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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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レムスの逆襲③

 超優性遺伝子的怪物にして人類を新たな段階へと導く宰相。

 怪老リオルがそう評する男、レムスの衣装は古代ローマ人のような簡素な物であったがその見た目はどんな華美な衣装を身に着けた男性よりも美しかった。

 男性の持つ力強い肉体美の魅力を余すところなく再現した生きた彫刻。その彼の燃えるような赤い瞳の先に、美しい黒髪をたなびかせる姫君がいた。

「ほう、近くで見るとなかなか凛々しく美しい、見た目はな。本性がどのようなものか、これから見極めさせてもらおう」

 レムスは歩を進める。その足元にはニースに当て身を食らわされて昏倒してしまった小田島医師がうずくまっている。

「この牢獄を設計した人間は間抜けだな、こうすれば何の問題もない」

 レムスは半透明の格子部分を無視してその横の社長室を覆う壁に溶接用のプラズマカッターを当てた。そして熱を持った鋼板を手袋を着けた手で押して変形させていく。

「大人しく此方に来れば苦しませはしない。抵抗が過ぎると私もやむを得ず、暴力をふるわねばならなくなる。そういう手間をかけさせるな、木星の皇女よ」

 ユイ・ファルシナは手錠に付いたボタンを後ろ手で操作しながら黒塗りのガードロボットを一瞥する、彼女の頼みの綱だった巨体は瓦礫に埋もれて動く気配がない。

「ぅ──」

 声にならない呻き声を上げるユイ。

 レムスが身体を牢屋の中に滑り込ませる。

「ま、待て悪党!」

 レムスの眼下から素っ頓狂な声がする。

「ああん?」

 レムスが見下ろすとヒートガンを構えた少女が彼に敵意を向けていた。鏑木林檎が社長室の中にいた。

 この牢屋の中にユイと一緒にいれば安全だろう、というマーガレットと雄大の配慮から、彼女はこの中にいる。

「震えているのかね? お嬢さん?」

「皇女さーを守るのはおらの使命だ、マーガレットさと約束しただよ! こ、ここから出て行がねと撃つ!」

 かたかたと小刻みに震える銃口。

 家族と一緒に辺境を巡り害獣を処分する手伝いをしていた頃、初めて銃を撃った時でさえ、こんなに手が震えた事は無かった。リンゴは産まれて初めて『恐怖』という感情がどんなものかを知った。

「ハハハ、可愛い近衛兵もいたもんだな。面白いオマケだ」

 レムスは両の手のひらを上に向けてお手上げのジェスチャーをしてみせる。

「撃って見たまえよ、君。いかんな、そんな狙いじゃ近くても当たらんぞ? ほら、これでどうかね」

 レムスは屈んで、わざとリンゴの銃口を自分の心臓に当てる。

「う、撃つぞ! 痛いんだぞ!?」

 リンゴの顔が崩れ、瞳に涙が溜まる。

「随分と立派な銃を持っているが──人を撃った事が無い、そうだろう?」

「あ、あるもん! おら、おらは──皆を、皇女さを助けるんだもん!」

「困った困った、私も撃たれれば血は出る。出来れば撃たれたくないものだが──どうかね、皇女殿下? この可愛らしい近衛兵の首をへし折ったら、諦めて此方に大人しく同行してくれるかな?」

 レムスの大きな右手がリンゴの頭を掴む。

「ひっ……」

「おやめなさい!」

 ユイがレムスに近寄り、その頬を叩く。

「女子供を力で脅すなど──恥を知れ下郎!」

 レムスは微動だにせず左手でユイの腕を掴む。

「反抗的な女は好きではない」

「離しなさい無礼者!」

 ユイは必死で抵抗するがレムスは何をしても怯まない。

「わっ──?」

 急にリンゴが持ち上げられ、ユイの執務机に物凄い速度で投げつけられる。ゴスッと言う鈍い音がする、リンゴは背中をしたたかに打ちつけられた。痛みが酷いのか、呼吸が荒くなりうずくまって動けないでいる。

 ユイが声にならない悲鳴を上げる、リンゴに駆け寄ろうとするユイをレムスは肩に担ぎ上げた。

「卑劣漢! なんてむごい事を! 女子供に暴力を振るって恥ずかしいとは思わないのですか!?」

「アハハ、これは面白い事を仰る。女だろうが、子供だろうが何だろうが、情けをかければ後の大きな障害となるのはあなた自身が体現していらっしゃるというのに。リオルは判断を誤った、幼いあなたに情けをかけず、きっちりと処刑しておけばこんな苦労はせずに済んだのだ。私はそれを恥とも思わぬ。そのような古い価値観は改めねばならんのだ。私のやり方に異を唱える不心得者なら、そこなる女医師だろうが子供だろうが排除する」

 レムスは傍らで控えていたニース達に目配せする。

 彼女達は手元の端末を操作して最短で脱出するルートを割り出すとレムスに示した。

「オマケが面白くて少々遊びが過ぎた、歩兵部隊が戻る前に皇女をリオルのもとに届けねばな」

「どうしようというのですか」

「52年前の続きをやるのですよ、皇女殿下。民を誑かす魔女を火炙りにして魔法から民を解放するのです」

「私を殺しても何も変わりません! それよりもリンゴさんと小田島先生の手当てを!」

「いえ、変わるんですよ。変わってもらわなきゃ困る」

「リンゴさん!? リンゴさん大丈夫ですか? 聞こえますか?」

 ユイはレムスを無視してリンゴに大きな声で呼びかけるがリンゴは苦しみに顔を歪めたままうずくまっている。

「──自分の身や民の事よりあんな野良犬が心配なのか? 些事に拘るようでは良い統治者にはなれぬぞ」

「野良犬とは自分の事ですか? いえ野良犬ですら矜持がある、弱者をいたぶるようなお前の如き真似、犬でもやらぬ」

「ハッ──まあいい。所詮は偽物の王族よ、問答しても得るものは無いようだ」

 ニースを先導役にしてレムスはユイを肩に担いだまま社長室から走り去った。



 雄大が駆け付けた時には、周囲に侵入者の姿は無かった。

 爆発の痕跡、無理矢理こじ開けた入り口の扉、瓦礫に埋もれた黒い機械看守。

「ユイ!」

 息を切らした雄大は、一瞬立ち止まると手を震わせながら社長室の中に足を踏み入れた。

 ユイの姿は無く、そこにはうずくまる女性の姿しか確認出来ない。雄大は血の気が引く思いで二歩、三歩前へと踏み出す。

「宮城さん? 良かった──」

 咳き込みながら社長室の奥の方へと床を這って進んでいた小田島医師。彼女は雄大を見るとゆっくりとユイの机の下を指差す。

「リンゴちゃんが……」

 雄大は脂汗を流してうずくまるリンゴのもとに駆け寄った。

(俺のせいだ、リンゴまでこんな──)

「リンゴ? おいリンゴどうした、大丈夫なのか? どこか痛むのか」

「ゆ──」

 少女はゆっくりと片目をあける。

「雄大さ──おら、何にも、出来なかった」

 女の瞳から涙が伝う。

「皇女殿下さの、役に立でなぐで──なんも、おら、役立たずで──」

「リンゴ、もういい。よく頑張った」

 雄大は小田島医師の元へ一旦戻って彼女に肩を貸してリンゴの傍まで連れて行く。小田島はすぐにリンゴの身体を触診し、大きめの医療用にカスタマイズされたPPを使ってスキャンを始める。

「先生? リンゴは大丈夫なんですか?」

「肩が脱臼してる、あと少し肋骨にひびが入ってるかも。良かったわ、目立った臓器へのダメージは無いみたい──でもちゃんと調べないと」

「おら、やっぱり子供だがら──父ちゃんにも置いでがれで──役立たずだがら」

 リンゴはボロボロと大粒の涙をこぼす。

 抱き締めて慰めてやりたかったが状態が状態なので雄大は脱臼してないと思われる方の手を握った。小田島医師はリンゴが握ったまま離さないヒートガンを持った腕を軽く持ち上げた。

 ぐっと腕を動かして関節を正常な位置に戻す。少女の肩に鈍痛が走り、リンゴの顔が苦痛で歪む。

「お前は役立たずなんかじゃない、だからもう少し我慢しろ、な?」

 リンゴは雄大の手を握って安心したのか荒かった呼吸が少しずつ戻ってきた。

「少し楽になったでしょ?」

 小田島医師はゴムバンドを取り出すとリンゴの肩をぐるぐる巻きに固定する。

 小田島の問いにリンゴは無言で頷き、雄大の手を揺する。

「雄大さ、助けてあげて──皇女殿下さぁ、が処刑、って──」

「処刑!?」

「おらの代わりに、これ持ってってくんろ、金髪の悪者──」

 リンゴは安堵したのか力が入らないのか少し眠るようにゆっくりとした口調になっていた。投げつけられても握って離さなかった掌中のヒートガンから手を離す。

「わかった副隊長! 任せとけ」

 雄大は右手でヒートガンを握ると左手でリンゴの頭を荒く撫でた。

「エヘッ……やっぱ雄大さぁは、かっこええだべなぁ……」

 疲れ切ったように目を閉じるリンゴ。

「宮城さん、もうここは任せて──彼女はちゃんと診察しますから──あなたはユイ様を」

「はい!」

 社長室入り口付近で急に大きなタービンが回る音と何かが崩れる音がする。小田島と雄大がびっくりして振り返ると瓦礫を払い落とすように頭部を振り起き上がる黒塗りのガードロボットの姿があった。

「あっ、こいつ? 今頃起きやがって! 図体ばっかで役立たずめ!」

「でも良かったわ、まだ動くのね!」

 雄大が駆け寄ろうとするとガードロボットは少し低い合成音声で喋り出した。

「システム再起動完了、損害軽微。監視対象ユイ・ファルシナの逃亡を確認──追跡して拘束、射殺します。逃亡幇助、共犯者達の当システムへの敵対行動多数。此方も発見し次第全員拘束、射殺します」

 看守ロボットは猛烈な勢いで走り出した。

「ちょっと! 射殺?」

 具合の悪そうだった小田島の顔色が更に悪くなりゴホゴホと咳き込みだす。

「ま、待て、待ちやがれこのポンコツ!? めちゃくちゃ言ってんじゃねーぞ!」

 雄大は慌ててロボットにしがみつくが雄大如きの力で止められるはずもなく。

 ただ無様に引っ張られていく。

「止まれよ、殺人馬鹿ロボット!?」



 レムス達はぎゃらくしぃ号の歩兵部隊と出くわさないようにルートを選び出しながらブリッジへと駆けていく。途中、酸素濃度の薄いエアの抜けた区域を通ったせいか、ユイはいつの間にか意識を失ってしまったようだ。

 耳元での罵声が止んだ。レムスはやれやれだな、と一人呟きながらユイの顔を眺める。

(この女にそんな力があるとも思えんがな)

 レムスは八番目(エイト)のニースを呼び止めるとユイの身体を放り投げた。

「レムス様?」

 エイトは首を傾げる。紫とグレーを中心に体色がめまぐるしく変化していく。困惑しているようだ。

「お前達はブリッジに向かえ。私が戻るまでに処刑の準備を整えておくのだぞ」

「レムス様はどちらへ?」

「何、あまりにも容易く目的を達してしまって身体の火照りが止まらぬでな──少しばかり『遊んで』くる事に決めた」

「ではニースがお供します」

 五番目(フィフス)のニースが微笑みを浮かべながらレムスに寄り添う。

「御武運を」

 エイトの言葉にレムスは苦笑いする。

「それには及ばぬよ、哀れな獲物の為にでも祈ってやるといい。慈悲の心だ」

 レムスはフィフスを伴って機関部へ向かった。


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