本店と支店
雄大もリンゴも。
遠く故郷を後にしてはるばるアラミスまで職を探しに来たわけで。特に行くアテがあるわけでもなく……
ウオズミに案内されるがままに2人は北極ポート内にある観光ホテルに通された。
明日の昼過ぎに社長の宇宙船がやってくるらしいので、そこで社長と直接契約の話になるらしい。
「じゃ私は今日のところはこれで。お二人とも長旅お疲れ様でした。ここの宿泊費はウチの社からの就職祝いという事で。どうぞご堪能くださいませ」
ウオズミは2人のPPにルームキー登録をする。これでPP端末が部屋の鍵代わりになる。
「それではまた明日」
2人はウオズミに頭を下げる、リンゴは彼女が見えなくなるまで手を振っていた。
「いやだぁ、こんな高級旅館に泊まるなんて初めてだで、なんか緊張すっべな!」
リンゴは目を輝かせた。ホテルのロビーでぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを身体全体で表現する。
「良かったな面接上手くいって」
「これも皆ミヤギさんのおかげだぁよ。ミヤギさんはおらの幸運の女神様だべ!」
「女神ではないけどな、ほら、はしゃぐなら部屋の中にしとけ」
雄大はリンゴと一緒に部屋に向かう。
「お前は503号室、俺は斜向かいの501号だ。じゃ、またな。明日に備えて早く寝るんだぞ?」
雄大は501号室のロックを解除して部屋の中に入る。南国風にまとめてあり、なかなか広い。
「あー、ようやく人心地ついたな……ようやく独りになれた」
雄大はベッドにごろりと横になった。
PPを部屋のアダプターに接続してシアターシステムを起動、お気に入りの番組に合わせる
「先週放送の分も録画してあるしな」
ビデオが再生されると金星のアイドルグループ、パルキーパルフェが水着でテニスを始めた。徹底的なローアングルと生着替えが売りの低俗お色気番組「もぎたてパルフェ」である。
「おおお! 今のプレーは凄かったな、あるるナイスガッツだ!」
リーダーのアルルがクールなお姉さんキャラのシャロンを撃破、これでシャロンはペナルティーとして水着のブラを外した状態で試合続行しなければならない。
「き、きた! なかなか脱がないシャロンちゃんの手ブラプレイ! あるるグッショブだ!」
「なあミヤギさん。なして負けたら脱ぐだか? あれじゃおっぱい隠すのに使うから片手が使えないだぁよ」
「生乳を晒す恥ずかしさに耐えて両手を使うかどうかの判断を迫られるんだ。視聴者はその葛藤を楽しむんだ」
「ぴゃああ……なかなか過酷でえっちな試合だべ……シャロンちゃんにはなんとかおっぱい見えないように頑張ってもらいたいだな」
「わかってないな、この千載一遇の機会を逃したらシャロンちゃんのポロリは半永久的に拝めないぞ? あるるのポロリはもう何度もあったし」
「この子は何度もポロリしてるんだべか……」
雄大の隣にはいつの間にか体育座りのリンゴがいた。興味津々の様子で脱衣テニスの行方を見守っている。
「な、なっ、なにしてんの!」
今更ながらリンゴの存在に気付いた雄大は慌ててビデオを止めるとベッドから飛び退いた。
「あぁん、何するだか……まだ試合の途中だべ?」
嫌がる少女を無理矢理部屋から追い出そうとするが柱にしがみついて全く動く様子がない。
「せっかくホテルに遊びに着てるのに独りでいるなんて退屈なんだもん!」
「良い子だから部屋に戻ってお風呂入って寝なさい!」
「リンゴ悪い子だからここでおっぱいテニスの続き見る」
引き剥がそうとするがとても少女のものとは思えない力で柱に腕を回している。
30分ほど格闘したが遂に雄大の方が根負けしてしまった。
「……わかった、わかった……もぎたてパルフェ見ていいから……」
「やったー!」
「その前にお風呂入ってきなさい。女の子はそういうとこもっと気にした方がいいから」
「……おらちょっと汗臭いだか?」
くんくん、と自分の脇の臭いを嗅ぐ。
「ついでにウォッシュサービス呼ぶから。洗濯物を出してだな、えーと……そもそも内風呂の使い方、知ってる?」
「大浴場のある旅館なら行った事あるだども……」
「ほら、わからなかったらPPで検索して……いよいよの時は俺のPPに連絡して」
「ええ湯加減だっぺなー!」
風呂上がりのリンゴの肌は上気して健康的な色気を醸し出していた。バスローブを着た少女を直視しないようにして交替でバスルームに入る。
(女の子の浸かった湯船に入るとか、なんかこれ凄い変態みたいな……)
いや、深く考えるな。雄大は自分自身に強くいい聞かせた。カエルのケロっぺみたいな顔をしたいたいけな少女に邪な感情を抱くほど自分は屈折してないはずだ。
「……」
ホテル、湯上がりの少女、ベッドの上で2人して肩を並べておっぱいテニスを鑑賞しているという状況、他人に誤解するなという方が難しいだろう。
その後、しばらくは彼女が興味を示した短編映画を一緒に見る事にした。
三本目の映画、ホラー物の序盤でやけに静かになったと思ったら少女は既に深い眠りに落ち静かに寝息を立てていた。彼女が大事そうに手元に置いている持ち物、やたら年季の入ったヒートガンと古い御守り札。きっと彼女の両親が娘のために持たせた物だろう。
(無邪気なもんだな……)
雄大は少女をそのまま寝かしつけると自分もソファの上に横になった。
翌日、ウオズミが運転する車に乗って2人は北極ポートにやってきた。通用口で港内でも走れる小型カートに乗り換えて広い港の中を奥へ奥へと移動する。
「ほら見て、あれが『ぎゃらくしぃ本店』よ」
ウオズミが『本店』と呼ぶのは連邦宇宙軍の最新鋭高速巡洋艦ハイドラ級と良く似た形状で艦首はなかなか厳めしいシルエットをしていたが艦底の部分がぷっくり膨らんで
おりなんとなく中年太りのおじさんかユーモラスな深海魚のようにも見えてくる。そして大きく「千客万来 ぎゃらくしぃ」の電飾が見える。おおすみまるの全長、全幅を大きく上回り、かつて雄大が乗り込んでいたパトロール艦シャイニーロッドよりも大型の対艦武装が搭載されている。
「軍艦みたいな形状なんですね? なんか最新鋭の88ミリ三連対空ユニットと対潜爆雷散布機が付いてるような気がするんですけど……」
「格好いいでしょ?」
「ミヤギさん、物知りだべなぁ」
リンゴには船の違いの事などよくわからない、無邪気に眺めて大きさに感心するだけだ。
「で、あれが私が任されてる『ぎゃらくしぃアラミス支店』ね」
此方は旧型の強行偵察艦をベースにゴテゴテと装備を追加しまくって改装した海賊も真っ青の改造艦で、本店よりふた周りほど小さいが商船とは思えないような大型推進ユニットを積んでいた。
「あれは次元潜航ユニットに、電子暗幕ですか?」
雄大はいまいち状況が飲み込めない。
(これってアラミス駐留軍の装備よりえげつないのでは)
「話が早くて助かるわぁ、支店の方もいつか宮城さんに操舵してもらいたいわね」
ウオズミの笑顔の意味するところが理解できないまま、雄大は愛想笑いを浮かべるしかなかった。