アヴァロン②
ラドクリフ達と看守ロボットが現れた事で状況は一変した。
9人のニース達防御側による射撃に対して攻撃側の10人のエグザスはニースと1対1の形で接近戦を仕掛ける事が可能になったのだ。被弾に構わず突撃してくる看守ロボットに突破口を開かれたニース達の連携は崩れ、それぞれのニースにエグザスが食らいつく。
一旦接近を許すとの打撃はエグザスには有効ではなく大型の銃火器も接近戦では取り回しが悪いためその性能をフルに発揮出来ない。
一気に形勢は木星側に傾き、マーガレットの到着を待たずしてニース達の抵抗は止んだ。
看守ロボットが隔壁を破ると活動限界で動かなくなったエグザスを降りたラドクリフがショックガンを片手にキングアーサーのブリッジに飛び込む。
「こいつは──夢の国、いや教会の大聖堂みてえ場所だな」
戦艦の艦橋とはまた趣の異なる、荘厳な雰囲気。金細工で縁取られた白塗りの壁にステンドグラス。ゴシック風の柱には魔除けの像が張り付き、大理石調の床面には赤い絨毯が敷かれている。
戦艦のオペレーションシステムらしき設備の奥、数段高い位置に玉座がしつらえてある。その椅子に座りラドクリフを見下ろすのは飾り気のない白い衣服を来た金髪の少年と、背筋を伸ばし毅然と口を真一文字に結んだ威厳ある老宰相の姿がそこにあった。
「ようやく会えたな、リオル大将閣下。あんたの身柄を拘束する」
「来たか宮城の犬──陛下の御前である、跪かんか」
「なんだって? ついにボケたか後期高齢者。ひざまずくのはお前の方だよ」
「リオル──」
少年は不安そうな表情でリオルの袖を掴む。
「陛下、この不甲斐なき臣をお許しください。なれどこのリオル、命に代えましても陛下だけはお守りする所存。後事はトゥエルブに任せてあります。陛下さえご無事であれば再起の機会もございましょう」
玉座が床ごとスライドし壁の奥に引っ込んでいく。
リオルは、目に涙をため自らの袖を掴んで離さない少年の指を解いた。
「おさらば、でございます陛下。この老骨冥土のみやげに良い夢を見せていただきました」
「おい何をやっている? 今の子供は誰だ! 人質か?」
ショックガンを撃ちながら玉座に迫るラドクリフ。
「不粋な」
リオルは老人とは思えぬ身のこなしでマントをたなびかせながら玉座のあった高台から飛び降り、剣を抜いた。儀礼用の物ではなく、しっかりと研がれた刃を持つ小剣だ。
「貴様も武人ならば剣ぐらい使えるだろう?」
「残念、ハルバードしか使えん」
「それは結構」
リオルが剣の切っ先をラドクリフの左後方に向ける、そこの柱に矛が立てかけてある。
「お、おいマジか?」
「伊達や酔狂でやっているのではない!」
俊敏な動き、リオルは腰を落とすと剣を逆手に構え、飛び込んでくる。
「狂ってるぜ!」
ショックガンの射撃を紙一重でかわすリオル。剣でフェイントをかけ、左足でラドクリフの右手を蹴り上げる。トリガーに指をかけていたラドクリフの人差し指がおかしな方向に曲がり、痛みでショックガンを取り落とす。
「どうした? 海兵隊とはその程度か?」
「さっきのおんなじ顔した女ミュータントといい、クソジジイ! てめえら一体何者だ?」
ラドクリフは脱臼した第二関節を元に戻すと手近にあった小剣を取り、左手で持って反撃する。
「聞きたければ後でじっくりと講義してやろう。しかし今はこの私に付き合ってもらう。決闘に集中しろ。光栄に思えよ、お前が私の112年に渡る人生最期の相手なのだ」
◇
「はあ?」
海兵隊の一同がラドクリフの後からブリッジになだれ込む。眼前で起こっている事態があまりに想定外過ぎてロンが素っ頓狂な声を上げる。
バランスよくついた筋肉、大きな肩幅、恵まれた肉体を持つラドクリフが腕の細い老人に馬乗りされ足掻いていた。喉に剣を突き立てようとするリオルの腕を掴み必死に抗っている。
剣を使っての1対1の決闘、悪の親玉のベテラン俳優に追い詰められる売り出し中の新人俳優──そんな茶番めいた、何とも時代錯誤な時代劇めいた状況だ。
「ラド、爺さん相手に何をやってる!? 相手は100歳超えてるんだぞ?」
「俺にもよくわからねえ、な、なんか知らんがジジイのペースに乗せられちまって──! ていうかこのクソジジイ、クソ強いんだよ、クソが!」
「退きなさい!」
ユーリ小尉がロンを押しのけてショックガンをリオルに浴びせかける。リオルは飛び退いて側転する。
「女はいかんな、つくづく決闘の美学を解さない生き物だ」
リオルは舌打ちして柱の影に隠れてユーリの射撃から身を隠す。
「往生際の悪いジジイだぜまったくよ! 痛てて」
右手を押さえながら這いつくばるかのようにロン達に合流するラドクリフ。
「ぶっ殺す、どころか反対にリオルに殺されそうになってたぞ」
「畜生、格好悪いとこ晒しちまったな」
柱の向こう側から声がする。
「誰か私の最期に相応しい、剣の相手を務めてくれる真の戦士はおらぬのか」
「言ってろクソジジイ」
ラドは悪態をつく。
「リオル・カフテンスキ大将、大人しく武器を捨てて投降しなさい。もう貴方一人なんです、勝ち目なんて微塵も残ってない。これ以上の無様な抵抗はナンセンスだわ」
ユーリが不機嫌そうな声で呼ばわる。
「誇りをかけた決闘の意味、滅びの美学を解さぬ罪深い生き物よ、汝の名は女なり、か」
リオルは失笑しながら返答する。
「もう少し私の自己満足に付き合えってくれたまえよ、海兵隊の諸君」
ラドクリフとロンが歯噛みをしていると、アンダースーツ姿の少女が現れる。少女はユーリの構えているショックガンを押さえて下げさせると柱に掛けられていた小剣を引き抜いた。
「えっ、あんた誰?」
少女は前しか見ていない、ロンの問い掛けも耳には入っていないようだ。
ロンとラドクリフはその凛々しくも勇ましい顔つきの少女を見て驚く。小さく華奢な体格ながら、風格だけは元帥にも引けは取らないだろう。
「リオル・カフテンスキと申したかッ!」
少女は口を開くと朗々とした声で敵の大将の名前を呼ばわる。
「ほう、お前が相手を?」
剣を手に此方へ歩み寄ってくる人物の姿をしっかりと確認せんと、リオルが柱の影からゆらりと姿を見せた。
「決闘の意味を解する女がここにいるぞ!」
「小娘、何奴?」
「かつて木星にその人ありとうたわれたアレキサンダー・ワイズ伯爵の子孫、マーガレット・ワイズ伯爵だ! 木星第一皇女、ユイ・ファルシナ殿下の名代として貴殿の望み1対1の決闘、受けて立つ!」
「木星亡霊、第一の配下か。それはそれは──」
ユーリは舌舐めずりをしてショックガンを構え直す。収納されていたスコープを引き出し、リオルの頭をその照準にとらえる、しかしその銃は何者か抑え込まれた。
雄大に付き添われたユイ皇女は首を振り、銃を下に向けさせる。
「お姫様? 万が一があったらあなたのお友達が──」
「いいんだよユーリ小尉。これは殿下とあの老人の闘いなんだ。当人同士の好きなようにやらせてやろう。リオルの逮捕はそれからで構わないだろう?」
エグザスを着込んだハダム大尉がユーリからショックガンを取り上げる。
ロンは両手を上に上げて肩をすくめ、ラドクリフはつまらなそうに腕組みすると目を閉じた。
「大尉達までそんな馬鹿な事を言う!」
勝手にしなさい、と言いながらユーリは後ろに下がった。
「貴方がリオルですね」
「ユイ皇女に、宮城の小倅か? お前達がここに居るという事は──そうかやはりレムスは既に敗れたのだな」
老人の顔が寂しげに曇る。その表情を見たマーガレットは目を伏せ、口を開いた。
「あの戦士は、わたくしと闘い敗れ、そしてわたくしの部下の手によってとどめを──」
「そうだったか、これ以上の相手は望めぬな」
「ご老体、よろしいかな? 始めましょう」
「ウム、容赦は不要だ。此方も小娘と侮る事なく本気でやらせてもらおう。それが礼儀だ」
リオルは後ろ手に小剣を構え、マーガレットは左手に剣を持ち刃を寝せて水平に保つ。
マーガレットはチラリ、とユイと雄大の姿を横目で追う。しっかりと寄り添う二人の姿が目に飛び込み、少女の心を揺さぶる。
マーガレットは震える唇を噛み締め、動揺を抑えた。
「──容赦は要らぬと言ったぞ!?」
その一瞬の心の乱れを突いてリオルの刃がマーガレットを襲う。
(しまった──!)
「メグちゃん!」
ユイが悲鳴を上げる。
切っ先がマーガレットの左脇腹を掠める。
「チィ、浅いか!」
アンダースーツに血が滲む。
「大丈夫ですユイ様! ご心配なく!」
「信じてますよ」
「お任せを!」
飛び退いて間合いを測るマーガレット。
柱を足場にして蹴り上がり、高く跳躍して剣を振り下ろすと見せかけて、マーガレットはリオルが防御のために出した右腕を掴んだ。
「な、なんと!?」
マーガレットはそのままリオルの腕を捻りながら着地すると足を払って老人を床に叩き伏せた。その衝撃で固定された肘関節が曲がり脱臼する。
リオルが苦痛の叫びを上げる前に左手に構えた剣を逆手に持ち替えるとその腹に突き立てた。
「ガッ──?」
おおっ、と様子を見守る海兵隊員から歓声が上がった。
「おいすごいぞあの娘、マジかよ」
ラドクリフとロンはマーガレットの軽やかでキレのある動きに感嘆の声を上げた。
「お、お見事──あ、ぐ……」
リオルは苦しみ悶えながらもごもごと口を動かす。
「どうやらわたくしの勝ちのようですね」
「ぁ、ぁぅ……」
仰向けに倒れたリオルはどこか宙空を指差しながら小声でもごもごと何事か喋り出す。
「え? 貴方、何か言いたい事でも? あまり喋ると──」
顔を近付けたマーガレットを見てリオルは会心の笑みを浮かべた。ギラギラとした瞳は未だに闘志を失ってはいなかった。
「プッ──」
「なっ?」
リオルは猛烈な勢いでマーガレットの顔面目掛けて何かを口から高速で吹き出した。咄嗟に左手でそれを庇う、手首の周辺に鋭い痛み。
(針──ど、毒!)
針を引き抜くが、毒は既にマーガレットの身体の中に入り込んでいた。目前の光景が微かに揺らぎ、耳から聞こえる音が遠くなる。
(何の毒? 神経毒?)
「勝負は貴殿の勝ち、その若さでアレキサンダー伯爵に勝るとも劣らぬ腕前、感服致した。しかし、レムスの仇となれば話は別よ。奴も独りでは寂しかろうて、英雄の死出の旅路の供をしてもらおうか」
リオルは自らの腹に突き立てられた剣を無事な左手で引き抜くと尻餅をついて頭を揺らすマーガレットを蹴り倒し、その肩を足で踏みつけ、剣を振り上げた。
(不覚──)
リオルの左脇腹を一発、二発とヒートガンの熱線が貫く。
マーガレットの身体は痺れ、動きを止めたが意識だけは研ぎ澄まされていた。その目には全てがスローモーションで映る。
ヒートガンを構えた雄大が、剣を落とし血を吐くリオルを突き飛ばして自分を抱え込む。
(ああ、まさか──コイツなんかに助けられるなんて。なんて事)
口は開くが声は出ない。
(ユイ様、ユイ様がご無事で何より──でも、申し訳ありませんでした。このマーガレット一生の不覚)
怒号飛び交う中、ユイと雄大が今にも泣き出しそうなほど顔を歪めて自分の身体を揺さぶる。
(鏡が見たい、わたくし、今どんな顔をしてるの? コイツにだけは変な顔、見られたくないよ──)
◇
モニカが医療キットを取り出してマーガレットに打ち込まれた毒の種類を調べる。
「大丈夫、単なる麻酔みたいだから──処置が早ければ後遺症も出ないはずよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ユイはまるで重い病に苦しむ我が子を慈しむ母親のようにマーガレットにしがみつく。
「ごめんなさい、ごめんなさいメグちゃん──」
「そうだよお姫様、あんたの責任だからね」
ユーリはユイに厳しい言葉を浴びせる。
「忠告を聞かず、すみませんでした。挑発に乗り鎧無しの勝負など認めるべきでは──私はかけがえのない友人を失うところでした」
ユイは薬を打たれて眠りこむマーガレットの額に頬を寄せながらユーリとマーガレットに詫びた。
「たまんないのよね、そういうの。そんなに大事な人なら戦場になんか出さなきゃいいのよ」
「はい、本当に──その通りですね。言い訳のしようもございません」
ユーリはユイの姿に自分の家族、母親の姿を重ねた。厳しい表情のまま、目に溜まった涙を拭う。
「こっちも何とか息はあるらしい、このジジイはつくづく不死身だな。ヒートガンで内蔵焼けたら普通は即死だぜ」
エルロイとロンが重傷者用の冷凍スプレーを完全に意識を失い昏倒しているリオルに吹きかけていた。
「よお、やったなヒーロー。お前がそんなに射撃が得意だったとは聞いてなかったぞ? こいつこっそり練習してたな? ウリウリ」
人差し指に添え木を当て包帯を巻いたラドクリフが雄大の頭を左手で小突く。
「痛いっておい、やめろよ。無我夢中でやったら何とかなっただけさ」
「これで俺らも任務完了だ。しかし殺さぬ程度にうまいとこ撃ってくれて助かったぜ、あのジジイにゃ聞かなきゃならねえ事がたんまりある」
雄大は苦笑いしながらラドクリフに耳打ちする。
「ここだけの話にしておいて欲しいんだけどもな──俺はリオル大将の頭を狙ったんだよ」
「何だって?」
「俺にはやっぱり銃は向いてない、確信した。マーガレットに当たってたかも知れないと思うとゾッとするよ」
「うへえ……ちょっと笑えないな」
「いまいち冴えないよな、俺達」
「一緒にするな、と言いたいところだが今回は俺もダメダメな感じだ」
雄大はヒートガンを見ながら、ラドクリフは脱臼した指を見ながら2人して渋い顔で溜め息を吐いた。




