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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
55/121

アヴァロン④

 銀河公社の受付嬢、都ノ城麻里は港に出て乗船規制を手伝っていた。

「大丈夫です! まだ乗れます、大型船は出払ってますが小型艦艇にはまだ余裕ありますから!」

 必死で大声を張り上げるが我先に、我先にと体格の良い人間や集団が列を乱すのを止められない。

 奇抜な服を着た年の頃24、5の女性が貴金属を握り締めて大声で喚く。

「私達が避難に使う船が足りないのはそもそもあのユイだかユウだか知らない小娘が民間船を引っ張ってったせいじゃないのさぁ! こんな目にあわせやがってェ! パパに言いつけてめちゃめちゃにしてやる!」

 取り巻きを引き連れ、近くにいた親子連れを突き飛ばしながらパンクファッションの女は列を崩しながら前進してくる。

「おどきよ、貧乏人!」

 倒れ込んだ親子連れの母親の顔面にネックレスを投げつける。

「あっ──!?」

「慰謝料だよとっときな──ほら、てめえらも道を空けるんだよ」

 麻里はたまらずそちらに駆け寄る、突き飛ばされた母親は膝を床で打って擦りむき足から血を流し、彼女のまだ幼い息子も転んだ際にどこか痛めたのか今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「ちょっとお客様!」

 麻里は女の肩を乱暴に掴む。

「ああン? なんだァ?」

「列を乱されては困ります!」

「てめ、公社の職員の分際で誰の肩掴んでると思ってんだゴラ! 貧乏臭い香水使いやがってド低脳の移民が! クセェ顔近付けてんじゃねえ整形コピー顔!」

 パンク女は両手で麻里の胸を強く押した。力がこもった容赦の無い突き。

 出来るだけ平静を装って『美人受付嬢』を演じていた麻里の顔が遂に怒りで崩れる。

「整形なんてしてないわよ! あんた何様? あの坊やとお母さんに謝んなさいよ!」

 麻里も凄い力でパンク女の肩を突き飛ばす。よろめいた女は益々顔面を紅潮させて口をへの字に歪めた。

「何様? お客様に決まってんだろーが! 公社の職員がお客様に手ェ上げてタダで済むと思うなよ?」

 パンク女はボディーガードらしき男達を呼んだ。

「おい、このイキがった乳女、好きにしていいぜ。おまえら公社の制服がソソるって言ってたろ? そこの柱の影にでも連れ込んで2人で剥いてムチャクチャにしてやんな。今なら誰も止めねえだろうよ」

「なっ──!?」

 麻里は頬を赤くして胸を押さえた。

「えっ、そんな事してたら俺らまで、逃げ遅れて──早く逃げないと」

「ヤベぇっすよ、流石に。それにこんなに人が見てる前で……俺ら社会復帰出来ないレベルの犯罪者じゃないスか」

「つべこべ言ってんじゃねー! 誰のおかげで底辺移民のくせに今までいい思いが出来たと思ってんだクズヤロー! この整形ホルスタインを裸にひんむいて後悔させてや──」

 パンク女が麻里から目を逸らした隙に、腰の入った麻里の右フックがパンク女の顎に炸裂する。そのまま打ち抜かれ脳を激しく揺らされたパンク女は最後までセリフを言い切る事なく膝から崩れ落ちた。瞳は左右バラバラな方向を向いて焦点が定まらず、開ききった口からだらしなく血が混ざった涎を垂れ流していた。


「受付嬢なめんな、クソお客様!」


 今まで喧騒に包まれていた港の一角は麻里の一発で完全に静まり返った。

「ホラ、そこの背広のお客様! ちゃんとニ列に並んで前に詰めて!」

 目つきが普通じゃない麻里に指された壮年の男性はぎょっとしてペコペコ頭を下げながら前に詰めた。

 取り残されたボディーガード達は呆然として麻里と完全にのびてしまった自分の雇い主を交互に見比べていた。

「他のお客様のご迷惑になりますので、恐れいりますが『クソお連れ様』を連れて最後尾に並び直していただけますか?」

 麻里はいつもの営業スマイルを作るとボディーガードの男に笑いかけた。

 何事も無かったかのような麻里の笑顔に底恐ろしい何かを感じたボディーガード達は、ひっと軽い悲鳴を上げる。パンク女を抱え上げると列の最後尾に向かって駆け出した。


 この後、列を乱す者は一人もあらわれなかったという──



「牛島さん、どうなんでしょう。急げませんか? このままですと……」

 ユイはそわそわしながらブリッジのビューワーに映る牛島調理長を急かした。ユイはマーガレットがあわやリオルに殺されそうになるという衝撃的なシーンを見てから情緒不安定になっているようだった。何度も何度も牛島に進捗をたずねている。

「牛島さんだけが頼りなんですよ?」

「い、いえ──そうは申しましても。これはそう易々とコマンドを解除出来る物では。ポジトロニック・ノードという物は単純なコンピューターのハッキングではなく一人の成熟した技術者との知恵比べと言いますか──その、申し訳ございません」

 どことなくだが牛島の声にはいつもの余裕が感じられない。

「おいあのロボット大丈夫なのか? 最初は自信満々だったのになんか段々弱気になってないか?」

 ぎゃらくしぃ号に乗り込んだラドクリフは隣の雄大の肘を突く。

「ポジトロニック・ノードは自我を持った人工知能で、経験を蓄積しながらほぼ無限に進化していく究極の知性体なんだよ。昔、学会でノードに人権を与えるかどうかでさんざん揉めたらしくて──」

 雄大はラドクリフに向き直って早口で説明を始める。藪をつついて蛇が出た、ラドクリフは雄大の口を一度左手で塞いだ。

「──えーと、つまり?」

「コンピューターの専門家でもコマンドの上書きは難しい、ってこと。一番詳しい牛島さんがやっても駄目ならお手上げだよ」

 ああ、と嘆息するとラドクリフは苛々した様子で頭を抱え込んだ。

「おい、このままだとデカブツごと俺達まで木星宇宙港に突っ込むぞ? どうすんだよ」

「魚住さん達がぎゃらくしぃ号の前にある無人船の残骸を除去してくれてる安心しろ。俺達は無事に逃げられる」

「──いやでも、根本的な解決にはなってねえだろ」

「勿論だよ──このキングアーサーがぶつかる前に皆で破壊するんだ」

「破壊ってこれをか?」

「ああ、何とかなるさ」

 ラフタがコンピューターに計算させた結果を、雄大は予め聞いていた、正直なところ一旦動き出したこの質量を完全に破壊し尽くすのは無理だ。木星宇宙港への被害は甚大な物になるだろう。

(避難が滞りなく進んでいればいいけど……下手したら大惨事だ)

 ラドクリフは雄大の渋い顔を見て雄大の言ってる事が気休めであることを見抜いた。

「──おいおい、確証が無いんなら気休めでも嘘は言うなよ。ホントに壊せんのかよこれ? レイジングのレールガンぐらい持って来ないとどうにもならんのじゃないか?」

「出来る限り、やるしかない。ベストを尽くすしか無いんだ」

「そうだけどよォ、雄大……」

 リオルの置き土産にどう対処してよいかわからない、海兵隊の手に負えないレベルの災害が起きようとしている、間違いなく民間人への被害が出る。ラドクリフは何も出来ないのが悔しかった。

「牛島、そろそろ戻らないと──牛島がぎゃらくしぃ号に帰れなくなる」

 ラフタがそわそわしながらモニター上のキングアーサーと木星宇宙港の距離を計って熱心にシミュレーションしている。

 牛島調理長は、うーんと唸る。

「これまで、ですかな──残念です、面目ございませんでした……」

 ふざけた様子は微塵も感じられない。いつもどこか余裕を見せてくれていた牛島の気落ちしたような声はユイを殊更不安にさせた。


「はっ──ふ、ふぇっ、ヘッキシ!」


 ラドクリフの後ろで大人しくしていたモニカが大袈裟なくしゃみをする。

「おいモニカ! 緊張感ねえヤツだな、なんだよこんな時に。邪魔するならロン達のとこに戻って怪我人の手当てでもしてろよ」

「んもぉ、いいじゃんクシャミぐらい──それよっかさ、この船、もしかしてネコ乗ってる?」

「いるけど……」

 ラフタの膝の上には雄大が脱出ポッドごと救出した猫が乗っかっていた。

「あ~やっぱりね──私、猫の毛アレルギーなのよ」

「抜け毛が出にくい種類なんだけどな……なあお前」

 ラフタは不思議そうに猫の喉を撫でた。

「でもこの感覚は間違い無いよ、絶対ネコの毛」

 モニカは手で鼻を押さえる。

 雄大は、ふっ、とこの猫を渦で拾った経緯を思い出した。

「あれ?」

 口をパクパクさせながら雄大はラフタの膝の上に乗った太った猫を指差す。

「あーっ! そうか! そういう事か!」

 大声で叫ぶ雄大にユイが声を掛ける。

「み、宮城さん? 何かあったんですか──」

「暗号文ですよ、社長!」

「あん、ごう?」

 目を丸くして首を傾げるユイ皇女。

「社長、ちょっと俺、今からキングアーサーに戻ります!」

 ユイはその瞳をぱちぱちと何度もまばたきさせ、目前の年上の青年の突拍子もない言動に面食らって肩を震わせた。

「え? だ、ダメです──そんな」

「雄大、なんかピーンと来たか?」

 ラドクリフはニヤッと笑うと左拳を前に出した。雄大もニヤッと笑うと右拳を出し、2人はコツンと軽く拳をぶつけ合う。

「ああ、任せておいてくれよ。港だけじゃなくてこのでっかい証拠物件も無事に宇宙軍に引き渡せそうだ」

「なんか手伝うかよ? メイアイヘルプユー? ヘヘッ」

「よし、じゃあ動けるエグザスがあれば送っていってもらえると助かる。歩くより断然速い」

「その言葉を待ってたぜ兄弟! おいモニカ、お前のエグザスは活動限界まだまだだよな? 借りるぞ!」

「う、うん。いいけどさ」

 雄大より早くラドクリフが動き出した。ごめんよ、と言いながらラフタの座る通信士席の上に乗った。驚いて首を引っ込めるラフタの頭上をジャンプしてまたぐと騒々しくブリッジを飛び出した。

「じゃ社長、俺も──」

 駆け出そうとする雄大の右手をユイの右手が掴む。

「──駄目ッ!」

「社長?」

 陶磁器のような白い手首。手の甲の美麗さとは裏腹に、ユイの手のひらは少しざらついていた。檻の中で軟禁状態で生活していた彼女は自炊もするし、自分で洗濯もする。

(そう言えば洗濯物やタマネギが干してあったりしたよなぁ)

 ちょっとざらついた部分もあるけど、暖かい手のひら。

 雄大は母親の手のひらの感触を思い出す。

「行ってはなりません!」

 真剣な顔。

 その銀河のような煌めきを内包した、奥行きを感じさせる黒い瞳は真っ直ぐに雄大を見つめていた。

「大丈夫、大丈夫ですよ」

「──大丈夫じゃありません! 馬鹿な事はしないで!」

 ユイは下唇を噛み、目を瞑って何度も首を横に振る。そんなユイの不安を拭うようにユイの右手に左手を重ねた。

「──あなたから見れば、俺は頼りなく見えるでしょうけど」

「宮城さんはぎゃらくしぃ号のパイロットなんですよ? 持ち場を離れないでください!」

 雄大は照れたように苦笑いをする。

「社長命令ですよ!?」

「今は一刻を争うんで。失礼します」

 少し力を込めてユイの右手をほどく。

「じゃあ私も一緒に!」

 少し涙声になりながらユイは雄大の手を離さないように必死で抵抗する。雄大とアイコンタクトを取ったモニカが後ろからユイの腕を掴んで抑えつけた。

「な、何をなさいますか!? 無礼な!」

「お姫様、行かせてやんなよ。ラドが付いてるからあんたの彼氏も大丈夫さ」

「モニカさん悪いね、ウチの社長をよろしく──ラフタ、ぎゃらくしぃ号を頼んだぞ」

「任せといて。一応、この船の操縦は僕の方が先輩だしね」

「アハハ、そういやそうだったな」

 ラフタと雄大は心臓に親指を押し付けて火星式の挨拶を交わす。

「行って来ます!」

 最後に、雄大は半狂乱気味のユイに向かって笑顔で敬礼した。

 駆け出す青年の後ろ姿に向かって、少女は叫んだ。


「嫌です! 宮城さん──雄大さん! 一人にしないで!」


 ユイの絶叫に後ろ髪を引かれる思いで雄大は走った。



 魚住のアラミス支店号がつっかえ棒のようになっている大型トラックに最低出力の粒子砲を浴びせる。木星の旗を掲げていた謎の船団もそれに呼応するようにその周囲に対空機関砲による掃射を行い、ぎゃらくしぃ号が通る道幅を確保する。

「助かります閣下」

『これぐらいの手助けならば問題は無かろう』

 アラミス支店号ブリッジのビューワーに映っているのは肩幅の広い男、威風堂々とした壮年の軍人であった。白いものこそ混じっているが如何にも前線指揮官らしく雄々しく短く刈り上げた頭髪、古めかしい軍服──正式な木星帝国海軍の礼服である。

『皇女殿下はご無事なのだろうな、魚住』

「はい」

『さすがはビルフラム陛下のご長女であらせられる、奇策を用い寡兵の不利を覆す手腕の見事さよ。魚住も侍女の身でありながらよく支えておる、これからの我が帝国は武によって成り立たねばならん、この調子で忠勤に励めよ』

「恐れ入ります」

『しかしな、将帥の器である事は認めるが皇女殿下には元気な世継ぎを早く産み、育ててもらわねばならぬ、今後このような捨て身の奇策は控えてもらう。側近のお前からもやくやくと申し伝えよ』

「店長、ぎゃらくしぃ号が自力で脱出可能なレベルになりました。後はシールドで弾き飛ばしてもらいましょう」

 アラミスのブリッジクルーが魚住に報告する。

「よくやったわ、宮城さんに連絡して」

「はい店長」

『……店長?』

 軍人は怪訝そうな顔をして魚住を見る。

「はっ、表向きは武装商船という事になっておりますれば……そのう」

 くだらぬ、と言わんばかりに眉をしかめて目を細める。

『銀河に冠たる木星王家が商人の真似事とは……まあよい。それでは後ほどな』

 軍人が後ろを向いて人差し指を下に振ると交信が途切れる。

「通信途絶、木星帝国海軍、順次離脱していきます」

「私達も離れましょうか」

 蓄電変電施設が爆破された事で出力が安定せず最高速にこそ達してはいないが、キングアーサーは次第に速度を増していた。

 魚住は生唾を飲む。

(木星宇宙港にこんな物が衝突したら──)

 ぎゃらくしぃ号のワープドライブコアが唸りを上げる。めきめきと残骸の山を突き破ってハイドラ級巡洋艦の艦首が顔を覗かせる。シールドで弾き切れない破片がぎゃらくしぃ号の船体にぶつかり引っ掻き傷を増やしていく。表面の塗装や派手な電飾は削げ落ちて地金が剥き出しになる。ぎゃらくしぃ号は最早商船と言うよりは完全に軍艦の顔をしていた。

「宮城さん? ユイ様とお話出来るかしら」

 魚住が呼びかけるとビューワーにぎゃらくしぃ号のブリッジの姿が映る。

 艦長席に突っ伏して肩を震わせているユイとその背中をさすり労るモニカの姿が映し出された。操縦棹を握っているのはラフタだった。

『えっと──社長はちょっと。本人は大丈夫なんだけど、今はちょっと話せそうにないかな』

「殿下? あ、宮城さんはいないの?」

『あ、えーと、実は今、雄大はキングアーサーに残ってる……それで社長、泣いちゃって』

 ラフタの拙い説明では経緯がよくわからないが、どうも雄大が大変な状況にあるのは魚住にも理解出来た。

「な、何してんのよあの子は~! 死にたいの?」

『雄大、凄く自信ありそうだった。信頼していいと思うよ』

「何よその根拠の無い自信は! と、とにかくぎゃらくしぃ号は安全なところで待機して! ユイ様とマーガレット様を絶対にお守りするのよ。ラフタ、本店はあなたに任せます! 交信終了!」

『勿論、任せておいて。交信終了』

 ぎゃらくしぃ号は速度を上げてキングアーサーから、木星宇宙港から遠ざかる。

 魚住はガン!ガン!と床を踏み鳴らして苛立ちを露わにした。

「ああもう! なんて馬鹿なのかしら最近の若い男の子って! いざとなったらこの支店ごと突貫して宮城さんを救出します!」

「え? 宮城って新人操舵士の命に店長や俺らが命張る価値あるんですか?」

「店長~勘弁してくださいよ!」

 ブリッジクルーの顔が青ざめる。

「宮城さんはマーガレット様の大事な人なんです、何としても死なせる訳には!」

「そ、そーなんですか……?」

「あ、あのマーガレット様と付き合える男がいるなんて」

 驚愕するブリッジクルーの男達。

「そうなのよ、非常に得難いドM、もとい非常に得難い特異な人材なのよ! わかったらキングアーサーをスキャンして宮城さんの位置を特定しなさいな」

「あ……でもどうやってスキャンすれば?」

 魚住は口応えした通信士の頭にグリグリと捻りながら両の拳を押し付けた。

「いだだだっ?」

「それぐらい自分で考えなさい!」


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