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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
36/121

木星の旗に集う者達①

 実のところ。

 現在のぎゃらくしぃ号の乗組員の大半はアラミス星系出身の若者達──親のやっているコロニーカウボーイ、採掘業者、土木作業員、賞金稼ぎ、用心棒、盛り場の飲食業、といった収入の安定しないヤクザな稼業から逃げ出したかった若者達──で占められている。

 彼等は連邦法で保障された最低賃金や就労時間という安定を求めてぎゃらくしぃ号の住み込みアルバイトに応募してくる。最新鋭の船に乗り込んで家賃、光熱費、上下水道費が不要の販売接客業、というのはアラミス星系辺境域の生活にウンザリしている者達からすれば大変魅力的に映るようである。

 家出の文無し娘、と思われる鏑木リンゴは地球辺境域出身、おそらく家族は危険害獣退治稼業(ベムハンター)

 彼女もまた、ぎゃらくしぃ号の「住み込み接客業」の文句に釣られてきたクチである。

「やだやだやだやだ! おら絶対に雄大さやブリジットさーと一緒に行ぐんだもん! 出港するまで死んでもここを離れねえだよ」

 リンゴは蝉のように店舗エリアの外壁にあるエアコンの大口径パイプにしがみついて離れようとしない。

「おい鏑木よー、あんまりオジサンを困らせんでくれ。店舗スタッフはサターンベースで留守番させるように、って言われてるんだ」

「六郎さぁもブリジットさも店舗スタッフだべ?」

「それはそうなんだけどもな。俺らの本職はマーガレット伯爵閣下を直属の上官とする正統・木星帝国正規軍特殊部隊『木星皇女親衛隊』(ロイヤルガード)の軍人でな。国籍も木星に属するんだよ。今から俺達は、このハイドラ級に乗って戦いに行くんだ。残っていいのは木星帝国の人間、そして軍人だけなの、わかる?」

「………」

 リンゴは口をへの字に曲げたままで自分のPPを取り出すと何やらデータベースを漁り始めた。脚だけで特に足場のないパイプにへばりついているから恐ろしい……

「ホレ、このページに書いてあんだ。木星帝国は52年前に解体されてっぞ、正統木星帝国なんて国家は法律上どこさがしても無かっぺ? そしておらはまだ初任給をいただいてねえだよ。おらを船から追い出して帰って来なかったら、給料未払いの不当解雇に相当するっぺな。連邦法で保障された労働者の権利を行使して最低6ヶ月間はこの船に住み込みさせてもらうだ!」

「げっ……お前、普段は世間知らずのお馬鹿娘の癖にこういう自分のわがままを通したい時だけはミョ~に知恵が回るよな……? もしかして勉強したのか?」

「んだ、この『カンタン法律わかる君と裁判勝つ代ちゃん』と『権利をまもる君』のソフト、雄大さがPPに入れておいてくれただ。ホレここに『雇用主が怯む魔法の呪文、不当解雇、労働者の権利』って書いてあっべ」

「ブフォ!?」

「これでおらの言う事には逆らえないだな。魔法の効き目は抜群だぁ」

 フフン、と挑発的な笑みを浮かべるリンゴ。

「てンめえ! 半分ぐらいしか言葉の意味わかってねえだろ!」

「わかってるもん! 株主総会、敵対的企業買収……あれ? なんか違うぞコレ?」

「ほーら、何もわかってねえ」

「は、ハンガーストライキ──シュ、シュプレヒコール?」

「お? なんか近付いてきたぞ?」

「やった、当たってただか!」

「少しな」

 にへら~、と笑い合うリンゴと六郎。

「クイズじゃねえんだ! どうでもいいから取り敢えず降りろ!」

 六郎がリンゴのズボンの裾を掴み、引きずりおろそうとする。

「ぴゃああ? 自由民権運動!」

「なんでそんな馬鹿力なんだおまえは!」

「や、やめてけれ! リストラ、セクシャルハラスメント! 青少年健全育成保護条例!」

「うっ──?」

 六郎は顔を赤く染めると掴んでいた足をパッと放して床にへたり込んだ。

「こ、こいつ、立場ある中年男性に一番深く刺さる禁断の必殺技を繰り出してきやがった……て、手強い……!」

「勝った!」



 雄大は社長室で、ウシジマと魚住を交えての打ち合わせに参加していた。謎の新兵器、戦艦キングアーサーへの対抗策などをプロモ基地に残されたデータや第三艦隊の敗走映像などから徹底的に検証するという、かなり有意義な会議ではあった。

(ウシジマさんて何者なんだろう? めちゃくちゃ専門用語連発で、たぶんユイ社長はちんぷんかんぷんだったろうなぁ、俺でもついていくだけでやっとだったし。もしかしてウシジマさん分解したら、木星の偉い科学者の脳味噌でも入ってたりするのかね?)

 雄大は会議を終えて、出港までのわずかな時間を静かな場所で過ごそうと、ブリッジにやってきた。

 そこには猫の世話をしているラフタの姿があった。

 ラフタは慌てた様子も疲れた様子もなく本当にいつも通り、静かにそこに座っていた。

「ラフタは降りないのか。ブリッジクルーだけど木星帝国の臣じゃない、って聞いてるけど」

「雄大もそう。連邦の軍人でもないし、木星帝国とも関係ない」

「ハッキリとはラフタに教えた事無かったけど。第一艦隊の司令官は俺の親父なんだ。あんな親父でも親だしな、ピンチになってるのなら助けに行きたくもなるさ。宇宙軍の危機というより、宮城家の危機だからさ」

「親子の縁は浅いようで、深いね。離れようとしても離れられない」

 そうだなー、と雄大は頭を掻きながら呟いた。確かに、父親と険悪な関係になって家に居られなくなって遠くに逃げてきたつもりなのに。雄大は今、自ら望んで父親のもとへ駆けつけようとしている。

「やっぱりさ、俺よりラフタの方が木星帝国に付き合う理由無いよな?」

 雄大にそう言われて青年は少し寂しそうに笑う。

「僕の場合、このぎゃらくしぃ号本店や支店が、家みたいな物だから。僕にとってもやっぱり家族の危機なのさ」

「なあ、立ち入った事を聞いてもいいか? 答えたくないなら何も言わなくていいよ」

「うん」

「ラフタには何か故郷に帰りたくない理由でもあるのか」

「……」

 ラフタは目を閉じて何も言わなかった。ただゆっくりと首を振った。

「すまんすまん、悪いこと聞いちゃったな忘れてくれよ」

 火星の東半球出身の人間は地元愛が強く家族思いで有名だ。

 だから滅多には他の惑星や宇宙港では独りで行動する火星人にはお目にかかれない。

 森の妖精が森を離れないように、彼等も火星を離れない。

 そんな彼等が単独で土地を離れて旅をするなど有り得ない話だ。そんな地方の出身である彼がただ独り、住み込みでエンジニアやブリッジクルーをやっているのはおかしい、雄大は常々それが気になっていた。

(そう……例えば重罪人として故郷を追われたか、もしくは家族を失い天涯孤独の身で無い限りは……)

「僕はね、ユイ社長も魚住も、マーガレットもリンジーも小田島先生も──六郎もウシジマも。みんなの事を家族だと感じてるよ。もちろん、雄大とリンゴも。だから、僕は皆と離れ離れにはなりたくない」

「リンジーって、ブリジットも?」

「もちろんそうだよ。よく何か壊す困り者の姉さ。修理するのはいつも僕やウシジマだよ」

 ハハハ、とふたりして笑う。

「──ここがラフタの家なら、ちゃんと守らなきゃな」

「そうだね、絶対に守ろう。船も、家族も」

 どちらからともなく手を出し、固く握手を交わす。

 雄大はようやく、ラフタと心を通わせる事が出来たように思えたが雄大には「絶対に守ろう」というラフタの言葉が重くのしかかってきた。


 絶対に、なんて無理だ。

 相手は宇宙海賊や巡洋艦じゃない。

 大胆にも連邦相手にテロを企て、自分の父親を手玉に取ったような大きな組織「キャメロット」が相手なのだ。とても士官学校を放り出して逃げ出した自分なんかにどうこうできる相手じゃない。


「誰か来たみたいだね?」

 ラフタがドアの方を見る。

「宮城はいるかしら?」

 自動ドアが開いてマーガレットがブリッジに入ってくる。いつにも増して足取り軽く颯爽とした様子。

 ボリュームのあるシルクのシャツに真紅のベスト、ゴールドのチェーンが付いたケープを肩から掛けて下は子供服のズボンを改造したホットパンツの上に矢印を組み合わせて作ったようなベルトを巻き付けていた、白いオーバーニーソックスの間から覗く肌が健康的な色気を醸し出している。馬にでも乗ってクリケットかハンティングでもしにいく若い男性貴族のような爽やかさと華やかさが感じられる。

 普段のマーガレットと少しイメージが違うのはやはり髪型のせいだろう。マーガレットの定番ヘアスタイルは毛先がカールした癖のある金髪を耳の少し上でまとめ、ツインテールにしたもの。

 稀に少しフォーマルなドレスを着る際には編み込んだ物を少し低めの位置にアップしたギブソンタックというヘアスタイルに変える事が多い。

 色々髪型を変えてきたマーガレットだが今日はいわゆるポニーテール、前髪を大きめのカラフルなヘアバンドで押さえて思いっきり額を上げて生え際を強調している。

「ねえちょっと、どう?」

「なんだお前その格好、また着替えたのか」

「な、何よ……感想が違うんじゃなくって?」

「は?」

「『伯爵閣下、本日のお召し物も、新しい髪型も素敵ですね』でしょう? 普通は」

「マーガレットはいつもお洒落を忘れないよね」

 ラフタが呟く。

「ね、ねえ聞いた? これよこれ、こういう感じでサラッと褒めるのがいいのよ。ラフタって外さないわよねぇ」

 マーガレットはヘアバンドを押さえて軽く上体を反らしてポーズを取る。しかし、雄大は『用があるなら早く話せよ?』と言わんばかりの態度で渋い顔をしながらトントンと指でコントロールパネルの端を叩いていた。

 ラフタはそんな雄大の態度に驚いて肩をすくめると、雄大の肘をつついて耳打ちしてくる。

「ホラ、マーガレットのヘアバンド、ちゃんと褒めてあげないと」

「なんで?」

「マーガレットは、好きな人にお洒落を褒めて欲しい」

(げっ……)

 そう言えばラフタの脳内ではマーガレットと自分は、こっそりキスしたり抱き合ったりするような、かなり深い仲になっているのを雄大は思い出した。

(め、めんどくさい……)

「あ、あー、そのヘアバンドいいよね。伯爵閣下はおでこもすベすべで生え際も綺麗だから、格好いいですよね」

「いいでしょこれ、わたくしがデザインしたのよ? フフ、ねえ髪型はどう?」

 ニコニコッと微笑むマーガレット。ラフタの言った通りヘアバンドを褒めるとグッと機嫌がよくなったが正直なところ雄大にはその良さがもう一つ理解出来なかった。

「あ? えーとでも、どっちかというといつものツインの方が、似合うかなー」

 少し棒読みくさい感じ、演技臭が滲み出てしまうがマーガレットはまったく気付かない様子で、手鏡を出して熱心に髪を弄り始めた。

「サイドのボリュームを残しつつ額を出す感じ?」

「あ、うん、そうかなぁ。そういうのも見てみたいかなー」

 気を利かしているつもりなのか、ラフタが雄大達を二人っきりにしようとこの場から立ち去ろうとしていた。

「ま、待て、そういう余計な事をするな、二人っきりにするなよ、この間からコイツと二人だとなんかおかしな雰囲気になるんだから」

 雄大は少し赤面するとラフタの腕を掴んで引き留める。

「……出撃前だから、キスするんじゃないの?」

「しないよ!」

 雄大の顔が朱に染まる。

「え、何? あんた達、何の話してるの?」

 マーガレットが割り込んでくる。彼女は雄大とラフタの肩に軽く手を置いて雄大の顔を覗き込んでくるが、ラフタの膝の上に猫の姿を発見すると慌てて飛び退いて口元を手で覆った。

「えっ、何よもう。その猫まだいたの? もうこのサターンベースで降ろしちゃえばいいのに」

「猫は幸運を呼ぶ。むしろ連れて行かないと」

「取り敢えずブリッジの外に出しなさい」

 マーガレットは腰に手をあてて仁王立ちすると捨て猫を拾ってきた子供を咎める母親のような素振りでラフタごと猫を追い出しにかかる。

「ごめんごめん、じゃ僕は猫を連れて自分の部屋に帰るから。二人はごゆっくりどうぞ」

 ラフタはクスクスと笑いながら猫を連れてブリッジを出て行く。

「火星の人間は猫が好き、っていうけどホントね。んもう、猫の毛とか獣の臭いとか付いてないわよね?」

「なあそれより、何か俺に用事があるんじゃないのか?」

「まあちょっと、あんたに大事な用件があるのよ。ラフタがいない方がいいかと思ってね」

「そんな重要な話か」

「鏑木リンゴの事よ、ま、あんた自身の話でも、あるんだけど」

「リンゴ? あいつがどうかしたのか」

「ついて来るって、言ってるのよ。サターンベースに留守番させようとしたら暴れて言うこと聞かないみたい。六郎が困って泣きついてきてね、店舗の方では結構な騒ぎよ。六郎は『宮城なら説得できる』って言ってるんだけど、どうなの?」

「いや、説得は……無理だと思うよ。リンゴは一度ワガママ言い始めると梃子でも動かないから」

「そう、じゃあこの際、鏑木リンゴにもこの作戦に参加してもらいましょう」

 マーガレットの顔は先程までと違って真剣だった。

「いやそれは……あんな子を戦場に連れて行くなんてのは」

「出来ない?」

「常識的に考えて、そうだろ? さっきもラフタと似たような話をしてた。このぎゃらくしぃ号は今から『木星帝国の軍艦』として出港するんだ。俺は、親父の事があるけど……リンゴには何も理由がない。あいつ、何処かに行った父親を捜してるみたいなんだよ。人捜し、ってこの船に乗ってなくても出来る事だろ?」

「わたくしには鏑木の気持ちわかるのよ。鏑木がこの船に残りたい、と強く願う理由」

「わかるって? お前とリンゴはほとんど接点が無いだろ」

「同じ女だから、何となくわかるのよ。男のあんたにはわからないかも知れないけどさ。それにいざ残るにしても、そんなにお荷物にはならないんじゃない? 銃は下手な男共より撃てるみたいだし最低限、自身の身は守れる子だと思うわ」

「でも万が一の事があったら、巻き込みたくないんだよ」

「万が一、って宮城。あんたは負ける事考えてるの? 死にに行くつもり?」

「当然だ、戦場なんだぞ、何が起きるかわからん。この船だって無事で済むとは限らないんだぜ? それはマーガレット、お前も覚悟してるんだろ?」

 マーガレットは、グッと接近して雄大の手を取る。

「ねえ宮城操舵士、どんなに危険でも、あんたがこの手で守ればいいんじゃないの?」

「俺が守る?」

「この船を、ユイ様を、あんたを慕って船に残ろうとする鏑木リンゴを。船の舵取りを預かる、って……船と乗組員全員の命を預かるって事よ。今のあんたには、そういう強い気持ちが一番必要なんじゃない?」

 熱っぽく語るマーガレット。

「みんなを守って勝利を掴み取るっていう強い気持ちが無いのなら、この船を降りるのはリンゴじゃなくてあんたの方よ、宮城」

 雄大は、心の隅に生じていた不安と迷いを目前の少女に乱暴に引きずり出されたような気持ちになった。

 雄大は父親の死を覚悟していた。

 どう足掻いても助けられないのではないか、自分に助ける力など無い、と。

「わたくしには自信がある、わたくしはこの身が引き裂かれようともユイ様に勝利を与えてみせる。先祖の誇りにかけてね。父親を助けに行くんでしょ? そんな弱気でどうするの、気持ちで負けたら、それこそもう勝ち目なんてないんじゃないの?」

 マーガレットの瞳は何処までも真っ直ぐ誠実だった

。雄大は年下の娘に説教されるほど弱気になっていたその身を恥じた

「負ける事は考えない……乱暴だけど、でっち上げの艦隊で戦おうなんて無謀な事をやろうとしてる俺達の心構えとしては正しいのかもな」

「そうよ、あんた、もっと自信を持ちなさいよ……おおすみまるの時もガレスの時も、上手くやれたじゃない」

「あの時は夢中で……」

(そう言えば、おおすみまるを操舵した時も、渦に飲まれる前の脱出ポッドから猫を拾い上げた時も、ガレス相手に戦闘した時も、ユーリ小尉に人質をとられてピンチだった時も。確かに悪いイメージや不安が襲ってきた。だけど俺はそれ以上に何か強い正義感のような物に突き動かされてきた──『何かを守りたい』って気持ちに)

 駄目だったらどうしよう、じゃなくて駄目にならないために最善の策を模索してきた。

「今回も正義の味方、してみなさいよ。わたくしのためにもね」

 マーガレットの強い気持ちに引っ張られたのか、不思議と雄大の心に立ち込めていた暗雲は掻き消されていく。何となく晴れがましい気分になった雄大は優しく自らの右手に置かれていたマーガレットの手を握り返す。

「はぁ~……まさかお前に元気付けてもらえるとは意外だった。確かにちょっと弱気になってた。駄目かもって、気持ちで負けてちゃ謎の新兵器にゃ太刀打ち出来ないわな。ありがとう、マーガレット!」

「お礼なんていいのよ、わたくしの方こそいっぱいいっぱい感謝してるんだから」

「す、素直にそう言われると照れるなぁ」

 えへへっ、と二人して手を握ったまま笑いあう。手を通じて、マーガレットの鼓動の高鳴りが雄大にも伝わってくる。

(あれ、なんだ……俺とマーガレットってこんなに長く手を握りあう間柄だったっけ?)

「頑張って、またいつもみたいに点数稼ぎしていい格好しなさいな。見栄っ張り」

「ああ、柄じゃないけどさ。親父も助けて、この船と社長も、そしてリンゴも。何とか守ってみるよ」

 雄大は自分で自分の言葉に照れて頭をかく。

「あ、あの……わたくしは?」

「ん?」

「わたくしの事は──守ってくれないの?」

「あ、ああ? も、もちろん……お前の、事も」

「あんたがわたくしを守ってくれるのなら……わ、わたくしだって、あんたを……ま、守ってあげるんだから」

「へ?」

 マーガレットの肌が上気し、ほんのりと桜色に染まり、少し大胆に指を絡ませてくる。

「わたくし、その……あんたの事、今でもあんまり気に入らないんだけど……その、上手く言えないけど、あんた宇宙船の操縦はわたくしより巧いし、いつもわたくしの相談に乗ってくれるし、ユイ様の事もわたくしより良く理解してるし、あんた叩いてるとスカーッとするし、ず、ずっと此処に……わたくしの傍においてあげてもいいかな、って、そ、それでね、それでその、ね?」

 マーガレットの顔面は紅潮してその小さく可愛らしい耳まで充血して、身に着けている真紅のベストのように赤くなっていた。ゴニョゴニョと言葉を濁しながらマーガレットは何か、雄大に対する感謝の気持ちをとんでもない言葉に変えて伝えようとしている。

(えっ? コイツ、もしかして……冗談だろ?)

 比較的、恋愛関係に疎い雄大にもマーガレットが雄大に対して異性として好意を抱いている事だけは十分に伝わってきた。

(今、俺……女の子に告白されそうなの? ど、どうするのこれ、俺、マーガレットと本当にそういう関係になるのか? ま、待て、落ち着くんだ俺、マーガレットの容姿は抜群だけど、その、決めちゃっていいのか? こ、心の準備が)

 雄大が気持ちを落ち着かせるためにマーガレットから視線を逸らすと──


 ──ブリッジの入り口の自動ドアが半開きになっていた。

 顔を真っ赤にして困惑してるブリジットと申し訳なさそうに両手を合わせて謝罪のポーズを取るラフタ、そしてニヤニヤといやらしい冷笑を浮かべている魚住がいた。三人は物音一つ立てずに此方の様子をうかがっている。

(ま、またこのパターンかよ!)

「もう覗くの良くない」とラフタは魚住に囁く。

「こういう事になっていたとは……もしも可憐なマーガレット様の乙女な気持ちを踏みにじるような最低の男なら、宮城さんには給与や待遇でそれなりの報いを受けてもらわねば……」

 微かに聞こえてくる魚住の言葉に、雄大は一気に血の気がひいてしまった。マーガレットはそれどころではない様子で、自分の後ろで三人が覗き見している事に気付きもしない。

「ま、マーガレット。こ、この話はな、お互い無事で作戦をやり遂げてから、な。ゆっくりと、な?」

 雄大は両手でマーガレットの手をぎゅっと握り締める。

「み、宮城……? わかった……ま、また今度ね? じゃ、じゃあわたくしちょっと鏑木リンゴと六郎のところに行ってくるわ。鏑木はわたくし達で守ってあげましょ?」

「もちろん……じゃあリンゴの件よろしく」

「了解よ、鏑木になるべく危険が及ばない算段、わたくしの方で巧い事考えておきます」

 マーガレットもまだ少し興奮状態にあるようだが言葉遣いの方は平静を取り戻しつつあるらしい。

 微かにブリジットと魚住の舌打ちのような音が聞こえた。マーガレットは「あら?」と天井の方を見回す。

「いやだわ、サターンベースにいたネズミでも入り込んだのかしら。ラフタの猫、この船に居座るつもりならネズミ取りぐらいさせないといけませんわね」

「デカいのが三匹くらいいたよなぁ、まあ大丈夫。あんまり悪さはしないと思うよ」

 雄大はマーガレットの手を離す。

「三匹もいるの?」

「あ、ネズミの件は任せといてくれよ、俺とラフタで何とかしておくから」

「そう? 助かるわ。ま、あの野生を感じさせない太った猫には期待しても無駄かも知れないけど、フフ」

 マーガレットは軽く手を振ると雄大の方を見ながらブリッジの出入り口へ向かう。

(お、追い詰められてる、なんか俺の人生が追い詰められてる! 無事に作戦をやり遂げてもなんか凄いピンチが待ってるような気がする!)

 雄大はマーガレットの気持ちを知って嬉しいやら怖いやら。

 複雑な感情が入り混じって心拍数は上がりっぱなしだった。

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