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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
58/121

半世紀前の約定②

「社長の、許嫁?」

「はい、ユイ様がお生まれになった時、既にビルフラム陛下にはユイ様の兄君、ホラス皇太子殿下がいらっしゃいました。当然、ホラス殿下が次期皇帝になると誰もが思っておりました」

 険悪になる一方の木星と地球の関係。

 これを憂慮したビルフラムは万が一の事態を想定して自分の弟オーウェン大公と、ある約定を取り交わした。


『余、ビルフラムが倒れ、皇太子ホラスの即位も適わぬと判断されし時、後事を余の弟オーウェン大公に託す──幼き帝が国家おさむるはいたずらに外患を招き国乱れる元なり。故に帝位は空位としオーウェン大公が宰相として臣民をおさむるべし。余に二姫あり。ユイ第一皇女、リタ第ニ皇女はオーウェン大公家の男子に嫁ぎ、子をなすべし。大公家はユイ、リタの実子をもって皇太子となし、ホラスの代役として主君として奉ずるべし──不幸にして余の子孫悉く倒れ即位適わぬ時、ファルシナの姓を持つオーウェン大公の嫡子が木星帝国皇帝として即位し帝国臣民をおさむるべし』


 約定を読み上げる魚住。

 その書類は木星の総督府が置かれた首都バーデランの歴史資料館に保管されており、誰でも閲覧が可能だという。

「──木星王家では伝統的に女帝や幼帝の即位を忌避する思想がありまして──それはさておき、いま問題になっているのはユイ様が『姫は大公家に嫁ぐべし』『大公が宰相となり臣民を治めるべし』とある部分です。私はこれを阻止せねばなりません、ユイ様のためにも、木星と地球の関係改善のためにも」

「でも、ユイさんを残して木星王家は全て解体されたんじゃ? 50年も経てばそのオーウェン大公って人も流石にもう」

「オーウェン大公には皇位の継承権がありましたから……皇位継承権を持つ者はユイ様を除いて処刑されました。御本人はもう帰らぬ人となりましたが──」

 魚住は所属不明の武装船団四隻のホロデータを再生する。

「この船は?」

「現在、ぎゃらくしぃ号の傍らに控えている船団です」

「見たことのないシルエットですけど」

「これは旧木星帝国海軍の軍艦を改装した物。連邦宇宙軍の衛星攻略作戦の時に行方知れずとなった第三遊撃艦隊の巡洋艦がベースになっています」

「ユニコーン級と同じか、それより古いって事ですか? 旧式軍艦には見えませんね……いったいどこでこんな近代的な改装を?」

「私もそこまでは聞いていませんが……衛星エウロパを巡る攻防の際、彼等は別行動を取り戦場を迂回、暗礁宙域を抜け連邦艦隊の後背を脅かす予定だったそうです。しかし運悪く途中で強烈な磁気嵐に巻き込まれ立ち往生、やっとの事で抜け出した頃には宮殿リオネルパレスが陥落──遊撃艦隊の司令官は捲土重来を期して連邦宇宙軍の目が届かぬ不毛の地、アルファケンタウリ方面へと逃れました──その遊撃艦隊の司令官こそオーウェン大公の息子、こういう経緯で大公家の血筋は断絶を免れたのです」

「──ケンタウリ方面に逃げた司令官の子、もしくは孫がセレスティンって人で、ユイさんをお后様として迎えに来たって事?」

「そうなります」

「な、なんて勝手な──!」

 ユイに肩入れしている雄大ならずとも、冷凍刑に処された上ランクD思想犯として軟禁されてきたユイの不遇、そして木星帝国復権への想いを知れば誰もが大公家の振る舞いを身勝手に思うだろう。

「ユイさんや魚住さん、マーガレットが一番苦しい時に雲隠れしておいて今更」

「宮城さんから見れば、そう感じられるかも知れませんね。でも私は、どんな形であれ大公殿下が表舞台に出て来てくれた事を嬉しく思うのです。この50年あまりの木星帝国の風評を見聞きしていれば、今更身分を明かすのはとても勇気のいる選択だと」 

 魚住は視線を落とす。

「魚住さん?」

「木星帝国に縁のある人が、私の知る人達が生き延びて木星の旗を掲げていてくれた。それだけで嬉しいのです」

 40年の冷凍刑、その苦しみの質までは雄大にはわからない。

 地球系企業ラメラ・キャラバンの会長、イヴォンヌは魚住の先輩でユイ専属の美しき侍女リーサだった。

 あの時のユイのように心揺さぶられ取り乱すほどの苦しみ。

「マーガレット閣下に武芸を仕込まれたアレキサンダー・ワイズ伯爵がお亡くなりになられて後──三人、たったの三人だったのです、木星の復権を信じる者はこの広い銀河にたったの三人ぽっち。宮城さんにこの心細さがわかりますか?」

 雄大は言葉に詰まった。

「再興を志す同志が他にもいてくれた、この喜びは何物にも代え難いものです。特にユイ様にとっては血縁にあたる御方、その心強さたるや数万の軍勢に勝るでしょう」

「魚住さんは怒ってるのかと思いましたけど」

「怒る?」

「その大公殿下が、ユイさんや魚住さんの努力を後からやってきて紙切れ一枚でかっさらうような真似をするから。だから俺にユイさんと『結婚しろ』って言うんでしょ?」

「少し違います、正確には……」

 魚住はホロデータの出力情報を切り替える。

 威厳ある軍人の上半身が映し出される。

「この人は?」

「この御方はアラムール・ガッサ将軍、ロデウス・ガッサ大佐の息子です──彼を始めとした帝国海軍の将兵達は地球閥への復讐を望んでいます。それはユイ様の望む地球との友好路線とは正反対の物」

 復讐。

 背筋が凍り付く。

「マズい、皆完全に油断してる! 今攻撃されたら──」

 第一艦隊の将兵は連戦で疲労し実体弾もほぼ尽きている。激しい同士討ちを繰り広げて多くの軍艦を失った今の連邦宇宙軍ならば四隻の軍艦でも十分な脅威となるだろう。

「大丈夫です、取り敢えず。ガッサ将軍も第一艦隊、土星守備艦隊には感謝しているそうです、ユイ様の手助けをしている以上は安全でしょう」

「本当に?」

「そこだけは信じて良いかと。彼等が本当に事を起こす気があるのならこのアラミス号はとっくに占拠されてますよ」

「でも」

 雄大は憤慨していた、主君筋の皇女が陣頭に立って戦うのを傍観するような連中のどこをどう信用すればいいのだろうか、と。

「将軍の敵は連邦宇宙軍ではありません、木星王家を処断した当時の連邦政府議員とその二世議員達、マグバレッジ議長とその会派です。仮に彼等帝国海軍がユイ様の意向を無視し、あのリオル大将に成り代わって連邦政府への復讐を果たしたとしても、その後が続きません。ユイ様のあの演説の後では尚更反発を招きます。だからこそ、彼等はユイ様のカリスマ性を必要としているのです」

「社長を旗頭に据える事が出来れば──反発を受けずに連邦議員達への復讐が果たせる、と?」

「ユイ様が持つ『悲劇の物語性』は仇討ちを正当化する力がある、私はそう思っています。両親を殺され人生を奪われた8歳の幼子の仇討ち物語は開拓惑星系移民の多くから支持されるでしょう。私もガッサ将軍も似たり寄ったりの俗物、私も気分が滅入った時、そういう怖い考えに至った事が幾度となくありました──ただ、それを実行に移した段階でユイ様の言葉は人々を導く力を失うでしょう。そんな個人的な復讐心のために私はユイ様を利用し、汚したくはない──彼等大公殿下一派と我々の違いはただその一点だけ──それだけです。でも絶対に譲れない一点だと私は思っています」

 雄大はゴクリと生唾を飲んだ、これで何度目だろうか。

 この決断を誤ると、雄大の周囲の色々な人が不幸になる。

 今、雄大は人生最大の決断を迫られていた。

「ユイ様は幼かったし、誰もあの約定の事を話してはいません。しかし、あの文書を見せられれば──お父上であるビルフラム陛下の遺言にも等しい文書である以上、ユイ様は喜んでセレスティン大公殿下の后となるでしょう。そして大公殿下が宰相として木星王家の舵を取る事になるのです。そうなればようやく終わりを迎えた地球閥(リオル)木星残党(ファルシナ)の戦いは恐らく、地球に住まう全ての人々と木星に住まう全ての人々との更なる不和に発展するでしょう」

 ──まだ若いセレスティンの代わりに軍人アラムール・ガッサが、木星戦争当時の地球閥議員の子孫やその縁者を処刑し、財産を没収する。

 かつて木星帝国が解体された時に行われた処断と同等の報復、これがガッサ将軍の望みであった。

「ガッサ将軍は当然の報いである、と申されておりました。これを聞かされた時、私は動揺を隠せませんでした」

(……軍人、融通の効かない、厄介な連中。1ギルダの得にもならないメンツのために周囲を不幸にする連中)

 守るべき国も、領土も、民もいない。

 ただ怨念のみにて現世に留まる亡霊。ガニメデの古戦場に漂い地球閥への呪詛をとなえ続けてきた『木星亡霊達(ジュピターゴースト)』──アラムール・ガッサ将軍の木星戦争は今もなお続いているのだ。

 ユイが示した高潔さと優しさを、そんな連中のために汚してはならない。

(ユイ社長がせっかく木星と地球の因縁を平和的に終わらせようとしているっていうのに!)

 雄大は拳を握り、一度目を瞑る。



『わたくしの事は守ってくれないの?』

『あんたを守ってあげるんだから──』

『わたくしの傍に、おいてあげてもいいかな、って──』


 ──話の続きは、この作戦が終わってから──

 雄大の脳裏に一瞬、金髪の愛らしくも凛々しい瞳をした少女の桜色に染まった顔がよぎる。

 自分に勇気を与えてくれた小さな女勇者。

 勇気を振り絞って何かを伝えようとしてくれていた少女。


 雄大はそのイメージを振り切るように首を振った。

 閉じていたまぶたを上げ、真っ直ぐに魚住の目を見据えた。

「魚住さん、俺──協力しますよ。いや、あんな素晴らしい人と結ばれるなんて、俺は銀河で一番の果報者です。俺がユイさんを一番近くで守ってみせます」

「決心、していただきましたか──」

 何故か少しだけ寂しそうに、落胆したかのような表情をする魚住の表情の微妙な変化、少しその変化に不安を覚えたものの、雄大はゆっくりと、そして大きく頷いた。

「でも、何で俺なんですか? そこだけはちゃんと聞かせておいてください」

 魚住はコホン、と一つ咳払いをするとPPを操作して雄大の履歴書代わりの公開可能情報と、本来非公開であるはずの情報も投影されて。上半身だけのホロデータに加えて細々とした経歴や幼年学校の成績や、匿名フォーラムでのIDまでもが表示される。

「──宮城さんがユイ様のお相手、皇配として相応しい理由は幾つかございますが──先ず第一に、客船おおすみまるの救助、そして今回の木星宇宙港の危機を救うために取られた英雄的行為です。この決断力、行動力、危機に際してのその冷静な判断力、これらだけでも十分過ぎる程だと私は考えています」

「あ、いやあそのなんか照れるというか……俺だけの手柄ではない、というか」

 雄大はむず痒くなった頭を掻いた。

「第二に、宮城さんの素行の大人しさと交友関係の希薄さです。漫画収集、金星アイドルグッズ収集、コラージュプログラム作成などジュニアハイスクールの男子学生(エロガキ)レベルの趣味しか持たず浪費癖は皆無。鏑木林檎さんに懐かれるように弱者へのいたわりや面倒見の良い美徳も備えてらっしゃいます。目上の者に対する不遜な態度や気難しくて融通が効かないという欠点は王族の一員となられるのであれば多少は目立たなくなりますしね。少し子供っぽいところのあるユイ様と似て気が合うかと。また女の影はなく隠し子の心配もない、悪い友人との付き合いどころか親しい友人すらいない。後々火種になりそうな人間関係が少ないというのは王家に婿殿を迎えるにあたり、かなり重要な要素となります」

 てっきり褒めちぎられると思っていた雄大は魚住のトゲのある言葉に予想外に大きなダメージを受けていた。

「──あの、友達いないとか、モテないとか、趣味がローティーンと同レベルとか、その──」

「真剣な話をしてるんですよ、黙って聞いていてください」

「はい……」

「第三の理由、これが決め手です。あなたの家柄と、そして現在はその家と不仲である、という事実です」

「親父と仲が悪いってのが決め手? どうして?」

「はい、木星帝国縁の者達の中にはガッサ将軍とその配下達のように地球閥を快く思っていなかったり、地球の手先である月市民達を鼻持ちならない奴らだと思う者が多いのです。ユイ様のお相手が月出身だというだけで憤る者達も出て来るでしょう。ですがその点、あなたは宇宙軍士官学校で好成績をおさめながら任官間近で教官を殴りつけて自分から士官学校を去りました。月や地球の価値観でいうとどうしようもないクズですが、木星帝国の臣民の立場から見ると、あなたは腐敗した宇宙軍に見切りを付け、唾を吐きかけて木星に身を寄せてきたなかなか見所がある青年なのです。月一等市民かつAAAライセンスを持ち、月駐留艦隊司令官にして幕僚会議の一員であるお父上のコネで出世が約束されたエリート──そんな人は普通、過去の遺物となりつつある国家、木星帝国になんか肩入れしませんよ──あれ? 宮城さん? どうしたんですか頭を抱えて」

「いいんです、どうぞ続けて……」

「皇配となられる方はその生家を捨て、ファルシナの家に入りますがこれに関してもお父上から半分見捨てられてる宮城さんならスムーズに手続きか運ぶ事でしょう。また生家を捨てる事が意味するところは大きく、格付けとして婿入り先を上に、生家を下に見るのを同義とする風習が現在の地球にはあるようです。表面上、宮城さんの存在は、木星帝国と月ないし地球との友好の象徴的存在となりますか、それだけでなく同時に月や地球を快く思ってない者達の溜飲も下げる事が出来るという訳です。そんなあなたであればガッサ将軍達も納得するのではないか、と」

「わ、わかりました──なんかこう、治りかけの傷口をこじ開けられて塩を塗り込まれたような気分ですけど」

「宮城さんとユイ様が既に恋仲にあり、マーガレット伯爵もそれを推している、という事をセレスティン大公殿下に、いえガッサ将軍に伝え、約定を反故にするつもりです」

 魚住はちらりと雄大の顔色をうかがった。

 魚住の思った通り、雄大は『マーガレット伯爵』の名前を出した時に頬が少し引きつったかのように軽く動いた。

「この件、マーガレットには?」

「いえ、伝える暇も無く」

 雄大は魚住の嘘をすぐ看破した、ハダムに相談する時間があったのに木星帝国の伯爵であるマーガレットに伝えていないのは変な話だ。

「あの」

 真剣そのもので厳しかった魚住の表情が弛み、そして寂しげな色を帯びた。

「──宮城さんはマーガレット様のことをどうされるおつもりなんですか?」

「ま、マーガレットは──」

(何なんだろう俺、この判断は間違ってないはずだし、俺は元々、あんな性格ブスの──高慢知己な奴の事、何とも思ってなんか──)


 勇気を出して、自分に何かを伝えようとしていたマーガレットの言葉を遮った。


『この作戦が終わったら──話の続きを』


(もしかしたら俺、とんでもなく酷い事を──)

「宮城さん」

 魚住は雄大の手を取る。

「私はユイ様が一番大切です、でもマーガレット様の事も負けず劣らず大切に思っています。あなたは、どうですか? 私の提案に乗る、という事は──マーガレット様を傷つけ、一生消えない深い傷を、あの御方につけてしまうかも知れない」

「俺に今更、そういう話をするんですか? ズルくないですか、それ」

「大公殿下一派の件さえ無ければ、私はあなたとマーガレット様の事を全力で応援し、祝福するつもりでした──マーガレット様と対等に付き合っていける男性はあなたしかいない、私はそう思っています、今でも」

 雄大は俯いたまま無言で立ち尽くした。

「もう少し、もう少しだけ時間には余裕があります。よく、考えて。あなたの偽らぬ気持ちを……私はあなたがどう決断しようと咎めはしません。文句は言わせません、誰にも」

 そう言うと、魚住は先に倉庫を出るべく握っていた雄大の手を離す。

 扉が開き魚住が出て行くとブリッジからの騒ぎ声が一際大きく聞こえてくる。ラドクリフとアラミス号のクルー達は酒でも入っているかのように、一緒になって陽気な唄を歌っているようだった──

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