君の目覚めたお祝いに、と用意したぬいぐるみを渡そうとしたがそれは祖父の大きな手に遮られる、祖父は首を横に振って自分を病室の外に出した。

「しばらくはお会いしない方が良い、ユイ様はお前を見ると妹君を思い出して心乱れてしまう」

 第二皇女リタは冷凍刑の蘇生処置に失敗して死んでいた。一年前の検査の時点で絶望的だと言われていた。元々、五歳の女の子には耐えられるはずもなかったのだ。

 ユイの知らない内に、ユイが眠りについている間に。

 彼女の両親と兄は処刑されていた。

 自分と一緒に冷凍されて眠っているものだと信じ込まされていたユイは、天涯孤独の身となった事を嘆き何日も何日も泣いていた。

 マーガレットは毎日ユイのお見舞いに行ったがなかなか会わせては貰えなかった。リボンや髪留めを渡してくれるように看護士に頼んでモニター越しに虚ろな瞳でうつむくユイを眺めていた。


 ある時、マーガレットは看護士の詰め所からカードキーを拝借してこっそりユイの病室に侵入した。

「あなた──」

「マーガレット、です。殿下」

 祖父から教わった通り、ひざまずいて頭を下げた。

「──誰なの?」

「は、はくひゃく──伯爵家の者です。アレキサンダーおじいさまの孫娘、マーガレット・ワイズです」

 当然、ユイはアレキサンダーの若く勇壮な姿しか知らない。父であるビルフラムと年齢の近い臣下、アレキサンダー。

「お前は、あのアレクの──もしかして、あのおじいさんがアレクだと? そんな……」

 泣きそうになったユイを見たマーガレットは駆け寄りベッドに飛び乗った。熊のぬいぐるみをユイに押し付ける。

「これは……」

「殿下に、プレゼントです」

 ユイは熊を眺めた。

「私に?」

「はい!」

 一番可愛いのを選んだ、これなら殿下も絶対に気に入るはず。マーガレットは感謝され、褒めてもらえると思ってワクワクしてユイの言葉を待った。

「要らない、私もうお人形遊びはやらないの。もっと小さい子のやる事よ、ばかにして──」

「えっ……」

「それに……クマは乱暴者よ、嫌い。ウサギのが可愛いし」

 ユイは眉根を寄せ、頬を膨らせるとマーガレットにぬいぐるみを押し付けた。

「返す」

「でも、この子がお店で一番かわいかったの──」

「返す!」

 ぬいぐるみごと突き飛ばされるように押されたマーガレットはベッドから落ちて尻餅をついた。

 まさか拒絶されるとは思っていなかった。

 綺麗な綺麗な、おとぎ話の眠り姫。見た目の通り優しくて可愛らしいお姫様だと思っていた。

 ユイはマーガレットの予想とは少し違っていた、ユイが目覚めたら自分は妹のように可愛いがってもらえるものだと思っていた。遊び相手になってもらおうとも思っていた。


 家に帰り、ぬいぐるみを抱いて泣いていると祖父が頭を撫でてくれた。

「殿下はね。身体の氷は溶けたけど、そのお心はまだ冷たく凍っているんだよ。そう簡単にはいかないだろうけど、お前があの御方の心を溶かしてやりなさい」

「心が、凍ってるの?」

 祖父はよく難しい事をいう。マーガレットには半分もわからなかったがわかった振りをしてきた。

「未だに悪い魔法にかかっていらっしゃるのだよ。稽古はしばらくお休みにするから、明日からお側についてお話相手になってあげなさい。病院の先生達に頼んでおこう」

「魔法は病院で治せないの?」

「40年もお話相手がいなかったから、お心が寂しい寂しい、ってなってるんだよ。お医者様には治せない病気だけど、お友達と話をしていれば自然と治る」

「お友達?」

「お前がお友達になるんだよ。そうして妹君を亡くされた悲しみを癒やしておあげなさい。お前には私がいるが、ユイ殿下には誰もいないんだ」

「うん──」


 ユイは何日かすると泣くのにも疲れてきたのか、傍らでストレッチをしているマーガレットに話しかけてきた。

「毎日毎日、一体何をやってるの?」

 一週間ほど何をやっても無視されてきたのだが、ついに相手の方から話しかけてきた。マーガレットは大いに喜んだ。

「お稽古です!」

「ダンスのお稽古なの?」

「わたくし、殿下のために身体を鍛えてるの。おじいさまから色々習ってます」

「──えっ? 何のために?」

「木星のお城に帰るためです、殿下と一緒に」

 まあ、とユイは驚いて口を開けた。

「──あなたが私を木星のお家に戻してくれるの?」

「はい! だから稽古してるんです」

 ユイはショックを受けていたようだった。


 次の日、部屋に入るとユイの様子はいつもと違っていた。

「ごめんなさいね、あなた。私より小さいのに、そのお心は私より大きくて、お強いのですね。そんなあなたに比べて──」

 ユイは手招きしてマーガレットを傍に呼んだ。

 抱き寄せられ頭を撫でられるマーガレット。

「わっ──」

「お名前を、もう一度」

「わたくしの、名前ですか?」

「そうよ、小さな勇者さん」

「マーガレット。マーガレット・ワイズです」

「ありがとうマーガレットさん。こんな私で良ければ──一緒に、帰りましょう──」

 蘇生して以後、初めてユイは表情を和らげた。

「マーガレット・ワイズ伯爵令嬢──私は、何も持っていません。あなたに何も与える事は出来ませんが」

 マーガレットは首を振った。

 お姫様は綺麗な髪を持っている。よく通るお優しい声、覗き込むと奥深くまで吸い込まれそうなキラキラした瞳。

 沢山の素敵が詰まった宝石箱のような少女。

「それでも、こんな私の家来に、いえ一番の友人になってくださると言うのでしょうか」

(悪い魔法、治った?)

 優しい微笑みを浮かべたユイは本当に綺麗だった。父親が連れ込んでくる香水の匂いがきつい大人の女達の誰よりも。

 この時、マーガレットは誓った。

(この人を泣かせる悪い大人を打ち倒そう。悪い魔法をかけた奴らをやっつけてやろう)

「はい、殿下!」

「ありがとう、私は全てを失ったけど、その代わりにかけがえのないものを得ました。あなたを失望させないように、私がしっかりしなくてはいけませんね」

 ユイはマーガレットを強く抱き締めた。

「リタもあなたぐらい強い子だったら……」

 こんなお友達が、こんなお姉さんが欲しかった。

(誰よりも綺麗な、綺麗な、わたくしのお姫様)


 それから姉ににまとわりつく妹のように、マーガレットはユイに甘えた。

 髪の毛の手入れの仕方やおしゃれについて教えてもらった、ずっとやりたかった念願のお人形遊びにも付き合ってもらった。


 難航していた魚住京香の蘇生処置が無事に終了したのはその二ヶ月後だった。魚住が目覚める頃には、2人は仲の良い姉妹のようになっていた。

 幼い頃のユイは突然発作のように一人でふいっと何処かへ行ってしまう事があった。今考えると、あれは生きているのが辛くなって何処か誰も見ていない場所で命を絶とうとしていたのかも知れない。そういう時のユイはとても暗く落ち込んでいたから。

 魚住や祖父、病院の看護士と一緒に消えてしまったユイを捜索する事がしばしばあったがある時からユイは小さな店に入り浸るようになっていた。

 中年の冴えないオジサンが忙しそうに働いているこじんまりとした商店。敷地面積は小さいのに、いつも客がひっきりなしに訪れていた。

 ユイはよくそこで店番をして会計の手伝いをやっていた。

「商売の真似事など嘆かわしい」

 滅多なことでは怒らない祖父が珍しく怒っていたのでマーガレットはその店には近寄らなかったが、そこで手伝いをしているユイの瞳には星の瞬きが閃いていたのをマーガレットは今でも覚えている。

 ユイが退院して魚住と一緒にマーガレット達が住む小さな家にやってきた時、父親はもう家には居なかった。

 祖父に追い出されたのか自分から出て行ったのか、それはマーガレットにはわからなかったし、知りたくも無かった。

 父と入れ替わりのように、祖父は深手を負った男を家に連れ込んだ。男は傷が癒えると一度何処かへ消えたが、ちょくちょくと家に来てまとまった額の金や装飾品を祖父に渡していくようになった。

 幼いマーガレットにもその金品が『非合法な手段』で入手した物だという事は理解出来た、その男はとても金持ちには見えなかったから。

 ある日、祖父からその男を正式に紹介された。甲賀六郎という、マーガレットに初めて出来た家臣だった。祖父と一緒に看病をしてくれたマーガレットに大層な恩義を感じているようで、六郎はどんな理不尽な命令でも聞き入れてくれた。

(大人が自分の言う事に文句一つ言わず従う、こんなに面白い事は無い)



 祖父が死んだ。

 マーガレットは不思議と寂しくは無かった、他の子供がもらえる愛情の、それこそ何千倍もの愛をもらっていたから。

 それに、六郎という部下がいる。彼の前で情けない姿は晒したくない。

(お祖父様の代わりに、わたくしがワイズ伯爵家当主としてユイ様を盛り立てなければ──)



 突然、ユイからお別れを告げられた。

「しばらく一緒に居られませんが、必ず迎えに来ます」

 魚住と一緒に遠くへ行くのだという。


 一年後、約束通りユイ達は帰ってきた。自分名義の船、ぎゃらくしぃ号を手に入れてそれに乗ってアラミスまで帰ってきたのだった。

 船と引き換えに、ユイの腕には大きな鎖付きの枷がはめられていた。ユイと魚住は『敵』と取り引きをしてアラミスから移動する自由と権利を手に入れたのだった。



 ぼんやりと夢と現実の境が曖昧になってきた。


 マーガレットはゆっくりと身を起こす。

「ん──」

 ぎゃらくしぃ号の医務室、マーガレットはどうして自分がここにいるのかよく覚えていない。ただ自分の容姿が気になった。

(わたくし、変な顔じゃないかしら。髪は?)

「鏡、手鏡を誰か──」

「起きただか? 先生ェ! マーガレット閣下が起きられただよ!」

 けたたましい声が耳元で響く。驚いたマーガレットが身体ごとそちらへ向き直ると腕を吊し胸の辺りを包帯でぐるぐる巻きにされた鏑木林檎がマーガレットが寝かされていたベッドの端に座り込んでいた。

「鏑木さん?」

「はい!」

 林檎はマーガレットに手鏡を渡した。

 特におかしなところはないが胸に妙な札が掛けられていた、診察標のようなものかと思ったが、どうやら古ぼけた御守り札のようであった。

「無痛、分娩?」

「霊験アラタカだっぺ!」

 満面の笑み、愛嬌のある大きな口、その口角を上げると周囲が少し明るくなるような緊張感ゼロの笑顔。

「あ、ありがとう……」

 どうもこの林檎という少女と話していると調子が狂う、マーガレットは身体の調子を確かめるように肩を軽く回した。特に異常はない。

「マーガレット様、もう少しそのまま」

 小田島医師が駆け寄って来てスキャナーをかざす。

「先生、ぎゃらくしぃ号は──ユイ様はご無事なの?」

「ええ勿論ですとも。ご立派に一騎打ちにて敵の大将を打ち倒されたそうで。閣下のご活躍で皆さんご無事ですよ」

「ありがとう先生──アイツは?」

「あいつ、ですか? えー、っと」

「宮城よ、今どこにいるのかしら? ブリッジ?」

「あ、ちょっと色々あって──今はアラミス号の方で魚住さんと打ち合わせ中だと聞いてます」

「そうなの? じゃあまたラフタに操舵を押し付けてるのね、まったく、役立たずなんだから!」

 林檎がPPを操作して録画したニュース映像を再生し始める。

「ホラこれを見るとええだ。雄大さはサボってたワケじゃなかっぺ?」

 木星宇宙港のブロックの隙間を針で縫うようにすり抜ける弾丸のような船影。

 実況の男が大声で何か叫んでいるが状況がよくわからない。

「あの大きな戦艦が暴走して港に激突しそうになったのを、宮城さんが単身乗り込んで制御したそうです。彼が今ぎゃらくしぃ号に乗っていないのはそういう事ですから怒らないであげてくださいな」

 小田島医師が説明する。

「──そう、そんな事があったのね」

「やっぱり雄大さは凄いお人だぁね。おら初めて見た時からピーンと来てただよ。勝利の女神様なんだ」

 自分の事のように誇り飛び跳ねて喜ぶ林檎、それを見た小田島医師は思わず吹き出してしまう。

「ほら林檎さん、あなたの方が怪我の具合は重いのだから寝てないと」

「おらもう全然痛くねえよ?」

 林檎はニュース映像を繰り返し再生し始める。

「宇宙パイロット、かっこええだべなぁ」

 マーガレットは無痛分娩の御守り札を外すと林檎の首に掛けた。

「ありがとう、鏑木副隊長さん。おかげで調子が良くなりましたわ」

「はい閣下、どうもいたしまして!」

 敬礼する林檎の頭を撫でると、マーガレットも返礼した。

「小田島先生、わたくしはブリッジに戻ります。ご迷惑おかけしました」

「ご迷惑だなんてとんでもない、閣下が医務室をご利用になるなんて定期検診の時ぐらいでしたから少し慌てましたけど。毒針の痕もほとんど目立ちませんし、麻痺の後遺症も心配無さそうで安心しました」

 頭を下げる小田島医師に会釈を返すとマーガレットは少し早足で医務室を出た。

(はやく会いたい、話がしたい)

 

 ──ユイ様じゃなくて? アイツに会いたいって思ってるの?


 胸の内側が熱くなってくるのを感じながらマーガレットは自問自答した。

(わたくしやっぱり少しおかしいのかしら──)


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