レムスの逆襲②
キングアーサーの六枚羽根、第五甲板が強制的に接続解除される。
命令を受け、隣の甲板から飛来した爆撃機ワスプの編隊が強襲揚陸艇の接舷したと思われる範囲を重点的に対艦攻撃用の爆雷で焼き尽くす。五機のワスプは全ての爆装を投下し終えると甲板から離れ、アーサーに張り付いた民間船の残骸除去のため機首備え付けのショックガンを掃射し始める。
間一髪のタイミングでアーサー本体への侵入に成功したラドクリフ中尉率いる第七、第八、両海兵隊は、奈落の底に落ちていくように流されていく第五甲板を眺めて安堵の溜め息を吐いた。
「まさかハープンでサーカスの真似事をさせられるとは思わなかったよ!」
第七部隊紅一点のモニカが疲れたように壁面にもたれかかる。いつも威勢の良いラドクリフ中尉も珍しく肝を冷やしたように身震いしていた。
「宇宙空間に放り出されてデブリの仲間入りをするところだった。ゾッとするぜ、ハープン様々だな」
「ストライクハープンは本来こう使うもんだ。大きな戦争が無くなって今回みたいなミッションが極端に減ったからな。射撃武器としての使い方が主流になっただけさ」
第七部隊の古株、副隊長を務めるロンは肩をすくめ首を傾げて続けた。
「なあ、そうだろ? リアジェットパックを宇宙作業用に換装し忘れたお馬鹿なラドさんや?」
「面目ねえっす、引っ張ってくれたロンさんに感謝」
「年の功って奴だわな。それよりラド、俺らの侵入はリオルに気付かれてると思うか?」
「わからんな──そういやこの状況、なんか覚えがあるな。静かなんだけど隔壁の向こう側にミニサイズの船内防御砲台がうじゃうじゃしてて海兵隊が全滅するんだよ、蜂の巣にされんだよ、ダダダダ! って──あの映画! 猫が悪いエイリアンと合体して超進化してな、人間と火星の所有権を巡って戦争する映画があるんだよ! えーと……タイトルはマーズ、マーズコンクエスト! あれは面白かった。公開日にダチと観に行ったよ! 海兵隊の出番はかなり多かったぞ、終盤で皆死んだけど」
「ゲロゲロ──出番が多くても全滅してるんじゃん……」
「やめろラド、海兵隊全滅とか冗談でも言うな」
ロンとモニカの顔が青くなる。
「大丈夫だ、あの映画の海兵隊員はエグゾスーツを装備してなかった。それに今回は進化した身長5メートルのスーパーキャットミュータント軍団もいないから楽勝さ」
「ねえラド、その映画って人間は勝ったの? 負けたの? そもそも主役は人間なの?」
「勝ったぜ? 最後は熱核弾頭を何十発も火星の首都に撃ち込んで、猫達とエイリアンの母船を──ドッカーン! 全滅!」
(ひっどい映画だね……私、見なくて良かった)
(あー、俺は逆にそこまで突き抜けてるなら何となく見てみたくなったわな。怖いもの見たさって奴)
(ええ~?)
モニカは急に頭が痛くなってきた。
「気休め感謝ラドさんや。映画の話、参考になったよ。これ終わったら見てみるわ」
「はいよ、ロンさんや。良かったら一緒に見ようぜ、お前らもどうだ?」
ラドクリフはニカッと爽やかな笑顔で歯を出して笑うが、ロンを除く他の隊員達は全員げんなりとした気分だった。
◇
「おおおりゃあああ!!」
身長4メートル、スパイクだらけの凶悪な風貌。
深紅の鎧に身を包んだ赤鬼、ブリジットは巨大な棍棒とターマイト鋼で出来た軍艦の装甲板のような分厚い盾を装備していた。街路の鉄柱よりも太い棍棒を棒切れでも振るかのように軽々と振り回してガードロボットを叩きつける。
一旦装備を手放し、バランスを崩してしゃがみこんだロボットに組み付くとその人間離れした腕力でロボットの頭部を引きちぎり、床に組み伏せる。
「存分に~、暴れられる~ん! 本気は~超・楽しいぃぃ!」
飛び跳ねるようにガードロボットの動力部を踏みつけて機能停止させる。このガードロボットは一般的な海兵隊員の常識から言うとエグザス1.5体分程度のトルクを有している強敵なのだが、目前の赤鬼はまるで害虫でも叩き潰すような感覚でこれをスクラップに変えている。
この赤い特注のエグザス一体に、五体のガードロボットが為す術なく破壊されている。どれもこれも棍棒の猛烈な一撃で態勢を崩したところを懐に飛び込まれて四肢を引きちぎられる。ヒートガンや対人ガトリングガンは盾で防がれてノーダメージ。あまりにも簡単に勝敗が決するので、ブリジットの後から続く木星側の攻撃部隊は何か少し物足りないような、そんな気分になっていた。
赤毛の悪魔ブリジットはロボットが動かなくなるのを確認すると、残骸を蹴り飛ばし、わおーんと勝利の雄叫びをあげる。グルグル、と喉を鳴らし次の獲物を探し始める姿はまるで北欧神話の巨大なフェンリル狼だ。
全身で喜びを表現するブリジットに対して黄色のエグザスを装備したハダムとエルロイはげんなりとした顔でそれを眺めていた。
「──あれ見てもエグザスの性能差だと思うか? エルロイ」
「ムリムリムリ、あれはムリです」
「勝てる見込みなんてなかったんだよ……本当に、手加減されていたんだよ我々は……」
的確に関節を砕き、頭を引きちぎり、動力部を執拗に踏み潰す荒々しさ。敵に対して全く容赦がない。
「同じ人類とは思えませんね。今の五秒ですよ、五秒で宇宙軍正式採用の防御システムがスクラップに……」
28部隊の女性隊員、ユーリは呆れ顔で人間離れしたブリジットの暴れっぷりを観察する。マーガレットから射撃の腕とブリジット相手に一歩も引かなかった糞度胸を買われてこの作戦への参加を許されている。マーガレットから受けた鞭打ちの傷が完全に癒えてはいなかったが、恩人である小田島医師を人質に取った事を悔やみながらベッドの上で回復を待つよりは幾分かマシ、という事らしい。
「ユーリ小尉、君は人類があのバケモノに勝てる唯一無二のチャンスを逃したのかも知れんぞ」
「やめてください大尉、あの時の話はしたくありません。あの時の自分はちょっとおかしかったんです」
六郎とマーガレットはこの28部隊の海兵隊員のやり取りを苦笑いして眺めた。
「ちょっとブリジット! 調子に乗らないでもう少しゆっくり進みなさい。あんたの一歩は私達の二歩分なのよ?」
「アイアイマァム!」
振り返り、敬礼しながら朗らかな笑顔を見せるブリジット、ヘルメットのバイザーを上げたままという余裕。
溌剌とした笑顔は魅力的だが──この巨体と圧倒的な暴力を奮う姿を見せられてはとても女性として見ることは出来ない。エルロイでは無いがこの鬼を女性として見るのはムリムリムリ、これが普通の男性の感覚だろう。
「防御システムしか出て来ないところを見ると、いつエアを抜かれたりガスを流されるかも知れないんだからマスクだけはしておくのよ? あんためちゃくちゃ強いけど──たぶん動物より『馬鹿』だから」
「アイ! わっかりました~ん」
少女伯爵の言葉に素直に従う赤鬼、この力関係はエルロイには良く分からなかった、というよりも、この赤鬼を超える実力をこの見目麗しい小さな貴族が持っているという事実を認めたくなかったのだ。
「六郎もね、マスクをしなさい?」
「俺はそんなガスを吸い込むようなヘマはしませんよ」
走りながら警備システムらしき装置に対して一発、二発と連続で撃ち込んで無力化していく六郎。
「大層な自信だこと」
「閣下の次ぐらいには」
六郎は微笑をたたえたまま表情を崩さない。
「昔を思い出すんじゃなくって?」
マーガレットは少し維持の悪い笑みを浮かべて六郎の顔を覗き込む。
「勘弁してくださいよ」
「腕が落ちてない事を証明してもらうわよ」
「はい閣下、こういう時のための俺達ですから」
「私とハダム、エルロイ、ユーリ、元28部隊組の有志でブリッジに向かうわ。親衛隊はあんたに一任するわ、ブリジットのおもりをよろしくね」
「はい、閣下こそお気を付けて。あのリオルとかいう男は得体が知れません」
「ありがとう。確かに、こんな要塞みたいな船がワープするなんて魔法を見せられてるし──もうドラゴンや羽根の生えた悪魔が出て来てもおかしくはない状況よね。十分気を引き締めてかかるわ」
古めかしいデザインの甲冑を身にまとった伯爵はエグザスと海兵隊員達を引き連れてブリッジへのルートへ向かう。六郎達『木星皇女親衛隊』兼ぎゃらくしぃ号店員一同は敬礼してその後ろ姿を見送った。
「よし。じゃあ俺らは動力部を抑えるぞ」
(この船の初期構想段階の図面がプロモ工廠に残ってたのは本当に運が良かったぜ)
六郎達は元気が有り余ってうずうずしているブリジットを先頭にして一路、キングアーサーの中枢、三つのワープドライブコアが設置されている動力部へと駆け出した。
◇
ぎゃらくしぃ号のブリッジでは雄大とラフタが必死にキングアーサーのコンピューターシステムに対してハッキングの先制攻撃を仕掛けていたがどうにも勝手が違う。
「なんかまるで手応えがない」
ラフタが首を傾げる。
「そもそも普通のシステムと違うっぽいぞこれ──ここまで無反応なのはちょっと。ハッキング防止のセキュリティーが堅固とかそういうレベルじゃなくて、コンピューターシステムそのものがなんか俺らの常識とかけ離れてる──」
雄大はハッキングを諦めた。
「──やめとこうラフタ。こりゃ専門家でも無理だよ、多分」
「うん、無駄そう」
「それよりも何か単純な妨害を考えようぜ。嘘命令とか」
「どうやってそれを敵に通達するの?」
「えー、と? それは敵の通信システムに割り込んで──あ、そうか」
「だよね」苦笑いするラフタ。
雄大はがっくりとうなだれる。
「マーガレットやリンジー達に任せよう。きっと何とかするよ」
「そうだなぁ、ガレス号の時のアレを見る限りブリジットさんや六郎さんは凄腕だし。マーガレットも相当強いっぽいから案外ちゃちゃっと終わるかもな──」
雄大はガードをしていない部分に的確に打撃を叩き込まれた時の事を思い出す、マーガレットのアレは確かに達人の域だった。
雄大が両手を上げ、背もたれに身体を預けた時の事、突然船体が軋み大きく揺さぶられる。
「な──!?」
何かが爆発する音が数回聞こえてくる。
ラフタが急いで船外カメラをチェックする。見ると船体右舷に穴が開いている。ラフタは慌てて緊急警報を鳴らした。
「なんで? エグザスみたいな強化服や戦闘ロボットが近付いてきた反応なんて無かった!」
「おいおい──宇宙怪獣か凶暴エイリアンでも襲って来たってのかよ!」
雄大も少し混乱して防犯カメラの映像を弄る、船内には最低限の人間しか残っていないので誰からの報告も期待出来ない。
「アーサーのロボットアームが動いてぶつかったとか?」
「こんな密集状態じゃ何も動けないよ」
「あっ──」
雄大の背中に悪寒が走る。
急いでチャンネルを切り替える、そこは社長室前──
黒塗りの巨大なガードロボットが対人ガトリングガンを何者かに向けて乱射している様子が映し出された。何者かが手榴弾のような物をロボットに投げつけ大爆発が起きる。
カメラからの映像は船体の微かな振動と共に途切れる。
微かに艦内にも悲鳴のようなうめき声と銃声の鈍く響く音が聞こえてくる。
外部からの侵入──真っ直ぐ、ブリッジでも、機関部でもなくただ一つの明確な目的を持って侵入者はぎゃらくしぃ号を襲っている。
「ユイ社長──!」
「ゆ、雄大! どうしよう!? 社長が、社長が狙われてるよ!」
「ら、ラフタ! お前は今すぐマーガレットに連絡だ。最優先で呼び戻せ! お、俺は──ちくしょう!」
「雄大!?」
ラフタの制止も耳に入らない。雄大は後先考えずに丸腰のまま走り出す。
銃なんて持ってない、いや持っていたとしても雄大如きの射撃の腕で何が出来るだろう。考えるよりもまず身体が動いた。
(社長、ユイ皇女──ユイ!)
陽光の如き笑みを浮かべる女神のようなユイ。
ドレスを着て雄大の視線に恥じらう少女のようなユイ。
泣きじゃくる幼子のようなユイ。
(くそっ、ちくしょう──ちくしょう!)
雄大は走った。
一番守ってあげなきゃいけない女性の傍に居なかった事を雄大は悔やんだ。
(敵の隙をついて、勝ったつもりで安心してた。敵からも侵入されるリスクを全く考えていなかった。社長室の守りは万全だと、侮ってた)
祈るような気持ちで雄大は走った──




