リンゴの面接
田舎少女の名前はリンゴというらしい。
「おおすみまる救出記念 宮城雄大 リンゴちゃん賛江」サイン帳に極太ペンで書き進める。
次に写真、食堂の給仕ロボットにツーショット写真を撮らせるとリンゴは自分のPPに写真を転送してもらった。
「おら宝物にするだよ」
「あ、はい……お粗末様でした」
「ところで宮城さんはこれからどこ行くだか?」
「いちおう、アラミスまで」
「奇遇だべなぁ、おらもアラミスまで行くだよ」
リンゴはいつの間にか隣に座って雄大のジャガイモをほおばっていた。
「おらアラミスで就職するだよ。いま大型貨物船の運転手さんに乗せてもらってるんだども……」
「へえ?」
「航路に横入りしてきた土星ネットの宇宙船と接触しちゃって。オジサン、今は軍警とお話中なんだべ」
「ところで何で君は俺のジャガイモ食べてるの?」
「リンゴ、お芋さん大好きなんですよ!」
「あっ、はい」
「それにリンゴまだ就職前だからお金はあんまり持ってないだよ」
太陽系辺境訛り→ヒッチハイク→無銭飲食とくれば家出少女を連想しない方がおかしい。
ぴぴぴ、と少女のPPに着信音。
「あ、オジサン! お話終わっただか?」
雄大は今のうちに逃げる事にした。
「うん、うん。そうだべ! おおすみまるの海賊退治した人、そうそう。オジサンもサイン欲しいだか? じゃあミヤギさん連れていくだよ!」
背筋に悪寒、と同時に雄大の腕が乱暴に引っ張られる。
(なにこれ凄い力なんだけど? 何なのこれ?)
「ミヤギさんもアラミスまで行くらしいから乗っけてあげてくんろ? うん、うん。じゃあねー」
(何なのこの子、何なの!)
長距離トラック、とは言うものの下手な巡視船の数倍はあり、海賊対策に粒子砲で武装している。特に積み荷を守るための重装甲、小回りは効かないものの速度はそれなりに出る。問題は人間を運ぶように出来てないところぐらいか。
「流されてる……」
「そうねー、この辺は太陽風は無いけど磁場が強いからね。少し流されてるかなー。ちょっと姿勢制御手伝って」
言われるままに助手席でトラックの運転を手伝っている、自分でも何でこうなっているのかよくわからない。状況に流されるがままの日々だ。
「宮城さんて若いのに大したもんだよねー。凄いよほんと。トラックの操縦も巧いし」
「そうだべなー、かっこええだべな~、宇宙パイロット」
「リンゴちゃんはパイロット好きか?」
「うん!」
トラックの中はエンドレスで地球の懐メロが流れていた、ドライバーの趣味らしい。
狭苦しい運転席。
「じゃあ宮城さんとリンゴちゃんはそのまま仮眠してて。後はオジサンがやっとくから。じゃ、お疲れさん」
スピーカー音量を下げながらドライバーはにっこり笑いかけてくる。良い人には違いないが吐く息は臭いし音楽の趣味も悪い。
アラミスまでの辛抱だ、雄大はトラックに乗ってから四度目の仮眠に入った。
アラミス星系、主星アラミス。
開発が始まって120年ほど。地球とほぼ同じクラスの惑星で第二の地球と呼ばれて宇宙開発、植民惑星の象徴として扱われてきた星である。地球よりも寒暖の差が激しいが砂漠化は進んでおらず、今後は鉱物資源採掘だけでなく高級別荘地、リゾート惑星としての発展も見込まれている。
恒星から発せられる特殊な放射線と強い磁場のせいで電子機器が壊れやすくロボットによる開発がなかなか進まなかったり、軍用敷地以外の土地の権利が未だにハッキリとせず、多少治安上の混乱が心配な地域でもある。
雄大達を乗せた長距離トラックはアラミス衛星軌道上に建造された宇宙ステーションに到着した。貨物船用の入港ドックはインドゾウ程の大きさをしたクレーン付きの作業ロボットがコンテナの中身をスキャンしてタグの貼り付け作業をやっていた。
アラミスまで採掘プラントの建材を運んできた気のよいオジサンに礼を言い別れを告げるとリンゴと雄大は四肢を思い切り伸ばして身体をほぐした。狭い運転席から出られた開放感は何物にも代え難い。
「じゃ、これで」
雄大は手を振って少女と反対方向に歩き出した。
「そんなぁ……こっだらとこに置いて行かないでくんろ」
リンゴは雄大の腕にしがみついてくる。
「痛い! 痛いってば!」
「面接会場まで一緒に行ってくんろ? ミヤギさんが一緒ならおら面接でもうまく喋れると思うだよ」
「近い、近いって、顔が近い!」
「いやいや! 一緒に行ってくれるまでおら離れない!」
「もしかしてさ」
「?」
「最初から俺を面接まで連れて行くつもりで声を掛けてきたとか?」
「んだべ……おらホントは一人旅も初めてだし、誰も知らないとこに就職するなんて心細くて。ミヤギさん良い人だし、きっとおらを助けてくれるってそういう確信がおらにはあっただよ。ピーンと来ただ」
「俺の方も君に関わっちゃいけない、って確信があっただよ……ピーンと来てた」
「そんなぁ……」
むにゅむにゅ、とした感触。雄大の腕に絡みついた少女の身体。女性に縁が無かった雄大には結構くる物がある。
(け、ケロっぺみたいな顔してるけど、案外この子……あるな)
「お願いだぁ……面接に付き添ってくれたら何でも御礼するだよ」
(か、かわいい……)
密着状態、潤んだ瞳でお願い、なんて。
受付嬢にしどろもどろになるレベルの雄大にとってみればいかがわしい方向に妄想が加速しても仕方がない。
「御礼って、ちょ、ちょっと……困るよ身体を擦り付けないで!」
雄大は慌てて人目を気にしながらリンゴを引き剥がそうとする。港の警備員と目が合って非常に気まずい。
(なんかこれ家出少女を俺がたぶらかしてるように見えないか? どっちかというと俺の方がたぶらかされてるってぇのに)
リンゴに連れられて宇宙港をひたすら引き摺り回される。銀河公社が経営する喫茶店に入って待てという事らしい。
「はい採用希望の鏑木林檎です、今ご指定の喫茶店に到着しました。はい、はいそれでは。入口の近く窓側の禁煙席です。はい、お待ちしてます」
リンゴはPPで就職希望先にアポイントを取った。彼女も訛りを出さずに喋れるとはちょっと意外だった。
10分後、採用担当者らしき女性が現れたので雄大は少し離れた席に座り直して成り行きを見守る事にした。リンゴは御守り札を握り締めて何事かお祈りしている。
(先行き不安過ぎる……)
挨拶を交わし何事か説明があるが、リンゴの方は緊張で壊れたロボットみたいに動作がぎくしゃくしていた。相手の説明途中で突然アイスコーヒーを一気に飲み干す。ストローはジュージューズゴゴゴと音を立てた。
採用担当者がリンゴの過度な慌てぶりに面食らって絶句している。
「あううう」
リンゴが雄大の方を向いて何事か懇願してきた。
(ダメだって、俺関係無いし)
「ミヤギざん、だずけでけろ、おら心細いだぁよ……」
あら、と担当者が雄大に気付いて此方に会釈してくる。
「保護者の方ですか?」
良かったらどうぞ、と担当者からも臨席を促された雄大は完全にヤケクソになってリンゴの隣に座った。
「どうも、わたくし銀河コンビニエンスストア『ぎゃらくしぃ』のアラミス北極ポート支店のマネージャー、ウオズミです。どうぞよろしく」
銀河コンビニ、聞いた事があるような、無いような。雄大は名刺を受け取る。
「あ、マネージャーさん。俺の事は気にしないでお話進めてください。この子とは旅先で多少縁があっただけで……」
リンゴは右手で「無痛分娩」の札を握り、左手で雄大の右手を強く握り締めていた。
ウオズミは雄大の顔をまじまじと見つめてくる。
「あの、もしかして……この間の『おおすみまる事件』の?」
「人違いです」
「そうなんだべ、あのミヤギさんなんだべ」
「よ、余計な事言うなよ!」
「ぴ、ぴゃああっ?」
雄大はウオズミに呼ばれて店の奥、化粧室の前に連れてこられた。
「正直言いますとですね」
「はい」
「鏑木林檎さんは店頭販売員を希望されてるんですが、あなたから見てどうです?」
「よ、容姿は良いと思いますよ……人懐っこい感じで。かわいいと思いますよ? 身なりはアレなんですが」
「接客、あの子に出来ると思います?」
「え、ええと……」
「商品管理や計算事務……は?」
「向いて無さそう……」
「ですよね、不採用ですかねぇ」
「そうなんですか……どうにかなりませんかね、あの子悪い子じゃないんで。いや、自分も数日一緒に旅しただけですけど」
ウオズミは腕を組んでしばし考え込む
「まあ前向きに考えておきます、あの子体力ありそうですし……うちの支店勤務ではなく本店勤務なら体力勝負、度胸勝負なところありますしね。販売員以外のクルーとしてならモノになりそうかも」
コンビニ店員に度胸がいるのか? と疑問に思わなくもないが。
「それよりもですねえ、どちらかというと腕の良い航海士はいつも不足気味でして……今も募集かけてる最中なんです」
「はい?」
「もしよろしければミヤギさん、ウチの船で働いてみる気はありませんか?」
コンビニ店員なんて真っ平ごめんだが、宇宙船勤務、航海士なら大歓迎だ。
「えっ? 本当ですか?」
「はい、あなたの経歴に問題はありませんし、人柄も思いやりがあって良さそうですし。社長も喜ぶと思います。ちょうどあの子も本店向きの人材のようですし、よろしければお二人セットで。あなたが一緒ならあの子も採用出来るかも」
ウオズミは悪戯っぽく笑って軽くウインクしてみせた。
「……」
こんなに早く再就職先が決まるのは喜ばしい限りだ。アラミス宇宙港に支店を構えてるぐらいの会社ならそこそこ大きな会社なのだろう。このマネージャーのウオズミという女性も品があって大手の銀河公社のOLよりも有能そうな印象を受ける。
何より地球の宇宙軍と縁が無さそうなところが特に良い。
「人助けだと思って」
ウオズミの押しの一手。
(なんかこの人、妙に乗り気なんだけど……)
「ちなみにお給金ですが年俸+出来高制で平均これぐらいになります」
「こんなに?」
「はいそれはもう、ふふ」
よろしくお願いします、と雄大はウオズミに深々と頭を下げた。
悩む事はないだろう、とこの時の雄大は軽く考えていた。軍や士官学校の事が忘れられれば何でも構わないという一種の逃避でもあった。