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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
42/121

艦隊戦などする気は無い!①

 花の蕾か、悪魔の顎か。

 キングアーサーは外郭の六枚甲板を閉じ、北極ポートから遠ざかり木星宇宙港に至る航路に突入した。

 航路一杯広がっていた一般の船舶と木星宇宙港を発着する客船や商船を半ば強引に押しのけながら、小型の機動要塞と随伴艦隊がゆっくりと航路を進んでいく。



 第一艦隊、旗艦タイダルウェーブのメインビューワーに、各艦の艦長の姿が映し出される。皆、口々に勝利を祝い、互いに生き延びた事を喜びあった。

 彼等は改装特務艦隊が第一艦隊に背中を見せたのを『敗走』と捉えていたようだ。

『脅威は去りました! ロンドンは守られた!』

『提督、攻撃しないのですか? ネイサン少将の仇を討つ絶好の機会をみすみす見逃すとは』

 宮城大将は落ち着け! と艦長達を一喝する。

「この状態での交戦は民間の船舶を巻き込む、それぐらいわからん君達でもあるまい」

『あ、いえ──それは』

「それに、この場で我々が攻撃すれば、たちまち敵はこの北極ポートに舞い戻り、レイジング・ブルを切り刻んだあの剣で我等を殲滅する事だろう。勝ったのは我々第一艦隊ではなく惑星連邦の勇気ある市民達の無言の抵抗だ」

 艦長達は言葉を失った。

「そして第一艦隊の任務はまだ終わりではない。何故ならば、キングアーサーは単にこの場から逃げ出すのが目的で北極ポートから離れたのではない。新たな『決戦』の場所に向かうために我々との交戦を避けたのだ」

『アッ、木星の艦隊──』

「そうだ、私がリオル大将なら目障りな皇女を排除する、もうそれぐらいしか打つ手はない」

 裕太郎はホロの立体海図を展開させる。

 その手が指し示す場所は、土星・木星連合艦隊が通過する木星宇宙港周辺で広く安全が確保された宙域。つまり木星の衛星ガニメデの衛星軌道上であった。

「我々はこれから航路を外れ暗礁宙域を通り抜け、木星宇ガニメデ沖宙域で敵キングアーサーに奇襲をかける。今度は我々がユイ・ファルシナに加勢をする番だ」

 キングアーサーは民間船舶を攻撃するわけにもいかず、速度が上げられない様子だ。これなら暗礁宙域を抜け、想定外の方向から不意打ちの機会を窺うための準備も出来そうだ。

『この北極ポートはどうします? 何隻か残りますか?』

「北極ポートの守備は遅れて到着するであろう第三艦隊に任せる事にしよう」

 キングアーサーも航路を塞ぐ民間船舶を攻撃するわけにもいかず速度が上げられないでいるようだ。

『第三艦隊と連絡がついたのですか?』

「はい、直接交信出来た訳ではないですが此方に向かっているそうです」

 裕太郎の代わりにタイダルウェーブの艦長が答える。

「──ヒル少将には遅参のペナルティーとして留守番、いや万が一、ユイ・ファルシナと我等がキングアーサーに敗れた時の、最後の砦となってもらう」

 艦長達の顔が強張り、生唾を飲む。

 当初、威勢の良い言葉が飛び交っていた臨時の会議の場は遂にシンと静まり返ってしまった。

「敵が見逃してくれただけだ。今の我々の装備ではおそらくあのゲテモノ兵器には勝ち目が無い」

『そこまで考えが到らず、勝ったなどと浮かれておりました。お恥ずかしい限りです』ビッグ・マッキントッシュの艦長が下を向いて恐縮する。

「ビッグ・マックにはこれから先陣を切って進み、道なきところに道を切り開いてもらうのだ。しっかり集中してルートを選択してもらわねば困るぞ」

『もちろんです。しかし勝ち目が無い、と申されたのは提督ご本人ですが──奇襲をかけるとして、何か良いお考えが?』

 裕太郎は一隻の駆逐艦、サンモリッツ号をホロに投影する。

「ラドクリフが間に合ってくれたらしい。船対船では勝ち目が無いが乗組員対乗組員、白兵戦なら条件はイーブンだろう? まさかバケモノが乗っている訳でも無いだろうよ」

『なるほど、古式ゆかしい海賊戦法ですか』

「そうだ、お行儀よく艦隊戦などしてやるものか──そうと決まれば再出撃だ、急ぐぞ」

 再編された第一艦隊は特殊工作艦ビッグ・マッキントッシュを先頭に、航路を外れ、未整備の暗礁宙域へと足を踏み入れていった。



 ロンドン、パディントン駅前広場。

 上空に浮かぶ大型ホログラムドローンはキングアーサーがレイジング・ブルを破壊する瞬間の映像、民間船舶の集結の様子、と続けて夜空のスクリーンに投影してきた。げに恐ろしきはニュース屋の執念と民間の偵察ドローンの性能、というところか。

 夜中にもかかわらず、あちこちで悲鳴や歓声が沸き起こり、歌が唄われ、ホットドックにフィッシュフライ、ポテト、そしてエールとコーヒーが飛ぶように売れていく。ロンドン市民は熱狂してこの一大イベントを見守っていた。大人しく自宅に帰る者もいたが、逆にお祭り騒ぎに参加しようと屋外に出ていく者も大勢いた。


『第一艦隊勝利! ありがとう連邦宇宙軍の英雄達』


 遂にキングアーサーが第一艦隊への攻撃を諦めて北極ポートからの撤退を始めると、ニュース屋が威勢の良いテロップを流す。

 ニューイヤーカウントダウン、サッカーW杯を超える熱狂。

 盛り上がりは最高潮を迎えた、若者は歓喜して跳ね回り、老人は座して神に感謝した。


 マグバレッジJr.の用意した政府広報車と運動員がどうにかこの熱狂と地球政府を結びつけようと足掻くが、サターンベースの権限で流されるこの放送を止める事は出来なかった。

 ルナベースは未だ混乱状態にあり幕僚会議本部ビル爆破の情報すらこの地球には届いていなかった。地球に限らず全太陽系のチャンネルがミルドナット社を含めた幾つかの中堅放送局に完全に放送ジャックされたような状態である。

「木星妖女め、これでは民間人の乗った船を盾にして──まさしく人質をとって降伏を迫るようなものだ。なんたる卑怯、悪辣、厚顔無恥──善良な市民をたぶらかし、危険な戦場に送り込む鬼畜の所業、天が見過ごしてもこのマグバレッジJr.が許さない!」

 アクション映画の主役さながらの決め台詞だが、状況的には悪役の捨て台詞に近い。

 常日頃から『大衆を味方につければ卑怯もへったくれもあるもんか』とひたすら大衆に迎合してきた人気政治家とは思えぬ恨み言をオフィスで吐き出すマグバレッジ議長。

 傍らで控えている彼の側近秘書二人も「あんたがそれを言うのか?」と言わんばかりの呆れ顔である。

 マグバレッジJr.は用意した原稿を何度も何度も書き換えるが良い案が浮かばない。秘書達は無言で議長が破り捨てた紙を拾いダストシュートに放り込む。

「ぐぬぬぬ……」

 そもそも演説の原稿を用意してもサターンベースの権限を利用したこの放送を止めさせない限り、マグバレッジJr.が大衆に呼び掛ける事は出来ない。

 怒り疲れ、遂に心折れた彼は六回目に書いた紙を破り捨てると、数刻前に八つ当たりで床にたたきつけた自身のPPを通して連邦政府ネットワークにパブリックコメントを残した。

『ユイ・ファルシナ皇女殿下の呼び掛けに応えた市民の勇気ある行動に感謝する。これこそ我々、武器を持たぬ連邦市民が自らの手で勝ち取った歴史的大勝利である』

 引きつる頬の筋肉を必死で抑え、情感たっぷりな肉声を吹き込む。

「く、悔しいが流れには逆らえん……かくなる上はユイ・ファルシナ人気に相乗りするしかない……今日からしばらくの間、私は親・木星派の議員──よし、この路線だ。おい、どうにかしてユイ・ファルシナと私のツーショット会見を準備するぞ。もちろん誰よりも早くだ。他の政治家や政界進出を目論む大物タレントや退役軍人、英国王家や日本の皇室、ローマ法皇──こいつらに出し抜かれる前に!」

 順風満帆だった彼の政治家人生において、ここまで思い通りにならない事態は初めてだったろうに、その変わり身の早さと来たら──『一流の政治家』とはこうあるべきだなァ、と秘書達は呆れを通り越して「流石はウチの先生だ」とむしろ感心してしまっていた。



 ロボット艦への移行作業は万事速やかに行われていき、100隻以上に膨れ上がった土星木星連合艦隊は木星宇宙港周辺宙域にさしかかっていた。

 ぎゃらくしぃ号のブリッジには雄大、マーガレット、ラフタ、ウシジマ、そしてホロ映像ながらユイ皇女の姿があった。

『敵の艦隊が此方に向かっている、というのは本当なんですか?』

 ユイは胸に手を当て緊張を抑えこもうとしているようだった。

「本当。『すごいの』がこっちに向かってきてる──」

 通信士席のラフタがメインビューワーにキングアーサーの3Dモデルと、レイジング・ブルを切り刻む衝撃的な録画を投影した。

 超級戦艦をも呑み込むほどの巨体と光る牙。

『これが──ほぼ無傷の状態で。アーサー王というよりこれは、船を襲うクラーケンですね』

 ユイはグッと両手を強く握りしめてアーサーの異形に圧倒されぬよう軽く深呼吸する。そして、雄大の心境を気遣い不安げな眼差しを向ける。レイジング・ブルが無惨にも解体される映像を見せ付けられた雄大の左手は微かに震えていた。

 見ている事しか出来ないホロのユイと違い、マーガレットはゆっくりと近付き雄大の手をそっと握る。

「ねえ、あんた──大丈夫よ。あんたのお父さんって話聞くだけでもすごく憎たらしいから……憎まれっ子はしぶといって言うでしょ?」

「そ、そうだな──」

 ギリッ、と雄大が歯軋りする音が聞こえた。何かを堪えているかのような顔をする雄大を見かねてラフタも駆け寄ってきて肩に手を置き、励ます。

 ウシジマが便乗して雄大の頭をロボットアームで後ろから鷲掴みにする。

「いたたっ、てて!??」

「きゃっ?」

「宮城さん。深刻ぶって高貴な女性達の気を引こうなんていけませんねえ。レイジング・ブルは爆発してません。ホラここ、エンジンも、ブリッジも、ご丁寧にブロックごと綺麗に切り分けられています。断言しますけどこれ、ブリッジクルーは無事ですよ?」

 ウシジマはレイジング・ブルの残骸からブリッジ部分だけを拡大して回転させた。

「ほ、本当、ですか?」

「ええ、保証します」

 緊張していたブリッジの空気が緩む。

「良かったわね! やっぱりあんたのお父さんよ、意地が悪いぶん悪運も強いんだわ」

「ありがとうなマーガレット、ラフタ」

「まあ空気残量や艦内の気圧の関係もありますし、なんと言ってもフォトンブレードの放つ熱量で中がオーブンレンジ状態になっててもおかしくはないんですがね、ハハハ!」

 雄大の顔から血の気が一気に引いていき、椅子からずり落ちる。

『ウシジマさんっ!? こんな時に不謹慎です!』

 ユイが握り拳を小さく振り抗議する。

「嫌ですねえ、ジョークですよ、ジョーク」

「ジョ、ジョーク……ハハハ」雄大は床に尻餅をついてまま引きつった笑いを浮かべた。

「もう、ウシジマっ? あんた何なのよっ! 宮城を励ましたいの? 意地悪したいのどっちなの! ちょっとこの間から無礼が過ぎるんじゃなくて?」

 マーガレットが手持ちのバッグを投げつけた、ガコン!と大きな音がする。

「──アウチ! すいません、悪ふざけが過ぎました」

 ウシジマは軽やかに飛び上がり、マグネットと吸盤を駆使して蜘蛛のように天井に張り付くと、そのままブリッジから退出していった。

「ど、どういうロボットなのアレ!」

『……私が最初に会った時は凄いやさぐれて荒っぽい感じでしたから。随分大人しくなった方だとは思いますが』

 以前ウシジマが話していた皇女との出会いのエピソードは本当の事だったのか、雄大は少し驚いた。

「ウシジマ、普段は紳士──雄大、大丈夫?」ラフタが苦笑いしながら床に崩れ落ちた雄大を抱き起こす。

「ああ、ありがとう。なんかどっと疲れたけどな」

 雄大は、はぁ~とため息をついて操舵士席に座り直す。

『あれ? 宮城さん、随分お顔の色が良くなられたようですよ?』

「えっ?」

 ユイの言葉に驚く雄大、確かに震えや無駄な気負いは抜けている。

『ふふ、ウシジマさんなりに雄大さんや私達がリラックス出来るように景気付けをしてくれたのかも知れませんね! 私もあの敵を見て怯んだ気持ちが随分と楽になりました』

「ええ~? ユイ様、それはちょっと! あの人を食ったような物言いのロボットを買い被り過ぎなのではありませんか?」

「社長のポジティブシンキングのスキル、ホント凄いね……」


 突然、ブリッジの天井にある通気溝がバン! と音を立てて開き、ウシジマのメインカメラが飛び出てきてマーガレットの目の前にウネウネと動く多重関節の頭部が芋虫のようにでろんとぶら下がる。潤滑油でテカっているせいだろうか、機械なの妙に生々しくて気持ちが悪い。

「ぴいぃやぁああ!? いゃあああ!」

 総毛立ったマーガレットが嫌悪の叫びを上げて雄大に飛び付く。

「大事な事を言い忘れてました。宮城さん、あのゲテモノに勝つ算段──思いつきました?」

「えっ?」

「思い付いてないなら、その宮城さんのお父さんが船ごとバラバラに切り刻まれる映像、凄く貴重だと思うんですよ。お父さんの死を無駄にしない為にも──」

「死んでないって言ったのあんたでしょうが──!」

 マーガレットが操縦席の上から飛び上がって通気溝の蓋を器用に蹴り上げる。

「馬鹿ロボット! 死ねっ! じゃなくてデータクラッシュしろ!」

 驚かされ、エキサイトしたマーガレットが悪口雑言を浴びせかける。

「ユイ様! この件が終わったらあのロボット、スクラップに出してくださいね! 絶対壊れてますっ!」

『め、メグちゃんの反応が激しくて面白いから、特別意地悪されてるような気もしないではないですけどー……ほら、好きな子にはついイタズラをしたくなるとかいう、アレではないかと』


 マーガレットが半べそ顔で喚き散らし、ユイがそれを慰める喧騒の中、雄大はラフタと一緒にコマ送りでキングアーサーの消失と出現、そしてその顎が開く様子の検証作業を始めた。

(普通に考えたらこんな化け物、民間の船やぎゃらくしぃ号がどれだけ集まっても勝ち目なんて無いんだけど、あれだってプロモ基地で建造された軍艦、シャイニーロッドやぎゃらくしぃ号と同じ、船には違いないんだ。脱出ポッドだって統一規格の既製品が付いてた訳だし)

 雄大は一度頭を空っぽにして考えた。

 ウシジマとマーガレットが馬鹿騒ぎを起こしてくれたおかげでレイジングブル破壊の衝撃を身内の事ではなく客観的な事象として捉える余裕が出来た気がする。

(やっぱりウシジマさんは頼りになるのかな? マーガレットには悪いけどやっぱりこの船には必要な存在だ)

 雄大は自分が座学で得た知識やリクセン、裕太郎から学んだ軍艦の知識を総動員して攻略の道筋を立てていく。

 リンゴやユイに出会う前、おおすみまるの乗客をヴァムダガンから守った時の事を思い出す。あの時、おおすみまるの船員達は怯えるばかりで雄大は一人、海賊に立ち向かわなければならなかった。

(今回は違う。この船の皆、リクセン大佐、あのいけすかないモエラ少将までこっちの味方、それこそ色んな人が助けてくれる。なら、やってやれない事はないはずだろう?)

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