北極ポート沖海戦①
北極。
見渡す限り一面、厚い氷で覆われた極寒の地。
そういうイメージは最早過去のものとなっていた。
現在の地球における北極の役割とは宇宙と地上を繋ぐ表玄関である。
ここが太陽系惑星連邦政府が管理する地球上最大の宇宙港にして流通の要、夜も煌々と人の営みの灯火が消えぬ不夜城『地球北極ポート』である。
氷山の変わりに、巨大なドーム型都市や整備場、滑走路を載せたメガフロートが海上を埋め尽くし、そのメガフロートの集まる中心部には六本の天に伸びる柱、軌道エレベーターがそびえ立っていた。
海上には通常の大気圏内での使用しか出来ない船舶に加えて大気圏外でも使用可能な『多目的宇宙船』が着水している。数百年前、テラフォーミングの目処が立ち、他惑星の開拓事業団が設立された当時は、宇宙と地上の両方で使用出来るこのような多目的船が主流だった。
しかしながら現在の宇宙船の八割は大気圏内での使用を想定していない。
民間人にとってみれば、この時代の宇宙船とは、各天体の衛生軌道上に浮かぶ大きな宇宙港と宇宙港の間を行き来する宿泊機能を兼ね備えた乗り物であり、ちょうどレールの上を走る列車のように思われている。
エレベーターの伸びた先には巨大な宇宙港があり、人々や様々な物資はロケットで打ち上げられる代わりにエレベーターに設置されたライナーで宇宙まで運ばれるのだ。
そして現在、北極ポートからやや離れたその沖合いにレイジングブルを旗艦とする12隻の軍艦、連邦宇宙軍最強と呼び声高い第一艦隊が待機していた。
超級戦艦レイジング・ブル
戦艦タイダルウェーブ
重巡洋艦ミノタウロス級ゴルゴン
高速巡洋艦ペガサス級ヨイマチサクラ、イザヨイツキヨ
特殊工作艦ビッグ・マッキントッシュ
駆逐艦ベイジン、サンパウロ、ノイシュタット
空母ガラパゴス、フィラデルフィア、ヒンデンブルク
以上の12隻が第一艦隊の所属艦である。各空母の艦載機とパイロットが最大数の半分以下である事を除けば不安要素は存在せず、この艦隊を打ち破ることの出来る勢力はこの太陽系周辺には存在しないだろう。
しかしながら最強の艦隊というのは単純に所属艦の性能を比べただけで、第一艦隊にこれと言った実績は無い。
木星戦争以後は艦隊同士がぶつかるような大きな戦乱はなく、実戦を経験しないまま、散発的に起こる宇宙海賊や小規模な反乱への対応を行ってきたのだった。
幸か不幸か、初めての実戦が第一艦隊を待ち構えていた。
◇
航空戦艦キングアーサーの望遠レンズが、遂に第一艦隊所属艦、戦艦タイダルウェーブの姿をとらえた。リオルの率いる改装特務艦隊全体が速度を緩め粒子砲の射程距離外のポジションをキープする。
「偵察機の映像は? レイジング・ブルの位置をなるべく精確に把握せねばならん」
艦長席のリオルは十二番目のニースに確認する。
トゥエルブは首を横に振る、どうやら偵察機は全て撃墜されたらしい。
「いかんな、長距離レールガンがどこから飛んでくるかわからんぞ」
「では先手を送り、敵を釣り出しますか」
アーサーの操舵をするレムスの言葉にリオルは頷き、付け加える。
「同時に通信を行う。此処からなら通信が届くはず。先ずは司令官の宮城大将に挨拶をせねばな。宮城からの返信でレイジング・ブルの大体の位置もつかめるだろう」
「此方の位置も割れますが」
「まあ見ておくといい。今から私が『艦隊戦』のかけひきという奴をレクチャーしてやる」
リオルの指示で、駆逐艦サンセットがアーサーから切り離された。サンセットを介してリオルは第一艦隊へ向けてチャンネルを開く。
『聞こえているかな、宮城大将。戦場の慣習に従い艦隊司令官同士、互いに名乗りを挙げようではないか』
「12時方向正面、タイダルウェーブから返信あります、繋ぎますか」とトゥエルブ
「ほう、宮城はタイダルウェーブに乗ってるのか? サンセットは艦首にシールド展開の後、逆噴射、微速後退開始──チャンネル、三秒後に繋げ」
キングアーサーのメインビューワーに宮城大将の姿が映し出される。普段の気難しそうな顔は無く、リラックスした様子だ。
『ふむ。それがキングアーサー? とやらのブリッジか。なかなか面白い作りをしているな、まるで宮殿か聖堂のような荘厳さだ。貴殿はこの後、自らが皇帝にでもなるおつもりかな?』
『お褒めいただき光栄だな。しかしここは真の王がお座りになる玉座である。私はその手足となりて働くつもりだ。皇帝と言えば、例の、木星の皇女のスピーチはお聞きになられたかな? 可愛らしい援軍、羨ましい限りだ。戦場が華やかになる』
『……それなんだがな元憲兵総監──』
一瞬、裕太郎が目線を横にやる。
突如として警戒警報がアーサーのブリッジに響き渡る。
「敵艦発砲──7時方向別働隊、レイジング・ブルです」トゥエルブが報告を終えるよりも早く、キングアーサーの横で微速後退を始めていたサンセットの船体をレイジングブルの超長距離レールガンの重たい一撃が貫いた。サンセットは爆発する事も許されず船体は四散させた。あたかも氷の塊を床に叩きつけて粉々に砕いたかのようである。
「どこに隠れていた!?」
タイダルウェーブとは別の、想定外の方向から発射された超電磁砲の一撃でサンセットは原形を留めないほどに破壊されてしまった。
レムスはあまりの精確な射撃に驚いてたじろぐ。もしもあれがサンセットではなく此方を狙っていたのなら──
「続けて7時方向から高熱源体射出、推定、熱核弾頭2発、その他長距離ミサイル──12時方向からもミサイル、多数!」
「7時方向ミサイル防御! 艦首正面、主砲放て! 各自閃光防御」
レムスが叫ぶ。
アンチミサイルシステムが作動、キングアーサーの羽根から放たれ電磁網が投網のように広がり熱核弾頭の一発を捉えたがもう一発が艦隊右翼、至近にまで迫る。フェニックス級の多連装ロケットランチャーが命中するも熱核弾頭の爆発に巻き込まれた2隻が光と熱の珠に呑み込まれて跡形もなく蒸発する。
「こ、これは……ひ、被害は──」
──第一艦隊の苛烈な攻めに驚嘆し反応が遅れたレムスの代わりに十三番目のニースが艦隊全体に指示を出す。
「ランスロット、モルドレッドの2隻はそのまま直進してタイダルウェーブと交戦開始! 残りは7時方向に転舵の後、最大戦速! レールガンが再装填される前にレイジングブルとの距離を詰めるぞ!」
ビューワーに映っている宮城大将は少し前のめりになる。
『ふむ……ビューワーに未だ、貴殿の姿が映っているという事は、レールガンの狙撃は失敗したか。食えん爺だな』
『食えん爺? それはそちらの事だ。会話の最中に砲撃してくるとは恐れいったよ』
宮城が手を軽く上げる、レイジング・ブルとの通信回線は遮断された。初手を耐えしのぎほくそ笑むリオル。
「サーティーン、良い判断だったぞ。やはりお前には艦隊戦の才能がある。レムスもミサイルへの対処は適切だった、あの調子で頼む」
「いえ、此方こそ恐れ入りました」
レムスとサーティーンは頭を下げ、リオルの手並みに敬意を表した。
「フフフ、宮城の奴。初手で旗艦を仕留めるつもりだったようだが、結果的には戦力分散に切札不発だ。これは案外楽に勝たせて貰えそうだ」
「先ほどは宮城の狙撃を読んでサンセットに後退させたので?」
レムスが興味津々で尋ねてくる。
「奴らには随分と我等を待つ時間があった。それぐらいの仕込みはあって当然だ。だが、あそこでこれ見よがしに後退する船を旗艦だと思ったのなら素直過ぎるな。タイダルウェーブに宮城が乗り込んでいるのなら──なるほどネイサン少将の判断か。自分よりも上手がいる事を知らんから、まさか自分が騙されているとは夢にも思わない」
そういう事まで見える物なのか、とレムスはリオル老人の炯眼にただただ感服する。
「それにしても、やはり艦隊戦は良い。この高揚感は何物にも代え難い! 人類が持ちうる最強かつ最大の兵器による、銀河系に誇る人類の闘争心と叡智が結集した破壊の芸術!」
リオルは歯を剥いて笑う。
「さあ、もっと足掻いてもらうぞ、惑星連邦宇宙軍精鋭の諸君。最初で最後の壮大なる艦隊戦を共に楽しもうではないか!」
◇
自ら砲手を務めたレイジング・ブルのネイサン少将はリオルを仕留める最大のチャンスを逃した自分に腹を立て、コンソールを叩いた。この手痛い判断ミスは多くの将兵の命運を左右し、最悪連邦政府の存続まで揺るがしかねない。
「どうにかしてこの失態の埋め合わせをせねば──何とか粘ってタイダルウェーブと挟撃の形を作る! 初手はかわされたが数の上では此方が有利、援軍が来るまで引き留める」
一方、タイダルウェーブに乗り囮役を務めた宮城大将は予想より早い敵の別働隊の到着に焦りを隠せなかった。
大きく迂回した第二艦隊が地球の裏側から第一艦隊本隊の背後を突いたのである。第二艦隊は空母などの移動速度の遅い艦艇を置き去りにして足の速い巡洋艦と駆逐艦だけで北極ポート沖にやってきた。これ以上無いタイミングでの到着に第一艦隊は二分した戦力を更に分けてフェニックス級と第二艦隊の相手をしなければならなくなった。
(見知った将兵の多い第二艦隊とは戦いたくなかったが……)
こういう同士討ちの事態を防ぐためにラドクリフを送り込んで幕僚会議の掌握を命じたが、上手く事は運ばなかったらしい。
第二艦隊は旧型艦艇で構成された艦隊、主砲の出力は低いのでシールドで対応出来るがシールドを中和しながら突っ込んでくる対艦魚雷は脅威だ、足の速い駆逐艦に後方から好きなように魚雷による雷撃を受けてはいくら此方が新型艦でもひとたまりもない。何とか駆逐艦の足を止めてからネイサン少将の別働隊を救援に向かわねばならない。
「シュライク201、202航空隊出撃! 後方6時の第二艦隊方面へ向かい駆逐艦に最大8分間攻撃。203のシュライクは対艦魚雷に換装、5分後に出撃だ」
空母が装甲板を展開すると扇状に広がったランチベイから全長22.58m、全幅14.05mの艦載機が次々に発進する。獰猛な海洋生物シャチを彷彿とさせる機首と折り畳み式の翼を持つ大型の汎用艦載機SA-09シュライクに勝る戦闘機は巡洋艦には搭載出来るはずもなく、空母を置いてきた第二艦隊に対して一方的に制空権が取れるに違いない。
(艦隊左翼3隻、思った以上に突っ込んで来ない、やはり第二艦隊の将兵もかつての味方同士で殺し合うのを嫌がっているな)
幕僚会議の命により第一艦隊と交戦してはいるが、兵士の士気は随分低いだろう。敵を目前にして引き金を引く指が震えるのか、半数の船は粒子砲の照準が狂っているかのようにあらぬ方向へ射撃している。コンピューターによる自動照準補正が当たり前の時代にあっては、命中させないためにわざわざマニュアル射撃に変更している、という事になる。
「201、202各機に連絡をつけろ、攻撃を敵右翼に集中させる。左翼のアレは上手く行けば寝返ってくれるぞ」
タイダルウェーブに一発、フェニックス級ランスロットの放った対艦魚雷が命中する。
「くっ──?」
艦内が衝撃で揺れる、比較的装甲が厚く船内にダメージが届き難い艦首下弦への被弾だったのが幸いした。損害報告が矢継ぎ早に伝達され、船はすぐに被弾の衝撃から回復、タイダルウェーブはランスロットに隙を見せる事なく砲撃を再開する。
第二、第三艦隊と繰り返してきた演習は確実に第一艦隊乗組員の練度を上げ、船を数字上の性能以上に粘り強く頑丈な物に変えていた。
裕太郎の指揮を的確かつ繊細に実行する第一艦隊の将兵、常以上の力が出せていたのは、たゆまぬ訓練の成果だけではない。
全員、一筋の光明、勝利の女神の到着を信じていたからだ。
「敵もいつか攻め疲れて息切れするはず、時間稼ぎをして第三艦隊のヒル、モエラ、そしてユイ・ファルシナが戦場に到着するのを待つぞ! 文字通りの勝利の女神だ、踏ん張ればキスぐらいしてくれるさ」




